002 傍若無人な貴族的魔術師の死霊事故に晒される無関係の少女

『イギリス市内の屋敷 アレキ=F=ゴールデン』


「『ブラッドローズ』が失敗したか……」

 部下からの報告に私は、多少の落胆を覚えた。

 奴等には、イギリス内で動けるように多少の助力をしていた。

 無論、その対価は、奴等の雇い主から偉大なる王族に支払わせたがな。

「事と次第によっては、『ローズガーデン』が無くなるかもと思ったのですが?」

 傍に仕える者の言葉に私は、苦笑する。

「所詮は、負け犬とアメリカという田舎で金を持った成金、我が『ロイヤルカップ』と肩を並べる魔法結社を潰すなど夢のまた夢よ」

「それならばなぜ協力を?」

 不思議そうに聞いてくるが私は、肩を竦める。

「元より、多少なりとも被害が出せればそこを突こうかと思っていただけだ。過剰な期待だった様だ」

 『ローズガーデン』の手札を少しでも探る意味でも監視をさせていたが、その報告書に違和感を覚えた。

「この櫛名田神社での傭兵制圧だが、その手段が不明になっているのは、どうしてだ?」

 監視を取り仕切っていた者が即答する。

「はい。この櫛名田神社ですが、周囲から監視を出来ないような地形の上、通常ルート以外で接近すると微弱な結界が反応して壊れ、痕跡が残る為、遠距離からの間接的な監視しか行えませんでした」

 思わず舌打ちをする。

「チィ! 島国の人間は、そんな直ぐ壊れる結界しか張れないのか! だが、この人数を短時間で無力化した手段が気になる。更なる調査を続けろ」

 私の命令に下の者達が実直に従うのであった。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


「お借りしていた縫いぐるみは、この中に入っているわ」

 私は、そういってヤーさんの形代たる縫いぐるみが入った箱を差し出す。

「あのー一緒に入っている紅茶は?」

 天夢(アマユメ)、シーさんの疑問に私が微笑みで返します。

「母からの可愛い縫いぐるみをお借りしたお礼です。イギリスの王家御用達の一級品です」

 シーさんは、視線を少しずらす。

 きっとまた他の頭と話しているのでしょう。

「えーと物凄く高いみたいですが本当に良いんですか?」

 恐る恐るという言葉に私は、小声で告げる。

「ヤーさんの御蔭で私達も把握していなかった龍穴がいくつか発見されました。そのお礼も兼ねてますので気にしないでください」

「あれ、それってシーの家にある縫いぐるみだよね? どうしてアルカさんが?」

 教室に入ってきた清泉(キヨイ)さんがヤーさんの尻尾を掴み逆さ吊りにしながら尋ねてきました。

「可愛い縫いぐるみで少しお借りしていたんですが実家に間違えて送ってしまって、それが今日戻ってきたのでお返したところです」

 そう応える私ですが、ヤーさんがため込んだ力を使いそうになってるのに内心冷や汗をかいていました。

「もう、雑に扱わないでください」

 シーさんが回収した事に安堵します。

「ふーん、仲いいのね?」

 どこか意味ありげな清泉さんの言葉にシーさんが苦笑する。

「一番の親友は、キヨだから安心して」

 半眼になる清泉さん。

「あのね、そういうのは、一恵(カズエ)さんが過剰反応するから止めて」

「……そうかもね」

 苦笑するシーさん。

「確か、一恵さんと言うのは、シーさんの御姉さんですよね?」

 天夢家の事は、一応に調査してある。

 この虹和市の大地主で、家長である父と資産家の娘の母の下で一恵さんと楽百さんの二人の娘がいる事になっている。

 キヨさんが大きなため息を吐く。

「一恵さんは、かなりやばいシスコンでね。シーの家で遊んでる時に何度も殺気を浴びせられたことがあるのよ」

「それは、随分と過保護なのですね」

 オブラートを被せた私の言葉にキヨさんは、半眼で断言する。

「あれは、異常よ。絶対にそのうちシーに襲い掛かるわね」

「そんな事ないですよね?」

 私が話を振ろうと視線を向けると真横を向くシーさんでした。



『帰宅路 アルカ=ローズガーデン』


「あたしは、こっちだから」

「また明日!」

 キヨさんと解れの挨拶を終えたシーさんと並んで歩いていると、手提げの中からヤーさんの形代が抜け出して空中に浮きます。

「目立ちませんか?」

 私の心配にシーさんが指をくるくるさせながら答えてくれます。

「周囲の霊に監視してもらってる上、あちき達以外からは、見えない様に光学迷彩しているそうです」

 意志を持つ幽霊と精霊の同時使役なんて非常識な真似を片手間でやってくる。

「ずっと箱詰めで窮屈だったそうです」

 シーさんの説明に私は、首を傾げる。

「あくまで形代ですよね?」

 浮かんでいるヤーさんを指さし私が尋ねるとシーさんは、普段胸につけている『真剣』を小さいまま指の先に立てます。

「縫いぐるみ自体は、他のも使えるけど、『尾具』が接触してる必要性があるんですよ」

 私は、縫いぐるみが持っている錫杖を見る。

「詰り、『尾具』は、複製出来ないって訳かしら?」

 それに対してシーさんは、『真剣』を立ててるの違う指を立て、その先に新しい『真剣』を作り出す。

「複製自体は、可能です。問題は、あくまで『尾具』で、体の一部なんです。本体、もしくは、形代と接触している必要があるんです。まあ、形代から本体には、強制移動は、可能なんですけど、その際は、形代がただの縫いぐるみに戻るし、本体から形代へ飛ばす事は、出来ません」

「まるで『尾具』が本体みたいね」

 私の感想にシーさんが微笑する。

「ソーの場合、眼鏡の形をさせているから、漫画とかである眼鏡が本体って言うのを地でいってるんですよ」

「なんですかそれ?」

 意味不明な説明に私が首を傾げていると天夢さんの家が見えてきます。

 そして私は、その隣の屋敷を見る。

「出来ればもう少し広い屋敷を用意したかったです」

 こここそ結社で用意した日本支部で、私が現在生活を送っている場所です。

「日本の住宅事情を考えたら十分に広いんですよ」

 シーさんがそうフォローしてきますが、隣の天夢さんの家は、建物だけならばイギリスの屋敷に負けない大きさをしています。

「部屋が余っているのでしたらお借りしたいくらいです」

「それは、やめておいた方が良い」

 シーさんの即答に私が探りをいれます。

「詰り、まだまだ秘密があるという事ですか?」

 無論、全てを教えてくれるとは、思っていませんが、今後の事を考えて少しでも多くの情報が欲しいのが本音です。

「キヨとの会話で出ましたね。お姉ちゃんは、凄く嫉妬深いんです。知らない子が同居するなんて言おうものなら殺されます」

「……冗談ですよね?」

 私の確認にシーさんが質問を返して来る。

「ヤマタノオロチを復活の前提条件って何だと思いますか?」

 それは、私も色々と考察をしていましたので良い機会なので口にします。

「あの神主の様な『尾具』を継承した血筋の人間を集める事ですか?」

「それでは、不十分です。血筋でもある程度の先祖返り度が高くないといけないんです。同じ血筋の人間でも先祖返り度が低いとダメです。良い例がキヨ。実は、母親がかなり強い先祖帰りで『瓢箪』の『尾具』の能力の片鱗、その血の成分を変化させて負傷や病気を癒す事ができますけど、その娘であるキヨは、その手の力は、一切ありません。だから多重人格って建前で誤魔化しています」

 シーさんの説明でまた一つ『尾具』の能力と血統が解りました。

 ここは、更なる情報収集とします。

「詰り、能力を発現している先祖返りが必要なのですね?」

「先祖返りしてるなら本人が自覚してなくても大丈夫みたいです。その例が実は、布田(フタ)先生だったりします。布田先生は、かなり強く『尾具』の力を持ってますけど、それを意識して発動した事ありません。本人もその血筋だって自覚していませんしね」

 私が驚く。

「布田先生が『尾具』の血筋なのですか!」

 シーさんが目の辺りを指さす。

「『双鏡(ソウキョウ)』の『尾具』の血筋ですよ。布田先生が黒板に書きながら見えない筈の居眠りや早弁に気付けるのは、本人は、勘だと思っていますが千里眼の右鏡の力なんですよ」

 なんて無駄な血統能力の使い方でしょう。

「話を戻しますけど、ヤマタノオロチ復活には、最低八人の先祖返りが必要なんです。それも新たなヤマタノオロチの発生の時に。えーとどういう意味か解りますか?」

 顔を赤くするシーさんの様子に理解した。

「詰り、性交渉の際に八人揃わなければいけないって事ですよね? 貴方の父上は、かなりおもてになされるのですね」

 シーさんは、首を横に振って携帯で一枚の写真を見せる。

 そこには、かなりイケメンな男性と小柄大人しめな女性が写っていました。

「この外見でしたら女性に惚れられるのも納得ですが?」

 私の感想に対してシーさんは、小柄な大人しめな女性を指して驚愕の事実を口にします。

「こっちがお父さんです」

「……冗談ですよね!」

 思わず聞き返す私に大きなため息を吐いたシーさんが告げました。

「イケメンの方がお母さんです。節操無しの女好きで、六人の女性とそういう事をしていた時に激怒したお母さん一筋のお父さんが乱入してそういう事して出来たのがあちきなんです」

「なんと言えばいいのか……」

 流石の私も言葉に詰まります。

「お姉ちゃんは、そんな底なしの女好きのお母さんの性質とどんな事があろうともお母さん一筋のお父さんの性質を引き継いでるんです」

 シーさんが何を言いたいのかはっきり理解した。

「二度と同居の話は、しません」

 キヨさんが異常だと断言したのも頷ける話でした。

 シーさんと別れて自室に戻ってからある事実に気づきます。

「さっきの説明通りだとしたら、あの布田先生もその場に居た可能性が高いのでは?」

 あまり深く追求するのは、不味い気がするのでした。



『イギリス市内の屋敷 アレキ=F=ゴールデン』


「一つ気になる情報が手に入りました」

 そう部下が告げてきた。

「報告せよ」

 私の命令で報告が始まる。

「『ローズガーデン』の長の娘、アルカ=ローズガーデンの留学は、元々、短期でしたが、例の件の後、急遽長期に変更されました。アルカ=ローズガーデンの留学先に何かしらがあるのかと思われます」

 アルカ=ローズガーデンと言えば、まだまだ若いながらも優秀な精霊使いだと聞いている。

 それを異国に長期留学させるだけの何かを発見したと捉えた方が良いのかもしれない。

「マリカを呼べ」

 私がそう指示を出す。


 直ぐに私の娘、マリカ=F=ゴールデンがやってくる。

「お呼びによりまいりました」

 礼をして顔を上げない。

 マナーも知らぬ者なら何も知らされずに呼び出されれば不安で落ち着かないか直ぐにでも要件を聞こうとしてくるだろう。

 我が子ながら優秀な娘だ。

「アルカ=ローズガーデンを知っておるな?」

「……はい。存じております」

 僅かばかりの戸惑いがあったのは、仕方あるまい。

 お互いにイギリスで指折りの魔法結社の長の娘同士、意識し合っている筈だ。

「そのマルカが日本の地で何かしらの力を手に入れたか、手に入れようとしている可能性が高い。お前には、それを探りをいれよ。そして可能であれば奪取せよ」

「お任せください。必ずやマルカから奪い取ってみせます」

 そう応じたマリカは、壮絶なまでの笑顔をしていた。



『日本いき飛行機の中 マリカ=F=ゴールデン』


「フフフフフ! 忌々しいあのアルカより私が優れている事をオカルト業界全体に知らしめるこれこそ千載一遇の好機!」

 歓喜の声を上げる私に下僕が慌てて言ってくる。

「お嬢様、目立っております!」

 私は、気にせず続ける。

「下々の者にどう思われようと関係ありません」

「しかし、今回の任務を考えれば出来るだけ隠密行動が……」

 下僕の下らない指摘に対して私が冷めた目を向ける。

「美の女神に愛された私の存在を隠す事など出来ません。そんな当たり前の事すらわからないの?」

「ですが……」

 まだ納得していない愚かな下僕に私は、淡々と告げてあげる。

「安心なさい。十分な勝算がありますから」

 そう、私の輝きを隠す事など出来ない。

 しかし、私が使役する者は、別なのだから。

「待ってなさいアルカ=ローズガーデン、直ぐに私が貴女から全てを勝ち取ってみせますわ!」

 高らかに私は、そう宣言した。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


「聞いてまたイギリスから交換留学生だって!」

 キヨさんが目を輝かせて言ってきますが私は、あまり反応したくありませんでした。

「……その様ですね」

「あれ、どうしたの? 興味ないの?」

 怪訝そうな顔をするキヨさんに対してシーさんが答える。

「興味あるないの前の話。あまり良好じゃない関係者みたいだよ」

 キヨさんが手を叩く。

「そうか、同じイギリスだものね。知り合いなんだ」

「ええ、知り合いという自体には、間違いありませんね」

 私が渋々それを認めます。

「そんなに嫌な相手なの?」

 キヨさんが少し引いた顔で聞いてくるので私がため息混じりに答えます。

「直ぐに解ります」

 私の言葉を証明するように朝のホームルーム前だと言うのにそれがやってきた。

「ここに居たわねアルカ=ローズガーデン! 美しく高貴で優秀なわたくしが参りましたわ」(英語)

 教室全体がざわめく中、近づいてきたそれ、マリカが私に指さして宣言してくる。

「貴女が何を隠しているかは、知りませんが。その全てを明らかにしてわたくしが奪い取って見せますわ!」(英語)

 私は、この後、この馬鹿な発言を誤魔化す面倒に頭を痛めながら淡々と返す。

「宣言は、確り受けたわ。だからさっさと帰ってくれる?」(英語)

「キー! その余裕綽々な態度が続けられると思わない事ね!」(英語)

 マリカがそう宣言して淑女らしくない足跡を残して去っていった。

「なるほどね。あれは、面倒そうだ」

 納得してくれるキヨさんに私が強く頷きます。



『櫛名田神社 アルカ=ローズガーデン』


「あの娘、呪殺しても構わんじゃろ?」

 神主は、かなり本気で聞いてきた。

「あれでもイギリス王室ともつながりも深い魔術結社『ロイヤルカップ』の長の娘ですから騒ぎになります」

 賛成したい気持ちを抑えてそう止める私に対してシーさんが訪ねてきた。

「あんまりオカルト業界に詳しくないんだけど、その『ロイヤルカップ』ってどんな組織なの?」

「イギリスで我が『ローズガーデン』と並ぶ規模の魔術結社である事は、確かです。ただし、魔術を極める事を天命としている我が結社と違い、イギリス王室を最優先させる組織です」

「詰りおぬし達とは、目的と手段が正反対な組織と言う訳じゃな?」

 神主の言葉を私が肯定する。

「そうです。ですが、魔術の力だけは、確かなのも間違いありません」

「それは、疑っておらんよ。何せ虹和市全体の死霊を操っているのだからの」

 神主が嫌そうな顔で言ってくる。

 そう、マリカは、現在、私の秘密を探ろうと虹和市全域で死霊を操って情報を探っている。

 並みの死霊使いでは、出来ない、マリカの高い才能と努力が窺え知れる数少ない認められる点です。

「無駄な事に物凄い労力さいてますね」

 完全に他人事の様にシーさんが言います。

「随分と余裕がありますが、これでは、何も出来なくなるのでは?」

 私の問い掛けにシーさんが首を傾げる。

「なんでですか?」

「虹和市全域に死霊の監視網を構築された状態では、力を使う事は、出来ない筈ですよね?」

 私がそう指摘すると神主が苦笑する。

「虹和市にいる死霊は、全部ヤーちゃんに誓約を結ばされ、ヤマタノオロチ関係の報告できん様になっているのう」

 虹和市全域で死霊を操るのも卓越した技術だが、その対象になる死霊全てに誓約をすませているとなれば更に桁が二つ三つ違う。

 元より死霊操作というのは、元が同じ人間であることから質の悪い悪霊でも無い限り比較的簡単な部類に入り、今回の様にただ情報を収集させるだけならば複雑な縛りも無いので手間と時間を掛ければマンパワーでも何とかなります。

 ですが、継続的に縛りを与える誓約となれば話は、異なります。

 常に一定の干渉を続ける必要があり、それには、莫大な力が必要になるはずです。

「食事が出来る生者と違って、死霊は、龍脈の力のお零れで存在してますから、どうとでもなるんですよ」

 改めて龍脈と繋がった存在の恐ろしさを垣間見ました。

「なんにしても人様の庭で好き勝手されるのは、気にくわんのう」

 神主が不機嫌さを隠そうともしないが当然です。

 マリカもそうだが私も所詮は、外様の人間。

 それが断りもなくこんな派手な事をして地元の人間が気分が言い訳が無い。

「いくらマリカが厚顔無恥でもこっちの世界のマナー違反を続ければ、本国までクレームが行き、静止が掛かる筈です」

「詰り、親に叱られるまでほおっておけというのじゃな?」

 神主が不服そうに言われますが私は、首を横に振るしかありません。

「先程も言いましたが、下手に手を出せばそれこそ相手の思うつぼです」

 こちらに干渉する理由を作らせる事になる。

「マリカがああまで厚顔無恥なのにも理由があります。『ロイヤルカップ』にとって高貴な血の人間以外は、全て自分達に従う下僕だと考えています。それ故に、マリカの暴挙に何かしらの抵抗した者を高貴な血に逆らった者と処理する事で影響力を増やしています」

「なんととても理不尽な子ですね」

 シーさんの半眼での呟きに私が肩を竦める。

「貴族というのは、そんな者です。私がイギリスで仕方なく貴族からの仕事を受けた時ですか……」

 貴族から受けた理不尽な依頼の話をする事でシーさんの気を逸らすのでした。



『帝ホテル虹和 マリカ=F=ゴールデン』


「どうして何の情報も出てこないのよ!」

 苛立ちを籠めて手にしたグラスを床に叩きつける。

「お嬢様!」

 下僕達が後始末をするのを他所にわたくしは、思い通りに行かない展開に苛立ちを高めている。

「僅かな貸し付けで五月蠅く言う金の亡者や下民の為のルールを貴族まで押し付けようとする駄犬を相手に今までこれで上手くいってたのよ! どうして今回は、駄目なのよ!」

 気分晴らしに目についた死霊に聖水をぶちまける。

 みっともない悲鳴と共に消滅していく死霊の姿に多少の溜飲下げた所で比較的使える下僕が意見をしてくる。

「相手は、お嬢様には、劣ると言え魔術結社の長の娘、お嬢様の力に恐れて、溝鼠の様に震えて縮こまっているのでしょう。そんな状況で何も動いてなければ死霊でも何も調べられません」

「そうよ、精霊を使役できるってチヤホヤされているだけのアルカがわたくしの死霊術に対抗できる訳が無いわね。だとしたら、あいつの近い人間を襲って嫌でも動かしてやりましょう」

 わたくしは、下僕達が調べた調査資料を適当に広げる。

「とりあえずこいつにしましょうか」

 わたくしは、イギリスから連れてきたとっておきの死霊を解き放った。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


 私が教室に入りその沈んだ空気に気付いた。

「何かあったのですか?」

 私の言葉にキヨさんが辛そうに言うのです。

「タルが事故にあって病院に運び込まれたの。今も手術が続いるだろうけど、助かる可能性が低いのよ」

「タルさんが……」

 私は、言葉に詰まります。

 彼女は、初日から私に色々と質問してきたクラスメイトです。

 バイトが出来るようになったらお金を貯めて、私が通っていた学校に交換留学生としていき、イギリス文化を学ぶんだと笑顔で語っていました。

 茫然と立っていた私ですが、ある事実に気づき、その席を見ます。

 シーさんが目を瞑って沈黙しています。

 私の予想があっていたら事故の状況を調べているのでしょう。

 『双鏡』の力を使えば過去の事故でさえ詳細に調べ上げる事が可能な筈ですから。

「手術の成功を祈りましょう」

 私は、自分の信じる神に祈ります。

 そんな私に背後から声がかかります。

「あら、神頼みなんて本当に無能ね」(英語)

 普段ならともかく今の心理状況では、関わりたくない相手、マリカです。

「悪い事は、言わないわ。今は、何も言わないで自分のクラスに戻りなさい」(英語)

 自分でも威圧的になっているのは、解るがここで下らない事を口にされ、逆鱗にふれさせる訳には、いきません。

「さて次は、誰が犠牲になるのかしらね?」(英語)

 そう耳元で囁きマリカは、教室を出ていった。

 正直に話し、私は、我慢した訳では、ありません。

 恐怖して動けなかっただけです。

 シーさんの瞳が人とは、違う光を宿していたのだから。

 私の携帯がメールの着信を知らせます。

 その相手が誰かなど確認するまでもありません。



『酒升総合病院手術室 酒升透(トオル)』


「出血量がもう限界です!」

 看護師の悲痛な声を聴きながら私は、自分の未熟さを恨みながらも精いっぱいの対処を行う。

 生まれて十数年しか生きてない少女の命が尽きようとしている。

 脳裏に自分の力の使用も過るが遅ぎた。

 手術前から行えばまだ可能性があっただろうが、現状では、私の血の力を使った所で命をつなぐ事は、不可能だ。

 通常の手術に『瓢箪(ヒョウタン)』の力を使わないという自己満足なだけの拘りが目の前の命を失わせようとしている事実に苛立ちが募る。

 脈拍を知らせる電子音がどんどんと弱くなる中、その音が響く。

 私は、思わず音がした上部を見る。

 そこには、二体の縫いぐるみがあった。

 錫杖をもった縫いぐるみと瓢箪を持った縫いぐるみ。

 『尾具』、『瓢箪』から注がれる奇跡の薬酒が消えかけた少女の命の炎を燃え上がらせる。

 一気にすべてのバイタルが回復していく。

「まさか? こんな事がある訳が……」

 バイタル調整をしていた麻酔医が驚愕する中で私が怒鳴る。

「この少女が生きたいと思って起こした奇跡! 無駄にしないわよ!」

「「「はい!」」」

 手術に参加していた者達の声が合わさり、そして無事に少女は、命をつなぎとめる事となる。


「先生、本当にありがとうございます!」

 何度も何度もお礼をする少女の両親に私が告げる。

「この成功は、少女が生きたいという強い思いがあったからです。きっとすぐに回復しますよ」

 そういってその場を去る私に何度も頭を下げる。


 そして自分の個室に戻り告げる。

「いくらクラスメイトだからといってヤマタノオロチの力を使って命を救うのは、ルール違反じゃないの?」

 先にこちらに来ていた『瓢箪』をもった縫いぐるみの形代を使っているヒーが接触心話で応えてくる。

『今回は、事故自体が理外。イギリスから後から来たのが先に来ていた奴に対する挑発で死霊に襲わせたからだ』

 私は、思いっきり机を叩く。

「下らないオカルト業界の権力争いで無関係の人間を襲ったって言うの! そいつら何処! 一発殴ってやる!」

『やった奴には、死ぬよりつらい目に合わせる』

 ヒーの答えに私が気付けの一杯を飲み干して釘を刺す。

「終わったら一部始終を伝えに来なさいよ」



『ローズガーデン虹和支部の自室 アルカ=ローズガーデン』


『いつかやるかと思っていたが、とんでもない存在の尾を踏んだ様だな』

 電話の先の父の声にやや喜びが含まれていることは、ライバル組織の長として仕方ない事なのかもしれない。

「それで、今回の件に協力するのに問題は、ありませんでしょうか?」

 私は、努めて冷静に行った確認に父がはっきと答えてくれます。

『何の問題もない。元からアレの行為は、いい加減目に余る物があった。『ローズガーデン』の名を出し、確りと解らせてやれ』

「お任せください」

 私がそう短く了解を伝えると父が苦笑を混じりに言われる。

『感情を殺すな』

「しかし魔術師は、氷の様に冷静であれというのが教えの筈です」

 私の返事を父は、否定しない。

『当然だ。理性的な判断が出来なければ魔術師では、ない。だがな激しい激情も魔術師には、必要なのだ。触れた物全てを凍り付かせる液体窒素の様な冷たき激情こそが魔術師を強くする。覚えておくことだ』

「貴重な教えありがとうございます」

 そう言って私は、電話をきると直ぐに開始のメールを送る。



『虹和市営墓地 マリカ=F=ゴールデン』


「こんな所に呼び出して何のつもりかしら?」

 わたくしは、泰然とアルカに問い質す。

「それを口にすると必要があるかしら?」

 アルカの余裕の理由は、既にわかってい居る。

 アルカは、ここに龍脈の力を引き寄せる術式を設置した。

 それを使って強力な精霊を使役して、わたくしに対抗しようとしているのだ。

 なんて無駄な足掻きなのでしょう。

 こみあげてくる笑いが堪え切れず漏れ出してしまう。

「随分と楽しそうですね?」

 アルカは、不機嫌そうにそう口にするのではっきりと言ってあげる。

「ええ、ようやく貴女とわたくし、どっちが優れているか証明できるのですから」

 わたくしは、わたくしの下僕がアルカの護衛を抑えているのを確認してから指を鳴らし墓場いっぱいの死霊を起動させる。

 通常、死霊、死者の意志からなる存在は、龍脈から漏れる力でなんとか維持されているだけ。

 それらに儀式を用いて力を注いで使役するのが死霊術の基本。

 ですが、ここには、アルカが引き寄せた龍脈の力がある。

 相手が使う前にこっちがそれを使ってしまえば良い。

 幸いにもここは、墓場で死霊には、事欠かない。

「貴女も呼んだら良いわ。まあ、こちらが使った搾りかすのような力じゃ大した精霊は、呼べないでしょうけどね?」

 わたくしは、勝利を確信していた。

 それなのにアルカの顔には、絶望も、恐怖も、戸惑いすら現れない。

「解っているの! 貴女は、自分の施した罠さえわたくしに利用されて手も足も出ない状況なのよ!」

 慈悲深いわたくしが現状を教えてあげたのにアルカがまだ気付かず周りを見回す。

 常人ならともかく、アルカならば墓場を埋め尽くすほどの死霊に気付かない訳がない。

「私の罠を理解しているの?」

 アルカが今更な事を口にしたのでわたくしは、呆れた。

「何を言っているの? この死霊がその証明でしょ? だって貴女が施した龍脈の細工を利用してよびだしたのですからね!」

 ここまで説明しないと理解できないとは、わたくしは、まだまだアルカを過剰評価していたわ。

 諦めの悪いアルカは、足掻く様にもう一度周囲を見渡して笑いを漏らす。

「何が可笑しいの? ああ、そうね自分の馬鹿さ加減が可笑しいのよね?」

 アルカは、大きく頷く。

「そうですね。まさかこれ程上手くいくなんて思いもしませんでした。私の方が貴女を理解していると思っていたんですけどね」

「上手くいった? 何を言っているの? 貴女は、龍脈を引き込みその力で強大な精霊を使役するつもりだったのでしょう!」

 わたくしの追及に対して見せたアルカの微笑みに背筋に悪寒が走った。

「あんなあからさまな細工を疑いもせず利用するなんて本当に愚かね」

「わたくしは、愚か者呼ばわりするなんて許せませんわ! やっておしまい!」

 わたくしは、使役した死霊達に攻撃命令を下します。

 直ぐにもアルカは、無数の死霊に襲われ、その精神を食い散らかされ、のたうち回る姿が見られる筈。

 その筈なのに死霊がわたくしの命令に従わない。

「何をやっているの愚図! さっさとあの女を食い殺しなさい!」

 わたくしのその言葉に対して死霊がようやく動き始めた。

「そうよ、最初からそうやって動いていれば……」

 近くに居た死霊がわたくしの腕にかみついた。

 魂が凍るような衝撃が脳を直撃して、わたくしは、倒れる。

「何でよ! この無能が間違えるんじゃないわ! さっさとあの娘を……」

 わたくしの言葉を無視するように次々と死霊が襲い掛かってくる。

 わたくしは、魔術具で防壁を作りながら叫ぶ。

「何でよ! 何で、わたくしが起動させた筈の死霊がわたくしを襲うのですのよ!」

 死霊が襲い掛かっていかないアルカがいつの間にかに傍に来ていた。

「私の罠には、事前に死霊へある条件付けする細工が施してあったのよ。自己を侮蔑する者を襲えという死霊が一番残している憤怒を起因とする細工がね」

「何よそれ? 意味が解らない!」

 戸惑うわたくしに対してアルカが冷気すら感じる笑みを向けてくる。

「理屈は、そんなに難しい物じゃないのよ。死霊を動かすために取り込むだろう力の方に極々単純な命令、それも死霊自体の願望、侮蔑に対する憤怒に正直に動けという命令を最優先に出来るようにする因子が混ざる様にしてあっただけなのだから」

 死霊使役の基礎にある。

 複雑な思考を出来る死霊は、そう多くない。

 故に命令は、単純ならば単純な方が望ましい。

 そして死霊の残した意志に関係性を持たせる事でその力を増幅できる。

 そう、アルカが言っていた事は、確かに死霊使役にとって基本にそっている。

 しかし、それでも納得いかない事がある。

「そんな因子を混ぜる術式なんてなかった筈よ!」

 下僕から受けた報告には、龍脈を操作する細工しか見当たらなかった。

「日本に来て私も色々と勉強しているのですよ。漢字は、便利でして、漢字を理解できない相手には、複雑な術式すら何かのマークと誤解してくれるのですから」

 アルカの言葉にわたくしが叫ぶ。

「あの低能、無能のクソ虫共が! わたくしの足を引っ張るんじゃないわよ!」

 わたくしは、アルカを睨み上げる。

「わたくしが負けたわけじゃないわ! すべては、役立たずの下僕の所為よ!」

 それに対してアルカが肩を竦めて見せてくる。

「どんな駒でも使いこなす。それが上に立つ者の資質ですよ」

「アルカ! 貴女だけは、許さないわよ!」

 激情のままにわたくしが叫んだ時、全身に寒気が走った。

 死霊の攻撃を防いでいた防壁が無効化していた。

「怒りに冷静さを失って防壁すら歪ませる。魔術師失格ですね」

 そう言ってアルカが背を向けた。

「待ちなさい! まだ勝負は、終わって……」

 わたくしがアルカに手を伸ばそうとするが腕が上がらない。

 腕だけでない、体の全てが冷たく、ピクリとも動かない。

「わ、わたくしは……ま、まだまけ……」

 口すら動かなくなっていく。

 体の外側から侵食する冷気は、魂まで冷やし、思考が薄らいで、全てが白い冷気に覆われた。



『酒升総合病院廊下 アルカ=ローズガーデン』


「殺さなかったのですね?」

 私の問い掛けにシーさんは、少し複雑な表情をみせます。

「多数決の結果、一生恐怖に飲まれ続けさせる事に決まりました」

 墓場でマリカには、さも自分が施した様に言ったが実際は、死霊操作の大半は、ヤーさんが行っていた。

 縫いぐるみの形代でなくヤーさんが体を使ってあの大量の死霊を完全に制御してみせていた。

 その結果、通常なら死んでもおかしくなかったマリカは、命を長らえさせただけでなく、魂に酷い損傷を受けながら正気すら取り戻せる程度で済んでいた。

 単純な命令でなく、死ぬ程苦しめながらも実際には、死なないという絶妙な手加減をさせる、それを墓場いっぱいの死霊全てとなれば人知が及ぶ芸当とは、とても言えない。

「監視していた連中は、きっと単純な命令な為の偶然、奇跡的に命を取り留めたと考えるでしょうね」

 私すら気付かず監視していた連中の存在を父から告げられた。

 そこには、父の息が掛かった人間も居て、その者達が上に報告したのは、私とマリカの会話と私が行っただろう漢字の細工であり、間違ってもヤーさんの存在は、知られていない。

「あちきは、透さんに報告してこないといけないので」

 そういって階段を上がっていくシーさんとは、逆に私が階段を下りる。

 踊り場で体の向きを変えようとした時、全身が動かなくなる。

 即座に精霊を使役しようとしたが反応が無い。

「無駄よ。私の血を精霊にも利く麻痺酒にして空中散布したからね」

 階段を一人の女性が上がってくる。

 その女性の写真で確認していた、キヨさんの母親、酒升徹さんでした。

「何のつもりですか?」

 なんとか動く口でそう尋ねた私に透さんは、冷たい視線を向けて通告してくる。

「今回の事に関しては、あんたが悪くないのは、知ってる。だから今回は、警告だけ」

 私の首筋を指で撫でながら透さんが警告文を口にする。

「私達、『尾具』の継承者は、ヤマタノオロチの事を天夢楽百の程に甘くとらえていない。その秘密が拡散する恐れがあるのなら確実に抹消する。肝に刻んでおくことね」

 そのまま階段を上がっていった。

 暫くして体が動く様になる。

 冷や汗を拭いながら私は、呟く。

「油断ですね。ここも相手のホームグラウンドでした。それにしてもヤマタノオロチその存在だけでなく、ただの継承者さえこれだけの力を持って隠棲していたなんて、本当に恐ろしい土地ですね」

 私は、この虹和市がとんでもなく恐ろしく感じるのでした。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


「それで医者の癖に二日酔いで死にかけてたのよ! 信じられる?」

 キヨさんの言葉につい先日その人物から警告されたばかりの私は、答えに困ります。

「医者の不養生って言うけど、透先生が飲み過ぎで午前様って何回目?」

 シーさんが指折り数えているとキヨさんが大きなため息を吐く。

「休みの日のお約束になりつつあるわね。本当にどうにかしないといけないわ」

 私の中の恐怖のイメージが歪んでいくのでした。

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