愛しの暗殺者/お題:頭の中の暗殺者/百合
私は命を狙われる身であるのだと、その事実を理解したのは、五歳の誕生日パーティーの夜のことだった。
この国の第二皇女としてひたすらに恵まれ、幸福のみを傍受し、国の主としての責務を追われる立場になる必要もない、そんな庶民の夢物語を体現した完璧なプリンセスであると、あの時までは思っていた。
あの夜の私は、そう、子ども相手だからと欲も隠さず擦り寄ってくる大人たちに嫌気が差して、低い背丈を利用しこっそりとパーティーを抜け出した。
衛兵が徘徊するのみの夜の庭園で月夜に照らされる薔薇たちはひどく美しく見えて、宝石のようだと幼心に思ったことを今でも覚えている。
ひとつ摘んでしまおうか。そんな甘い欲求に促されるまま手を伸ばした刹那、私の頬を、鋭い何かが素早くかすめた。
痺れるような、小さな刺激。頬からかすかに血を流していると気付くにはそう時間はかからなかった。
困惑のままその場にへたり込めば、私の頭上を再び何かが掠めていく。
「……おい、さっさと仕留めさせろ」
低く、威圧的な声。親族の厳格で仰々しい声か、貴族や使用人のごますり声しか聞いたことのなかった私にとって、初めての声。
恐る恐る振り向けば、黒い装飾で口元を隠した、私とそう年の離れていなさそうな小さな女の子がそこには立っていた。
小さな女の子。刃物を持って、凍てつくような視線で私を見下ろしていること以外は、ごく普通の小さな女の子に見えた。
「───おい!そこで何をしている!」
私が腰を抜かして動けないでいれば、見回りをしていたのだろう、衛兵の声が背後から轟く。
目の前の彼女は舌打ちをすると、私が瞬きをしたその間に魔法使いのようにその場から姿を消してしまった。
その後の私は無事に保護され、それはそれはこっぴどく叱られたのだけれど。
暗殺者に狙われるほど私の命は重く、それでいて価値があるのだと、守られなければならないのだと、初めての恐怖と共に教え込まされた。
それでも。私は。
「また、私を殺しに来てくれないかしら」
他の人は絶対に向けてくれないあの鋭い瞳が。他の人からは絶対に聞けないあの特別な声が。他の人からは絶対に感じ取れないあの強烈な敵意が。
───他の誰でもない彼女のことが、今も頭の中から消し去れないでいる。
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