005 狡猾卑劣な国潰しの邪竜に捧げられる生贄の少女

『ある海岸沿いの温泉宿の前 アルカ=ローズガーデン』


「一つ聞きたいのですが、これは、どういう旅行なのでしょうか?」

 私の疑問にシーさんが周囲を確認してから応えてくれます。

「えーと、ヤーが普段パワースポット巡りしているって話を前にしたのは、覚えてますか?」

「はい。そこでパワースポットから噴き出した龍脈の残滓を吸収していると」

 最初の頃に聞いた話でその為に態々本国まで形代を持ち帰ったのだから忘れる訳がない。

 問題は、それと今回の旅がどうつながるかです。

「そういうパワースポットの近くって神霊と呼ばれる様な高位の存在がいる場合があります。ヤーに言わせればそういう神霊が居るからパワースポットになった可能性が高いみたいだけど」

「聞いた事があります。パワースポットに高位存在が引き寄せられているという説もありますが、わが国でもどちらが正しいのかは、研究中です」

 私は、こちらの常識を口にするとシーさんは、しみじみという。

「そういう神霊と人付き合いが苦手なヤーとは、相性いいみたいで、よく遊ぶんです」

「……高位存在とですか?」

 私が思わず聞き返してしまってもおかしくない事でしょう。

「そこで問題が発生するのが神霊って基本、少しでも力ふるっただけでも天災が起こり得るって事なんだよ」

「最上位の精霊が少し不愉快そうに眉を顰めただけでその周囲の作物が枯れたという伝説があるくらいですからね」

 私が精霊使いの間で伝わる伝説の一つを口にするとシーさんが続けます。

「そうならない為の遊戯がTRPG。あれだったら口で言い合うだけ、ダイスもコンピューターダイスを使えば良いって意外と神霊の間では、好評なんです」

 高位存在がTRPGをやるというとんでもない話に流石に私が言葉を無くしている間も話が続きます。

「その際に通常のRPGのコンピューターの代わりにゲームマスターをやるのが普段からネットで雇われゲームマスターをやってるソーなんだけど、流石に神霊相手に料金を請求するわけにいかないですよね?」

 そこで同意を求められても激しく困りますが一応常識的な答えを返します。

「確かにそうですね。高位存在相手に金銭要求なんてしたらとんでも無い事になります」

 シーさんが頷きながら答えてくれる。

「そんな訳でいつも無料でやってたんだけど、それだと一方的に借りを作るようで申し訳ないとこの近くにいる神霊が代表で自分の眷属がやっているこの温泉旅館への無料招待を提案してきたんです」

 一気に話がきな臭くなってきました。

「それを受けたんですか?」

 私が聞き返すとシーさんが大きなため息を吐く。

「そりゃ最初は、遠慮したけどあっちも神霊としてのプライドの問題だと言い始めて、招待に応じる事になったんです」

 なんとも現実味があるのかないのか解らない話です。

「ですが、それならばなぜ八名もなのですか?」

「眷属さんの勘違いが原因で、あちきが頭が八つあるから八名分の準備をしたらしい。直ぐに気付いて変更してもらおうとも思ったんだけど、折角準備をしたんだからと友人をつれてどうぞって話になったわけです」

 シーさんがしかたないって顔で言っていますが、一つ気になった事があるので指摘します。

「それでは、ここの眷属の人達は、貴女の正体を知っているって事ですか?」

「あちきの正体については、神霊が漏らさないって約束しているから。それを眷属が破れると思いますか?」

 シーさんの確認に私は、首を横に振った。

「破れる訳がありません。下手をすればそれに類する行為を行った直後に死ぬ可能性すらあるのでは?」

 高位存在の眷属というのは、そういうものだ。

 常人より高い能力を有する事が多いが主には、絶対服従。

 逆らうなど想像すら出来ないだろう。

 改めて旅館の従業員をみてみますとどこか常人離れした顔立ちをしています。

「因みにこの近くにいる神霊が好きなのは、COCだったりします。なんでも自分にそっくりなのが名前のタイトルに出ているとお気に入りらしいです」

「そうですか」

 正直、高位存在がどんなTRPGが好きなのかは、どうでもいい話です。

「シー! この旅館なかなか良いよ!」

 キヨさんが嬉しそうにそう手を振ってきます。

 勘違いが元かもしれませんがとにかく私達は、八名でこの旅館にやってきました。

 メンバーは、招待を受けた当人のシーさんにその親友のキヨさん。

 大怪我が治ったばかりで湯治も含めたタルさんに前回の事件でストレスを受けただろうとされているウグさん。

 ここまでは、クラスメイトでもあるので問題は、ありません。

「本当にいい旅館ですね」

 少し腰が引けているのは、今回の旅行の保護者役、あの神主のお孫さん、櫛名田姫(ヒメ)さんです。

 今年で二十五になると聞いていますが、『錫杖』系の先祖帰りとしては、ヤーさんという例外を除けば最も強く顕現していて、神主が使っていた先祖伝来の錫杖が無くてもある程度の霊を操れる様で、現在もほぼ無意識のうちに周囲の霊を従えています。

 そして残り二人なのですが、想定外な人物です。

「はー、帰りも運転するのかよ」

 大きなため息を吐く、前回お世話になった婦警、夏目(ナツメ)通子(ツウコ)さん。

「とりあえずは、ここに居る間は、自由って話ですから、それを楽しみましょうよ」

 それをフォローする春芽(ハルメ)交子(コウコ)さんです。

 この二人は、偶然にも姫さんと同級生らしいのですが、それとは、全く関係ないペナルティーの一環として同行されています。

 話の始まりは、移動手段をどうするかだったのです。

 近くの駅までは、電車移動でも良かったのですが、そこからこの宿までは、公共交通手段がなく、タクシーかレンタカーになるのですが、どちらも八人となると面倒になると話になりました。

 その話の中で、前回の暗殺者への発砲絡みで謹慎処分になっていた婦警二人の名前が何処からともなく上がってきました。

 警察側では、幹部候補がウグさんの情報を漏らした負い目もあって、ここまでの移動の運転手として、非公式に謹慎処分中の婦警二人を宛がったというのが真相です。

 私としては、父の配下の人間を使った方が安心できたのですが、ソーさん曰く『魔術結社の人間の霊感で目覚め始めたタルさんに変な影響を与えかねない』との事でした。

 知らない人は、意外かもしれませんが、霊感というのは、ある程度幅が存在します。

 正確に言えば、電波の波長の様な物かもしれません。

 私や姫さんの様な上位者になれば意識して波長をコントロールできます。

 シーさんに至っては、オカルト関係者全部を騙しきる事だって可能です。

 そういった意味では、父の配下の方のそれは、目覚め始めたタルさんのそれに近いため、刺激する可能性があるらしいのです。

 これは、オカルト業界では、よくある話で、初心者の多くは、中堅くらいの人間の凄さを理解するが、上級者を普通の人間と誤解します。

 そんなこんな事もありましたが、とりあえずは、旅館を楽しむ事にします。

 なんといっても私自身が色々と心身ともに疲労していますから。



『海が見える温泉 櫛名田姫』


「良い景色ですね」

 思わずそう口から漏れてしまいます。

「沖の方でうっすら見えるのがここの人達の主の『見えざる社』だね」

 シーちゃんの呟きに大きなため息を吐きます。

「シーちゃん、もう少し神様付き合いを考えた方が良いと思うよ」

 シーちゃんは、自身に流れ込む龍脈の力から眉を顰めます。

「この龍脈に紛れた負の感情から、質が悪い神霊だって事は、確かだけどそれを言ったら……ね?」

 何が言いたいのかわかってしまう自分が悲しい。

「最悪最凶の邪竜、土地神すら怯える暴君、女を無差別に喰らい散らかす節操無し。当時の神域の者達すら全面協力しても封印できず、権能を分断する事しか出来なかった存在。あそこで封じられている神霊より人にとっては、歓迎し辛い存在ですからね」

「考えてみれば、櫛名田家って実際は、復活妨害派ですよね?」

 シーちゃんの言葉に私は、頷きます。

「そう。天叢雲剣を所有する出雲の関係者とは、強い繋がりがありますからね」

 『真剣』の一形態、天叢雲剣を保有する継承一族と同様に『錫杖』を継承する櫛名田家は、間違いなくヤマタノオロチ復活阻止の為にある家です。

 大政奉還の際に東京に来たのも、ヤマタノオロチの復活の予兆があった事もあり、権能継承一族を分断させる意味合いがあったという。

 大地主天夢家は、『真剣』の継承一族の分家筋で権能自体は、弱い事もあり、櫛名田神社の後ろ盾になった。

 そこに偶発的に『瓢箪』の継承一族の分家筋であった酒升の人間が病院を建てる事になった時には、当時の出雲の人間が問題視した。

 まあどちらも分家筋であり、形を残した『尾具』の継承もしていない血筋という事で当時は、殊更騒ぎ立てるまでいかなかったらしい。

 そこにどうしてか、半ば無意識で『羽衣』の力を使って経済力をつけていた継承一族の意識が無い天野家の人間がやってきた。

 来た当初は、継承一族関係者とは、思われなかったと聞いている。

 しかし、きな臭くなり始めたのは、そこからだった。

 『扇子』の継承一族の末端、雨宮家の人間が天野家の人間と親しい間柄になっていた。

 そんな中、大地主の天夢の人間との政略結婚を前提にした婚約があった。

 そこで初めて天野家が継承一族である事が発覚した。

 出雲の方でも問題視する声が大きくなる中、完全な先祖返りな『双鏡』の人間が婚約した天野家の後輩となった。

 関係者全員が、頭を抱え、櫛名田がこの地から離れる事も議案に上がり始めた。

 そんな中、まったく偶然で『勾玉』と『糸巻』の先祖帰りが虹和の土地に入ってしまった挙句に私も関わってしまったあの現場が出来上がってしまった。

 その状況を思い出して顔が真っ赤になる。

「……復活に関わってしまったのが発覚すれば櫛名田の家は、確実に潰されます」

 今更、自分でもあれは、まずかったと考えています。

「透(トオル)さんは、何も知らず、何もしていない罪なき赤子を殺せないって擁護したって聞いてます」

 シーちゃんの言う通り、虹和に住む血統の関係者達が戦々恐々する中、イの一番にそう宣言したらしい。

 その対極が私のお爺様だった。

「お爺様は、力をつける前に殺そうと計画して、猛さんに殺されかけた所を私が命乞いをしました」

 今、お爺様が協力しているのは、逆らえば猛さんに一族皆殺しにされるからなのです。

 なんとも言えない顔をするシーちゃん。

「『真剣』の権能自体は、皆無なのに初代タケルに近い精力とヤマタノオロチの周囲の気を吸収しての不老長寿の無限再生能力持ちですからね。あちきでも接近戦では、勝てません」

 最悪の邪竜相手に接近戦が出来るって本当に人間離れしてる人です。

「出雲は、それそろ怪しんでますよね?」

 シーちゃんが何気ない様に言った言葉に私は、小さく頷く。

「出雲で修業という建前で現地情報を収集しているお父さんの話では、天夢家の下の娘が姉と同様に『羽衣』の力を帯びているか確認するべきだという意見がこの頃出始めました」

 シーちゃんは、遠い目をする。

「お姉ちゃんが恒常的に『羽衣』の力を使って人気を得ているって思われているからですよね?」

「私が見た所は、多少は、あるかもしれませんけど、機械を通した時点でそんな物は、意味なくなりますから本人の実力だと返答しているんですが」

 私は、何度となく出雲にした報告を口にする。

 シーちゃんは、少し離れた所でのんびり湯に浸かってるキヨちゃんを見る。

「キヨみたいに血統の力が皆無な人間の方が多いのに、偶々偶然、復活に足る先祖帰りが揃ったって言うのは、本当に何なんでしょうね?」

「それも本当に不思議ですけど、復活条件の関係で男性に発現し辛い時点で条件を満たすのが困難になる筈だったんですが」

 私は、あの場の異常さを思い出します。

「一人の女性の先祖帰りに複数の男性先祖返りが強制する様な自体が発生しない処置らしいですね。ついでに言えばハーレム的に揃わないように権能発現者は、基本複数の女性に好意を抱けない心理制御まで神通力で行われたって話ですから。本当に例外的な状況なんですよねー」

 シーちゃんがシミジミと言うが、当事者としても七人の女性が交わった処に猛さんが乗り込んできて乙女さんを妊娠させた時の事は、異常としか言いようが無い。

 とにかくそんな神々すら想定しなかった状況でヤマタノオロチは、復活している。

 それだけにヤマタノオロチ復活阻止を宿命としている出雲の方々にも復活は、悟られていない。

 もしも悟られたらと恐怖する理由は、自分の家の為だけじゃないと思います。

 はっきりいってシーちゃん達が本気を出したら出雲なんて直ぐに滅ぼされる。

 その後は、下手をすれば全世界的なヤマタノオロチ討伐が始まり、下手をすれば人の世界が終わりかねない。

 シーちゃん達が出雲を警戒して大人しくしている現状こそが最善なんだと私は、考えています。

 そんな私の悩みも知らないで同級生達は、温泉でゆっくりとしている姿に限界まで逗留して、徹夜で運転させようかと考えるのでした。



『ある温泉宿の一室 崎城鶯』


「うーん、女だけの温泉旅行ってサイコー!」

 あたしの言葉にキヨが頷く。

「そうね、小学校の頃の修学旅行での男子は、最低だったからね」

「そうそう、ノゾキしようとしたんだよ!」

 あたしがそう愚痴を口にすると運転手のお姉さん、夏目さんがビールを飲みながら言ってくる。

「小学生のガキでも男って事だな! まあ、若気のいたりって奴だから許してやれや」

「警官の言葉じゃないですよ」

 もう一人の運転手のお姉さん春芽さんが注意に苦笑しながらも夏目さんが楽し気に言う。

「まあ、実際、女だけの旅行って言うのも良いもんだ。男がいるとぶりっ子するやつがいるしな」

「女性だけだからってもう少し慎みを持って下さい」

 保護者代わりの櫛名田さんが夏目さんの浴衣の胸元を直す。

「所で、タルは、何をしてるの?」

 こんな所でノートパソコンを広げているタルにあたしが尋ねるとタルが目を輝かせる。

「聞いてください! この近くに邪竜を封印した社があるそうなんです!」

 アルカが飲んでいた紅茶を噴いた。

「じゃ、邪竜を封印した社ですか?」

「そう。何でも水難を呼ぶ邪竜で、封印の儀式を続けてるんだって!」

 夢見る乙女的な顔でトンデモな事を言うタルに対してシーが苦笑しながら告げる。

「山奥にある限界集落にある社ですよ。言っておきますが行きませんからね」

「えー、どうして! 絶対に見ておきたいのに!」

 不服そうにするタルに対してシーが淡々と言う。

「観光誘致してない場所で、余所者には、厳しいって宿の人達も言ってたから絶対に駄目」

「でもでも……」

 尚も拘るタルであったが櫛名田さんが釘を刺す。

「危険な事をされるのでしたらご両親をお呼びします」

「うー、それは……」

 タルが押し黙る。

 この間大怪我をした事もあり、タルの家族は、今回の旅行も反対気味だった。

 それを何とか了解させたのは、櫛名田さんの人柄だったりする。

 櫛名田神社の巫女として近所の評判も良い櫛名田さんが保護者だったから許されたが、もしもの時は、連絡すれば直ぐに迎えに来るって話になってた筈。

 かくいうあたしも運転手のお姉さん達が婦警さんだから今回の旅行を許された。

 そうでなければちょっと前の事もあって旅行なんて許されなかっただろう。

「今回は、この温泉宿を楽しみましょうよ」

 キヨの言葉にあたし達は、頷くしかなかった。



『滝雨(タキアメ)の社 田木(タギ)風詩(フウシ)』


「静まり給え、納め給え」

 払い棒を振り私がそう言霊を紡ぐ。

 手応えは、ある。

 だが同時にそれが風前の灯の様に淡い事も理解していた。

「人柱の儀式が必要だな」

 父の言葉を私は、否定できない。

「……次の新月の夜。儀式を行う」

 父は、そう決断し、私は、それを受ける。

「解りました」

 父が去り際に一言いう。

「それまでは、私が抑えよう。好きにしろ」

 父の最後の愛情でしょう。



 私は、私服に着替えて社から村を見下ろす。

 限界集落と言われるのも当然の程に寂れている。

 それも当然で、この町には、名産物も無ければ観光名所もない。

 逆を言えば、そんな状況なのに最低限の人間だけは、決してこの村を離れない。

 その理由は、この社に封じられた邪竜だ。

 戦国時代、多くの人々が争う中、封じられた邪竜は、一族を滅ぼされた姫が自らを捧げた切願に答えその国、現代で言えば市一つを丸々水没させたとされる。

 それに怒った土地神によって封じられ、私の祖先たちが封じ続けてきた。

 この村は、その為の村であり、残った村人全員がその封印の関係者になる。

 それだけに閉鎖的で、余所者を受け入れなかった。

 邪竜を封じるそれ為だけの村、そんな村の在り方に耐えられない人々が村がどんどん村を出ていき、今では、村の住人を全て合わせても五十人も居ない。

 私は、振り返り社を見る。

 村の大半の人は、ただ社に見えるそこに巫女である私は、邪竜の気配を感じている。

 それは、年々強くなり、このままでは、封印が解けてしまう。

「……私が生贄になれば封印が強化される筈です」

 半ば無意識に口にしたその言葉、誰にきかせるでなく自分を納得させるためのその言葉を一番聞かれたくなかった人に聞かれてします。

「まさか、風が生贄になるっていうのか!」

 社に続く階段に村に残った数少ない若い男性、私の幼なじみ、薪(タキギ)守太(モリタ)くんが昇ってきていた。

 私が答えられずにいると守太くんは、肩を掴んでくる。

「どうなんだよ! 本当にお前が生贄になるのかよ!」

 私は、顔を逸らして言う。

「……それしか方法が無いんだよ」

「馬鹿々々しい! この科学万能の時代に邪竜の封印がどうしたっていうんだ! そんなのは、ジジイ共のでまかせだ!」

 激情する守太くんに私は、説明する。

「それは、違うよ。今だって、私は、確かに感じて居る。邪竜は、確かに封じられてるんだよ」

「そんな見えない物がしんじられるかよ!」

 見えない守太くんには、解らないんだ。

 私は、諦めの気持ちを抱いていると守太くんは、頭を激しくかきむしって言う。

「あー、もうまたこれだ! お前は、本当に邪竜が居るっていうんだよな!」

 それだけは、譲れないので私は、しっかりと頷くと守太くんは、言ってくる。

「正直信じられない。だが、万が一にもそうだとしてもお前が犠牲になる必要なんてない!」

「邪竜が復活したらとんでも無い事になるわ」

 私は、それだけは、確信できた。

「大昔に国一つ水没させたってアレか? ふん、なんでも祟りにしちまった昔じゃねえだ! 治水処理さえすればどうにでもなる! だから生贄なんてなるな!」

 守太くんが真剣にそういってくるが私は、頷く無い。

「俺は、認めないからな!」

 そういって守太くんは、階段を降りて行った。



『寂れた村の道 薪守太』


 ろくに舗装もされていない田舎道。

 学校すらない村だから風と一緒に近くの町の学校まで行く途中でどんどんと舗装された道に変わっていくのをいつも悔しく思っていた。

 クラスメイト達に村の事を言っても誰も知らず、コンビニ一つない村に驚かれるのが常だった。

 高校を卒業して、近くの町で働く様になって村を出ようと思っていた。

 でも俺は、未だに村の実家から仕事に行っている。

 全ては、風が居たからだ。

 社の巫女として村のジジイ共にも崇められる風。

 そんな風が一回だけ『学校で友達ともっと話していたかった』と漏らした事がある。

 多分それが風の本音だった筈だ。

 だから何度となく俺は、風を村から解放しようとした。

 その度に風が言う。

『私が居なくなったら邪竜を封じ続けられないから』

 この科学万能の時代にそんな時代錯誤の事を言う風が信じられないし、それを当然の様にしている村の連中なんて死んじまえと何度思ったことか。

 挙句の果てに生贄になるなんて言い始めた。

「やっぱり無理やりでも村から連れ出した方が……」

 俺がそう呟いた時、人の気配を感じた。

 最初、村の連中に余計な事を聞かれたかと思ったが違った。

 目の前に立つ様な男は、居ない。

 大体、俺以外に村に若い男が居ない。

「こんな村に何をしにきやがった?」

 苛立ちを籠めて告げる俺に対して男は、苦笑する。

「そんなに敵意を向けるべきでは、ない。君の味方なのだからな」

 そんな言葉を信じる訳が無い。

「ふざけた事をいってないでどっかいけよ!」

 俺が無視してその横を通り抜けようとした時に男が囁く。

「次の新月に生贄の儀式が行われるぞ」

 俺が振り返ると男が言う。

「公安の仕事を知っているかね?」

 全く関係ないような質問に俺が怒鳴る。

「関係ない事をいってないで、生贄の話をどうして知ってるんだ!」

 男は、肩を竦める。

「関係は、大いにあるさ。公安っていうのは、警察の中でも特殊でね。その仕事の一つに国家の秩序を危ぶむ邪教の調査がある。生贄儀式を行う様な邪教が現代の日本にあっていいと思うかね?」

 少しだが話が見えてきた。

「詰り、あんたがその公安で、生贄の儀式をするこの村を調査しにきたって事かよ?」

 男は、否定せずに続ける。

「この村の社は、龍神を奉っているとされているが、明治維新後の戸籍制度成立後に数度、生贄と思われる死亡記録があった。偽装がされていたが、国が本気で調べれば素人仕事だいくらでも粗がでる。実際、田舎町で未だに生贄儀式を行われる実例が数例あり、ここは、その一つとしてあげられていたとしたら驚くかね?」

「いいや、実際に儀式を見た事がないが、ジジイ達がその生贄の墓を参っているのは、知ってる」

 俺が知るだけで十以上の生贄の墓があり、その中にここ数十年の物もある。

「残念だが証拠が無いから表立って動くことは、出来ない。しかし、生贄の儀式をこのまま見逃す気もない。おっと関係ない話だが、この薬を飲ませれば数日であるが、飲ませた相手を自由に操る事が出来て頑なに生贄になる事を決めていた人間を連れて逃げる事が可能になるだろうな」

 そういって男は、そういって一つの薬瓶を地面に置いた。

「俺にそれで生贄になる人間を連れ出せというのか!」

 俺の詰問に男が大げさに驚いて見せる。

「まさか、公安の人間がそんな犯罪を助長する様な真似をするわけがない。今のは、ただのたとえ話で、そんな物騒な薬は、ここで廃棄する事にしたそれだけだよ」

 詰まるところこの男は、公安の人間で風が生贄にされる事を知ったが証拠が無いから動けない。

 だから俺にこの危ない薬を使って風を逃がす犯罪行為をしろといっているのだ。

「数日逃げた所で意味が無い。薬の効果が切れたらまた……」

 俺がそう口にすると男が淡々と告げる。

「次の新月、それさえ超えれば良いのだよ。生贄の儀式をする様な愚か者は、一度でも儀式を止めて何も起こらないと言う現実を知らしめてやれば脆いものだ」

「そうかもしれないな……」

 男の言う通りなのかもしれない。

 生贄の儀式なんてしなくても何も起こらないと知れば風だって自分から生贄になろうとしない。

「それでも無理に生贄の儀式を強行しようとする者が居たらならば公安が出るには、十分な理由になるだろう」

 はっきりわかった。

 こいつは、俺を利用しようとしている。

 手柄が欲しいのかもしれないが、それでも構わない。

「一つだけ約束しろ、新月を超えて拒否したら生贄儀式をやらせないと」

「約束しよう」

 男は、そう確約して去っていった。

 俺は、男が置いた薬を拾うのであった。



『海が見える温泉 アルカ=ローズガーデン』


「あそこの辺りに封じられてるよ」

 シーが指さす先を見るが私には、確認できない。

「何も感じられませんが?」

 シーは、手に『尾具』たる『真剣』を発現させて振り下ろす。

 刀身が通った空間の先に禍々しい社が見えた。

「……何ですか、あれは!」

「『見えざる社』って呼ばれている海神を封じた社。封じたといっても当事者が封印を望んだ上で成り立つ淡いものだけどね」

 シーの説明に私は、眉を顰める。

「自ら封印を望んだというのですか?」

 シーが頷く。

「あのクラスの神霊になればただ在るだけで周囲に望まない影響を与えるからね。特に用が無い時は、封印されていた方が良いんだよ。まあ、逆言えば自分の眷属を害された時なんて平気で封印をぶち破るけどね」

 悪寒が背筋を走り抜けていく。

「そんな存在が在るというのですか?」

 シーは、『真剣』を胸元に戻していう。

「創生系や監視系の連中には、多くいるタイプね。実際問題、人間なんかに封じられている連中は、下っ端だよ」

「私も知らない事が多くあるのですね」

 半ば呆れ気味な感想を口にする私に対してシーが山の方を指さして言う。

「因みにこの間、タルが言っていたのは、下っ端の方かな」

「そういえばそんな話をしていましたね。生贄の儀式を継続してるとなればそれなりの存在ですね」

 私がそう口にしていると騒がしくなります。

「何が起こったのでしょうか?」

 私が首を傾げていると温泉の囲いが壊れ、一組のカップルが駆け込んでくる。

 悲鳴が上がる中、そのカップルを追いかける集団まで現れるとシーが『真剣』を振るうのであった。



『温泉宿の離れ 櫛名田姫』


「それでこの人たちがその逃亡カップルと追って集団ですか?」

 私の確認に『真剣』で意識を切ったシーちゃんが言います。

「そう。ちょっと気になったから確保した」

「気になったというのは、どういう事ですか?」

 アルカちゃんが尋ねるとシーちゃんは、カップの女性の方を指さす。

「微かだけど邪竜の気配がするんだよ」

 その言葉に私も確認しますが、確かに邪竜の気配を体内から感じられました。

 それと同時にその女性が巫女である事も。

「これって生贄の儀式の巫女が逃げたって事だと思うよ」

 シーちゃんの言葉に私は、悩みます。

 生贄の儀式というのは、納得し辛いですが、事前に聞いていた邪竜の事を考えれば私的には、容認せざる得ない事柄です。

 そうこうしている間に、追手の中の神主らしき男性が目を覚ます。

「ここは? そして何者だ?」

 探る言葉に私は、即答する。

「ここは、『見えざる社』の眷属の宿。私は、出雲ヤマタノオロチ封印派、櫛名田の巫女です」

「『見えざる社』の眷属の宿……」

 神主の男性が苦々しそうにするのも当然。

 『見えざる社』の眷属とは、不干渉を貫くのが封印がらみの人間の共通認識だ。

 間違っても自分の所の生贄騒動でその宿を騒がすなんて言うのは、問題外の行動だ。

「私は、ここの眷属に話を通す事が出来ますがどうしますか?」

 私の提案に神主の男性が頭を下げてくる。

「すまないがお願いする。今回の事は、こちらの手違いであり、そちらに害をなすつもりは、ないと」

 私もそれを受けてシーちゃんに視線を送ると近くに控えていた人に声をかけると、宿に眷属の人達が離れから出ていく。

「随分とすんなりと許されたものですな?」

 怪訝そうな顔をする神主の男性に私が苦笑する。

「別件での返礼としてここに招かれていましたから」

 こう伝えれば、眷属に対して、なにからしらの仲介をしたと勘違いしてくれるでしょう。

 その主絡みだなんて思わない筈。

「事情は、凡そ解っています。生贄の巫女が逃げて確保の為の騒動ですね?」

 私の確認に神主の男性は、複雑な表情を浮かべる。

「凡そは、そうなのですが。少し事情がありまして……」

 そんな中、巫女をつれだっていた男性が目を覚ます。

「くそう、捕まったのか? 風! 大丈夫か!」

 巫女を心配する男性にシーちゃんが近づきいう。

「あまり大丈夫だとは、思えない。変な薬で自我がないでしょう?」

 その言葉に意外な事に神主の男性が驚く。

「どういう事だ! なぜ風詩がそんな薬を飲んでいる!」

 アルカちゃんが首を傾げます。

「貴方が生贄にする為に薬を飲ませたのじゃないのですか?」

「風詩、娘は、生贄になることに納得していました。だから敢えて自由にさせていたのです」

 どこか辛そうにいう神主の男性を睨む巫女を心配していた男性。

「風が納得してる訳ないだろう! お前達が言われたから仕方なくに決まってるだろ!」

 神主の男性は、否定しないがシーちゃんが言う。

「それでも、この人は、生贄になる事を了承していた。それなのに自我を奪う薬を使ったって事は、もしかして?」

 巫女を心配していた男性が言う。

「ああ、俺が飲ました。公安の奴がくれたそれを飲ませれば数日いう事をきかせられるって話だ。新月の今夜、生贄の儀式を行うって聞いていたから、風に会って薬を飲ませて一緒に逃げだした。儀式が行われなく問題ない事が解って儀式に必然性が無くなれば風だって生贄になろうなんてしない筈だ!」

「公安だと?」

 神主の男性が首を傾げたのを見てシーちゃんが言う。

「その公安の人って偽物だね」

「何で偽物だって解るんだ? 調べたが公安が邪教の取り締まりもやってるのは、本当の事だろう!」

 私が頷く。

「邪教を取り締まるのは、確かよ。でもね、封印派は、公安ともつながりがあるの。正確に言えば皇族に仕える陰陽寮時代から続く国のオカルト部門セクションを通して必要な犠牲だと生贄儀式を黙認されている場合が多いのよ」

 あまり胸を張って言える事じゃないのは、確かだが、国の秩序を護るって事で公安も手を出してこない筈。

 神主の男性が首を傾げた事から邪竜の封印もそういった生贄を容認される案件だった筈。

「だいたい、使われている薬が完全に邪竜の物だよ。間違っても公安がもってるだろう化学合成の薬じゃ、人を数日自由に操るなんて事は、出来ない」

 シーちゃんの説明に目を白黒させる巫女を護ろうとした男性に神主の男性が詰め寄る。

「娘になんて物を飲ませたのだ。これでは……」

「もしかしてそちらの儀式では、邪竜の気配が少しでもあると生贄に出来ない?」

 私の指摘に神主の男性が小さく頷き巫女を護ろうとした男性が安堵する。

「本当か。だったらこれでもう風が生贄になることは、無いって事だよな!」

 嬉しそうなその言葉を聞いてアルカちゃんが睨む。

「嬉しそうにされていますがそれが何を意味するか解っているのですか? 封印された邪竜が復活してしまうかもしれないのですよ?」

 安堵した男性が気にした様子も見せずに言ってくる。

「邪竜なんて実在するわけないだろう。だからそんな物は、心配する必要は、ない!」

 大きなため息を吐くシー。

「あのさー、話の前提を忘れてない? 巫女のお姉さんの自我を奪い、操る様な薬は、邪竜の力を用いないと駄目。詰りさ貴方が非常識だと思う様な非常識な事を起こす薬が実在する以上、邪竜もまた存在するんだよ」

 少し考えてから慌てた様に言う。

「そんな薬が化学合成で出来ないって言うのが間違いだって可能性があるだろう!」

 アルカちゃんが肩を竦めます。

「自我を奪うのは、ともかくとして、自由に操るなんて薬が化学合成で出来ると思いますか?」

「それは……」

 ここに至り安堵していた男性も不自然な事に気付く。

「とにかく、問題の封印の場所に行こう。すべては、そこからだよ」

 シーちゃんの言葉に私達は、この事件に関与する事になるのでした。



『滝雨(タキアメ)の社 アルカ=ローズガーデン』


「かなりやばいね」

 シーさんの一言に姫さんも同意する。

「儀式を行わないと封印は、維持できないでしょうね」

「この命を懸ければ娘の中から邪竜の力が抜けるまでは、もつだろう」

 神主の言葉に、巫女を連れ出した男性、薪守太は、睨む。

「そこまでして風を生贄にしたいのかよ! 死にたければお前だけ死ねよ!」

 神主は、何も答えないのでシーさんが言う。

「神主さんだって好きで娘を犠牲にするわけじゃないよ。自分が犠牲になって済むならそうしてただろうね。巫女じゃないと封印が補強出来ない。そういう類の封印なんだよ」

「あー、意味が解らん! だいたい今更邪竜が復活しようと大した事ないだろう!」

 薪守太の言葉に私は、呆れる。

「知らないって幸せですね」

 私は、漏れ出す邪竜の気配だけでこれが封印を不味い存在だと理解できる。

「だいたい、邪竜が復活したってどうなるって言うんですか!」

 薪守太の言葉にシーさんが一言。

「多分、この村の住人は、皆殺しは、確定だね」

「へ……」

 茫然とした表情を浮かべる薪守太にシーさんが続ける。

「あのさー、封印され続けた邪竜が、封印をし続けた連中を見逃すと思う?」

「じゃ、邪竜なんて実在する訳がないじゃないか!」

 薪守太の主張に対して姫さんが精霊に干渉した。

 それと同時にそれまで見えていなかった村人まで社を見て怯えだす。

「なんだよ! あれ!」

 流石に震えだす薪守太。

「何をしたんですか?」

 私の問い掛けにシーさんが答えてくる。

「俗説に妖精の翅を透かせば見えない物が見えるってあるでしょ? あれに近い物で比較的人間とシンクロしやすい神霊に眼鏡代わりをやってもらってるんだよ」

 ヤマタノオロチの権能持ちは、やはり侮れない。

「儀式の準備は、すませてある。後の事は、頼んだ」

 そういって神主が社に向かおうとした時、その背中に誰かがぶつかった。

「な、なにを……」

 神主が倒れ、その背中には、小さなナイフが突き刺さって居た。

 それをした人物、実の父を刺した巫女は、茫然としたまま。

 詰り、操られた状態だって事。

 私が睨むと薪守太が顔を真っ青にして否定する。

「違う! 俺は、そんな指示は、出してねえ!」

「だったら誰が巫女を操ったというのですか?」

 私の糾弾に薪守太は、言葉に詰まる。

「それは……」

「それは、我だ」

 その答えは、社の方から聞こえてきた。

 いつの間にかにそこに一人の男が立っていた。

「あんたは、公安の!」

 薪守太が言葉を聞いてシーさんが言う。

「なるほどね、自分の封印を破る為にそんな擬態をしたって訳だ」

 その男は、高笑いをあげる。

「田舎者と違って鋭い者も居るようだな。そう、我こそは、この社に封じられた邪竜、『滝雨』である」

 男の姿がぼやけ、社の気配が一気に濃くなったと思うと、社全体がきしみ始める。

「巫女の力を内側から取り込んだ上、社の要となっていた神主を瀕死にすることで封印を弱めたのね」

『今こそ復活の刻!』

 雨雲が天を覆い、僅かな星明りすら消え失せる中、社が崩壊し一匹の竜が天に昇った。

「完全復活だね」

 シーさんの呟きに私は、唾を飲み、体が震えてくるのが解る。

 封印された状態でも感じた圧倒的な気配。

 龍脈の力を吸い上げ一気にその力を開放した邪竜、『滝雨』は、豪雨と共に私達の前に降臨した。

『さてと、我を長々と封印してくれたお前達には、たっぷりとお礼をしてやらないといけないな』

 邪悪な意志を伴うその声に村人たちは、絶望する。

 素人でも解るのだろう、あれは、人間に抗う事が出来ない存在だと。

 そんな中、姫さんが問いかける。

「あのー、私達は、関係ないのですが見逃して貰えるのでしょうか?」

 天を震わすように笑う滝雨。

『馬鹿を言うな、折角の贄。それも高い霊力をもった者が二人も居るのに見逃す必要がどこにあるのだ?』

「二人?」

 私は、シーさんを見てから納得する。

「そうか、シーさんは、気配を消しているから解らないんだ」

「もうお終いだ。俺は、なんてことをしてしまったんだ!」

 地面に座り込み両手で顔を覆って俯く薪守太。

「最終確認だけど、あちきの敵になるの?」

 シーさんの言葉に滝雨は、鼻で笑う。

『敵だと? 人間など単なる餌でしかないわ!』

「そう、だったらやろうか」

 シーさんが右手を天に振り上げた。

 そしてその手に『真剣』を具現化させて振り下ろした。

 轟音と共に邪竜の右腕が地面に落ちた。

『グワァァァ!』

 空をのたうち回る滝雨。

 茫然とする周囲の人々を他所に姫さんが霊力を使って神主の応急手当をやっていた。

『貴様! 何者……ってなんで貴様が復活しているのだ!』

 滝雨が激しい驚きの表情が浮かべる。

「彼女を知っているのですか?」

 私の問い掛けに滝雨が慄く。

『古来よりこの和の島に住む存在で知らぬ訳がない。最強にて最恐で最凶の邪竜、ヤマタノオロチの事をな!』

 視線がシーさんに集まる中、俯いていた薪守太が首を傾げる。

「こんなガキがか? どうみてもそんな大それたものだとは、おもえないぞ?」

 滝雨が激昂する。

『馬鹿を言うな! この和の島の永続天災の半分は、そいつの仕業なんだぞ!』

「永続天災ってなんですか?」

 思わず聞き返した私に対して滝雨が忌々し気に言う。

『和の島に台風が直撃をするのは、農作物に水が必要だと言われたそいつが一々雨ごいするのが面倒だと台風の通り道を変更したのが原因だ!』

 顔が引きつるのが解る。

『それだけじゃない。冬場の九州と呼ばれる地方に行ったとき寒いの一言で火山を作ったり、海魚が食べたいと本島から四国を切り離したり、やりたい放題な真似をしていたのだ。土地神を始めとする猛者たちが挑むが全て返り討ちにあった。あれは、遠目に観ても恐ろしかった。すべてを切り裂く『真剣』、あらゆる神通力を無効化する『勾玉』、配下の神霊を奪う『錫杖』、遠謀な策略すら見抜く『双鏡』、どうな傷も癒す『瓢箪』、いかなる地にも赴ける『羽衣』、神器すら分解する『糸巻』、そして天災を自在に操る『扇子』そんな八つの権能をもった化け物だぞ!』

 人だけじゃなく邪竜が相手でも規格外なんだ。

 滝雨は、拒絶を籠めて叫んだ。

『倒すことも封印する事も出来なかったその権能の分散が奇跡的になった時、この島の土地神だけならず他国の土地神も含めて絶対に復活しないように厳重な縁を結んでいた筈。それがどうして復活している!』

 短い沈黙の後、シーさんが真剣を向けて言う。

「そんな事は、どうでも良い事だよ。今言えるのは、あちきを餌扱いしたんだから覚悟は、出来てるよね?」

 その一言で滝雨が天を堕ち、額を地面にこすり付けて哀願する。

『長い封印から解放されて調子にのっておりました! どうか同じ邪竜のよしみでお見逃しを!』

 さっきまであった緊張が一気に霧散する。

「さてさてどうした物かな?」

 シーさんは、社の瓦礫を見る。

「再封印は、無理ね」

 姫さんの言葉にシーさんが頭を掻く。

「物理的に儀式的にもね。正直、後々の事を考えてここで滅ぼした方が良いんだけど?」

 視線を向けられた滝雨がその大きな体を不安に震わせている。

 そんな中、神主が意識を取り戻す。

「……何故、滝雨があの様な真似を?」

 シーさんがそちらを向いて尋ねる。

「一つ質問、もう次代で封印するのは、無理だったんだよね?」

 神主は、か細い声で応える。

「そうだ。娘が行う封印の力が失われれば最早、邪竜の力を抗う事など出来やしない。最低でもこの村は、滅び、周辺に大災害を及ぼす事だろう」

 姫さんが頷く。

「そうでしょうね、近頃の大災害の多くは、そんなものだから」

 一般人には、知られていないが、科学文明繁栄の影響で古き封印が破れ、そこから解放された超常存在による大災害が頻発しているのがオカルト業界の悩みの一つだったりするのだ。

 シーさんがあさっての方向をみている事から他の頭との相談をしていたがこちらを向く。

「ローズガーデンに骨を折って貰ってよい?」

「……私達に出来る事でしたら」

 なんとなく大変な事になりそうな予感がしたが私は、そう応じるしか無かった。



『香港九龍城跡地ビル 球(キュウ)=崙(ロン)』


「マスター、イギリスの『ローズガーデン』より文が届いています」

 そう俺を頼もしい腹心、葉(ヨウ)がそこそこの厚さがある封筒を差し出して来る。

「今時、その量を紙で送ってくるのかよ? 電子メールの方が早いだろうによー」

 俺が愚痴ると葉は、苦笑する。

「電子メールでは、機密が保てないと思っての事でしょう」

 俺は、受け取った封筒に簡易魔術が仕込まれている事に気付く。

「目的相手以外が開封すれば発火する古い呪いが掛けられているが、中身自体は、安全そうだな」

 香港、イギリスの植民地だった歴史を持つこの地だ、イギリスの魔法結社とも多少の繋がりがある。

 当然、悪意ある物の可能性があったが、俺の霊視の限り安全なので普通に開封してその中身を見て、苦笑する。

「何の冗談のつもりだ?」

「冗談ですか?」

 怪訝そうな顔をする葉に中身を見せてやる。

「邪竜との契約権の競売? それも日本? ローズガーデンは、何をふざけているのでしょうか?」

 葉がそう口にするのも当然なとんでも話だが気になる添付資料があった。

「邪竜の件は、眉唾物だ。しかし、気になるのは、それをここに連れてくるまでの龍脈の詳細情報をどうやって手に入れたかだな?」

 俺の言葉に改めてその資料を見て驚く葉。

「日本からこの香港までの龍脈とそれを管理している組織の名前まで。ヨーロッパの活動が中心のローズガーデンがもっているとしては、不自然な物ですな」

「それを探る意味でもバカンスついでに競売に参加してくるのも良いかもしれないな」

「大仕事を終えた後です、それも結構でしょう。留守は、お任せください」

 葉の容認もあったので香港で魔法結社『九龍(クーロン)』の頭首の俺は、軽い気持ちでそれに参加する事にした。



『滝雨の社の跡地 ナポレオフ=レオルド』


 フランスの魔法結社『フレンチバイブル』の宗主である私は、日本にやってきていた。

 ビルの一つも見えない田舎に複数の魔法結社の関係者が集まっている異常な状況の中、その発起人、『ローズガーデン』の宗主に話しかける。

「ローズガーデンの宗主、こんな東方のオカルト僻地で随分と酔狂な事をしているな」

「フレンチバイブルの宗主、貴殿が参加されるとは、思わなかったぞ」

 ローズガーデンの宗主の返しに探りを入れる。

「イギリスに本拠を構える貴殿が言うのか?」

 ローズガーデンの宗主は、肩を竦める。

「イギリスだからこそですよ。この度の邪竜の件は、『見えざる社』の見学させていた娘が偶然関わったですからな」

「『見えざる社』か、私の力をもっても小さな穴を開けるのがやっとの封印じゃったが、とんでもない存在が封印されておるの」

 私がここに来るついで、いや正確には、それを見る良い機会と今回の競売に参加する事にしたそれを思い出し、あの強大な力に畏怖した。

「邪竜を本拠地に移動させるには、龍脈の使用が必須。その上でヨーロッパは、遠過ぎる。特にドーバー海峡に邪竜を通せると?」

 ローズガーデンの宗主の言葉に今度は、私が肩を竦める。

「あのオカルトの最前線でそんな事をすれば大戦争が始まるでしょうな」

 一応の理屈が通っていた。

 しかし、それでも大前提がおかしい。

 邪竜との契約、そんな物を競売出来る筈が無い。

 万が一その様な事が出来るとしたらその程度の力しかもたない邪竜には、興味が無い。

 故に探りを入れる。

「秘匿されている龍脈の正確な情報を何処で?」

「それを教えると?」

 短くそう答えるローズガーデンの宗主の言葉は、ある意味当然であるが同時に不自然であった。

 秘匿すべきならばどうしてそれを公開してまで虚像、もしくは、力の弱い邪竜契約の競売を行おうとしたのかが納得いかない。

 疑いの視線を向ける私に対してローズガーデンの宗主は、周囲にオカルト関係者に告げる。

「もうすぐデモンストレーションの時間です。どうか競売のご参考にしてください」

 ローズガーデンの宗主の一礼の後、それは、起こった。

 それまで星すら見えた空に雨雲が覆いつくしたのだ。

 その時点で大半の者がその異常な力の大本に視線を送っていた。

 当然、私もだ。

 そこに在ったの一体の邪竜。

 その邪竜が天に昇ると同時に豪雨が発生、競売の資料に書かれていたその名『滝雨』の名を表すようなそれは、眼下に見えた村を押し流していく。

 時間としては、一時間にも足らない豪雨で、眼下にあった村一つが完全に消失した。

 背筋に走る悪寒が止まらない。

「う……嘘だ……こんな天災級の邪竜が自由だなんて」

 絶望の表情を浮かべる者が居た。

「騙したな! こんな存在と契約出来る訳がない! 俺達を生贄にするつもりなのだろう!」

 激怒し、激しく糾弾する者が居た。

「逃げないと! 逃げないと! 逃げないと!」

 必死の表情でそう呟きながら地面を這う者が居た。

 そのどれもが当然の行動だ。

 こんな存在が人と契約を結ぶわけが無い。

 私は、諦めの極致の中、ローズガーデンの宗主を見た。

 そして驚きを覚えていた。

 彼は、平然としていたのだ。

 こんな天災級の邪竜が存在する場所の中で。

「それ程にあれと交えた契約に自信があるのか?」

 私の問い掛けにローズガーデンの宗主は、淡々と答える。

「そうでなければ競売なんて提案せん」

 そして滝雨がローズガーデンの宗主の傍に降臨する中、ローズガーデンの宗主は、それに背を向けた。

「デモンストレーションは、終了です。これから三十六時間後に競売を開始します。競売対象は、交渉権の優先順位。方式は、同時提示で最高額の人間から一時間ずつの交渉時間を設けます。交渉成立と同時に終了としますが、参加者全員の交渉が不成立の際は、参加者の最低金額を支払い、再度の交渉権を受理し、最初と逆順で条件提示し、その条件の中から一つを選択し、必ず契約を行うものとする。それでよろしいですね『滝雨』様」

 信じられない事に邪竜は、あっさり頷いた。

『その条件で問題ない。だが、いっておくぞ。我をあまり安く見る出ないぞ!』

 絶対的な存在感が籠ったその言霊を聞いて安くみる人間など居る訳が無い。

 そして邪竜がその場を離れ、威圧が消えた後、多くの者が茫然とし始めていたが動き出す者が居た。

「金だ! 金を用意しろ! なんとしてでも優先契約権を買い取るぞ!」

 携帯にそう叫ぶ男の声に茫然としていた者達も一斉に動き出す。

「あんな存在を他所に奪われてたまるか!」

「アレと契約出来ればもうあいつらに大きな顔をさせる事は、無い。絶対に手に入れるぞ!」

 ローズガーデンの宗主に近づき私が問う。

「あれを自分の物にしようと思わなかったのか?」

「戦争を起こせと? 貴殿は、ヨーロッパの組織全てを敵に回してまで手に入れるつもりか?」

 その返しに私が苦笑する。

「お前は、そういう奴だったな。だが私は、違う。アレならばヨーロッパ中の組織を敵に回そうが手に入れる価値がある」

 ローズガーデンの宗主は、リスクがある一定以上ある場合は、どれだけリターンが大きくとも賭けに出ない堅実な男だ。

 確かにリスクは、大きい。

 本拠地まであれを引き込もうとすればそれこそヨーロッパ中の組織が阻止を企む事が想定される。

 だがそうなっても構わないと思える程のリターンがある。

 天災級の邪竜との契約。

 契約内容次第になるが、それは、今のパワーバランスを打ち砕くだけの衝撃を与える事だろう。

 そして我が結社がヨーロッパのトップグループに入る事も可能。

「その為にもまずは、資金集めだ」

 私は、急ぎ動かせる資金を確認するのであった。



『滝雨の社の跡地 アルカ=ローズガーデン』


「まあ、デモンストレーションは、成功だな」

 父の言葉に睨んでくる者達が居る。

「貴様、わが国で好き勝手やってくれたな!」

 その代表格の男性の言葉に父が苦笑する。

「これでも配慮しているつもりなのだがな?」

「配慮だと! こんな天災をおこしておいて配慮というか!」

 男性の言葉に父は、微笑を浮かべた。

「ええ、放置していればこの天災がこの周囲全てを襲っていたのですから」

「それは……」

 男性が口籠る。

 そんな様子を見て隣に居たシーさんが立会人の一人、姫さんに尋ねる。

「あの人たちって姫さんの関係者ですか?」

 姫さんが小さく首を横に振った。

「私は、一応出雲大社派ですので。多少、伝手は、ありますが伊勢神宮派のあの人達とは、深い関係がありません」

 その言葉を示すようにあちら側からは、敵視した視線を向けられている。

「えーと何度か言っていますが、偶々偶然ここに居たのでご報告しただけなのですが」

 姫さんの言い訳に伊勢神宮派の女性が疑惑の視線を向けてくる。

「八の封印を関わる貴方達が邪竜の復活に偶々遭遇したなんて言い訳が通ると思っているの?」

「八の封印?」

 私の呟きにシーさんが小声で教えてくれる。

「あちき達を示す隠語」

「なるほど」

 私が納得する横で姫さんが申し訳なさそうに言う。

「あのですね、元々は、近くの宿屋に泊まりに来てただけでそこに当事者がもめ事を持ってきてなんやかんやあったんです」

「なんやかんやで納得しろと?」

 伊勢神宮派の女性の睨み、男性も糾弾を続ける。

「封印解除の現場にそちらの人間も関与していた。これを故意としない理由は、ない」

 父が一笑にする。

「封印管理者の現状も把握してなかった人達が大言を吐くのか?」

 痛い所を突かれたって顔をする伊勢神宮派の人達。

「封印管理者とは、定期的に連絡をとり、継続可否を確認するのが定石ですよね」

 姫さんが視線をそらしながら指摘する。

「……我々も人手が十分じゃないのだ」

 伊勢神宮派の男性の言葉が示すのが全てだ。

 オカルト業界というのは、意外に忙しい。

 特に姫さん達のような表の顔も持つ組織は、表の仕事もしながらも封印の管理等をしなければいけない為に人手不足になりやすいという話を聞いた事がある。

 私の地元のキリスト教系の組織でも大航海時代に異国から持ち帰った悪霊を封印していた末端教会が寂れて、悪霊が解放されて大災害になったという事件もあった。

「無論、迷惑料として今回の利益の三割を提供するつもりだ」

 父の言葉に伊勢神宮派の男性が悔し気に言う。

「解った。しかし邪竜が解放されるのだけは、認められんぞ!」

「当然です。その為に、確りとした契約が可能な組織だけに通知を送ったつもりです」

 父のその断言を聞いて伊勢神宮派の人達は、離れていく。

「あの人達のお仲間が結界を張ってるよね?」

 シーさんの言葉に姫さんが答える。

「そうですね。まあ、滝雨が本気で突破しようとしたらあっさり砕かれる結界です」

「現地の組織の本気の結界すら時間稼ぎにもならない邪竜ですか。流石が天災級ですね」

 半ば呆れた様子の父に対して私が告げる。

「その邪竜を前にして堂々とした立ち回り。誇りに思います」

 それを聞いて父が苦笑する。

「神話級の邪竜に相対するのと比べればね」

 シーさんに視線を向けた父の手が震えるのも当然です。

 多くの魔術結社のトップが恐れ戦く天災級の邪竜、それすらも有無も言わせず従わせる神話級の邪竜なのだから。

 滝雨の話が本当なら、地形すら簡単に変化させる想定外の存在。

 態々今回の競売の為に来た時に相対し、隠蔽されないそれをみた父の驚愕の表情は、私も見たことが無いほどだった。



『滝雨村の仮設ホール アルカ=ローズガーデン』


「一日でこんなホールが建つもんなんだ」

 驚いた表情を見せるシーさんに私が説明する。

「イベント等がある為、それなりの需要と共有があるそうです」

 それを知っているのは、以前、魔術結社の儀式で必要になって利用した時に調べたからです。

「だから、そんな儀式は、後回しにしてこっちの資金に回せ!」

「あー、議員呪殺の依頼を前金で受けてでも金作れって言っただろうが! 言い訳は、聞かねえ。こっちは、前言った通りの金額を提示するからな!」

「へへへ、これだけの金額なら間違いない!」

 そんな声がホールの内外で聞こえてくる中、父が入ってくる。

「もうすぐ時間ですが。実際の支払いは、後日でも構いませんが、支払いの確定は、この場で行い。確定後の金額の変更等は、受け付けられない物とします」

 その宣言に更に周囲の空気が重くなる。

 各組織のトップたちは、お互いに牽制し合い、側近たちは、何度も計算機を叩いて腹を押さえています。

 そして父が設置された大時計を指さします。

「あの大時計が十三時を指した時、同時に金額を記入したボードを提示してください」

 各組織がボードを掴み、お互いが隠すように記入、そして問題の時間になります。

 一斉に提示された金額を見てシーさんが顔を引きつらせていた。

「ねえねえ、あの人達何か勘違いしてない? この競売ってただの優先順位を決めるだけの競売で、契約権利を直に手に入れられるものじゃないんだよ?」

 私が大きなため息を吐きます。

「そうかもしれませんが同時に今回のルールの場合、優先順位が高ければ高いほど契約出来る可能性が高いですからね」

「でもでも、いくら何でも二百万ドル(およそ二億円)とかありえないでしょ? ただの交渉優先権だよ?」

 信じられないって顔をするシーさんを横目に金額を確認する。

 最低でも二十万(およそ二千万円)ドル、最高額は、実は、二千万香港ドル(およそ三億円)だったりする。

「時間が無かった事もあって金額は、だいぶ低めですね」

「低めって、交渉失敗したら無駄金になるんだよ? そんな高額になるのおかしいよ!」

 シーさんの主張に私は、淡々と告げる。

「天災級の邪竜との交渉権となれば優先順位抜きでそのくらい行くのが当然です。万が一にも独占だったら桁が一桁上がってましたよ。無論、交渉が決裂する可能性が高い前提での金額ですよ」

 顔を顰めるシーさん。

「理解できないです。無駄金になるかもしれないのにどうしてそんな高額を出せるんですか?」

「高位存在との契約なんてものは、成功する方が珍しいのがこの業界の常識です。我が結社でも高位精霊との契約を行う前提条件として数億円の施設を建てた事があります。実際にその高位精霊と契約交渉を行いましたが失敗に終わりましたがその件で無駄金だと追及される事は、ありませんでした」

 私の具体例に震えるシーさん。

「非常識過ぎます」

 私は、上座で不機嫌そうな顔をしながらも人型で大人しくしている滝雨を見ながら思う。

 非常識過ぎるのは、本来ならそのくらいの事をしても交渉の席に着かせる事すら困難な存在を強制的に成立前提の交渉させるシーさんの存在なのだと。


 その後、参加した組織の大半が支払いを確定し、交渉を行ったが非成立。

 二回目の条件提示において最高額を出した魔法結社『九龍』が他の条件を超す条件を提示し契約成立させるのでした。



『香港九龍城跡地ビル 球(キュウ)=崙(ロン)』


「マスター、本当に本当なのですね?」

 葉が何度目か解らない確認をしてくる。

「何度も言わせるな。俺だって無駄に二千万香港ドルを使った訳じゃねえよ」

「それだけじゃありません、二回目の交渉権を得るための権利に龍脈を通過させる為に他の組織に対しての迷惑料。その上、問題の邪竜の祭壇の建設に我が組織は、莫大な借金をしているのですよ!」

 葉が声を荒げるのも解るが俺は、断言する。

「お前もアレを直に見れば納得するさ」

「そうだと嬉しいのですが……」

 不満気な顔をしているのは、葉だけでは、無かった。

 あの時に同行していなかった多くの結社の人間が納得いかないという顔をしていた。

 だが、それの到着の予兆に全員の顔色が変わる。

 空を雨雲が覆い、それがその姿を見せた。

『約定通り来てやったぞ』

 その威圧感ですでに体験済みの俺も震えを覚えるが部下たちの前で情けない姿を見せられない。

「よく来てくれた。祭壇は、まだ未完成だが。贄は、用意してある」

 俺は、緊急の金稼ぎで呪殺した金持ち達と金が足りないといった依頼主の家族を提示する。

 邪竜の存在に贄達は、絶望の表情を浮かべ、そして邪竜の咆哮と共にその命は、消えた。

『不味い。我が力の行使の対価には、もっと美味い物を用意しておけ』

「そうか、それならこれならどうだ」

 俺は、葉の後ろで震えていた女を突き出す。

「これなら霊力も高いぞ」

「マスター! 私は、結社に忠実な僕として働いてきたつもりです! なんで!」

 女の戯言を俺は、一笑する。

「笑わせるな。今回の件を中国の本土の連中に筒抜けにしたのは、知ってるんだぞ」

 女の表情は、一気に強張るのを見ながら俺が確認する。

「葉、本土の連中は、こちらの予定通り結界を仕掛けてくるのに有利な龍脈に陣取ってどっているな!」

 震えながらも葉が答える。

「はい。これ程の存在と考えていなかったのでしょう。馬鹿正直に横取りをしようと術の準備をしておりました」

「早速だが、お前を安く見ていた連中に力を見せつけて貰いたい」

 俺の要求に邪竜、滝雨が多少不満げに言ってくる。

『対価としては、やや不足しているが、まあ初回サービスとしてやってたろう』

 邪竜が雨雲へ昇り、龍脈が荒れ狂う。

 そして、女の携帯が震える。

 動けない女の代わりに俺が携帯にでてやる。

『どうなっているんだ! 結界が! 術が全て粉砕されたぞ! 水が水が!』

 その後、断末魔の叫び声が携帯から響き渡った。

 女は、そこに崩れ落ち、次の咆哮でその命を潰えた。

 そして再びその姿を見せた邪竜が告げてくる。

『そうそうに祭壇を完成させ、契約に準じろ』

 祭壇に消えていく邪竜に俺は、内心で安堵の息を吐きながら告げる。

「葉、解っていると思うが……」

 俺の言葉を遮る様に葉が声を上げる。

「直ぐに祭壇を完成させます! お前達、業者連中を叩き起こして作業を再開させろ!」

 誰もがその言葉に逆らわない。

「さてさて、さっきまで疑いに対する詫びが欲しいものだな」

 俺がそうからかうと葉が苦々しい顔を見せる。

「お戯れは、止めてください。アレを見て契約を違えようと思うものなど居ようはずがありません」

 俺が苦笑する。

「そうだろうそうだろう。我ながら最高の交渉をしたぞ!」

 自我自尊する俺に対して葉が問いかけてくる。

「あれ程の邪竜をどうやって契約交渉につかせたのでしょうな?」

「運が良かったって話だ」

 俺は、聞いた話、偶々ローズガーデンの宗主の娘が封印の破れるところに居合わせ、ちょうど良いタイミングで契約を行うという呪縛を行えた事を伝える。

「偶々ですか?」

 葉が信じられないって顔をするが俺は、断言する。

「偶々以外で人間があれをどうにか出来ると思うか?」

 葉は、大きく首を横に振った。

「どれだけ万全の準備を行ったとしてもアレにそれだけの呪縛を掛けるなんて不可能です」

「今回は、その幸運にあやかれた事を喜ぼうぜ」

 俺は、そう軽く告げると葉も同意する。

「そうですな。これで本土の五月蠅い連中を黙らせられますからな」

 こうして俺達『九龍』の躍進が始まるのであった。



『香港九龍城跡地の祭壇 滝雨』


『よーし、よし、これでヤマタノオロチから逃げられたぞ!』

 我は、深い安堵を覚えていた。

『あいつが復活した和の島なんかに居られるか!』

 我は、和の島の方を見る。

『まあ、数年時間を潰してから大陸に逃げて自由になってやる!』

 我がそう企んでいると何処からともなく声が聞こえてくる。

『滝雨さーん。わたしが仲立ちになった契約を破ったらどうなるか解ってるよね?』

 我は、必死に周りを見回す。

『馬鹿な、今の声は、龍脈を介していないぞ? どうやって?』

『近頃は、インターネットを通じて、近くの音声発生装置を使うって事が可能なんだよ』

 その声は、祭壇の設備の一つから漏れて来ていたのだ。

『それでさっきの呟きなんだけど……』

 我は、頭を床につけて宣言する。

『嘘です! 真面目に契約に準じます!』

 そのまま暫くそうして声が聞こえてこない事を確認してから頭をあげる。

『流石にもう大丈夫か。なんてしつこい奴なんだ』

 そんな愚痴の直後再び声がした。

『忠告。わたしは、未来予知も出来るからね』

 天井が爆発して、旧式の録音再生機が落ちてきた。

『折角、封印から解き放たれたというのに、我の自由は、何処に!』

 我は、涙した。



『ある海岸沿いの温泉宿の前 アルカ=ローズガーデン』


「なんでこんなギリギリなんだよ」

 夏目通子さんが面倒そうな顔をして車を玄関口まで運んでくる。

「えーと、もう少し早くでれなかったのでしょうか?」

 春芽交子さんの問い掛けに姫さんが笑顔で応える。

「本当だったら朝一にでる予定だったんですよ。今日帰るって言うのに二日酔いで起きてこなかった人が居てね。それで空いた時間で魚市場を楽しむ事になったんですけど?」

 夏目通子さんが視線を逸らして来る。

「徹夜で運転させてもらいます」

 ため息混じりに春芽交子さんが応じるのを見ながら、魚市場で買った魚を冷凍ケースにしまっている皆を横目に私が言う。

「そういえば、どうしてあんなデモンストレーションを行う必要があったのですか?」

「ああした方が解り易いって言うのもあったけど」

 シーさんの答えに私は、睨む。

「天災級の邪竜に相対したら理解できますよ」

 シーさんが宿の手伝いをしている滝雨の元巫女を見ながら言う。

「必要だったんですよ。新しい契約をしても、一度徹底的に砕かないと繋がりが残りかねなかったから」

 そういう話は、聞いた事がある。

 長い封印を行った場合、封印を行った存在と存在場所との縁が生まれ、後々干渉することがあると。

「それに、ああいう生贄を続けていた村をそのままにしておくとそれが新しい災いの元になりかねないからね。だから新しい生活をする為のお金稼ぎとして競売を提案したの。それでだけど本当にローズガーデンの取り分は、一割でよかったの?」

 シーさんの確認に私が強く頷く。

「問題ありません。今回の件は、交渉権を提示した自体がローズガーデンにとっては、参加組織への貸しになります。実費さえ回収できれば十分なんです」

 それどころか、シーさんが競売相手を呼ぶ参考してと渡して来た龍脈図なんてものは、何億円だそうと手に入る物では、ありません。

「そう。でもあちきにとって物凄く想定外なんだけどさ、あの成金連中は、どうしたものかね?」

 シーさんの視線の先では、豪遊をする老人たちがいた。

「自分達が渡されたお金が新しい人生の為の費用だって理解しているのかな?」

 首を傾げるシーさんに対して私は、淡々と告げる。

「どれだけ大金であろうとも浪費するようなら直ぐに消えていくでしょうね。そしてお金が無くなった後、苦しむのは、当事者の問題です」

「新鮮な貝は、酒のつまみに良いってお母さんも喜ぶわよ」

 キヨさんがそう言いながら車に乗り込むので私達も乗車し、発車する。

 暫くいった所で、一台の車とすれ違う。

 そこに乗っていたのは、仕事場の近くに家を買った以外の金を受け取らなかった薪守太。

「色々と問題ある行動をとったけど、父親の治療費以外を受け取らなかった巫女への思いは、本物だったんでしょうね」

 私の言葉にシーさんが頷くのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る