第3話 青春シンドローム

「……誰ですか?」


 どうしてこの少女は、まるで俺のことを友達かのように呼んでいるんだ?俺に友達と呼べる存在は藍音しかいないはずだが……。


 それとも、あれか?罰ゲームで陰キャな俺に友達として振る舞う的なのを押し付けられたのか?


 そうだとしたら、本当に胸くそ悪い罰ゲームだな……泣いてしまうかもしれない。


「えぇー?! 私だって、私! 忘れたなんて言わせないからね!」


「わたしわたし詐欺か何か? 俺は君を知らないのだが……」


 さっきから話が噛み合っていないような気がする。この少女は俺のことを知っているらしいが、俺はこの少女のことを1ミリも知らない。


 もしかしたら昔に、一度だけ話したことがあるような仲だったりして?いや、だとしたら、どうして今頃になって俺に構ってくる?


「もう……『七咲藍音』って言ったら、思い出してくれる?」


「七……咲……?」


 いや、どう考えても藍音なはずがないだろう。そもそも、目にかかるぐらいまで伸ばした前髪はどうした?俺から見るに、内気で目立とうとしない性格はどこにやった?


 これは完全にあれだ……罰ゲームで「七咲藍音と名乗る」ことを強要され、仕方なくやっているに違いない。


「罰ゲームか何か知らないが、七咲って名乗るのはやめてくれ」


「だ・か・ら! 私が『七咲藍音』って言ってるじゃん! 昨日、美容院に行って髪を切ってもらったの!」


「いや、まさか……そんなはずは──」


「『鷹宮蓮斗』。身長は174センチ、体重は53キロ痩せ気味。誕生日は11月4日のさそり座で、去年の誕生日はバームクーヘンを食べた。好きな食べ物はハッシュドポテトで、苦手なのはゴーヤ。趣味は──」


 どうしてこの少女が俺の個人情報を知っているのだ?俺は誰にも教えたつもりは……あ、一人だけいたわ、一人だけ。


 でも、本当にそうなのか?もしかしたら、俺の個人情報を売って「七咲藍音」を名乗るよう頼んだ可能性もある。


 俺を弄んでいるつもりらしいが、そう上手くいくとは思うなよ。


「なあ、俺が先週の水曜日に食べた昼ごはんは覚えてるか?」


「え……? えっと、確か……卵サンドイッチ3つ! どう? 凄いでしょ!」


「まじか……」


 ここまで来たら、本当に藍音なのかもしれない。美容院に行ったとは言っていたが、それと同時に性格もガラリと変わるのだろうか?


 もしかしたら、こっちが本当の性格で、これまでは演じてきたとでもいうのか?だとしたら、女優顔負けの演技力に感心すら覚えてしまう。


「信じてくれた……?」


「あぁ、信じる。本当に七咲なんだな」


「もう、やっと信じてくれた……。だから『あほみや』って呼ばれるんだよ?」


「おい誰がそんな名前で俺を呼んでいるんだ? 初耳なんだが」


 「あほみや」に関しては置いておくとして、どうしてここまで変わってしまったんだ?昨日と一昨日の二日間に、人生が大きく変わるような出来事でもあったのだろうか?


「とりあえず、鷹宮は『どうして七咲がここまで変わったのだ?』と思ってるでしょ?」


「……全くその通りだ」


「じゃあ、全部説明するね」


 話が早く本当に助かる。先週までの藍音なら、こんな対応はしなかっただろう。


「私のお母さんはよく『人を見た目で判断するような人とは絶対に友達になるな』と、言ってたの」


(……俺の母さんと全く同じことを言っているな)


 同じ考え方を子に教える人が、こんなにも近くにいたとは。世界は広く見えて、結構狭いんだな。


「そこで私は思ったの……『地味な私でも優しく接してきてくれるような人と友達になりたい』って」


「……それは昔から演じていたのか?」


「ううん。高校に入ってからそうしようって決めたの。周りには昔から、私のことを知ってる人がいたから……」


 高校生になれば、知人達とも離れ離れになるだろう。その入学した高校に、自分のことを昔からよく知っている人がいなければ、演じるのは容易い。


「そこで、私は鷹宮と出会った。地味で変わった思考をした私を見ても、優しく話しかけてくれた」


「当然だろ? 俺は人を見た目で判断しない」


「鷹宮からしたら当然かもしれないけど……全員が全員、そうじゃないからさ」


「…………」


 結局、ほとんどの人間は容姿で判断する。

人の内面を知らないのに「あの人の体型は無理」と、関わってすらないのに切り落とす。


 俺はどうしても、そういう人達を好きになれなかった。


「ありがとね、鷹宮。それと……」


「……それと?」


 間を置いた藍音に首を傾げていると、急に左腕をこちらに伸ばし、手を差し出して来た。


「これからも、よろしくね!」


「────!」



 俺はこの瞬間、目に映る世界が綺麗に彩られていくような錯覚を覚えた。


 これまで感じてきた感情とは違うが、胸の奥深くから込み上げてくるような感じがして、心臓の鼓動が大きく脈打つ。


 それはまるで、泥水に染まること無く水中から姿を現しては、清く美しく咲き誇る一輪の花のように異質な感情。


 そこで──気づいてしまった。



 ──俺は、今日という日に巡り合うために、頑張って生きてきたんだな……と。


 

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