旅路という名の悦楽を/お題:官能的な列車
実に官能的な旅だ。ガタリゴトリと鈍く揺らされるがまま、静かにそんな思いを抱く。
聴覚への刺激。視覚への刺激。味覚への刺激。感覚器官への作用。すなわち官能。すなわち、甘美。
食堂車で振る舞われる珍味に舌鼓を打ち、寝台を揺らすその感覚に身を委ねる。
線路を車輪が駆ける音に耳を傾け、窓の外を彩る景色に圧倒される。
おまけに三半規管までもガンガンと暴力的にノックされてしまえば、我が身の一挙一足、それこそ末端の神経のその一つまで、この列車に支配されているといっても同然だった。
しかし、楽しい時間はあっという間に終わるのだと相場は決まっている。
最後の目的地までもう間近であることを知らせる、ぶっきらぼうなアナウンスにため息さえ溢れそうになるのをどうにか飲み込んで、忘れ物がないか、案内通りに今一度確認を済ませてしまう。
私の傍にあるこのすっかり薄汚れてしまったトランクとも長い付き合いなもので、愛着こそ湧いているが、しかしそろそろ買い替え時だとじっと無言で見つめられているような錯覚を覚えた。
仕方あるまい。君ももう隠居したい頃だろう。
なに、私の自宅へ配送してやるんだ。今生の別れでもあるまい。まあ、帰宅がいつになるかの約束はできないが。
ガタリ、ゴトン。ドタバタドタバタ。プシュウ、プシュウ。
とうとう終着駅へと到着したその音と、狭い通路を走るせっかちな足音を耳に浴びながら、私はゆっくりと部屋を後にする。
そのまま流れるようにホームへと降り立ってしまえば、この列車との暫しの別れが確定した。
この土地でしばらく滞在したあとは、新品のトランクを片手に、私はまた新天地を目指すのだろう。もしかすると、再び甘美なこの列車と相見えるかもやしれない。あるいは船と共に行くかもやしれない。
はてさて。私はこれから、どんな景色をこの目に焼き付け、どんな風に肌を撫でられ、どんな伝統を味わうのだろうか。
官能的な旅は、まだ終わりを知らない。
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