第2話 バター醤油焼きうどん



その芽以の注文を受け取ったマスターは無言で頷くと、すぐさま小皿に盛った鰹節を電子レンジに入れた。



「面白いでしょ。

この人、焼うどん作る時、鰹節をレンチンして粉にすんの」


ホッピーを飲みながら、芽以がケラケラと笑う。


しかし、そんな芽以とは対照的に私は流れるようなマスターの所作に、すっかりと魅了されていた。



鰹節のレンチンが終わり、それを指で揉みほぐす事で粉にすると、次にマスターはゴマ油をフライパンに落とし、そこに刻んだニンニクを入れる。


柴犬みたく、ニンニクが薄茶色に変化すると、マスターはあらかじめ短冊切りにしておいた薄切りベーコンを炒め、その間に冷凍うどんをレンチンする。


ベーコンに焼き目がつくと、マスターはほぐしたキノコと小口切りにした長ネギをフライパンに入れ、具材を混ぜ合わせる。



具材が混ざると、マスターは醤油、みりん、鶏ガラスープの素、砂糖を入れ、具材に味が染み渡ったのを確認すると、マスターはフライパンにうどんを入れた。


続けて粉となった鰹節を入れ、うどんと混ぜ合わせると、バターと旨味調味料を入れ、それらが混ざるとマスターは「バター醤油焼うどんです」と、心胆が痺れるような低い声で、皿を私達二人の前に置いた。



「食べてみてよ。

この焼うどんを食べたら、ホント世界が変わるから」


芽以は再びホッピーを一口飲むと、焼うどんが盛られた皿を私の方に寄せる。


「うわぁ……」


芽以に促され、焼うどんを一口食べた後、その深い味わいに私は感嘆の声を洩らさずにはいられない。



鼻に抜ける、鰹節の香り。


加えて、醤油の塩味、砂糖のまろやかさ、バターの甘味が渾然一体となって口内で豊潤に広がり、その味の虜となった私はお酒を飲むのも忘れ、ただ焼うどんを食べる事に没頭した。



「サチー、アタシの分も忘れずに残しておいてよ」


口元を曲げて芽以が突っ込みを入れると、私は「あっ、ゴメン」という言葉と共に皿を芽以の方に寄せた。



「そこまで喜んで食べてもらうと、作った僕としても嬉しいですよ」


私の食べる様が琴線に触れたのか、これまで無表情を貫いていたマスターはクスクスと笑う。


「いえ、本当に美味しいですよ。この焼うどん。

屋台とか、スーパーで売ってるヤツと全然違いますし」



「旨味調味料を使ってますので、誰が作ってもそれなりに美味しくなるんですよ」


私の賛辞に、マスターは再び笑みをこぼすと、私と芽以の前に二杯目のグラスを置いた。


素敵な人だな、と私は思った。


年の頃は、20代後半といったトコロだろうか。


同世代の男性みたく、無駄に声を張り上げて前に出ようとせず、狭い店内で控えめに立ち振る舞うマスターのその所作は、私の心を瞬時にして鷲掴みにした。



言わば、一目惚れであった。


その後、私は芽以と「学生時代にお互いハマったアニメ」など、昔話をしていくのだが、マスターの事が気になった私は殆ど芽以の話に集中する事が出来なかった。



「サチとアタシって、中学ん時の友達なのね」


私との会話の最中、芽以は時折マスターに視線を送り、マスターを会話に引き入れる。



「へぇ、対照的な二人ですね。

おしとやかなサチさんと、活発な芽衣さんが友達とか」


受けたマスターは、その度にキャッチーな笑顔を浮かばせながら、場に沿った言葉を返してくれた。


が、私の気のせいかもしれないが、マスターの言葉を受けた芽以のその表情は、どこか優越感に満ちているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る