第3話 サチとは友達だと思ってるから!
この日を境として、私はお金と時間に余裕があれば、すぐに
「陰キャ」の私にとって、一人で男性が経営するダイニングバーに行くのは勇気を必要とした。
が、魅力的なマスターの存在が私の中にあるミニマムな勇気を奮い立たせ、私はどうにか店に通い続ける事が出来た。
あくまで私は女性なので、100%その気持ちを理解する事は出来ないが、もしかするとキャバクラに通い続ける男の人の気持ちって、こういうモノなのかもしれない。
店に行くと、結構な割合で芽衣と遭遇した。
最初の頃は「サチー、お疲れぇ」と陽気に言葉をかけてくれていた芽衣だったが、いつしか芽衣は私を無視し始め、マスターとしか会話を交わさなくなった。
そして、コミュニケーション下手の私は、芽衣とは対照的にマスターとのやり取りも
普段は寡黙だけど、芽衣との会話などで浮かばせるマスターの爽やかな笑顔だけを見れれば、私は満足であった。
彼の笑顔は、私にとって眼福そのものであり、それを見ているだけで、ストレスフルな日常で傷ついた私の心の癒しとなったのだ。
「サチさぁ、もしかしてマスターの事が気になったりしてる?」
ある日の事だ。
いつものように、マスターの手料理に舌鼓を打ちながら私がお酒を飲んでいた時、芽以は口元を曲げながら尋ねてきた。
「えっ、いや……」
私はいつものコミュ障を発揮してしまい、上手く言葉を紡ぎだす事が出来なかった。
「ほらね、マスター。
アタシ、前に言ったでしょ。
サチは身持ちが固いから、マスターに興味があるんじゃなくて、アンタが作る料理に惹かれてこの店に通ってるんだって」
言葉を切り出せない私を閉め出すように芽以はケラケラと笑うと、対面のマスターを見つめながらホッピーを一口飲んだ。
22時を過ぎて店を出ると、私は「サチー」と後ろから芽衣に呼び止められた。
「えっ?」
旧友だった芽衣の久しぶりに呼び掛けに、私の心は高鳴らずにはいられない。
「あのさ、話があんの」
が、芽衣は私とは対照的に冷ややかな口調で切り出した。
「もうさ、二度とこの店に来ないで」
芽衣の言葉を咀嚼しきれなかった私は、ただフリーズするのみであった。
「多分、アンタも気付いてるだろうと思うけどアタシ、マスターの事がちょっと気になってんのね。
アンタは、マスターの手料理にハマって店に通ってるかもだけど、こっちの想像以上に店に来るようになったから、アタシ的にはちょっとビックリしてて……。
確かに、このお店は料理が美味しくて、アタシもそういう感じでサチを連れてきたけど、こっちの気持ちも考えずに店に通い続けるサチって、どうなのかな。
アタシ、こんなんでサチの事を嫌いになりたくないし」
言い終えた芽衣は、「中学卒業してから結構離れてたけど、アタシはサチの事をずっと友達だと思ってるから」と付け添え、スタスタと店へと引き返していった。
空虚が、私の心の中に広がった。
私には、芽衣を傷つける気持ちは一切無かった。
ただ、美味しい手料理とマスターの顔を見たいが為に、私はこの店に通い続けていただけだった。
けど、私の行動は不覚にも芽衣を傷つけており、その事実を知った私は「加害者」という自分の立ち位置に胸を痛めた。
もう、店に通うのは止めようと思った。
どうせ、このまま店に通い続けても「マスターと客」という私の立ち位置はおそらく変わらないだろうし、私自身が芽衣の恋路の障壁となっているのなら、黙って立ち去るべきなのだ。
「……ゴメンね、芽衣」
閉ざされた店のドアに向かって私は独りごちると、踵を返し、落ち込んだ心とは対照的な形で喧騒に満ち溢れた繁華街を通り抜け、駅へと歩を進めていった。
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