褒められたい彼女と褒められたくない彼氏

村上

褒められたい彼女と褒められたくない彼氏

 彼女はとにかく人に褒められたいという。

 褒められると嬉しい。

 生きている実感がある。

 楽しい。

 テンションが上がる。

 ホルモンバランスが良くなる。

 承認欲求が満たされ、自分に自信が持てる。

 他人に褒められることで、様々なポジティブ効果がある。

 実際に、僕が褒めると彼女はすごく可愛らしく笑う。

 僕はその笑顔だけでなく、そういった精神性をとても愛しく思う。

 別に惚気ているつもりはない。事実である。

 対して、僕は真逆である。

 褒められることをあまり良く思わない。

 なんなら、相手に舐められてるんじゃないかと思ってしまう。

 ガキじゃないんだから、そんくらい出来る。

 出来るからやっている訳であって、そもそも、やる必要があるからやっているだけなのだ。

 だから、他人から褒められても「あぁ」「はい」とそっけない返事しかできず、ほぼノーリアクション。

 相手からしたら、褒め甲斐が無い。

 せっかく、褒めてやったのに。と思うことだろう。

 陰気くさい、へそ曲がりの天邪鬼。なんて、裏では陰口を囁かれているに違いない。

 僕としても、想像陰口を否定するつもりもない。

「よくできましたー。凄いねー」

 なんて、言われているのと同じだ。小学生がテストで百点取ったんじゃないんだからと、なんなら、相手に呆れてしまう。

 それに、褒めて欲しいポイントと、違うポイントを褒められても困る。

 そこじゃないんだよなーって思ってしまう。

 ただ、彼女によれば、言わせておけばいーじゃん。とのこと。

「いいじゃんそれで。言った方もそんなに真面目に言ってないんだし……適当に流しておけば良いのよ」

 彼女は僕なんかより、よっぽど器が大きい。

「相手もなんとなく、良いこと言った気になって満たされてるんだし……それで、仕事が円満に進めば、そっちの方がメリットあるわよ」

 なるほど。とは思い、理屈の上でも納得するものの、僕は彼女みたいに振舞えない。

 なんてことを彼女に言うと、

「面倒くさい人」

 と、一刀両断される。

 切られるのが、気持ち良いくらいに。

 たった今、丁度良い具体的例がある。

 今日の晩御飯は彼女が作ったボロネーゼ(ちなみに、僕はミートソースとの違いを理解していない。どちらもトマトソース味でボロネーゼの方が肉が多いくらいの認識だ。)にコンソメスープ。

「美味しいよ」

 僕が率直な感想を言うと、

「でしょでしょ」

 自信満々に彼女が頷く。

「ナスがソースに合うよね。美味しいよ」

「へへへへー」

 と、彼女は満面の笑みになる。

 ちなみに僕が同じことをして、同じように褒められたとしよう。

 すると返しはこうだ。

「パスタを茹でて、市販のソースをぶっかけて、コンソメで野菜を煮ただけ。だから、別に大したことしてないよ」

 なんて可愛げの欠片もないことを言ってしまうだろう。

「今、自分だったらー、なんて考えてたでしょ」

 パスタを巻いたフォークを僕の方に向けて、急に名探偵になった彼女に指摘される。

「そうだね。考えてたよ」

 なんだか、自分が犯人になった気分だった。 

「どうせ、自分だったら、パスタを茹でて市販のソースをぶっかけて、コンソメで野菜を煮ただけで、糞馬鹿の愚鈍でも出来る。今時、レトルトでもここまでの味出せるんだから、別に褒められるほどのことではないよ。なんて、思うんでしょ」

「そこまで自虐的じゃないけど、大方はその通りだよ」

 僕は犯人の自供のように、大人しく頷く。

「でも、あなたのその褒められたくない症候群ってさ、結局は、何が大事かってことよね」

 パスタを口に運び、再び、新たなパスタをフォークに巻きながら、彼女が呟いた。

 知らない間に、ある種の病気扱いされていたみたいだ。

「そういうことにも繋がると思うのよ」

「どういうこと?」

 彼女の言う事が、よく分からない。

 少なくとも僕には、何の繋がりがあるのか分からなかった。

「あなたは自分で必要と思わないと、動かないわよね。そこが私とは違う。私は周りに要求されて動くし、周囲の人がこうすれば嬉しい、こうすればうまくいくはずって思って動くから……」

 だから、当然、周囲から褒められるし、大切にされ、重宝される。

 彼女も嬉しいし、好循環である。

 考えれば、当たり前の話だ。

 確かに、僕は自分が必要と思わないと、動けない。

 自分の中で、それ必要? やる必要ある? 何の意味がある? というのがまず先に反射のように来てしまう。

 その上で、自分が納得しないと、積極的にやろうとは思えないのだ。

 だから、社会に溶け込むことに向いていない。

「僕はさ、自分の物差しと世間がこういう風に思うだろうっていう、二つの物差しを持たなくてはいけなくて、今はどっちが最適だろう? って、考えて行動しなきゃいけないのが、面倒くさいんだよね。そういうのをさぼってるってことなんだろうけど。向いてないんだろうね。サラリーマンなんて」

 そんな僕でも、彼女から褒められることは、悪くない。悪くないなんて、格好つけた言い方しないで、素直に嬉しいと意思表示するべきなんだろうけど。

 彼女が僕を社会に繋ぎ止めてくれている。

「でも、まぁ、そういう所が良いところなんじゃない」

 と、彼女から大雑把なまとめ評価を受ける。

「でも、あんまり言うと、私もこれから、あなたのこと褒めないよ」

「それは違う」

 と、僕は瞬時に否定する。

「……自分が褒めて欲しいと思う時には、褒めて欲しい」

「例えば?」

「君には褒めて欲しい」

「それでよし。じゃあ、晩御飯の後片付け、お願いね」

「……はい」

 僕らは仲が良い。

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褒められたい彼女と褒められたくない彼氏 村上 @golila007

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