第5話  笑顔の作り方

「はい! 鷹宮の好きなハッシュドポテトだよ!」


「おう、ありがと」


 6限までの授業も終わり、俺と藍音は一緒に俺の家へと目指しながら歩いていた。


 その道中にあったコンビニでハッシュドポテトを奢ってもらい、俺は早速食べ始める。


「やっぱり上手いな、これ」


 このような代物を税込み100円で売るとは、世の中もまだまだ分かっていないな。


 俺もいつかは自分でハッシュドポテトを作ってみよう。


「どうして私と喋ってる時は無表情なのに、ハッシュドポテトを食べてる時は笑顔になるのよ……」


「ん? 今の俺、笑顔を浮かべていたのか?」


「うん、物凄く幸せそうな顔だったよ?」


 自分では分からなかったが、どうやら頬が緩んでいたらしい。


 やっぱり、ハッシュドポテトは人を幸せにする魔法みたいなものだな。


「はぁ……ハッシュドポテトが羨ましい」


「何でハッシュドポテトが羨ましいんだよ」


 「美味しい」なら分かるが「羨ましい」とは思わないだろ。


 まるで、自分がハッシュドポテトになりたいみたいな言い方に捉えることができる。


「でも、そんなに美味しいなら、私も食べたいなー」


「……あげないからな」


「えー?! けちみやのケチ! 一口ぐらい頂戴よ!」


「おい誰が『けちみや』だ。『許して』って泣きわめくまでピーマン食わせてやろうか?」


 俺はもう口を付けてしまったし、半分にするにしても、量が圧倒的に少ない。


 もっと巨大なハッシュドポテトが売ってたりしないのかな?


「……はぁ、分かった。一口だけなら──」


「あむっ。んー美味い!」


「…………」


 行動力が早すぎるだろ……最後まで言わせてくれよ。


 しかも、俺が口を付けた場所を躊躇いもなく食べやがった。そういうのは普通、気にしないのか?


「……どうしたの? 食べないの?」


「え? いや、その……」


 俺が残りの分を食べるということは……間接キスになるんじゃね?


 いや待て俺。いちいちそういう思考をするのはキモくないか?現に、藍音は躊躇せずに喰らいついたんだ。


 俺だけなのか?こういうのを気にしてしまうのは、俺だけなのか?


「……気に入ったのなら、全部やるよ」


「え、いいの?! やったー!」


 俺は残りのハッシュドポテトを藍音に手渡し、空いた手を見つめる。


(次からは5秒で食ってやる)


 今日の小さな幸せは最後まで掴むことなく消え去ってしまったが、またいつの日か取り戻してやろう。


「あっ……」


「……?」


 どうして頬を赤く染めながら食べているんだ?そこまで熱くはないはずだが……。


 それとも、あれか?ハッシュドポテトの偉大さに気づいて、ハッシュドポテトに惚れてしまったとか?


「あ、明日から自分の分は自分で買う……から」


「おう、そうしてくれ」


 毎日食べるのだったら、お金は大丈夫なのだろうか?


 俺は1週間に1回だけ買って食べているが、藍音は財布に余裕があったりして?


 俺も少しは稼ぐために、バイトを始めるべきなのかな。


 でも、母さんが「バイトはするな」って反対してくるから……悩ましいな。


「そうだ。この前も言ったが、俺の家には妹がいるからな」


「あ、そうだったね! 鷹宮の妹ちゃんはどんな子なんだろう……!」


「内気な性格だから、あまり刺激はするなよ?」


「分かってるって! 妹ちゃんには絶対にも振らないし」


 俺には今年で中学三年生になるたった一人のかわいい妹がいる。


 内気で目立とうとはしないが、もしかしたら俺よりも頭が優れている自慢の妹だ。


 そんな妹だが、中学2年生になったある日から、急に学校へ行きたくないと言い出したのだ。


 毎日学校が楽しいと言って、元気が有り余っているぐらいに活発だった妹が、その日を境に180度も性格が変わってしまった。


 何があったのか聞こうとしたが、その話を持ち出すとひたすらに「ごめんなさい」を連呼するのだ。


 最終的に、俺と母さんは「絶対に掘り返さないこと」という決まりごとを結んだ。


「あと、俺の家にはお菓子やジュースなんて物が無い。だから、お茶ぐらいしか出せないが……いいか?」


「全然オーケーだよ! 勉強するのにお菓子があったら、捗らないからね!」


 基本、誰かを家に招く時はお菓子やらジュースやらを用意するのが常識だと聞いていたが、安心した。


 でも、もしこれからも家に来ることがあったら、その時は用意すべきなのだろうか?


 「人に気を使う」というのは、簡単そうに見えて結構難しいんだな。


「…………」


「…………」


 どうしよう……話題が尽きた。物凄く気まずい雰囲気なのだが。


 俺がここで何か話題を振ればいいのだが、ボッチで過ごしてきた俺にはどうしたらいいのか全く分からない。


 こういうところで、女子から嫌われるんだよな?ここは何でもいいから喋らないと。


『あのさ……え?』


 見事にハモってしまった。


 まさか同じタイミングで話しかけて来るなんて、誰が予想できただろうか?


「あ、ご、ごめんね? 何を喋ろうとしたの?」


「え、あ……えっと……何だっけ?」


「忘れたら駄目じゃん、もう!」


 先程までの気まずい雰囲気はどこにいったのか、藍音の笑い声が辺りに響いた。


「そういう七咲こそ、何て言おうとしたんだ?」


「私? えっと……忘れちゃった! えへへ」


「記憶力が無さすぎるだろ」


 俺も人のことを言える立場ではなかったが、少しツッコミたいという気持ちが抑えられなかった。


 すると、藍音は俺の顔を覗き込むように見るなり、なぜかニヤニヤと笑みを浮かべてきた。


「……何でニヤついてるんだよ」


「別にー? 気にしなくていいよー?」


 とても気になったが、教えてくれる気配はなさそうだから諦めるか。




 そうして駄弁りながら歩いていると、二階建ての新築一軒家が立ち並ぶ住宅街の中で、嫌に目立つボロボロの木造アパートが見えてきた。


「あそこが俺の家だ。どうだ、ボロいだろ?」


「私は人の家をボロいとか言わないからね」


「……そうか」


 とても嬉しいことを言ってくれる。


 大体の人が俺の家を見て「ボロい」だの「汚い」だの言うが、中にはこういう人もいるんだな。


 俺はもしかしたら、本当に良い友達を持ったのかもしれない。この出会いには感謝感激だな。


「じゃ、行こっか!」



 俺よりも率先してアパートへと向かっていく藍音の後ろ姿を見て、俺は深くこの光景を目に焼き付けた。


 

 

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