第12話「元魔王の弱点」

「ぎゃああああっ!!!」


 あっさりゾンビを粉砕した、リュウの背後から、いきなり凄まじい悲鳴が響いた。

 これは、若い男の声だ。


「え?」


 驚いたリュウが、つい振り向けば……

 何と!


 今回、ミッションを一緒に請け負った、同僚のベリアルが……

 まるで獲物へ一斉にむらがるピラニアのように、おぞましいゾンビの大群に囲まれ、襲われていた……

 それも、抵抗などせず、一方的にやられていた。


「えええっ!」


 リュウは吃驚してしまった。

 驚愕と言って良い。

 

 まさか!

 最強クラスの元魔王が?

 こんな、クソみたいなゾンビ如きに?

 さっき「固まった」のって……

 受け狙いの、「ほんの冗談だよ」って、つまんねぇ『落ち』じゃなかったの?


 一旦死んで、天界から能力補正を受け、D級神となってしまったとしても。

 勇者たるリュウを共倒れさせる、『相討ち』に持ち込んだほどの男なのだ。


 それが!

 無抵抗でゾンビに襲われている。

 リュウが呆然と見ている間にも、ベリアルに群がるゾンビは、もう10体を軽く超えていた。


「いかん!」


 リュウは首を「ぶんぶん」と左右に振った。

 ベリアルが何故無抵抗とか、そんな理由など、どうでも良い。

 このままでは、奴は喰い殺されてしまう。


 すぐにリュウは決めていた。

 行こう! 助けに! と。


 何故なのか、分からないが……

 リュウの中に、不思議な感情が湧き上がっていた。


 あんなにも憎み合った相手なのに……

 最後は殺し合いをしたほどなのに。

 放置しても良い筈なのに。


 でも……

 死んで二度目の転生をした先、天界へまで……

 奴も転生して来た。

 相討ちにまでなって、もう奴との戦いは完了したと思ったのに。


 それが!

 まさか、一緒に働く事になるなんて!

 本当に『くされ縁』だ、こいつとは!


 リュウは大きく叫ぶ。


「見捨てらんねぇ!」


 そして、


 どぐっしゃ!


 ベリアルに気を取られ、背を見せていたリュウを、チャンスとばかりに襲おうとしたゾンビ。

 リュウは殺気を感じ、身体を切り返す。

 そして、鋭い後ろ蹴りを思いっきり、ぶちかました。


 怒れるリュウの、強烈な蹴りを受けたゾンビは呆気なく四散した。

 邪悪な命を失い、単なる汚物となった無数の肉片が、辺りに派手にまき散らされる。


 倒されたゾンビが完全な肉片になる前にもう、リュウは脱兎の如く駆けだしていた。

 そして、凄まじい速度でベリアルの下へ到着。

 ベリアルを襲っていた一体のゾンビの後頭部を、無造作に片手で掴むと、


 ぐちゃうっ!


 あっさりと、握り潰していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……ベリアルを襲っていたゾンビを、あっさり粉砕し、全て排除したリュウ。

 傷の応急処置と体力を回復の為、ベリアルへ、急ぎ中級の回復魔法をかけた。

 そして、こりもせず、群がって迫り来るゾンビへ向け、火の魔法で焼き払う。

 

 何体も焼かれたゾンビ共は、まるで人間があげるような悲鳴をあげ、一旦後方へと下がった。


 リュウは、ゾンビをひと睨みして威嚇すると、「ぐったり」したベリアルを抱き起こす。

 ゾンビに顔や身体のあちこちを噛みちぎられ、引き裂かれ、全身が紫色になっていたベリアルは……弱々しく無言で笑った。


「てめ! ベリアル! この大馬鹿魔王! 何で、戦わないんだよっ!」


 リュウの第一声。

 そう!

 改めて思う。

 とても不思議だと。


 最強の魔力と魔法を併せ持ち……

 数多の無効能力を備えた、強靭な肉体を誇った魔王が。

 たかが、こんな腐肉の塊であるゾンビなんかに。

 何故、一方的にやられているのかと。


 そんなリュウの疑問は、ベリアルの、息も絶え絶えな愚痴で解決されてしまう。


「はぁはぁ……はは、おっさん、俺……嫌になるぜ……か、神になってから、の、呪いのたぐいは一切駄目になっちまったんだ」


「な、何? 呪いが駄目ぇ?」


 リュウは驚いた。

 凶悪な魔王が神になる……

 当然、天界から何らかの制約があるとは思っていた。

 だが、まさかベリアルが、よりによって『呪い』に極端に弱くなるとは……

 

「ああ……わ、笑っちゃうだろ……ま、魔王の頃は、腐った瘴気しょうきで気持ち良く呼吸して、お、怨念のかたまりである呪いを、さ、最高のかてとした、この俺様がさぁ……」


「…………」


「……か、神になったら、こんな情けない、真逆な体質にされちまった……そ、それが……ふ、復活の条件だって、あの……ルイに、い、言われてよ……」


「じゃあ、何で『この仕事』を引き受けたんだよっ」


「い、い、意地……さ。し、し、死んでもお前に! おっさんなんかに! ま、負けたくねぇ……こ、断って……め、迷惑もかけ、かけたくねぇ!」


 切々と訴えるベリアル。

 聞いた、リュウは首を振る。


「何でぇ……えらくカッコつけた上に、俺にも迷惑かけるって……馬鹿だ……てめぇは相変わらず大馬鹿だ……あほ魔王」


 リュウは思う。

 ベリアルは、変わった。

 神になり、ガラリと変わった。


 否、違う!

 本当は……

 最初から奴は……

 こういう性格だったんじゃないのか?


 俺と奴は、死を賭した戦いの中で、憎み合うだけじゃなく、奇妙な連帯感を感じていたんじゃないのか?

 絶対に、死以外の決着をつけられない、定められた運命の中でも……


 リュウは苦痛と無念で顔を歪めるベリアルを見て、「しみじみ」そう感じていたのであった。

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