006 暗黒腐敗な不死の魔術師に粘着される探り屋の少女

『シャンゼリゼの一つのカフェ ナポレオフ=レオルド』


 フランスが誇る観光地、凱旋門からほど近いオープンカフェで新作『マッチャ』エクレアをテーブルに鎮座させながら『ゲンジモノガタリ』を読んでいる。

「随分と『ワフウ』な趣きで」

 その声は、背後から聞こえてくるが私は、振り返らない。

「まずは、賞賛しよう。これが日本文化だと知っている事を」

 苦笑する相手。

「実は、私は、日系人なので」

 自分の血筋を隠すつもりがないのであろうその相手に私が語る。

「だからこそ今回の依頼だ」

「香港のアレですね」

 相手の即答に今度は、私が苦笑する。

「我ながら事前準備不足に嘆いたものだ。アレだけの存在ならば十倍出しても惜しくなかったのだがな」

「フランス屈指の魔法結社『フレンチバイブル』ともなれば数何千万ユーロ(何十億円)の金も惜しみませんか」

 呆れすら感じる言葉に私が断言する。

「出せるならば億を出しても惜しくない。アレを手に入れた九龍がどれだけの恩恵を得ていると思う?」

 私の問い掛けに相手が真剣な声で応えてくる。

「中国本土のオカルト業界では、騒然とした挙句、香港に続く龍脈に何重もの結界を施していますね」

 龍脈は、力の流れ道であり、それに結界を張るという事は、その力の流れを抑制する事を意味する。

 本来なら絶対に行われないそれをするだけのインパクトがアレには、あるのだ。

 中国本土からの圧力と抗い続けていた九龍にしてみればさぞ胸がすく思いであろう。

「探るのは、その動向?」

 相手の問い掛けを私は、即座に否定する。

「アレの件は、九龍の自己顕示欲のままに伝わる。契約がなされてしまった今、余計な手出しは、せん。依頼は、その契約に関わったローズガーデンの娘の調査だ」

「偶然と聞いていますが?」

 相手の疑問に対して私がイギリスの報告を睨む。

「他の連中ならばそんな欺瞞で騙せるだろうがあそこの宗主は、そんな偶然を容認する輩では、ない。裏に何かの保証があった筈なのだ。下手をすればアレと同等なにかを隠匿している可能性がある」

「報酬は?」

 詳細を聞かず金の要求、噂通りの相手の様だ。

「前金は、置いていく。情報をそちらが妥当だと思う額と交換で構わない」

 私は、そう言い残してその場を去るのであった。



『凱旋門 カブ=ホンダ』


 多くの観光客が前を通り過ぎるなら、あたいは、抹茶エクレアを味わいながら皿の下に隠されていた封筒を覗き込むように中の小切手をみる。

「前金で一万ユーロ(およそ百三十万)とは、流石は、フランス最大手ね」

 封筒を懐にしまいながら依頼内容を検討する。

「オカルトの本場、イギリスの魔法結社の中でも不動の地位を誇る『ローズガーデン』の宗主の娘、『アルカ=ローズガーデン』。精霊使いとしての技量は、既にこの業界の話題に上がっている程。その娘が何故か極東の田舎町に留学しているか。既に幾つかの組織が探りをいれているらしいけど……」

 あたいの所に流れてきていた情報は、どれも芳しくない。

「何か具体的な行動をとっていない。比較的普通の学生生活をおくっているみたい……」

 欺瞞工作が行われていると更なる調査が続けられているみたいだったがあたいには、違和感があった。

「学生生活を単なる欺瞞工作とするには、重点を置きすぎている。まるで学生生活自体に意味があると言わんばかりに」

 そう考えなければ不自然な程に学生生活に重きを置いていた。

 具体的に言えば儀式当日ですら学校を休んでいない。

 オカルト関係者だったら儀式準備を優先して学校を休んのが当然の流れだ。

「やっぱり、学生生活に何かある。そっちを優先して調べますか」

 そういって歩き出すあたいの影に嫌なモノが見えた。

「あいつも日本までは、追いかけてこないでしょうね」

 あたいは、そんな楽観的予測をしながら渡航準備にはいる。



『朽ち果てた洋館 ダージュ』


「へー彼女は、日本に行くんだ。良いね、僕は、日本のオタク文化も大好きなんだ。特に触手って奴は、本当に大好きなんだよね。自分で作っちゃう程にね」

 僕は、大量に保有した同人誌で描かれた触手の絡みを思い出し興奮する。

「うん、決めた。日本で君を僕の物にするんだ」

 僕は、その為の準備を始める。

「そうそう、秋葉原の同人ショップ最新情報を調べないとね」



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


「また増えたね」

 シーさんの言葉に私は、ため息を吐きます。

「はい。前回のアレが原因だと思うんですが」

「アレも派手にやったみたいだね」

 シーさんが他人事の様に言っていますが、アレ、『滝雨』が九龍の要請に応えて中国のオカルト組織を一つ壊滅させたのは、シーさん達に強制させられているからでしかない。

 そうでなければあのクラスの邪竜が人の要請なんかに従う謂れがない。

「こっちまで探りが入らないみたいだけどね」

 シーさんの言葉に私が安堵する。

「それは、本当に良かったです」

 これは、本当の本当の本音です。

 まかり間違ってもアレよりやばい存在と内通していたなんて事が発覚したら最後、世界中を敵に回す可能性すらあるのですから。

「そーいえば、シー達は、聞いた? 秋葉原での連続婦女失踪事件」

 ウグさんがそういって話して来る。

「それって……」

 私は、言葉に詰まります。

「それってあれ? 秋葉原で発生しているリア充カップルの彼女がいきなり謎の失踪するって奴」

 キヨさんが眉を顰めて言うとタルさんが神妙な面持ちで言う。

「ちょっと路地に入った瞬間に消えるって奴だよね。あたしは、神隠しの類だとおもうよ」

 オカルトに興味津々のタルさんの言葉にウグさんは首を傾げます。

「神隠しって何?」

 シーさんが説明する。

「昔からよく人が居なくなると言われる事で。神様が失踪した人を連れて行ったって意味」

 タルさんが頷く。

「そしてオカルト原因で人が居なくなる時によく使われる言葉だよ」

 キヨさんがため息を吐く。

「あのね、オカルト原因って嘘に決まってるでしょ」

「どうしてそう言い切れるの! もしかしたら妖怪とかそういった者かもしてないじゃん!」

 タルさんの主張に対してキヨさんが淡々と告げる。

「神隠しって言われていた事例の多くが悪人による誘拐や古い悪習による生贄行為なのよ」

 シーさんがそれに頷く。

「人災の場合が多いのは、確か。だから先生からは、暫くは、秋葉原に近づくなって警告が出ているよね?」

 その言葉にウグさんとタルさんが初めて聞いたって顔をするのをみてキヨさんが呆れた顔をする。

「今朝も言われたでしょうが」

 視線を逸らすウグさんとタルさん。

 そんな中、シーさんが呟く。

「本当に人災なんだよね」



『天夢家の前 アルカ=ローズガーデン』


「人災って言っていましたが、もしかして真実を知ってるんですか?」

 放課後、別れる直前、私の問い掛けるとシーさんが眉を顰める。

「ヤーが神田の方の神社のパワースポットに行った時に土地神様に聞いたんだけど、大陸からきた邪道な魔術師が憂さ晴らしにやってるみたいだよ」

「邪道の魔術師ですか?」

 意外な言葉に私が聞き返すとシーさんが頷く。

「そう、不死の魔術を使ってる輩だね」

「不死の魔術師!」

 思わず大声をだす私にシーさんが注意してくる。

「あまり表情を変えないで。一応監視の連中には、こっちの会話が適当に改変されて聞こえる様にしてあるけど、表情から違和感覚えられる可能性もあるんだから」

「申し訳ありません。ですが、不死の魔術なんて高度な魔術を使い手がなんでそんな真似を……」

 はっきり言って不死の魔術を使える程の魔術師ならば、今更数人の生贄など必要としていない筈である。

「リア充に対する憂さ晴らしらしいよ」

 シーさんの答えに私は、戸惑う。

「憂さ晴らしですか?」

 シーさんが強く頷かれる。

「所謂研究者タイプのボッチ。能力は、高いけどコミュ障だから薄い本を買う処を笑われたのを逆恨みして誘拐して酷い事してるらしい」

 思わず顔を押さえてしまう。

「不死の魔術を使う者が情けない」

 不死の魔術は、ある意味魔術の極みの一つです。

 多くの魔術師がそれを求めて研鑽を積んでいる事を考えれば、本気で情けないです。

「それにしても日本にも不死の魔術師が居たんですね。ヨーロッパでは、『深淵のダージュ』しか確認されていませんが」

「そのダージュって人が犯人」

 シーさんの言葉に私は、顔を引きつらせます。

「冗談無しでですか?」

「ヒャクパーマジ」

 即答するシーさんを他所に私は、呟く。

「フランスの闇の象徴、干渉できない悪夢、天災より酷い人災。幾つもの悪名を持つダージュがどうして?」

「理由までは、まだ判明してないけど。数日前から日本に来てて同人誌を買い漁ってるよ」

 シーさんの説明に私は、急いで部下に指示を出します。

「そうそう、盗聴器がいくつもあるから家でも会話に気を付けてね」

 そう言い残してシーさんが家に入っていった。

「何でここで盗聴器?」

 私は、首を傾げるのでした。



『虹和の安ホテルの一室 カブ=ホンダ』


「これって前にも聞いた」

 あたいは、密かにターゲットのカバンに仕込んだ盗聴器からの録音データの異常に気付いた。

「何も異常が無いと思っていたのに……」

 あたいは、改めてデータを確認し直すと、不自然な程に自然な会話が多くある事に気付く。

 データの更新情報を調べて確信する。

「データ改ざんの痕跡がある」

 あたいは、すぐさま部屋のネット回線を根元から遮断した。

「オカルト業界の人間は、意外と盗聴とかに気づき辛いと油断していた。更新日時まで偽造してある。コンマ単位に僅かな規則性がなければ気付けない程にそちらに精通している」

 正直信じられなかった。

 少し電子情報に知識があれば改ざん自体は、出来る。

 たいていは、更新情報の偽造までされていない。

 更新情報の偽造となればシステム自体に深い知識が必要になる。

 それでも、熟練者でなければ、その時間、コンマ単位の改ざんが適当で解るものだ。

 だが今回のそれは、不自然さを消す細工まであった。

「元の更新時間情報を元に実際に在り得るだろう更新時間に偽造してる。間違いなく一流のハッカーだね」

 あたいは、今ある情報の全ての信用度が一気に失われた事に頭が痛くなった。

「これって全部アナログで情報を残さなければ駄目って事じゃない」

 電子情報は、収集も解析も効率的に行える。

 その反面、今回みたいな一流のハッカー相手では、一切の信用性がなくなる。

 この場合、出来るのは、アナログでの情報収集。

 磁気テープでの録音、録画を行って、それを自分で解析するしかなくなってしまう。

 手間暇がとんでもなく掛かってしまう。

 想像しただけで疲労が襲ってくる作業量だ。

「なるほどね、これじゃあ他の情報屋がまともなネタを掴めない訳だ」

 日本に到着して直ぐに接触した同業者が揃って苦虫を噛んだ顔をしていた事を今更ながら納得した。

「さて、そうとなればアンテナの付ける位置から再検討して準備だね」

 あたいは、その為の道具を買いそろえる為に動き出す。



『秋葉原 ダージュ』


「今日も大量だ」

 僕は、幸福に包まれていた。

「あっちとは、質も量も全然違う。ビバニッポン!」

 両手いっぱいの同人誌をもって町を歩いていると、リア充カップルの男がぶつかってきた。

「根暗なオタクが道の真ん中を歩いているんじゃねえよ!」

 すごんでくるそいつにコミュ障な僕が戸惑っているとその相手の女が言う。

「本当にオタクって常識がないんだから」

 その子は、かなりのイケてる女子だけに少しショックを受けて手に持っていた袋を落とし、中の同人誌をばらまいてしまう。

「オイオイ、触手物かよ! 本気で腐った趣味してやがるな!」

 男が馬鹿笑いをし、女が蔑んだ視線で見てくる。

「……こんな変態なんて死ねば良いのに」

 僕は、これでも紳士を辞任している。

 だから一度だけチャンスを与えてあげた。

「今すぐ謝るんだったら許してあげる」

「あー? 何で俺がお前みたいなクズに許して貰わないといけないんだよ!」

 男がガンをつけてきて女が言う。

「そっちこそ今すぐ土下座して、生まれて来た事を謝れば見逃してあげても良いわよ」

 僕は、指を鳴らして、僕の影に潜んでいたモノが男の影を縛り上げ、操る。

 男は、突然の状況に困惑して叫ぼうとしたが、それすらも僕は、許さない。

「な、なにいきなりどうしたの?」

 男に強引に裏路地に引き攣り困れた女。

「触手の素晴らしさを教えてあげるよ」

 僕は、微笑み僕の影に潜んだ触手を開放した。

 女が騒ぐ前にその口が触手に蹂躙されるのであった。



『秋葉原 カブ=ホンダ』


 必要な部品を買い集める中、人ゴミが出来ている場所に出くわした。

 そこでは、一人の男が魂を抜かれた状態で座り込んでいた。

 その周囲には、何かあっただろう痕跡がある。

「これってまさか最近噂の連続失踪事件……」

 情報収集の中で拾った情報、神隠しとも言われるそれがあたいが良く知る奴の手口にそっくりだった。

「まさか、あいつが日本に居る訳がない。あの出不精が……」

 あの男、ヨーロッパで悪夢とも呼ばれる『深淵のダージュ』。

 探り屋として一度探った事があった。

 恐ろしい奴と慎重に探っていたがその結果解ったのは、恐ろしいほどの実力とそれに不釣り合いなガキの様な性格。

 どれほど恐ろしい実力者であっても、交渉が行える相手ならば探りを入れて利用すら考えるのだが、こいつは、違う。

 行動原理が単純なのだ。

 自分が好むかどうか、それだけ。

 正にガキの論理であり、正直、二度と関わりたくない相手だ。

 あれがただ恐れられているのは、引き籠りであまり外に出ないからだけであり、もしもあれが外を出歩く様であったらヨーロッパの組織が力を結集してでも抹消していた事だろう。

 そんなあいつの痕跡を感じる。

「はー、あいつは、面倒なのよね」

 探る中、一度だけ接触をもった事がある。

 コミュ障な所があるが、実力だけは、あった。

 それを褒めてやるとガキの様に喜び、技術だけは、凄い触手を見せられて辟易した。

 その場では、褒めちぎって場を誤魔化したがそれから、何度か観察してきている節があった。

「一応に注意しておいた方が良いわね」

 そう心のメモにつけながら買い物を再開する。



『私立虹和学園の屋上 アルカ=ローズガーデン』


「監視のやり方が変わったみたいだよ」

 シーさんの言葉に私は、ため息を吐く。

「また盗聴器が増えたのですか?」

 シーさんは、首を傾げます。

「単純に増えたと言うより、アナログ装置を加えて来た。ソーの予測では、増えたデジタル装置は、欺瞞で本命は、改ざんがし辛いアナログ装置だって」

「アナログ装置ですが……」

 厄介な事になったと私が考えているがシーさんは、平然と答えてくる。

「問題な出そうなところは、イーが改ざんしてるから大丈夫だよ」

「アナログ装置のデータをですか?」

 思わず聞き返す私に対してシーさんが頷く。

「アナログだろうがなんだろうが所詮は、情報信号の集まり。その規則性を維持して変化させてやればいいだけですよ」

 本気でなんでも有りだ。

 非公式情報ならばいくらでもどうとでも出来る。

 前にあったマスターテープ絡みも、それが放送前だったら、こうやって書き換えてた事だろう。

「感謝します」

 私のその言葉にシーさんが肩を竦める。

「あちき達の秘密に関する所しかしてないよ」

「それだけで十分です」

 私は、そう断言する。

 他の情報ならばいくらばれた所で大した問題になりません。

 しかし、万が一にもヤマタノオロチの関係の情報が洩れれば『ローズガーデン』の存亡すら関わる事態になります。

「そんで、そのアナログな事をしてる人が特定できたよ」

 シーさんが一束の資料を渡して来る。

「名前は、カブ=ホンダ。日系フラン人で、ソーの調べで『フレンチバイブル』の依頼でアルカさんに何かあるんじゃないかって探ってるみたい」

「『フレンチバイブル』ですか……」

 邪竜の件で目を付けられたのでしょうね。

「どうするの?」

 シーさんの素朴な疑問に私は、肩を竦めます。

「どうもしません。暫くは、お手数をおかけしますがそのまま放置で」

 少し驚いた顔をするシーさん。

「てっきり処分するんだと思った」

「こういうのは、潰すと逆に増えるんですよ」

 私は、実例を幾つか説明するとシーさんが面倒そうって顔をする。

「無駄だと諦めるって事を知らないの?」

「いくらでも補充できる使い捨ての道具ぐらいにしか考えてないんです」

 私は、そう答えながら資料の最後に書かれた一文に驚く。

「『深淵のダージュ』に絡まれているってどういうことですか?」

「どうもこうも、オタクを下手に褒めて気に入られてしまったって感じですかね」

 シーさんの曖昧な表現に眉を顰める。

「なんですかそれ?」

 シーさんも困った表情で続ける。

「この『深淵のダージュ』って奴は、子供みたいな性格だと思って。技量と性格が完全に別けて考えないと駄目な奴ですね」

「子供がヨーロッパ有数の魔術の使い手なんて最悪です」

 ひたすら頭を抱えたくなる状況でした。



『虹和の安ホテルの一室 カブ=ホンダ』


 あたいは、回収した磁気テープを虫眼鏡でチェックして結論をだす。

「信じられないけどアナログデータまで改ざんされている」

 再生しても違和感一つない事が逆に気になって現物をチェックしたら、テープの一部の劣化具合に差がある事に気付いた。

「記録された内容を変えてテープを作り直した風にさえ思える。こんな事が可能なの?」

 普通に考えてありえない事だ。

 電子データなら一部だけ変える事は、可能だろう。

 しかし、磁気テープみたいなアナログデータを変えるには、上書きしかない筈である。

 なのに、その痕跡が無く、まるでその部分だけをデータを改ざんした状態に作り直す。

「美術品の贋作製造並みの手間を全てのデータで行ってるなんて人間業じゃない」

 天を仰いで言う。

「はっきりいって手詰まりよ」

 考えられる限りの手段で探りを入れている。

 オカルト的な物、デジタル的な物、今回のアナログ的な物。

 それら全てに完璧な隠ぺい工作がなされている。

「なにかとんでもないモノが在るのは、確かなのにそれがまるで見当もつかないなんて初めてよ」

 自分の掌を見て苦笑する。

「お釈迦様の掌の孫悟空って気分ね」

 暫く無駄な思考を繰り返した後、立ち上がる。

「気分晴らしよ!」

 あたいは、乙女の最終手段、やけ喰いにはしる事にした。



『虹和のとある寿司屋 カブ=ホンダ』


「海に面してないのにこの新鮮なネタって本当に不思議な技術よね」

 新鮮なネタを食べ続ける。

 親の嗜好で寿司は、子供のころから好きだったが、日本のそれは、格別だ。

「うん、地元だと赤身中心だけど、本場の細工がされた白身や貝も独特な味わいで良いのよね」

 腹が満ち足りた所で現実の問題に目を向ける。

「データが改ざんされているって事は、データを改ざんしなければいけない事実があるって事。問題は、それをどうやって探るかよ。現状いかなる手段を使っても盗み見出来ない事は、確か。そうなると直接か……」

 正に最終手段。

 しかし、それしか方法も無いのも確かな事実。

「カブ=ホンダの本気を見せてやろうじゃない!」

 あたいが本気を出すことにした。



『ローズガーデン虹和支部 アルカ=ローズガーデン』


「消防署の方から来ました。防災施設の点検員です」

 私の視線の先で変装した問題の女性、カブ=ホンダが居る。

 提示された身分証明書には、偽造とは、思えない精巧な物だったが根本的な所で問題がある。

 既に相手の素性を察知しているって事だ。

「警察を呼びますので少しお待ちくださいね」

 私の言葉に僅かに顔を強張らせるカブ女史。

「あのですね。ですから正式な点検なのですが」

「上との合意は、既に終わっています。公務員がこの館の調査をする事は、ありません」

 私の即答にカブ女史がワザとらしい笑いを声をあげる。

「それは、すいません。こちらの手違いだったようですね。それでは、失礼します」

 帰ろうとするカブ女史に対して私は、告げる。

「『フレンチバイブル』への違約金は、こちらで用意しますので直ぐに帰国成されたらどうですか? カブ=ホンダ」

 鋭い目つきになるカブ女史。

「あたいの素性まで突き止めてるなんて流石ね。アナログデータの改ざんと良い。随分と優れた手下が居るのね?」

 アナログデータの改ざんに気付いて居たのかかなり優秀ね。

「答える必要がありませんし、私達も貴女に求めるのは、早急な帰国の身です」

「こちらもそういわれて引き下がっていては、商売があがったりよ」

 そう答えるとカブ女史は、手を叩いた。

 すると彼女の持っていたカバンから煙が噴き出した。

「そんな煙幕が通じると?」

 私が風の精霊で散らそうとするが、精霊が煙に近づけずにいる。

「滅びた町の保存水を材料にした煙。腐った水から出れなくなった精霊の念が籠った煙にまともな精霊が近づけないわ」

 カブ女史は、事前情報があるように厄介な相手の様だ。

「魔力自体は、高くない貴女がこちらの世界では、指折りの探り屋なのは、そういった念入りな下準備に由縁しているのでしょうね」

 カブ女史が頭を垂れる。

「お褒め預かり感謝いたします。この場は、失礼させてもらい……」

 その言葉は、途中で中断される。

「念入りな下準備をしているのは、そちらだけじゃないのよ」

 私は、カブ女史を囲むように張り巡らせたピアノ線を弾く。

「何らかの方法で魔術を無効化された時の為にこうやって逃走手段を遮断する仕掛けを用意させて貰ったわ」

「あたいの様な小物には、過ぎた準備では?」

 カブ女史は、そう謙遜してくるが私は、淡々と語る。

「正直、アナログデータ改ざんに気付いた時点でこちらもあまり手を引けないのよ」

 ヘタな情報を流される訳には、いかない。

 ここは、一度確保しておく必要性がある。

 動けないだろうカブ女史の身柄の確保を行おうとした時、その声が響いた。

『その子は、私のモノなんでね?』

 背筋が過る寒気と激しい嘔吐感。

「『深淵のダージュ』、まさか貴方が直接やってくるなんて予想外だわ」

 私が警戒する中、影から湧き上がる様に不気味な男が現れる。

「高名な『ローズガーデン』のお嬢様まで知られているとは、僕も有名になったものだ」

「謙遜は、必要ありませんよ。貴方がヨーロッパでも指折りの魔術師だって事は、間違いのない事実ですから」

 性格に問題が多大にあるという補足は、付けず私が告げるとダージュは、少し驚いた顔をする。

「そうかやっぱり僕って凄いんだ。カブさん、そんな僕が君を助けに来たよ」

「ノーサンキュウー。貴方に助けられるくらいなら一度捕まる方を選ぶよ」

 カブ女史の本音に対してダージュは、体をくねらせる。

「これがツンデレって奴なんだね」

「違うって言っても信じて貰えないんでしょうね?」

 嫌そうな顔をするカブ女史に対してダージュは、うんうんと何度も頷く。

「正直に成れない乙女心って奴だ。安心して僕は、君がどんなに反抗的な態度をとっても見捨てないから。こんな風にね」

 ダージュが指を鳴らすとその影から湧き出す触手がピアノ線を寸断していく。

 そしてこちらを見るダージュ。

「さてと人の物に手を出そうとした悪い子ちゃんには、どんなお仕置きが必要かな?」

「お嬢様!」

 結社の人達が私の庇おうとするが、触手が即座に排除していく。

「やっぱり高貴なお嬢様には、じっくりと舐る様に……」

「目を瞑って!」

 カブ女史の声に私は、即座に反応する。

 瞼越しにも解る強烈な光が周囲を覆った。

 そしてダージュを蹴飛ばしてカブ女史が私の前に立つ。

「ダージュの触手は、影が無ければ存在できません」

「どうして私を助けたのですか?」

 私の疑問にカブ女史が嫌そうな顔をする。

「ここであいつに助けられた上、貴女に何かあったら『ローズガーデン』に狙われる事になりますからね」

 損得勘定なのだろう。

「君は、本当に高潔なんだね。君が彼女の味方だとしても僕は、一向に構わないよ。だって僕は、絶対に負けないんだから」

 そう余裕の表情を見せるダージュに儀式用の剣が突き刺さる。

「余裕を見せ過ぎだ。ここで死ね」

 刺したのは、剣術にも覚えがあるメンバー。

 それだけに彼は、大きな勘違いをしている。

「直ぐに離れなさい!」

 私の指示に彼は、戸惑う中、ダージュは、平然としていた。

「無駄だよ。僕は、死なないんだから」

 影から出た触手が彼を吹っ飛ばし、そしてダージュは、近づいてくる。

 メンバーがいくつもの魔法、武器、銃器すら使うが、ダージュは、まるで怯まない。

 どれだけの攻撃を受けてもダメージが無いのだ。

 大半の攻撃が足止めにすらならず、カブ女史がやった様に強烈な光で一時的に触手を退散させること以外、まるで有効な手段が無かった。

「不死の魔術とは、ここまで……」

 私は、最早手段が無かった。

 平穏にこの場を収める手段が。



『ローズガーデン虹和支部 カブ=ホンダ』


 不死の魔術、不老不死に通じるその魔術は、古今東西あらゆる者が研究してきた題材であるが成功例は、ほんの数例しかないと言われている。

 その中、ダージュの不死の魔術は、あるいみ完成されいる。

 影の中に自分の本体を置き、いま見せている体は、紛い物だ。

 種明かしされていても、影を消しても出入口が一時的に消えるだけ。

 そして実際に影の中に体を置き続けるという常人では、真似できない。

 狂った男、『深淵のダージュ』にしか使えない不死の魔法。

 そんな狂った男にまともな感性なんてありえない。

 魔術の技量だけは、純粋に褒められたので正直に言ったのが運のつき。

 はなから人の事を理解しようとしないあいつは、その言葉が気に入って付きまとって来た。

 最初こそ、使えるかもと思ったが、常人の感性を持ち合わせないこいつとは、まともな交渉すら成り立たない。

 自分の考え、自分が思い描いた世界だけで生きるこの男は、王様だ。

 狂った常識を押し付ける王様なのだ。

「交渉すら出来ませんから逃げるしかないですよ」

 あたいの言葉に『ローズガーデン』のお嬢ちゃん、アルカちゃんは、深い深いため息を吐いた。

「その様ですね。こうなると貴女には、これからの事を永遠に沈黙して貰う事になるでしょうね」

「これからの事? アレに通じる禁呪でもあるというのですか?」

 あたいは、『ローズガーデン』というイギリス有数の魔法結社の力に淡い希望を求めたがアルカちゃんは、首を横に振る。

「あれは、ヨーロッパ中の魔法結社全てがどうしようもないと不干渉を宣言した奴です。だからこそ、貴女には、そうそうに帰国して欲しかったんですよ」

「あたいとあいつの関係まで知っていたって事ですか。ですが、もう手遅れね」

 あたいの返しにアルカちゃんは、沈痛な表情を浮かべる。

「そう手遅れね。こんなに騒いで隣に気付かれない訳が無いわ」

「警察でも呼ばれると思っているのですか? そんなのが来たところであれは、気にもしませんよ」

 あたいは、以前に接触した時に自分のコレクションが異常だと廃棄を迫られたあいつがそういって来た近所の住人と警官をなんの躊躇もなく殺したのを思い出す。

「世の中には、信じられない存在が在るのよ」

 アルカちゃんがそういう中、ダージュが微笑む。

「さて、本番前の雑魚相手の戦闘シーンも終わりだ。本命を……」

 言葉の途中でダージュの体が吹っ飛ぶ。

「何が起こったの?」

 あたいの呟きにアルカちゃんがダージュを殴っただろう相手を観察してから軽く頭をさげる。

「マーさんですよね? この度は、お手数をおかけします」

 そこには、アルカちゃんが学校でよく話している隣に住んでいる大地主の娘、天夢楽百ちゃんが居た。

 ただ少し気になったのは、何故、『マーさん』と呼んだのか。

 あたいが知る限り、アルカちゃんは、『シーさん』と呼んでいた筈。

 もしかしてそっくりなだけで別人の可能性があるのかもしれない。

「いいのいいの! いくらやっても大丈夫なサンドバックがあるって来ただけだから」

 楽百ちゃんは、そういうと笑顔でダージュに近づいていく。

 観察してみるが『シーさん』と呼ばれる子と髪型こそ違うがあらゆる身体的特徴は、同じ。

 ただ、口調に若干の違いがある。

「……二重人格?」

 あたいは、そんな思考を巡らせている間にも、吹っ飛ばされていたダージュが起き上がりいう。

「どうやったかは、知らないけど、何をやっても無駄だよ。僕の不死の魔術は、完璧だ!」

 そう宣言するダージュに対して楽百ちゃんは、笑顔で告げる。

「そういうサンドバックが丁度欲しかったんだよ」

 そういうと信じられない事に小学生にも見える子が片手で成人男性のダージュの体を空中に放り上げた。

 本人も飛び上がると見たこともない形の固め技をする。

「これは、アロガントスパーク!」

 ダージュが叫ぶ中、落下に合わせて固め方を変えられながら床に激突する。

 平気だと解っていても、ものすごく痛そうな姿になっている。

 解放されたが体全体が不自然に曲がっているダージュが立ち上がる。

「こんなことをしても無駄だ! 僕には、どんなダメージも通じない!」

 言い終わる前に背後に回った楽百ちゃんは、首に手を回してそのまま床に投げ落とす。

「て、天狗投げだと……」

 ダージュが驚愕の表情のままそう告げる。

「マーさんもしかして漫画やゲームの技を試していませんか?」

 アルカちゃんの言葉に楽百ちゃんは、笑顔で頷く。

「そう! 漫画じゃなきゃ危険すぎる技だけど、こいつだったらいくらでも食らわせられるでしょ!」

「確かにそうかもしれないけど……」

 あたいは、想定外すぎる状況に戸惑う中、楽百ちゃんの技は、続く。

「えーい、流石の僕もこれ以上付き合ってられんぞ! やれ触手共!」

 流石に切れたダージュが影から大量の触手を呼び出した。

 しかし次の瞬間その全てが幻想の様に消えていく。

「如何なる魔術もその力の源を吸収され、龍脈にかえされては、意味をなしませんよ」

 アルカちゃんが恐ろしい事を言っている。

「そんな真似を出来る人間が居る訳がない!」

 ダージュのいう通りだ。

 既に発動した魔術の力を吸収するなんて事が可能だとは、思えない。

 もし可能だとしてもダージュという異常だが、魔術だけは、一流の使い手が生み出す触手に使われた莫大な魔力を龍脈に返還するとしても一時的だろうが人体に保持できる訳がない。

 ダージュが意地になって次々と触手を放つがその全てが楽百ちゃんに近づいた途端消えていった。

「嘘だ! あれらを生み出すのに僕は、数年かかっているんだぞ! それだけの魔力を一度にどうにか出来る訳がないんだ!」

 そんなダージュの叫びを無視して楽百ちゃんは、技をかけ続けるのだった。

 一時間もそんな事が続く。

 『ローズガーデン』のメンバー達は、既に通常業務に戻っている。

「何時まで続けるのかしらね?」

 本当に面倒そうな顔をするアルカちゃん。

「止められないの?」

 あたいの言葉に対してアルカちゃんは、ダージュをゲームでしか見た事も無い吹っ飛び方をさせている楽百ちゃんを視線でさしていう。

「止めに入る勇気があるのでしたらどうぞ」

 あたいは、話をそらす。

「彼女は、二重人格かなにかですか?」

「そんな程度の事だと思ってる?」

 アルカちゃんの聞き返しにあたいは、首を横に振る。

「もしかして神降ろしとかの類ですか?」

 あの圧倒的な力からして常人じゃありえない。

 ならば、『マーさん』というのは、楽百ちゃんが神降ろしした姿なのかもしれない。

「そのレベルだったらまだ良かったんだけどね」

 アルカちゃんが遠い目をしている。

「それよりやばいってどういう……」

 戸惑うあたいに対してアルカちゃんは、淡々と語る。

「あの力が単なる一側面でしかないとしたら?」

「一側面って! まさか他にも同等の力があるって言うの!」

 驚愕しかない。

 いま見せられている力だけでもとんでもないのに、それ以外にも力があるといったら洒落や冗談抜きでオカルト業界がひっくりかえる存在だ。

「『滝雨』が大人しく契約した理由がそれよ」

 アルカちゃんの説明にあたいは、自分がとんでもない事に触れている事を察した。

「えーと、大人しく帰国するので見逃してもらえませんか?」

「ここまで見られて逃がせると?」

 アルカちゃんの言葉にあたいは、答えられなかった。



『影の世界 ダージュ』


 外の体は、所詮は、作り物だ。

 痛みなんて無いし、どんな事をされても本体には、なんの影響もない。

 だから何の問題も無い筈なのだ。

 例え、現在進行形で頭がい骨骨折をしている情報が伝わってきても平気の筈だ。

 漫画やゲームでしか見た事の無い技を僕の体を使って再現続けられるその終わらぬ行為に恐怖を覚える訳が無い筈だ。

 こっちからの魔術攻撃の全てを無効化されても不死の魔術自体が破られる訳じゃない筈だ。

『おーい、体がちゃんと構成されてないぞ。早くちゃんとした体に戻してよ』

 仮初の体を通して聞こえてくる声に背筋が凍る。

 それは、在り得ない事の筈だ。

 どんなにダメージを負おうが、直ぐに元の姿に戻る筈だ。

 そういう風に外の体は、作られている筈なのだ。

 慌てて、作り物の体の目で問題の体を確認して気付いた。

 元の形がイメージ出来ないのだ。

 強烈なダメージを受け続けたイメージが本来の体のイメージを崩壊させている。

 このままじゃ駄目だ。

 直ぐにでも安全なところに移動して、体を出して、元の正常な体を確認しなければ。

 僕は、何十年ぶりになるだろう外に世界に体を出す。



『ローズガーデン虹和支部 カブ=ホンダ』


 体が崩壊を始めたダージュの動きが止まり、その影からミイラが出て来た。

「あれが本当のダージュなのね?」

 アルカちゃんの言葉にあたいが頷く。

「いくら仮初の体を通して栄養を補充できるとしても日も当たらない影の世界に居続けてまともな人間の姿を維持出来ない。それがあいつの不死の魔術を誰も真似もしようとしなかった理由」

 自分の姿を見て戸惑っているダージュ。

「これは、何だ? 何故僕の体がミイラみたいになってるんだ?」

 まともに座る事も出来ずに倒れているダージュの傍に行きアルカちゃんが言う。

「さてと大人しく行方不明にした人達を開放してくれる?」

「だれが小娘の言う事なんて聞くか」

 そう悪態を吐くダージュを無視してアルカちゃんがため息を吐く。

「マーさん、お願いしてよろしいですか?」

「はーい!」

 少女の姿をした化け物がその左手をダージュの影に当てると影が歪み、次々と女達が排出されていく。

「嘘だ? 影の世界は、龍脈と直結させて維持されているのだ、それを人間の手で無効化するなんて不可能な筈?」

 ダージュの力なき主張にアルカちゃんがメンバーから受け取った触媒を手に告げる。

「まだ解らないの? 自分が相手しているのが人の姿をしているだけの龍だって事に?」

「それこそ嘘だ? そんな化け物を人が制御出来る訳がない」

 ダージュのいう通り、万が一にもそんな存在が居たとしても人がどうにか出来る訳がないのだ。

「秘密の隠蔽。それを引き換えに協力関係を維持しているだけ。それだけにその秘密の一端に触れた貴方には、秘密を洩らせない処置をさせて貰うわ」

 触媒が妖しく変質し、体に侵食し、ダージュが悲鳴をあげる。

「今夜の事を伝えようとすると同時に貴方の記憶を貪る。伝え終わる前に貴方は、廃人と化すでしょうね」

 失禁をしているダージュを背に近づいてくるアルカちゃん。

「さてと、貴女の方は、どうしましょうか?」

 手てダージュに使ったのを同じ触媒を弄びながらアルカちゃんが言ってくる。

 あたいは、唾を飲みこむ。

 正直、この状況でただで帰れるとは、思えない。

 あの少女の姿をした龍から逃げるなんて絶対に不可能なのだから。

「ところでいま回収した力って流石に龍脈に返すと目立つよ」

 その説明にアルカちゃんが眉を顰める。

「確かに……」

 その時、目の前を不可解な物が歩いていく。

 ドラゴンの縫いぐるみがドラゴンの縫いぐるみを引っ張って歩いてきているのだ。

 あれの傍にいったそれがドラゴンの縫いぐるみに触れあったと思うと髪型をサイドテールからポニーテールに変えた。

「ソーから、この人たちを回復、帰還させるのに使うのは、どうかって?」

「この数をですか?」

 アルカちゃんがダージュの影から湧き出た女達を見る。

 百近いそれにあれは、あたいを指さす。

「情報隠ぺいは、そっちの人にやって貰えって。ソー曰く、そういうのは、かなり得意な筈だから」

 アルカちゃんが顔をこちらに向けて微笑む。

「ご協力をお願いできますか?」

「さっきの術を受けるから帰国したら駄目?」

 あたいの願いに対してアルカちゃんが視線であの少女を指す。

 何が言いたいかなんてはっきりしていた。

 アレに逆らえるのかって言いたいのだ。

「尽力させて頂きます」

 そう答えるしかあたいには、出来なかった。



『シャンゼリゼの一つのカフェ カブ=ホンダ』


「仕事に失敗しました」

 そう報告するあたいに『フレンチバイブル』の宗主の読書の手が止まる。

「あたいに付きまとっていた『深淵のダージュ』が暴走、それを止めるのに『ローズガーデン』と仕方なく協力関係をとり、これ以上の探りが不可能です」

 本を閉じる『フレンチバイブル』の宗主。

「今回の依頼の件は?」

「『ローズガーデン』は、何も気付いて居ないと言っています」

 あたいの答えに『フレンチバイブル』の宗主は、舌打ちする。

「問題にする気が無いから大人しくしろという事か。仕方あるまい」

 席を立つ『フレンチバイブル』の宗主にあたいが告げる。

「違約金替わりです」

 そういって一つのリストをテーブルに置いて今回は、あたいが先に席をたった。

 今のリストには、ヨーロッパでのダージュの被害者が入院している病院とその素性が書かれてある。

 中には、大企業令嬢までいるから彼等なら有効に使えるだろう。

「とりあえずヨーロッパ分は、押し付けられたと。日本分は、アジア系の組織の誘拐って偽装したアジトから回収させたけど、残りは、まだまだあるのよね」

 残ったリストを手にあたいが愚痴る。

「本気で規格外よ! どうしたら、影に取り込まれて正気を失った人間全員をまともに戻した上でその素性を網羅するなんて出来る訳!」

 救出された女全員を問題なく返す為にあたいは、休む暇なく海外を飛び回っている。

「いっその事、このまま雲隠れしちゃおうかな?」

 あたいがそう呟いた時、携帯にメールが入る。

『逃げられると?』

 送り元不明となっているそのメールの作成日時が昨日の上、細かい次回設定の予約送信になっている。

「未来予知まで出来るなんてチート過ぎるでしょ!」

 あたいの叫びがパリの空に響き渡るのでした。

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勝率セブンナインでもヤマタノオロチにやぁ勝てません 鈴神楽 @suzukagura

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