004 鬼畜非道な失敗無しの暗殺者に狙われる失語症の少女
『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』
いつもの様にシーさんやキヨさんと話しているとシーさんが何かに気付いたように席を立って入り口に立つ男子生徒の所に向かいます。
「教室の入り口で道を塞がないでください」
「なんだよ! 俺達の勝手だろう!」
相手が小柄のシーさんだからか、男子生徒が言う事をききません。
すると後から席に立ったキヨさんが言います。
「へー、お母さんが入院してて一人で寝れないって病院に寝泊まりしてたあんたが偉くなったもんだ」
「関係ないだろ!」
そういって顔を真っ赤にして入り口から男子生徒が離れていくと、安堵した表情の女子生徒が教室に入ってくる。
「どうして彼女は、退いてって言えなかったんでしょうか?」
私が首を傾げるとタルさんが耳打ちする。
「ウグちゃんは、失語症なんだよ」
そういう事ですか。
失語症は、精神的トラウマのケースが多い。
普段、比較的明るい表情で女子グループに入っているのを見ているので男性絡みで、何かがあったのでしょう。
「それにしてもこのクラスって問題が多い人が多くないですか?」
思わず口にした私の言葉に戻ってきたキヨさんがため息混じりに言ってくる。
「他の先生が問題ある生徒に対して二の足を踏む態度をとっていると布田先生が引き受けちゃんだよ」
「教師がそんな態度をとるんですか!」
思わず私は、声をあげてしまう。
「先生だって人だからね。どんな問題児でも受け入れる布田先生の方が珍しいよ」
シーさんがそう淡々と告げます。
「そんで世話をやくのは、基本、シーなんだけどな」
キヨさんの言葉にシーさんが言う。
「それでも布田先生は、問題ありそうな時は、自然と気付きますから大丈夫ですよ」
もしかしてそれも『双鏡』の能力の一環なのかもしれません。
その後、失語症の女子生徒、崎城(サキジョウ)鶯(ウグイス)さんも含めて、筆談を交えた会話を楽しむのでした。
『虹和ショッピングモール 崎城鶯』
夕飯の材料を買った帰り道、隣を男の人が通る度に体がビクッとします。
大丈夫だと解っていても、小学生の頃の事を思い出してしまう。
あの頃、共働きの両親が夜遅くなるって事で傍に住んでいたお父さんの方のお爺ちゃんの家に預けられていた時期があった。
お母さんが迎えに来るまでの間の数時間だが、あたしにとっては、地獄の時間だった。
何故なら、お爺ちゃんが私にいやらしい事をしてくるからだ。
当時、あたしは、成長期で胸が他の子より大きかった。
それもあったのか、最初の頃は、普通に接してきていたお爺ちゃんが次第に胸をガン見してくるようになった。
何かとお風呂を勧めてきたりだ。
薄々だが嫌な予感を覚えていたあたしだったが、決定的な事が起こった。
その日は、お母さんが出張で、お父さんも遅くなることが決まっていた。
だから出来るだけ避けていたお風呂にも入って。
そこにお爺ちゃんが入ってきたのだ。
あたしが叫ぶがお爺ちゃんは、口を塞ぎ睨んでいうのだ。
『しゃべるな! しゃべったらただじゃおかないぞ!』
必死にもがき、あたしが手を剥がして叫んだ時、お腹に強い痛みが走った。
お爺ちゃんに本気で殴られたのだ。
味わった事のない激痛に私は、もう声を上げられなくなった。
それからの事は、思い出すのも嫌な日々が続いた。
幸いっていうのか、お爺ちゃんのアレは、もう使えなかったらしく、本番だけは、されなかった。
それでもそういう事の度に言われた、『しゃべるな! しゃべったらただじゃおかないぞ!』という言葉にあたしは、声を失った。
あたしが失語症と判明した翌日には、お爺ちゃんのやっていた事すべてが明らかになり、身内の事と内々で処理、お爺ちゃんは、海外に永住した。
しかし、あたしの中のトラウマは、消えず、声は、戻らず、男に近づくのも苦痛になっていた。
それは、今も変わらず、人込みに居るのが辛くなって裏道を行くことにした。
それがあんな事になるとは、思いもよらず。
『虹和ショッピングモール傍の裏道 シーン=アサ』
「日本は、素晴らしい。こんな綺麗な得物が普通に売っているのだからな」
俺は、包丁を手に今回のターゲットが来るのを待っていた。
今回のターゲットは、東アジアの小国の外交官。
中国の不正の証拠を日本経由でアメリカに渡す予定らしい。
俺は、そうなる前にその外交官を殺す事になっている。
正直、俺にとっては、簡単すぎる仕事だ。
ターゲットは、緊張した面持ちで敢えて遠回りをして自国の大使館へ向かっている。
「やっと大使館が見えて来た。ここまでくればもう大丈夫のは……」
言い終わる前に俺の手にした包丁がその男の喉を切り裂いた。
必死に何か言おうとしているが、喉の穴から空気が漏れてまともな言葉になっていない。
「さてと、死ぬまでまだ余裕があるだろう。少し楽しませて貰うか」
俺は、手にした包丁で男の小指を押しつぶすように斬った。
のたうち回る男に俺が微笑みかける。
「空港で大使館の車に乗ったのが本命だと思わせたかったんだろ? 残念、『シャドースコーピオン』には、優秀なハッカーが居るんだ。電子メールで送った作戦なんて駄々洩れだったのさ」
この世の終わりの様な顔をする男に俺が告げる。
「逃げていいぜ」
困惑の表情を浮かべながらも男は、立ち上がり、そして喉を押さえながら必死に走った。
笑いがこみあげてくる。
何とか大使館まで逃げ込もうと思っているのだろうが、無駄だ。
喉に穴が開いてしまえば呼吸すらろくに出来ない。
この路地を抜ける前に動けなくなる筈だ。
予想通り、もう少しで表通りだって所で倒れこむ。
「さて、どんなみっともない顔をしてるかな?」
俺は、その顔を見ようと男の前に回った。
「傑作だな。やはり、死にたくないと足掻く人間の顔は、最高だ!」
俺が笑っていると何かの音が聞こえた。
振り返ると一人の小娘がいた。
「なんて不幸だ」
オーバーアクション気味にそう口にしながらも俺は、楽しんでいた。
やはり殺すなら男より女の方が色々と楽しめる。
じっくり様子を見て、何かのアクションをとったら殺そうと考えていた時、その轟音が鳴り響く。
俺は、思わず耳を塞いでしまった。
その瞬間に小娘が逃げていく。
「やっちまったな。この国には、戸籍も何もないんだ、ゆっくりと始末すれば良いさ」
そう割り切って人が来る前に依頼に含まれた証拠を回収し、その場を後にするのであった。
『虹和市公道 夏目(ナツメ)通子(ツウコ)』
「この町は、平和過ぎるわ」
ミニパトで巡回するあたしのボヤキにため息を吐くパートナーの春芽(ハルメ)交子(コウコ)。
「警官が騒ぎを求めないの。大体、こういう違法駐車の取り締まりだって立派な警官の仕事よ」
あたしは、少し前の事を思い出しながら言う。
「真面目に取り締まったて、疎まれるだけじゃない」
「ツウ、交通課に入った時に言われたでしょ、違法駐車を放置すれば放置するほど悪化し、それが元で人の命が失われるって」
コウが睨んでくるので手をパタパタさせながら言う。
「はいはい、解ってるって。救急車の運行の妨げや車の陰からの飛び出し、確かに命が懸かってるかもしれないけど、あたしが警官になったのは、拳銃で銃撃戦がやりたいからよ!」
脳裏に小さいころから何度も見た車の後ろで大爆発が起こる刑事ドラマを思い浮かべるあたしだったがそんな妄想の時間は、直ぐに終わりを迎えた。
特別な警報音が聞こえてきたのだ。
「これって、確か……」
うろ覚えのあたしと違いコウは、即答する。
「この町の障害者が持たされてる非常警報ブザーよ!」
思い出した。
この虹和市は、何故かお偉いさん達が仲が良く、医療関係者と警察との連携でトラブルに会いやすい障害者に対して特別な警報ブザーを支給している。
あたしは、急いで警報音のなる方へ向かう。
「あの子みたい!」
コウが指さした先に必死に走る中学生くらいの少女がいた。
あたしは、すぐさまミニパトを止めて、駆け寄る。
「何があったの!」
そう問いただすが少女は、口をパクパクさせるだけで応えない。
「もう! はっきりしゃべりなさいよ!」
あたしが怒鳴ると少女は、涙目になる。
「こら、怯えているじゃない。ごめんなさいね。ゆっくりで良いから説明してくれる?」
コウがそう優しく問いかけると少女は、来た方を指さす。
コウとアイコンタクトをとりあたしは、少女が来ただろう裏道に入った。
そしてそれを発見する。
「……嘘でしょ?」
それは、息絶えた男性の死体だった。
『虹和警察署 春芽交子』
「喋ったか?」
ツウの言葉にあたしは、奥の部屋に保護している少女を見ながら首を横に振る。
「駄目みたい。死体を見たんだものショックが大きいんでしょう」
頭をガリガリと掻くツウ。
「まさか殺人事件が起こるなんてな」
「ツウが変な事を言うからだよ」
あたしの嫌味にツウが舌打ちする。
「はいはい、あたしが悪かったよ。それよりもかなり厄介なホトケさんだぞ」
意味深な事を口にするツウ。
「何か解ったの?」
あたしが問いかけるとツウが真面目な顔をして言う。
「ホトケさんは、外交官だったらしい。いま、その国の連中を署長が相手してるよ」
「外交官って、本当なの?」
驚き確認するあたしにツウが苦虫を噛んだ顔をしていう。
「間違いない。懐を探られた痕跡もあった上、連中が何度も持ち物を確認して顔を青褪めさせてたよ」
「ツウが好きな刑事ドラマみたいな展開ね」
少しでも気分を紛らわせようとあたしが言うとツウは、腰の拳銃を抜いて言う。
「ああ、もしも犯人にあったらあたしの拳銃で黙らせてやる!」
そんなツウの頭がポカっと叩かれる。
「交通課の婦警が物騒な事を言うな」
「課長お疲れ様です」
あたしが敬礼すると課長が返して来る。
「お前達もな。何にしろ、お前達が近くに居て助かった。遺体の状況から考えて、あの娘さんは、犯人と遭遇している可能性が高かった。下手をすれば……」
最後まで言葉にされなかったけど、言いたいことは、解った。
あたし達の到着が遅ければあの少女も殺されていたかもしれない。
「くそう、もう少し早ければあたしが……」
そう悔し気な顔をするツウがまた叩かれる。
「馬鹿を言っているな。喉の中心を一閃、その後に指を切った切り口、慣れた人間の仕業だ。万が一にも遭遇しても手を出さずに応援を呼べ」
課長の言葉にあたしは、顔を引きつらせる。
「慣れたって、まさかプロの殺し屋ですか?」
信じられなかったが課長が頭を掻きながら言ってくる。
「相手が外交官で何かしらの重要な物品を運んでいたんだ、その可能性も高い。本社から一課がくる他に公安もやってくるらしいからな」
「公安ですか?」
あたしが聞き返すと課長が大きなため息を吐く。
「国際問題の上、襲われた場所を考えても非公式な案件だからな」
そんな中、三人の少女がやってくる。
「すいません、ここにこんな子は、来ていませんか?」
そういって、黒髪の背の高い子が携帯であの子の画像を見せてくる。
「どういう関係だ?」
疑り視線を向けるツウに対し、声をかけて来た子は、睨み返すが背の低い少女が生徒手帳を見せてくれる。
「クラスメイトです。あちきは、天夢楽百、そっちが酒升清泉。後ろの外人が交換留学生のアルカ=ローズガーデンさん。そしてその子が失語症でまだ自己紹介もしてないでしょうけど崎城鶯です。彼女の母親からまだ帰ってないって相談を受け、色々と探しててここに来ました」
「それは、申し訳ない事をした。もっとはやくご家族には、連絡をいれるべきでした」
課長がそう謝罪する。
「それは、良いんですが、彼女は、連れてかえって大丈夫ですか?」
天夢ちゃんの確認に課長が即答する。
「いえ、こちらで家までお送りさせてもらいます。夏目巡査、春芽巡査、家まで確りと送ってあげるんだぞ」
そういった課長の言葉には、言外の意味があったのだろう。
「はい。了解しました」
あたしがそう即答し、未だにらみ合ってるツウを引っ張っていく。
『崎城家前 夏目通子』
「詳しい話を聞けなかったな」
ミニパトのハンドルに体を預けてぼやくあたしに対してコウが言う。
「失語症なんだからしかたないじゃない。明日、落ち着いたら担当者が筆談で聞き取りを行うそうよ」
あたしは、目の前の家を見て言う。
「今も犯人が逃げているって言うのに悠長な事だな」
「それでも、身体障害者に無理な事情聴取を行ったとなれば責任問題になるわ」
コウの正論にあたしは、ふてくされる。
「あーあ、いっその事、犯人が襲撃にこねえかな」
「物騒な事を言うんですね!」
そういってくるのは、署で睨んできたあの酒升って娘だった。
「安心しろ、どんな犯人だろうが、あたしの拳銃でぶっ倒してやるからよ」
あたしが拳銃を抜いて見せる。
「無理だと思いますよ」
その声は、背が低すぎて頭の先しか見えない確か天夢って娘のだ。
「あたしは、これでも射撃の実力は、署でも指折りなんだぜ」
あたしの自慢に対して天夢って娘が言う。
「『シャドースコーピオン』そういうアジアを中心とした暗殺組織の人間みたいですから」
「はー、なんでそんな事が解るんだよ!」
あたしが思わず聞き返すと酒升って娘が携帯で一つのページを見せてくる。
「あたし達だって少しでも早く犯人を見つかって、ウグが安心できるようにしたいと考えているの。それで話を聞いたら特徴的な入れ墨を覚えていてね。それをネットに詳しい知り合いに調べて貰ったら出てきた。この情報があれば発見が早くなるでしょ」
そういって見せられた非合法と思われるページには、確かにその入れ墨が暗殺組織の構成を示す物だと書かれていた。
「これ間違いないんだろうな?」
確認するあたしに対して天夢って娘が答えてくる。
「少なくともこれに近い入れ墨をウグが見ていたのは、間違いないよ」
コウに視線を送るとするにその情報が署に報告される。
「捜査にご協力感謝します」
コウの言葉に酒升って娘が真剣な表情で言ってくる。
「少しでも早く捕まえてほしい。これ以上、ウグの心の傷を増やしたくないから」
そうだった、失語症を患っているって事は、何かしらのトラウマを抱えている可能性が高いんだった。
「任せておけ! 直ぐに捕まえて、不安に思ってたのを損したって思わせてやるからよ」
そう太鼓判を押してやる。
『虹和警察署 春芽交子』
署に戻ると刑事部の人達が慌ただしく動いていた。
「っよ、いいネタの提供ありがとよ」
知り合いの刑事の言葉にツウが言う。
「礼より犯人を捕まえてくれよ」
刑事は、胸を叩く。
「任せておけって、日本の警察の優秀さをみせつけてやるぜ」
そういって刑事課の人達は、出ていく。
交通課の部屋に戻る。
「今日は、疲れたな。さて帰って食事をとるぞ!」
ツウのその言葉に対して、席に座っていた課長が無慈悲な一言を言う。
「今回の事件の報告書は、明日の朝までだぞ」
「そんな!」
ツウが悲鳴をあげる。
部屋に持ち帰れない記録がある為、あたし達は、自分の席で報告書の一部を書いていた。
「なあ、これ明日の朝じゃ駄目か?」
そういってくるツウの方を見ずにあたしがいう。
「明日、普段より一時間早く起きられるんだったらそれでも良いわよ」
暫く考えた後、ツウが作業を再開させていると騒がしくなる。
ツウが騒ぎに引っ張られ、署の入り口に行くと、負傷した刑事達が居た。
『崎城家の隣の空き家 シーン=アサ』
「いやはや、日本の警察は、優秀だ。こんなにも早く俺を見つけて、あの小娘の居場所を教えてくれるんだからな」
俺は、上機嫌だった。
目的の殺人を終え、証拠物件の処分も終えた今、残っている問題は、目撃者の殺害。
だが、目撃者の素性が解らない事もあり、探し出すのに時間が掛かると思われたが、幸か不幸か俺が潜んでいた場所に警察が突入してきた。
それもご丁寧にも警告をしてからだ。
なんて律儀で愚かしい事か。
俺は、室内の明かりを消し、突入してきた警察の足を切り裂き、追跡不能にしてから後ろで隠れていた偉そうな奴の背後に回って包丁を首筋に当てて尋ねた。
面白いほどにあっさりとあの小娘の名前が崎城鶯であり、その住所まで吐いてくれた。
願い通り命だけは、助けてやった。
まあ、眼球を切り裂いてやったから一生、目が見えないだろうがな。
「ターゲットは、二階。今日は、友達と一緒に寝るのか。なんと微笑ましい。目の前で友達が死んでいく姿を見たらもしかしたら失語症が治って悲鳴をあげられるかもしれないな。人生最後の言葉が母親への言葉なんてなんと感動的なシーンだろうか」
俺は、その光景を思い浮かべて歓喜しながら、足音を消し、警察の警戒の穴を抜いて目的の家に侵入した。
気付かれた気配は、ない。
俺は、ゆっくりとこの後の悪戯を思い浮かべながら階段を上がる。
あと、数段で二階といった所で何かに触れた。
「ピアノ線?」
トラップにあるようなそれかと感じた瞬間飛び上がる。
何かが俺が居た所を通り過ぎた。
「警察が仕掛けたのか?」
想定外の事に眉を顰める俺に対してその声が聞こえてきた。
「ちんの糸を避けるなんてなかなかやるね」
一際小さい、ターゲットの友達がそこに居た。
「お嬢ちゃん、おいたわいけませんよ」
ニヤリと笑って見せるとそいつは、冷めた目で言う。
「プロというよりマニアって感じかな?」
「おいおい、俺は、組織でも失敗無しで知られているエースなんだぜ」
俺がそう説明してやるとそいつは、呆れたって顔をしてくる。
「まあ、好きこそものの上手なれって言葉があるけど、あんたは、本当に殺人が好きみたいだね」
俺は、肯定する。
「そうだ。俺は、苦しんで死んでいく奴を見るのが大好きなんだよ。さあ、君は、どんな無様な死にざまをみせてくれるんだい?」
それに対してそいつは、鼻で笑った。
「残念だけどその期待には、添えてあげられない。だってもう終わってるから」
「何がだ?」
俺は、その言葉に何か嫌な物を感じ、周囲をさぐるが他に人がいる気配がない。
「小娘一人で俺に勝てるとでも?」
俺が挑発するとそいつは、肩を竦める。
「いや、もう勝ってるから」
「何を……」
言葉の途中で俺は、気付いてしまった。
トラップに触れた靴下がいつの間にかに解けて居たことに。
「糸使いとでも思ってて」
そいつが指を鳴らすと靴下を構成していた糸が俺の全身を縛り付けていく。
「どんな手品を使った?」
倒れた姿勢のまま尋ねる俺に対してそいつは、指を唇にあてて言う。
「それは、秘密です」
苛立つ、しかし、たかが糸の分際でどれだけ力を入れても切れない。
この状態では、逃げられない。
そう結論付けた所で俺は、覚悟を決める。
「目撃者の事は、もう伝えてある。俺が死ねば『シャドースコーピオン』が面子の為にもお前らを殺すだろう。どんなに足掻こうと、例えお前がアメリカ大統領だったとしても、社会の闇に生きる無数の同胞が後ろからお前等の首を狩る事だろう。それまで精々怯えるんだな!」
俺は、そういって口に仕込んだ毒を開放する。
即効性の毒が俺の意識を奪っていった。
『崎城家の廊下 アルカ=ローズガーデン』
「歯に即効性の毒を仕込んでいたのですね」
私は、その死体を見てそう判断する。
「大した抵抗もせずに死にますか……」
イーさん(『糸巻』を使っているから)が納得しきれないって顔をしていた。
「この手の輩は、組織への絶対的な服従、いえ恐怖があります。そしてどんなに強固な意志をもっても情報が引き出されると知ってるのでしょうから、そうなる可能性がある場合に簡単に死を選ぶんです」
私の説明にイーさんは、なんとも言えない顔をしていたと思うと少し意見統一をしただろう後に口にします。
「そんな軽い命なら構わないかな? アルカさん、『死者蘇生』を見学しますか?」
「……死者蘇生って言いましたか?」
思わず聞き返す私に対してイーさんは、あっさりと肯定してきます。
「はい。それも多分、世間一般で行われている簡易式じゃない方です」
「簡易式も何も、禁呪の類です!」
思わず大きな声を出すと唇に指を当てるイーさん。
「……そんな事が本当に可能なのですか?」
確認する私に対してイーさんは、ため息を吐く。
「価値がある命を生き返らせるのは、色々と問題があるんですけど、価値が無い命だったら問題ないですよ」
「価値って……」
どうも曖昧な表現に私が戸惑っているとイーさんは、淡々と語ります。
「他者から必要とされた命って事ですよ。他者との関係が深ければ深いほど本当の『死者蘇生』への負担は、大きくなりますからね」
「本当のというのは、どういう意味ですか?」
私が疑問に思った事を尋ねるとイーさんは、三つ編みの髪を解き、頭には、ピンクのリボンをつけていた。
「アルカさん、本体で会うのは、初めまして。うちは、『羽衣(ハゴロモ)』のハー。見学する気があるんでしたら一緒に来ますか?」
関わるべきでは、ないかもという冷静な判断が脳裏をよぎりましたがそれ以上に真の『死者蘇生』という言葉への知的好奇心には、勝てずに私は、頷いてしまいました。
するとハーさんの頭のピンクのリボンが伸び、私と死体を包むように展開する羽衣の形に変化し、そして体が浮き上がり、窓から夜空に飛び上がるのでした。
『天夢家の庭 アルカ=ローズガーデン』
「少し疑問なのですがどうして飛んでいる間は、不安を感じなかったのですか?」
到着した天夢家の庭に着地し、羽衣が解除された瞬間、それまで感じてなかった空を飛ぶ事への恐怖が沸き上がってきた為に確認するとハーさんが頭の上のピンクのリボンを指さします。
「『羽衣』の能力の一つ、包んだ相手に精神安定を施するの」
「まるで天女の羽衣ですね」
私は、アジア圏で囁かれる天女伝説の羽衣を連想しました。
「ヤーが古来より生きている神霊から聞いた話だと、『羽衣』継承者の事を指しているみたいだよ」
ハーさんの一言で謎の情報網がまた一つ発覚しました。
「少し離れていてね」
ハーさんがそういった次の瞬間、強い力の発動を感じ、見てみるとそこには、複数の『尾具』を身にまとった楽百さんが居ました。
「実言うと、これが本来の形式」
私が疑問に思っている事をその『双鏡』の眼鏡をした楽百さんが事前に答えてくれます。
そしてそれが始まった。
『羽衣』が死体を囲み、『瓢箪(ヒョウタン)』から垂れ流れる霊酒が変色すら始まった遺体を元の綺麗な体に戻す。
『錫杖』の一振りで周囲に霊が集まると『糸巻』がカラカラと回り魂の糸が紡がれ死体に浸透していく。
『勾玉』で周囲の霊が凝固させ、『扇子(センス)』の一振りでそれが死体から延びる魂の糸と結びついていった。
「はいこれで終了」
軽い口調の後、『尾具』を庭の端においてあった縫いぐるみに配る。
その間に私は、死体だった物を確認した。
間違いなく死んで、魂の欠片も感じられなかったそれが、確かに息をし、脈があり、何より生者の気配を宿していた。
再び、ピンクのリボンのハーさんに戻る。
「うちは、これを適当なところに置いてくるから。少し待っててね」
そう言ってハーさんは、暗殺者を羽衣で包んで飛んで行った。
「『死者蘇生』、錬金術師の最盛期には、何度か実例があったと聞きますし、現代でも成功したと口にする魔法結社もいますがそれが本当の生者だと確認された記録は、無い筈です」
私の呟きに眼鏡を掛けた縫いぐるみのソーさんが尻尾を繋いで心話してきます。
『それってどれも魂の無い肉体だけの復活。精々出来ても記憶の植え付けだけ。わたし達がやったのは、『羽衣』で特殊空間に隔離、『瓢箪』の薬酒で肉体の回復、『双鏡』で記憶の抽出、『糸巻』で抽出した記憶の組み込んで魂と体を繋ぐ細工を行い、『錫杖』で疑似魂の材料になる死霊の集め、『勾玉』で死霊を凝固させて疑似魂にし、『扇子』の流れの操作で疑似魂を本来の流れに紛れ込ませた。これで普通の人間と同じ存在になったんだよ』
特殊空間への隔離から始まり、創造した疑似魂の定着まで何一つ人間には、成し遂げられなかった事を片手間で行われた事に戦慄しか覚えない。
それだけに私は、聞かない訳には、いかない。
「これは、誰にでも可能な事なのですか?」
『ハーも言ったけど、他者との繋がりが強く多い場合、それら全てに対して干渉を行う必要が生まれるから難度が一気に跳ね上がる。因みにアルカさんの場合は、町一つ分が消費する龍脈の力と数十人分の生者の魂が必要になるね』
ソーさんの説明を聞いて私は、先程の状況を考える。
「死者の魂しか使わなかったのには、何か意味があるのですか?」
『意味とか以前の話。元から生者とは、あまり関わらないどころか復讐の機会を狙っていた死霊がいっぱいいたから。なによりその死霊達がアレに楽に死ぬのを良しとしてなかった。だからやった』
ソーさんの言葉に何故こんな事が行われたのかを理解した。
それでも理解したからって間違っても真似しようとも真似できるとも思えなかった。
『見知らぬ空き地 シーン=アサ』
「……毒が弱かったのか?」
自分が見知らぬ空き地に放置された事には、あまり気にならない。
十中八九、物言わぬ死体だと乱雑に投げ捨てられたのだろう。
その証拠に明らかに雑に転がされた痕跡が俺の体と地面に点在した。
「何にしても助かった。何者かは、知らないが警察に俺の死体を突き出さなかった以上、堅気の者じゃあるまい。だとしても『シャドースコーピオン』に逆らった事を絶対に後悔させてやる」
そう誓いながら体を起こした時、二人の女の婦警と視線があった。
「あーその入れ墨は、殺し屋!」
そういって、二人のうちの一人が拳銃を抜いた。
馬鹿々々しい、人を撃った事も無い日本の警官の拳銃が当たるか。
実際に俺を狙う銃口は、明らかに足を狙っている。
例え当たった所で致命傷には、ほど遠く二発目が来る前に殺せるだろう。
それでももう一人よりは、ましなのかもしれない。
「待って、撃ったら拙いわ!」
この状況で俺に背を向けて制止なんてするのだから。
射線が完全に切れた所で忍び寄り、俺は、制止をしていた婦警の顎に手をやる。
そのまま、軽くひねるだけで人など簡単に死ぬ。
きっと、拳銃を構えた婦警は、混乱するだろうからその隙をついて動けなくし、その後、弄んでやろう。
昨夜の敗北で出来たストレスの捌け口になってもらうつもりだ。
その為にも拳銃を撃たれる前に始末するかと考えながら実行に移そうとした時、腕が動かなくなった。
「くそうやろう!」
婦警の銃弾が俺の肩に当たり、もう一人の婦警も開放されてしまう。
俺は、失敗を悟り逃げようとするが解放された婦警が足に縋りついた。
蹴り外そうと視線を外してしまったのがミスだった。
拳銃を撃った婦警がグリップで俺の側頭部を強打したのだ。
痛みで動きが止まり、足が刈られ、倒れそのまま二人がかりで拘束されてしまった。
苛立ちが募るが、今のやり取りで確信する。
日本の警察は、子供のキャンディーより甘い。
昨夜と違い十分に逃げる隙がある。
それならば自殺する必要は、ないと考え大人しく連行されることにした。
『虹和警察署交通課 春芽交子』
課長の視線が笑っていない。
「お前等、自分が何をしでかしたのか解っているか?」
ツウは、即答する。
「はい。逃走していた殺人犯を捕まえる大金星です!」
嬉しそうなツウに対して課長が怒鳴る。
「馬鹿が! 警告も無しでの拳銃を発砲して負傷を負わせたのだ、懲戒処分物だ!」
そう、例え犯罪者といえ、警告もなしに拳銃を発砲するのは、違法なのだ。
「あれは、春芽巡査を助けるためで……」
ツウの言い訳に対して課長が睨みつけながら言う。
「俺は、言った筈だぞ、危険だから捕まえようとせずに応援を呼べと。お前がいきなり撃とうとしなければ春芽巡査も隙を作らなかった。そこが問題になるのだ!」
捕まっておいてなんだが、あの時のツウの行動は、警官として問題の連発だった。
展開次第では、懲戒免職もあり得る。
その事を通告され、ツウも慌てるが課長は、同僚が淹れたコーヒーを一口飲んでから言ってくれる。
「それでも警官に負傷者まで出した犯人の逮捕だ、ある程度の考慮がされる筈だ」
「ですよね!」
一気に表情が明るくなるツウであったが、課長が釘を刺す。
「処罰は、間違いないから覚悟しておけ」
「えー! そこは、無罪放免って事には……」
ツウの言葉を遮る様に課長が断言する。
「絶対無理だ。お前もだぞ」
話を振られたあたしがため息混じりに言う。
「覚悟してます」
不満そうな顔をするツウに対して課長が深いため息を吐いてから言う。
「何にしても怪我が一つ無かった。それだけが救いだ」
最終的には、あたし達の安全を最優先にしてくれる。
そんな課長に同僚一同、敬意を払っているのでした。
『虹和警察署取調室 シーン=アサ』
「いい加減しゃべったらどうなんだ!」
怒鳴り散らすだけの刑事に俺は、微笑みを返し続ける。
拳を震わせて今にも殴りそうになるが周りの刑事が制止する。
本当になんて甘い連中だ。
暫くそんなやりとりを繰り返していると嫌空気をまとった連中が入ってきた。
刑事達も嫌悪感を隠そうとしない。
同じ刑事に嫌われる連中、俺の予想が外れていなければ公安の奴等だ。
刑事と公安では、同じ国の組織でも大きく違う。
あくまで国民を相手にする刑事と違い、外国からの諜報員や反社会的勢力を相手にする公安は、そのやり方に容赦がないのが一般的だ。
そして刑事達が部屋から追い出された後、公安の男が俺の前に座る。
「取引をしないか? 組織の事を話せば、刑を軽くしてやるぞ」
さっそく司法取引か。
まあ、この国の公安にしてみればよその国の外交官殺しなんてどうでもいいのだろう。
問題は、俺が所属する『シャドースコーピオン』の方だ。
『シャドースコーピオン』は、日本でも仕事を行っているのだから公安としては、潰しておきたいのだろうがそんな取引に応じる理由は、ない。
「お前等みたいな小物に潰される『シャドースコーピオン』では、ない以上、司法取引をしたら刑務所に居ても殺されるのに応じると思ったか?」
俺は、はっきりいってやった。
その言葉通り、しゃべれば俺は、何処に居ようと消される。
それなのに話す訳が無い。
それを俺の態度から理解したのか公安の連中、やばそうな注射を取り出し始めた。
多少の自白剤なら黙っている自信があったが、この手の薬の性能向上は、計り知れない。
そろそろ死んでおくべきと判断し、実行に移す。
靴内部に隠し、靴下内部に移して置いた毒のカプセルを足の踵で踏みつぶす。
遅効性だが、自白剤が聞く前に死ぬことだろう。
自白剤で朦朧とする思考で異変を感じた。
毒が効果をはっきしていない。
想定道理に毒が効いていればすでに俺は、死んでなければいけない。
それなのに俺は、生きて相手の質問をよく考える事さえ難しくなってきた。
言っては、いけない筈の単語が口から漏れているかもしれないのに俺は、まともな思考が出来ない。
やばい、このまま組織の情報を渡せば想像しうるもっとも酷い殺され方をされるのは、間違いない。
俺は、最終手段にでる。
自ら舌をかみ切った。
口から大量の血が零れる。
公安の連中は、血止めを行おうとするが俺は、最後の抵抗として口をあけない。
そうしている内に致死量の血が流れ落ちようとしていた。
その筈なのだが一向に意識が薄れない。
朦朧としながらも公安の連中の言葉に反応し続けていく。
俺の体に何が起こったのだ。
俺は、得体のしれない恐怖に慄くことしか出来なかった。
『ローズガーデン虹和支部 アルカ=ローズガーデン』
「それでは、例の監視対象の男は、最低でも三度は、死んでいるのですね?」
私の確認に報告者が肯定する。
「はい。治療を行った人間もどうして死なないのか不思議がっておりました。アルカ様は、何か心当たりがございますか?」
「あの男の蘇生に使われた死霊は、あの男に弄ばれてから殺された者達でした。そして、あの男が楽に死ぬことを許さなかった。その思いが体内に残った神秘の薬酒の効果を発動させたのでしょうね」
私の独自の推論だが大枠は、外れていない筈。
「自業自得とは、よく言ったものです。それと『シャドースコーピオン』ですが、何故か男からの情報を起点に瞬く間にトップの正体までいきつき、ICPOによって解体される事でしょう」
報告者は、何故かといっているが、私を狙ったアメリカの富豪の事を考えればソーさんが暗躍しているのは、解り切った事の筈です。
「本当に不思議な事が多いですね」
私の呟きに報告者が背筋を震わせる。
「万が一にも敵に回したくないものです」
「激しく同意だわ」
私は、そう答えてその相手とのショッピングの為に出かける用意を始めるのでした。
『虹和ショッピングモール アルカ=ローズガーデン』
「それでね、あたしは、思ったのよ」
先程から彼女、崎城鶯さんのおしゃべりが止まりません。
私は、小声で確認する。
「何をしたんですか?」
シーさんが大きなため息を吐く。
「あの夜、帰るのにハーの力が必要だったからハーに体を預けたままにして、あちきの意識は、寝ていたんだけど、ウグさんって意外と胸があるんだよね」
まるで関係ない話の筈だが何かが引っかかる。
「まさかと思うのですがハーさんは、母親に似た性格をしているって事は……」
「天野家は、『羽衣』の継承者の家系で、『羽衣』の能力は、魅力と精神安定」
シーさんの言葉が答えです。
あの夜、ハーさんは、ウグさんとそういう事をしてその影響でトラウマが解消されて失語症が治ったのでしょう。
「なんというか、力の無駄遣いここに極まりですね」
私の感想をシーさんは、否定しないのでした。
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