第6話 妹が隠していた趣味

 俺はアパートの階段を上がり、自分の家である二階の角部屋へと向かう。


 ここのアパートは一階に4室、二階に4室の計8室あるのだが、埋まっているのは俺を含め3室だけだった。


(そういえば、初めて異性を家に連れ込むな)


 友達と遊ぶことすらなかった俺に、いきなり異性を家へ招き入れるのはハードルが高すぎるのではないだろうか?


 しかも、家の中には妹がいる。俺が初めて異性を家に呼んだとなれば、パニックになる可能性があるな。


 そして何より、俺の心の準備が──


「はいポチッと!」


「あ……」


 俺が押すのを躊躇っていた最中に藍音が勝手に呼び鈴を押し、ピーンポーンと音が鳴る。


「……もしかして、呼び鈴押したかった? だったらごめんね!」


「いや、そうじゃなくてだな……」


 カバンに鍵が入っていたから呼び鈴を押さなくてもよかったのだが、押してしまってはしょうがない。


 呼び鈴がなってから10秒が経った頃、中からガチャッと鍵が開く音がし、ゆっくりと扉が開く。


 そこには──


「お、おかえり……お兄ちゃん。鍵は……どうしたの?」


「悪い。持ってるんだけど、呼び鈴押してしまってな……」


 俺の妹である「鷹宮静菜」が、ドアを半開きにしながらお出迎えしてくれた。


 茶髪気味の腰まで伸ばした髪に、空色の綺麗な双眸。そして何より、俺ですら愛くるしいと思ってしまう程の顔付きをしたのが特徴の、自慢の妹である。


「それと、今日は友達を家に呼んでいるんだが──」


「やっほー静菜ちゃんってええぇぇー?! 何この子、超かわいい! 持ち帰っていい?!」


 俺が紹介する前に、勝手に登場するのはやめて貰っていいですかね?しかも、サラッとお持ち帰り宣言もしているし。


 今の静菜は超人見知りで、グイグイくる系の人が苦手ってあれほど説明したのに、これでは──


「い、いやっ──!」


 バタン!と音を立てた後、開いていた扉が完全に閉まり、中からガチャっと鍵を掛ける音が聞こえてきた。


「……やってくれたな」


「ご、ごめんね……? あまりにも可愛かったから、つい……」


 静菜を褒めてくれるのは嬉しいが、ビビらせるのは駄目だろ。


 こうなった静菜を説得できるのは、俺と母さんしかいない。だが、母さんは今ここにいないから、俺がやるしかなさそうだ。


「ごめんな静菜、驚かせてしまって。七咲はちょっと、頭がハッピーだから許してやってくれ」


「私、頭はハッピーじゃないんだけど!」


「ここは話を合わせてくれ、頼む」


「……分かった。確かに私が悪かったから、ここはハッピー設定にしてあげる」


 ハッピー設定になる前からハッピーな気もしたが、そこは言わないでおこう。


 すると、ガチャっと鍵の音がしたかと思うと、ゆっくりと扉が半開きになり、静菜がオズオズとした調子で姿を現す。


「お、お兄ちゃんが……友達を呼ぶなんて、は、初めて……だね。しかも……女の子」


「まぁ、色々とあって仲良くなったんだよ。それで、許してくれるか?」


「う、うん……お兄ちゃんの友達……なら」


 どうやら許してくれたらしい。これで家に上げることができるな。


 藍音がまた、静菜にちょっかいを出さない限り、家から追い出されることはないだろう。……頼むからしないでくれよ?


 静菜は半開きにした扉をゆっくりと全開にし、そのまま家の奥へと走っていった。これ以上、外の景色を見るのが嫌なのだろう。


 俺は8畳2間の家に上がり、藍音にこっちへ来るよう促す。


 静菜は俺と共同で使っている奥の部屋に引き籠もってしまったのか、姿は見受けられなかった。


「お邪魔しまーす! さてさて、静菜ちゃんはどこに……」


「静菜は諦めろっての。多分だが、七咲はもう嫌われている」


「えぇー?! そんなぁ……静菜ちゃぁぁん……」


 初対面であんなことをしてしまったのだ。静菜からしたら、軽くトラウマになるレベルだろ。


「勉強、教えてやるからそこの小さな木の机に教材を並べておいてくれ」


「了解!」


 俺はそれだけを伝えて洗面所に向かい、手を洗う。そして、台所に置いてある冷蔵庫を開け、2リットルのお茶が入ったペットボトルを取り出すと同時に、コップも2個用意する。


 藍音のいる場所に戻ると、既に机の上には教材が並べてあり、準備完了という感じでシャーペンを手に持っていた。


「やる気が凄いな」


「だって、教えてもらえるんだよ? 嬉しいじゃん!」


 勉強をするのにここまで元気が出るとは……実に羨ましい。


 俺は自分の好きな教科を勉強するのは好きだが、そこまで好きじゃない教科を勉強するのには、やる気が出ないな。


「じゃあまず、どこが分からないのか教えてくれ」


「うん、えっとね──」


────────────────────


「……よし、一旦ここらで休憩するか」


「んー……、疲れたー!」


 時刻は午後17時。俺は1時間程ひたすらに藍音の頭から抜け落ちていた中学の範囲を教えた。


 こうやって人に説明する機会はなかったから、少しだけぎこちない所もあったような気がする。


「全く分からないと思っていたが、結構理解していたな」


「え? えっと……鷹宮の教え方が上手かったからじゃないかな?」


「そうか……」


 俺はそこまで教え方が上手いとは思わなかったが、本人が言うならそうなのだろう。


 それでも、藍音はまるで様な感じが出ていた気もしたが、そこは考え過ぎだろうか?


「うーん……それにしても、静菜ちゃんは向こうの部屋で何をしてるのかな?」


「静菜だったら、多分一人で勉強をしているんじゃないか?」


「何で兄である鷹宮が分かってないのよ……」


「何をしてるか聞いても、教えてくれないんだよ」


 家に帰ってきても「18時まで待って」と静菜に言われ、部屋にすら入らせてくれない。


 家族にまで隠す必要はあるのかと思ったが、静菜にもプライバシーというものがあるから、強くは言及しなかった。


「こっそり覗いちゃおうよ」


「やめとけ。七咲だって、個人空間を覗かれるのは嫌だろ?」


「でも、鷹宮だって気になるでしょ?」


「…………」


 正直に言って、物凄く気になる。


 だが、ここで覗いたのがバレてしまったら、静菜からは永遠に嫌われるだろう。俺との会話すら拒んでしまうかもしれない。


「バレなきゃいいんだって……ね?」


「……はぁ。バレても一切の責任は取らないからな」


「そうこなくっちゃ!」


 指をパチンと鳴らすと、七咲は立ち上がり、向こうの部屋へと繋がっている引き戸に手を掛ける。


 そして、七咲はゆっくりと隙間ができるように横へとスライドし、できた隙間から目を覗かせる。


 瞬間──


「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」


 藍音が大声で叫んだかと思うと、手に掛けていた引き戸を全開に開いてしまった。


「お、おいバカ何を──え?」


 俺は急いで引き戸を閉めるよう言おうとしたが、部屋の中にいる静菜の姿を見て硬直してしまった。


 そこには──


「え、あ……いや……違う、の! み、見ないで……っ!」



 頭に猫耳カチューシャを装着し、自撮りするかのように携帯レンズを向けながら静菜が立っていた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る