どこまでも。どこへでも。/お題:急な失踪/百合
「二人で逃げちゃおうか」
そう突拍子もない逃避行の提案を持ち出したのは、どちらからだっただろうか。
あの卒業式の日。大した人数も居ないくせに一丁前にしきたりだけはしっかり残り続けるような、そんな寂れた田舎の廃校予定の校舎の裏で、私たちはこっそり失踪の約束を結んだんだ。
親にバレないようにこっそりこっそり盗み続けた非常食と、幾らかのお金、それと着替えの服をトランクにめいいっぱい敷き詰めて。
簡単に私の家の話を街中に広げてしまう、隣の家のおばちゃんの目を盗んで飛び出して。
彼女と合流してからはライオンから逃げるウサギにでもなったつもりで、おっかなびっくりで電車に飛び乗ってしまえば、あとは強張った肩を緩めるだけだった。
「あっさり乗れちゃったね、電車」
「……そうだね」
すっかり気の緩んだ顔つきになった彼女の言葉に、間をおいて同調する。
私が生まれ育ったあの街は、私の足に幾重にも鎖と錘を結びつけて、絶対に逃してはくれないような、そんな気さえしていたのに。
なんだ、あっという間に豆粒の足元にも及ばないくらいの小ささとなって、山々の遠くのそのまた山の後ろに消えてしまうじゃないか。
「後悔してる?」
ガタンゴトンと古びた線路を走り続ける、やはり古い電車に揺られてどれくらい経ったかもわからなくなった頃、彼女は徐にそう尋ねてきた。
不安はないと言えば嘘になるし、後悔をしないと確信しているわけでもないけれど。
「してない。……後悔することになっても、君がいるから、大丈夫」
なんとも自分勝手な言葉が溢れ出て、ふは、と笑いさえ込み上げてきた。
後悔させる側になった責任を取る気はない。取れない。それでも、それでいいとさえ思える、なんて。
自分はここまで傲慢な人間だったのかと生まれて初めて気付かされた。
「私はしないよ。この先、絶対。あなたにもさせないよう、がんばるから」
ガタンゴトン、キイ、ギイと、相変わらず電車はけたたましく鳴いている。
それでもこの心臓の高鳴りは、そんな轟音さえかき消すようで。
「ね、向こうに着いたらまずは何したい?」
「君のお姉ちゃんの家に行かなきゃでしょ」
「もー、そうだけどそうじゃなくってさー」
あどけなく笑う彼女の声は、これまで一度も聞いたことがないくらいにひどく明るいものだった。その声がこの逃避行によって生み出されたものなのだと思うと、なんだかその事実に嫉妬しそうになる。
「とりあえず、美味しいものいっぱい食べよ」
「うん」
「それでー、映画館行って、お洋服買ってー」
「うん」
「あ、その前にバイトとかしなきゃか」
「うん」
「……それで、お金が貯まって、お姉ちゃんにも助けてもらわなくて良くなったらさ。もっともっと遠くまで、誰も追って来れないくらい遠くまで、また二人で逃げちゃおうよ」
二人でなら、どこまでだって行けるよ。
そう確信めいた予感を口にしたのがどちらだったとしても、もう、どうだってよかった。
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