第2話 自己紹介は空回り

 ──時は遡って1週間前の4月10日の月曜午前10時。


「今日からこのクラスの担任を務める『野柳幸田やなぎこうた』だ! 皆、よろしく頼む!」


 入学式も終わり、各自指定された教室へとやってきた俺とその他大勢のクラスメイト達は、教卓の方へと視線を向けていた。


(まさに体育会系の担任だな……)


 あのがっしりした身体を見れば、誰もがそう思うだろう。これで家庭科担当だったりしたら、ギャップが凄いのだが。


「いきなりなんだが、今から一人ずつ自己紹介をして欲しい! 一人20秒ぐらいでいいから、名前と趣味、特技など色々言ってくれ!」


 来たか、定番イベント。正直に言って、全く乗り気ではないのだが。


 そもそも、大勢が視線を飛ばしてくる中で話すこと自体に抵抗を覚える俺では、まともに喋ることも出来ない。


「じゃあ早速、1番から順に自己紹介を頼もうか! その場で立ち上がってしてくれ!」


 1番の少女に考える時間とかあげないのか……無慈悲だな。


 せめて1分間ぐらい時間を与えてもよかったのでは?それとも、何か急いでいる理由でもあるのだろうか?


「あ、赤坂穂見あかさかほみです! 趣味は──」


 どうしよう……本当にどうしよう。俺に趣味という趣味は無いし、これといった特技もない。部活にだって入部していなかったし、習い事もしていない。


 ひたすらボーッとするのは趣味なのだろうか?いや、そんなことを言っても周りから「なんだあいつ、変なの」と思われるだけか。


 趣味や特技ではなくて、将来の夢とかはどうだろう?俺にだって将来の夢ぐらい……無かった。将来とか、何も考えていなかった。


 だとしたら、どうすれば──


「よし、じゃあ次は……鷹宮!」


「え……?」


 早くない?俺の前に17人はいたと思うが、そんなものなのか?


 とりあえず、座っていても仕方がない。さっさと自己紹介を済ませ、スタコラサッサと退場しよう。


「えー……俺の名前は、鷹宮蓮斗。趣味は……特にないです。特技は……えー……ボーッとすることです。1年間よろしくお願いします」


 何だよ、特技はボーッとすることって。もうちょっとマシなのあっただろ、俺。


 しかも周りは「何だあいつ?」という目をしているし、担任ですら困惑している様子だし……もう最悪だ。


「あ、あぁ、よろしくな。では次──」


 担任よ……その反応だけは本当にやめてくれ。それ、結構心に来るのだよ。


 中学の時にもその反応をされて、帰ってから一日中枕に顔を埋めていたのですよ、トラウマなのですよ。


(はぁ……高校デビューも失敗か)


 別にいいさ、一人で過ごすのには慣れてるし。ただ、班決めとか二人一組に孤立してしまうのは嫌だな。


 また余り組になって、先生と組まされるのがオチだろ?その時の周りの視線が本当に痛いのが辛い。


「よし、じゃあ次は……七咲!」


「は、はい……」


 もう俺の隣に座っていた少女の番が来たのか。さっきから全く耳に入ってこなかったから、皆の趣味特技など知らないのだが。


「えっと、七咲藍音……といいます。趣味は……人生について考えること。特技は……ない……です」


 癖が凄いな、俺の隣の少女は。その歳で「人生」について考えるのは、早すぎないか?

 

 いや、誰がどのタイミングで考えようと人の勝手だが、どういう人生を歩んできたら、そのような思考回路になるのか気になる。


 ──でも、俺も人生について少しは興味があるから、ここは話しかけてみるのもありだな。


「ねぇねぇ聞いた? 人生について考えてるだって。ヤバくない?」


「やっぱ地味なやつは何考えてるか分かんねえな」


「あの子、闇が深そう……」


 ……どうして皆して、少女を否定しようとするんだ?その人の趣味や思考を否定する権利なんて無いだろ。


 しかも、地味だからって理解しようとしないのか?人を見た目で判断するんじゃねえよ。


 どうせ男共は美少女が「人生について考えています!」と言ったら「俺も俺も!」と、嘘を付いてまで接近するのだろ?


「よ、よーし次の人は──」


 担任も担任だ、いちいち戸惑いやがって。皆にだって、人には言えない趣味や隠し事がたくさんあるだろ?


 周りから煙たがれるのは嫌だからって、自分自身を演じている人だっているはずだ。


 ──とりあえず、これが終わったら少女に話しかけてみるか。


────────────────────



「なあ、ちょっといいか?」


「え……? えっと、何でしょう?」


 自己紹介も一通り終え、皆が色々な人の机に群がっている中、俺は右隣の席に座る少女に話しかけていた。


 もしかしたら、この少女と友達になりたいと思う人がいるかもしれないと思ったが、誰も名乗りあげなかった。


 そして悲しいことに、俺の所にも誰一人として来ることがなかった。


「『人生について考えている』って言ったよな? よければ、俺に教えてくれないか?」


「……! で、でも……気持ち悪い……ですよね?」


「何を言ってるんだ? 俺は一切、そうは思わないが」


「え……?」


 少女が驚いている理由が分からない。そんなにも俺が「人生について教えてくれ」と言ったことが予想外だったのか?


 確かに学生はゲームの話や漫画などで盛り上がり、人生について話し合おうとはしないはずだ。


 皆が「好きなお寿司」を伝えあっている中、一人が「人生について考えよ!」なんて言い出したら、その場の空気も凍ってしまう。


 ──そのような事態を招いてしまったら、その人はどうなるのか?


 答えは単純明快……その人は周りから距離を置かれ、何を考えているのか分からない生物として見られるだろう。


「それで、人生について話してくれるのか?」


「う、うん。それじゃあ……話そっか」


 少し周りから視線を感じていたが、そんなことにいちいち気を使ってはいられない。


 俺は少女と話をするのだ……そこにお前達が入る隙間はない。


「鷹宮君にとって……人生って何?」


「俺にとっての人生か……んー……」


 難しい質問が来た。こうして考えてみると、人生とは一体何なのだろう?


 自分の欲を満たしたり、生きていると実感するためなのか?とても悩ましい。


「『幸せを追求するための時間』……かな」


「『幸せを追求』……?」


「あぁ。人は誰しも幸せに生きたいと願っているはずだ。俺もその一人で、自分にとって幸せとは何なのだろうかと考えている」


 その人にとっての幸せは、違う人にとったら当たり前なことなんてザラにある。それでも、自分がその瞬間に幸せと感じるならば、誰かが咎める理由は無いだろう。


 自分にとっての幸福が、間接的に誰かを不幸にさせなければいいだけの話だ。


「それで、鷹宮君は……幸せを見つけたの?」


「あぁ、今見つけた」


「それって、何……?」


「こうして話せること自体が、奇跡しあわせで出来ているんだって知った」


 世の中の人からしたら、当たり前かもしれない。それでも、俺からしてみれば誰かとコミュニケーションを取ること自体に幸せを感じていた。


 小学生の頃から友達は出来ず、皆が楽しくワイワイしながら話しているのを見ると、何故か嫉妬を身に覚えていた時もあったな。


「……鷹宮君って、本当に凄いね」


「何が凄いんだ?」


「えっ、あ、ううん……今のは忘れて……。それでね──」


 そこからは少女とは意気投合していき、色々な話題について話していった。好きな食べ物や趣味……さらには、昔の思い出も喋った。


 ……俺には輝かしい思い出など無かったが、少女にはたくさんあったそうだ。とても羨ましい。



 それからも毎日、ずっとお互いのことをよく知ろうと話した。昼食の時も一緒に食べたし、授業が始まるまでの10分休憩の時間も駄弁った。


 当然、周りからは「地味通しでお似合い」などとヒソヒソ耳打ち合っていたが、俺らは極力無視を貫き通した。



 ──そうして1週間の時が経ち、4月17日の月曜日となった朝。



(……七咲のやつ、遅いな)


 時刻は8時25分。あと5分で教室につかなければ遅刻だ。いつもなら8時15分ぐらいに来るのだが、寝坊でもしたのだろうか?


(そうだ、メアド交換したんだ)


 俺はポケットから携帯を取り出し、電源を点ける。そこからメッセージ一覧に飛び、藍音にメッセージを打とうとした瞬間──


「おい……誰だよあの子……」


「すげぇ……! 超タイプなんだけど!」


「ヤバ……学年トップの可愛さじゃね?」


 クラスメイト達が廊下側に視線を向けながらどよめき始めた。


(なんだ……?)


 「かわいい」という単語に反応してしまい、廊下側に視線を向けてしまう。


 そこには──


「あ、おはよー鷹宮! どう? 髪型、似合ってる?」


 俺の名前を呼ぶ見知らぬ美少女が、満面の笑みで俺に手を振っていた。

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