勝率セブンナインでもヤマタノオロチにやぁ勝てません

鈴神楽

001 唯我独尊な大富豪の大物量攻撃に抗う魔法結社の少女

『イギリス郊外の屋敷 アルカ=ローズガーデン』


「新月の夜……」

 月は、強大な魔力を我々に与えてくれる。

 それ故に、月の照らさない夜は、私達、魔術師にとっては、危険な夜になる。

 私は、自分の部屋の窓から月の無い夜空を見上げる。

 新月の夜が魔術師にとって危険であるのは、確かである。

 同時に同じ魔術師からの襲撃も減るのも確か。

 少なくとも私の父が長を治める魔術結社『ローズガーデン』の本拠地であるここでは、危険が無い筈だった。

 しかし、私は、言葉にできない不安を感じていた。

「母のそれに近い物だったら……」

 母は、結社でも最高の占い師です。

 幾度となく結社の危機をその占いで見通して来た。

 そんな母が結社の未来を左右するかもしれない星の動きを見る為の長い儀式に入っている。

「もしこの不安がそれに通じるものだとしたら、これから良くない事が起こるかもしれない……」

 私が言い終わる前に大きな爆発音が響き渡る。

 続く様に銃撃音が遠くで響き続ける。

「母の力も受け継いでいると喜ぶべきかしらね?」

 私は、苦笑をするしかなかった。



 銃撃音は、そう長くは、続かなかった。

「お嬢様、長がお呼びでございます」

 執事の言葉に私が頷く。

「解っております。直ぐに参ります」

 既に着替えを終えていた私は、執事に連れて父が待つ部屋に向かった。



 部屋に着くとそこには、儀式を終えたのだろう母も待っていた。

 そして私から少し遅れて結社の次期長候補の兄もやってくる。

「揃ったようだな」

 そういった父の表情は、重苦しかった。

「父さん、先程の爆発と銃撃は、襲撃ですね? 新月の日を狙ったという事は、魔術結社の嫌う教会の一派ですか?」

 兄の冷静な推測は、かなり的を得たものだと思われる。

 魔術結社の存在そのものは、表舞台に出る事は、少ない。

 しかし、政府や大組織とのつながりがある私達を敵視する勢力は、多い。

 教会等、その最有力候補。

「違う。相手は、『ブラッドローズ』だ」

 父の答えに兄の顔が歪む。

「我が結社の落ちこぼれ、アメリカに逃げた屑共が今更、何をしようというのですか?」

 兄がそう言うのも理解できる。

 『ブラッドローズ』、元々は、我が結社の脱落者が作った組織だ。

 我が『ローズガーデン』は、魔術の高みへの探求を崇高なる目的としている。

 だが、『ブラッドローズ』に属する者達は、安易な魔術に因る営利だけを求める低俗な連中である。

 その下賤さから我が結社から放逐を受けたにも関わらず勝手に魔術を使って居たために粛清を行った。

 その結果、イギリスどころかヨーロッパから逃亡し、アメリカに逃げた。

 魔術劣等なアメリカで、アメリカマフィアの手先として糊口をしのいでいると聞いていた。

 それが、今更我が結社に攻撃を仕掛ける理由が解らない。

「禁呪です」

 母の言葉に兄が眉をしかめる。

「禁呪? 『ブラッドローズ』程度の者達に禁呪を使いこなせる訳がありません」

「通常の物ならそうであろう。だが、例外がある。龍脈を使った不老不死の法だ」

 父の言葉に私が驚く。

「それこそ不可能です。龍脈は、霊的力を使うものにとっての生命線。それを個人の不老不死に使おうものなら周辺全ての関係組織を敵に回すことになります」

「だからアメリカなのか?」

 苦々しい顔でそう兄が漏らし、父が続ける。

「そうだ。龍脈の知識すら曖昧なアメリカならばそれを悪用する事が可能なのだ」

「下らない。どれだけ龍脈で不老不死になろうともその者は、龍脈に縛られ、動くことも出来なくなる。不自由な永遠にどれだけの意味があるというのだ」

 兄のその考えがこちらの世界の常識。

「その理由を確かめる為に私が儀式を行って占ったわ。その答えが、アメリカの大富豪よ。死を直前にどれだけの不自由や出費を払おうとも生に執着した。それに『ブラッドローズ』が使われたわ」

「物質に囚われた愚者が! それでも我が組織を襲撃する理由には、ならないと思われますが?」

 兄の言葉に父が淡々と告げる。

「『ブラッドローズ』は、魔術の入り口を齧っただけの紛い物。自分達だけの力で禁呪など使えない。その為に、龍脈を操るだけの上位者への贄を必要とした。それに奴らは、アルカを選んだのだ」

 いきなり出てきた私の名前に驚いていると兄が憤慨する。

「自分達を切り捨てた我が結社への意趣返しのつもりか! 未熟者として見逃してやった恩を忘れた愚者には、死を!」

 大きなため息を吐く父。

「『ブラッドローズ』だけならばそれも可能だった。だが、大富豪の後ろ盾で莫大な予算を得た奴らは、大量の兵を投入してくる。そうなった場合、我が結社への被害も甚大な物になるだろう」

「その始まりが新月である今夜の襲撃と言うわけですね?」

 私の言葉に父が頷く。

 魔術による抗争なら我が結社は、それこそ世界を相手にしても護り切れる自信がある。

 魔術の戦いにおいて攻撃よりも事前の儀式や龍脈を確保出来る防衛線の方が圧倒的な有利だからだ。

 しかし、これは、あくまで魔術的な襲撃の場合であり、物理的な襲撃となれば話は、全く変わる。

 それでも費用対効果を考えた場合、我が結社を潰すだけの襲撃を行う事で得られる利益は、そうそう発生しない筈だった。

 コストを度外視した生を求めた亡者による物量戦には、流石の我が結社でも対応しきれない。

「くそう! 下賤の者の思い通りなっては、我が結社の誇りを傷つく。どうにかなりませんか!」

 兄のその言葉に、私への愛情を感じなかった。

 当然だ、結社に所属する以上、結社を最優先せねばならないのだから。

「……一番の方法は、私が自ら命を絶つことですね」

 私は、そう淡々と告げる。

 相手の目的を妨害しつ、我が結社の損害を減らす、それが最も有効な方法の筈だ。

 兄は、否定の言葉を紡がない。

 父は、若干の戸惑いを持ちながらも何も口にしない。

 ただ母だけが口を開いた。

「占いに一つだけ、『龍脈の果て、日昇る島、その地にて竜と正しき縁を結べ。さすれば運命は、切り開かれん』と出ております」

 日が昇る島、つまりユーラシア大陸の東にある島国、日本を指しているのでしょう。

「竜との正しき縁を結ぶとは、つまり日本の龍脈を管理する組織との盟約を結べという事でしょうか?」

 私の答えに母が否定も肯定もせずに続ける。

「解りません。しかし、アルカ、貴女がそこに行き、行動する事で運命が大きく変わるそれだけは、占いに明確に出ています。その場所は……」

 そういって母が地図の一点を指さします。。

「……東京、虹和市」

 こうして私は、私の運命を開くために異国に旅立つことになりました。



『ニューヨーク摩天楼 ショーン=オグ』


 ニューヨークの町を見下ろす場所に私は、居る。

 数多の輝きがあり、そこには、無数の人間が群がって居るだろう。

 そんな虫けらの様な下民など、私の一声で消えていく。

 なのに、どうして私が今、そんな連中より死に近いところにいるのだ。

 私の体は、無数のチューブに繋がれ、胸には、いくつもの手術痕が残されている。

 何百、何千の人間を切り刻み、最適な内臓を移植してきたがそれも限界に来ていた。

 拒絶反応が出始めた内臓を新しく手術をするだけの体力が私には、ないのだ。

 この国を買えるほどの金がある私が、一切れのパンすら買えない社会の底辺の虫けらよりも先に死ななければいけない。

 こんな理不尽な事があってたまるか。

 そうだ、私は、永遠に生きる価値があり、その為には、どれだけの虫けらが死のうが関係ない。

 だから奴等を使う。

 イギリスなんて過去の栄光しか取り柄のない国から逃げてきた、呪い集団『ブラッドローズ』。

 そいつ等を使い、私は、永遠の命を手に入れるのだ。

 例えどんな犠牲を払おうとも。



『日本、虹和市の学校 アルカ=ローズガーデン』


「交換留学制度がある学校が虹和市にあったのは、幸運でしたね」

 そう口にしながら私は、その学校、『私立虹和学園』の校門を通る。

 イギリスを立つ前にも『ブラッドローズ』の襲撃を受けた。

 その為十分な情報を集められない内にこの地を足を踏み入れる事になりました。

「結社の構成員がこの地の組織と交渉を始めていますが、正直上手くいっていないですね」

 日本という国は、ある種特殊です。

 他国から陸続きで無いという事は、イギリスとも同じなのですが、宗教的統一もなく、国民の大半が特定の宗教に拘りをもっていない。

 クリスマスを祝った数日後に神社にお参りに行くなど私にとっては、とても信じられない行為を平然とします。

 宗教が重要視されていない風にとらえられるのに龍脈に関しては、神経質な程に管理されています。

 それだけに今回の交渉は、かなり困難を強いられる事は、明白。

 何故ならば、日本という国は、アメリカとの繋がりが強い。

 現地組織が日本政府を通じてアメリカからの圧力を受けた場合、我が結社との協力関係を結ぶという事が出来なくなる可能性が高い。

「それでも母の占いで唯一の手段と出た以上、その手段にかけるしかない」

 私は、その覚悟を持って校舎に向かって歩き続ける。



『私立虹和学園中等部二年の教室 酒升(サケマス)清泉(キヨイ)』


「留学生か、どんな子が来るのかしらね?」

 あたしは、そういって隣に座るクラスメイトで親友、天夢(アマユメ)楽百(ガクオ)、愛称シーに声をかける。

「あちきは、態々日本に来る程だから確りした人だと思うよ」

 そう真面目な答えを返すシー。

 そんな雑談をしていると教室の扉が開いて、眼鏡を掛けた女子教師の見本と言える格好の担任の布田(フタ)誠(マコト)先生が入ってくる。

「おはようございます」

「「「おはようございます」」」

 あたし達が返事を返し、布田先生が廊下の方を向く。

「本日から交換留学生が一緒に学ぶことになりました。入ってきて自己紹介を」

 廊下から凄い綺麗な金髪の女子生徒が入ってきました。

「私は、イギリスから来ましたアルカ=ローズガーデンと申します。短い間になりますがよろしくお願いします」

「日本語が上手だね」

 あたしの感想にシーが頷く。

「多分だけど、小さいころから色んな国の言葉を習っていると思うよ」

「どうしてそう思うの?」

 私の疑問にシーが答えてくれる。

「うーん、文脈がしっかりしている所かな? 英語と日本語だと主語や動詞の順番が違うから慣れないとそこら辺で違和感がでるけど、今の挨拶を聞いた限り、そういったのが無いから」

「そーだった、英語だと並びが違うんだよね」

 あたしは、この間のミニテストでやらかした失敗を思い出している間に自己紹介も終わったらしく布田先生がこっちの視線を向ける。

「ローズガーデンさん、慣れない日本で大変でしょうけど、解らない事があったら天夢さんを頼ると良いわ。天夢さんも良いわよね?」

「はい。問題ありません」

 シーが即答するが留学生は、少し驚いた顔をしている。

「あの子ですか?」

 何処か不安げな言葉に布田先生は、確りした口調で応えます。

「背丈は、小さいですが、何事にも真面目で確りした子です。町の事にも詳しいので学校のこと以外でも質問したら良いわ」

「そうですか。先生がそこまでおっしゃるのでした」

 そういって留学生は、こっちに近づき、空いていたシーの逆隣の席に座り話しかけてくる。

「天夢さん、どうかよろしくお願いします」

「こちらこそ。なんでも聞いてください」

 そう面倒毎をあっさりと受け入れるシーは、偉いなと思いました。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


「ローズガーデンさんは、何で日本に?」

 よくある質問に私は、作り笑顔で応えます。

「以前から日本文化に興味がありまして」

 事前に送った資料にも書いた口実です。

 まさか、本当の事は、言えません。

 それよりも気になるのは、さっきから隣に立っている少女です。

 座った私よりも頭の位置が小さいその少女は、天夢楽百さん。

 クラスメイトからは、シーと呼ばれる彼女は、私に負担にならないように上手くクラスメイトを制御してくれています。

 始めは、その幼い容姿から不安に思いましたが、確りとした少女でした。

 そうこうしている内に昼休みになっていました。

「ローズガーデンさんは、御弁当ある?」

「はい。事前に聞いていましたのでホテルで用意してもらいました」

 私は、そういってホテルで渡されたお弁当を取り出します。

「凄い豪華!」

 騒ぐ周りのクラスメイトに少し苦笑してしまいます。

 私としては、所詮は、ホテルの料理、普段食べなれている一級品からは、かなり劣る物でとりあえずの品物ですから。

 そんな私の顔を見て、天夢さんの親友と名乗る酒升さんがニヤリと笑いました。

「余裕綽々って顔だけど、これから凄く驚くよ」

「驚く、どういう事ですか?」

 私が首を傾げていると少し席を離れていた天夢さんが大きなカバンを持って席に戻ってきます。

 その中身を机の上に広げました。

「えーと、それは、皆さんと一緒に食べるのですか?」

 思わずそう聞いてしまいたくなる量。

 成人男性三人でも食べきれないだろう大量の料理が並んでいました。

「ううん。これ、あちき一人分ですよ」

 信じられないと思っているのが解っているのか酒升さんが言ってきます。

「論より証拠。見てなさい」

 私は、言われるままに自分も食事をしながら見ていると天夢さんは、落ち着いた様子で確り噛みながら料理を食べていきます。

 そのスピードは、まるで衰えることなく、机全面に広げられたお弁当の中身が全てあの小さなお腹に収まってしまいます。

「おかしくありませんか! どう考えても容積が合いません!」

 思わずそう叫んでしまった私にクラスメイト達は、納得気味に頷いてきます。

「解るよ、あたしたちも最初、見た時は、そう思ったもん。でも、毎日だからね」

「ですが……」

 言葉に詰まる私に対して天夢さんが平然と言います。

「コツは、確りと噛む事。料理の素材の多くは、水分を大量に含むから確り噛み砕くことでその容積が信じられないくらいに小さくなるんですよ」

「理論上は、そうなのかもしれませんが……」

 どうにも納得出来ません。

「食事も終わったし、昼休みの間に少し校舎を案内しますね」

 その言葉に従い私は、校舎を回ります。

 昼食は、不可解でしたが、校舎の案内は、簡潔且つ明確でした。

 そんな事もあり、私は、放課後の町の案内も頼む事にしたのでした。



『虹和町内 酒升清泉』


「基本、東京都と言っても都心部から離れていますから、商業施設は、少なめで集中してるので買い物等は、この先の虹和ショッピングモールですませるのがお勧めです。それと体調の悪い時は、酒升総合病院にいけば、良いよ」

 シーの説明に留学生があたしを見ます。

「酒升と言いますと、何か関係があるのですか?」

 あたしは、肩を竦めて答える。

「一応、あたしのお爺ちゃんが院長を務めているし、両親ともそこで医者をやってるよ」

「だからキヨは、お嬢様なんだよ」

 シーのはやかしにあたしもお返しする。

「それを言ったらシーだって大地主の娘じゃない」

 それに対してシーは、手をパタパタさせる。

「あちきの家は、土地があるだけだよ。商売をやってないし、土地自体の価格も低いからそんなお金持ちじゃないよ」

「大地主なのですか?」

 留学生は、意外にも強くそこに反応した。

「それがどうしたの?」

 あたしが聞き返すと慌てた様子で留学生が言う。

「いえ、大した事じゃありません。それよりも教室でも言った通り、日本文化に興味がありますので神社仏閣の案内をお願いしたいのですが?」

「ここから一番近いというと櫛名田神社だけどそこからで良い?」

 シーの言葉に留学生が了解したのであたし達は、櫛名田神社に向かう事にしました。



『櫛名田神社 アルカ=ローズガーデン』


 龍脈の管理と言えば宗教関係の施設が主に考えられます。

 その確認の為に来たのですが、その規模の小ささに私は、拍子抜けしていました。

「小さい神社だけど、管理は、確りしているよ」

 天夢さんが言う通り、最低限の施設は、揃っている上、本殿からは、確かな力も感じます。

「そうですね……」

 そう答えた物の、とても私が求めている場所では、なさそうな気がしています。

「こりゃ、シーちゃんにキヨちゃんじゃないか! お参りに来たのかい。関心関心!」

 そう声を掛けてこられたのは、ご高齢の神主らしき人物でした。

「長辰(ナガタツ)さん、違うの。今日は、日本文化に興味があるって留学生連れてきたの」

 天夢さんがそう説明してきたので私も挨拶する。

「アルカ=ローズガーデンと申します。天夢さんが仰った通り、日本文化に興味があってまいりました」

 高笑いを上げて神主が言う。

「それは、さぞがっかりされた事でしょう。この神社の歴史も浅く、ご期待に沿える物では、あるますまい」

「いえ、そんな事は、ありません。具体的に歴史などきかせて頂ければ嬉しいのですが?」

 私は、そう尋ねる事にした。

 歴史が浅く、小さな施設でも重要な施設の場合があるからだ。

「そうですか。この神社は、大政奉還の後に現人神で在られる天皇陛下の御所が東京に移される際に建てられ、ご神体は、三種の神器の一つ、草薙の剣を模造し、本物に沿えて儀式を行い、分霊された物でな、東京での陛下の身を護るとされておりますのじゃ」

 大政奉還、そうすると確かに歴史は、それ程古くない。

 三種の神器と言っても、分霊した物では、龍脈に直接干渉出来るとは、思えない。

「ありがとうございました。大変勉強になりました」

 私は、そういってこの神社をさるのでした。



『櫛名田神社 櫛名田長辰』


 鳥居を潜り石段を下りていくのを確認してからわしは、口を開く。

「姫(ヒメ)、あの娘の力は、どうじゃ?」

 あの娘に見つからないように隠れて確認していた二十五歳の孫娘、姫が真剣な表情で口にします。

「純粋な魂の力では、私より上だと思います。いくつかの術具も纏っている筈です」

 わしは、禿げた頭を撫でながら口にする。

「オカルト界隈に何かと接触してきているイギリス連中の関係者だろうが、ここを探りに来ているという事は、まだこの地の龍脈の秘密に気付いておらんじゃろ」

「そうですよね。あの子たちと一緒でしたから」

 姫の言葉にわしは、苦笑する。

「あの娘が知ったらさぞ驚くじゃろうな。自分達が求めて居る者がすぐ目の前にあるのだからな」



『ニューヨーク摩天楼 ショーン=オグ』


 体中にあったチューブは、とれた。

 鎮痛剤による、意識の混沌もない。

 しかし、私は、まだベッドの上から動くことが出来ない。

「確かなのだろうな?」

 私の問い掛けに『ブラッドローズ』の胡散臭そうな男が答える。

「はい。ただ、更なる回復を行おうとすればこの地に住む者達が多大な影響を受ける事になります」

「知った事か。虫けらの命などいくら失われようと大した影響は、ない。それどころか、私の延命の捨て石になった方が世界に貢献できるというものだ」

 私は、確信をもって告げると男が告げる。

「それでなのですが、例の娘の確保を兼ねて日本で貴方様に施す術のテストを行おうと考えておりますが少々問題がありまして……」

「いくらでも資金を注ぎ込み急がせろ」

 下らぬ言い訳を口にする前に私が断ずると男が少し顔を引きつらせる。

「あのですね。現地の龍脈を管理している組織がいくら金を積もうと応じないと実験を拒否しておりまして……」

 私は、ため息を吐く。

 所詮は、負け犬、金の使い方も知らないようだ。

「日本の政治家に発言力を持つ議員を使え。そちらに金を出して政治的に黙らせろ」

 驚いた顔をする男。

「そんな事が可能なのですか?」

「真の意味で金でどうにもならない事など無い」

 私の断言通り、問題の現地の愚者は、こちらの指示に従う事になる。



『帝ホテル虹和 アルカ=ローズガーデン』


「これといった手掛かりは、なしね」

 私は、地図を確認する。

 櫛名田神社を確認してから数日、虹和にある龍脈と関係ありそうな施設を幾つか回ったが、私の感性に触れるような物は、無かった。

「確かに龍脈に関係してそうな施設は、いくつかあったけどとても不老不死を行える上位者に対抗出来うるものでは、ないわ。純粋な力だけを問題にするならば下手をすると最初の櫛名田神社にあったご神体が一番可能性が高いけど、あの程度の神器でどうにかなるのなら結社には、同等の物もあるわね」

 思考を深める。

「純粋な力が問題でなく、何かしら特殊な儀式や魔法がこの地の龍脈の管理者がもっている可能性も考慮したほうがいいのかもしれないわね」

 そこまで口にして大きなため息を吐く。

「それは、間違いなくその組織の秘儀で、間違っても外部の者、私を助ける為に使うなんて事は、ありえない」

 物量構成で来るだろう『ブラッドローズ』、それに対抗する手段がまるで見当がつかない。

「占いの解釈に間違いがある?」

 母の占いは、確かに精度は、高い。

 しかし、占いで出た言葉は、抽象的な物が多く、解釈の間違いが発生する事がある。

 今回がそうである可能性を考慮していかなければならないのかもしれない。

「とにかく今は、行動ね」

 私は、明日の交渉の準備をしてから眠るのでした。



『虹和市の森 アルカ=ローズガーデン』


 まだ夜が明けきれない中、結社の構成員が運転する自動車に乗り、私は、龍脈から気が噴き出すポイント、龍穴を持つ組織所有の森を進んでいた。

「単純に龍脈としては、かなり有益なんですがね」

 その方が言うように、ここまで強い龍脈は、我が結社の管理する中でもそうありません。

「その通りですが、逆を言えば有益であってもそれだけで解決の一手になりうるもので無い事も確かです」

 この龍脈の力を使う事で解決出来る問題ならば普通にイギリスでも対応出来た筈なのです。

 そんな中、私は、強い龍脈の流れを察知しました。

「止めなさい!」

 車が止まり、私は、護衛の人達と共に車を離れて身を隠した後、車が爆発しました。

「嵌められたわ?」

 私の言葉に交渉を行っていた構成員が苦々しい表情を浮かべる。

「すいません。問題の組織がアメリカ強いパイプを持つ企業の援助を受けていたのは、知っていたのですが……」

 日本では、そうでない組織の方が少ないので対象から外さなかったのでしょうが相手の組織力を甘く見ていたようです。

 爆発の煙が晴れるとそこには、あまり見たくないものが在った。

「……龍脈に住まうドラゴン」

 正に『ブラッドローズ』が使おうとしている禁呪を行える龍脈から生み出された魔獣。

「力は、それ程大きくないようですが、龍脈の傍に居るこれを倒すのは、不可能です」

 護衛の言葉通りだ。

 ここに居るドラゴン程度では、不老不死を行える程の龍脈を操る事は、出来ない筈。

 しかし、この術自体が龍脈を枯らしかねない事もあり、禁呪の一つに数えられている。

 間違っても今からいく組織がその儀式をあっさり承諾したとは、思えない。

「詰り、『ブラッドローズ』のスポンサーは、龍脈をもつ組織一つを買収するだけの力を持つことになるわね」

 私の想像よりも相手のスポンサーの財力は、大きい。

 正面から戦えば甚大な被害と予測していたけど、結社そのものが失われる恐れまである。

 護衛もそれに気付いたのか悲壮な表情を浮かべている。

「今は、この場を乗り切る事を考えましょう」

 私は、自分に言い聞かせるようにそう告げると護衛も簡易結界を張る。

 そこにドラゴンからのブレスが放たれた。

 数人が膝をつく中、私は、それを完成させる。

『大いなる水の精霊ウィンディーネよ、契約に従い在れ!』

 私が召喚した水の精霊が正面からドラゴンとぶつかった。

 激しい水蒸気が視界を埋める。

「上位精霊であるウィンディーネをここまで早く召喚し、操るとは、流石、アルカ様だ!」

「まだです。気を抜かないで!」

 私がそう忠告する中、水蒸気が晴れ、体を小さくしたドラゴンが見えてくる。

「後は、とどめを……」

 護衛の一人がそう安堵の息を吐いている間にもドラゴンは、龍脈から力を引きずり出して回復していく。

「あのドラゴンの性質上、龍脈から離れられない筈です。ここから退避します」

 私は、そういって元来た道から引き返そうとした道を一人の少女が駆けてきた。

「このタイミング、無関係とは、思えない」

 私は、問題の少女を観察する中、違和感があった。

 初めて見る相手、その筈なのに見たことがある様に感じる。

 そんな違和感があった。

 そしてはっきりと見える位置に来た時、気付く。

「天夢さん、貴女がどうしてここに?」

 駆けてきたのは、天夢さんだった。

 そんな私の問い掛けに首を傾げる普段ポニーテールにしている髪を左のサイドテールし、ジャージを着た天夢さん。

「えーと、誰?」

「アルカ、アルカ=ローズガーデンです!」

 私がそういうと、左手の平を右手で叩く天夢さん。

「あー、噂の交換留学生だね。変な所で会うな。おれ? おれは、朝のトレーニングでジョギング中だ!」

 口調が違う。

 学校と普段とは、しゃべり方を変えているのかもしれない。

「ここは、危険ですよ」

 私がそう忠告しながらも警戒すると天夢さんは、ドラゴンを見て言う。

「人の土地だからって、龍脈の力を無駄遣いだぞ!」

 天夢さんが左手を突き出すとドラゴンは、悲鳴を上げ、その左手首に吸い込まれていった。

 そして、私の霊的視覚が吸い込まれた龍脈の力が天夢さんを通じて龍脈に戻っていくのが捉えていた。

「嘘? そんな事が出来る訳が……」

 天夢さんは、振り返ると左手首を見せてくる。

「この勾玉の力だよ。おれは、トレーニングの続きがあるから」

「ちょっと待ってください!」

 私の制止など聞かずに天夢さんは、走り去ってしまった。

「今の力は……」

 まるで意味が理解できないその力に私が茫然となってしまったが、直ぐに護衛に促されその場を離れる事になった。



『ニューヨーク摩天楼 ショーン=オグ』


「それでは、失敗したのだな?」

 睨む私に対して『ブラッドローズ』の男は、必死に言い訳を並べる。

「しゅ、襲撃自体は、失敗いたしました。しかし、実験自体は、成功です! この地で例の娘を生贄に行えばきっとショーン様が永遠の命を得られる事でしょう」

 結果も出ない過程を幾ら並べても意味が無い事をこの者達知らない。

「証明して見せろ。その為の金を出している。次の報告は、成功の報告をする事だな」

 私は、言葉に男が大量の冷や汗を垂らしながら応じる。

「はい。集められるだけの戦力を集め、次こそは、確実に!」

 私は、敢えて何も答えずその男が逃げ帰るのを見送るのであった。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


 あの後、交渉相手だった組織への警告や後始末に一日を費やし、何の結論の出ないまま、翌日を迎えた。

 教室で待っていると天夢さんが入ってきます。

 私は、直ぐに立ち上がり耳元で囁きます。

「少し人が居ないところで話をさせて頂けませんか?」

「……構いませんが?」

 まるで予想もしていなかったという顔で言ってくる天夢さんを連れて、屋上に向かいました。

 周囲に人気が無い事を確認してから私は、問いただします。

「昨日のアレは、何だったのですか?」

「昨日ですか? 何かありましたか?」

 惚ける天夢さんを私は、追及する。

「惚けるのは、止めてください。昨日の早朝、あの森での事です!」

「早朝の森って事は、もしかしてマーに会いました?」

 疑問形で返して来た。

「マー? 私は、確かに貴女に会いました!」

 断言する私に対して、天夢さんは、少し困った顔をする。

「ローズガーデンさんがあったのは、天夢楽百だったかもしれませんけど、あちきじゃないと思いますよ?」

 意味が解らなかった。

「天夢さん、私は、冗談に付き合うつもりは、ありません」

 それに対して天夢さんも頷きます。

「あちきも真面目に言っています」

 苛立ちがこみあげてくる。

「ですから、惚けるのは……」

 そこに酒升さんが割り込んできた。

「ローズガーデンさん、ちょっと待って下さい。貴女があったのは、本当にシーじゃないです!」

「何を言っているんですか! 本人も半分同意してるじゃないですか!」

 私が睨むと酒升さんは、少し悩んでから確認します。

「これから話す事は、ここだけの話にしてくださいますか?」

 事情がある事くらい理解している。

 逆に何の事情がなくあんな力が使われている方が怖いので頷くと酒升さんが告げます。

「シーは、天夢楽百は、多重人格なんです。ローズガーデンさんが早朝にあったというならそれは、マーという人格の筈です」

 多重人格、世間一般では、精神病の一種とされていますが、時に複数の魂を宿す人間が居て、多重人格の様になるという話を聞いた事があった。

 改めて考えてみると目の前の天夢さんとのあの時の天夢さんは、そっくりでありながら何処か違和感があった。

 多重人格、複数の魂をもってるというなら十分にありえる話であり、そういう特殊な事情をもっている人間のほうがあの異常な力をもってるには、相応しいとさえ思えました。

「しかし、それをどうして酒升さんが知っているのですか?」

 私の知る限り、天夢さんが多重人格だという情報は、ありませんでした。

 詰り、クラスメイトの大半が知らない情報をどうして持っていたのか。

「あたしのお母さんがその診断をして、お母さんからフォローを頼まれているから」

 そういえば酒升さんの両親は、医者でした。

「詰り、あの時の事は、知らないと?」

 私が確認すると何処か明後日の方向を見ていた天夢さんが答えてくれます。

「今、マーに確認しました。今更ですが、後始末を押し付けたみたいで申し訳ありません。それとキヨ、先に教室に戻っていてもらえますか?」

「大丈夫?」

 心配そうに声をかけてくる酒升さんに天夢さんが微笑む。

「大丈夫です。ちょっと遅くなると布田先生に言っておいてください」

「解った。ローズガーデンさん、シーには、責任無いんで責めないでくださいね」

 私にそう釘をさして酒升さんが去っていく。

「えーと、最初にあの勾玉は、今は、もって居ません。アレを使えるのは、マーだけなんで、家にあります」

「随分とあっさりと教えてもらえるのですね?」

 重要な筈の情報、あれだけの神器を今持っていない上にその在りかまで教えてきた事に警戒する私に対して天夢さんが頷きます。

「多分、ローズガーデンさんは、その確認を最優先させ、それが確認出来ない事が納得できない間は、追及をやめないと思いましたから」

 その通りなので頷きます。

 私の想像が間違ってなければあの力こそ、運命を切り開く鍵の筈。

「詳しい話をするのには、時間が足らないので放課後、櫛名田神社で。それまで色々考える時間ありますから少しヒント。あちきの名前は、ある種のヒントになってます。まあ、偶然だと思うんですけどね。その謎解きでもしていてください」

 そう言うと天夢さんも教室に戻っていく。

「天夢楽百という名前がヒント……」

 確かに放課後までの時間潰しには、丁度いいのかもしれない。



『櫛名田神社 アルカ=ローズガーデン』


 放課後、私は、櫛名田神社に来ていた。

「シーだったら先に食材の買い出しがあるから少し時間かかるぞ」

 神主の言葉に私が問いかける。

「貴方は、あれの正体を知っているのですか?」

 次の瞬間、境内を囲む様に配置した護衛の者達の気配が消えた。

「静かにさせてもらったぞ」

 神主の手には、一本の錫杖が握られていた。

『風の精霊シルフよその姿を現せ』

 私の呪文に応え、風の精霊シルフが神主に向かう。

 神主は、錫杖で地面を突き、鳴らした。

 その音の響きと共にシルフは、動きを止めた。

 前回感じなかった威圧を漂わせながら神主が告げてくる。

「残念じゃが、お主にとってわしは、相性最悪じゃぞ。この錫杖は、霊的存在全てを操る能力がある。この場で精霊を操るのには、この錫杖の力を超す必要があるのだからな」

 ドラゴンを龍脈に戻す勾玉の次は、精霊を操る錫杖。

「この地は、本当に特別なのですね?」

 昨日以前の調査でその片鱗すら感じられなかった事が口惜しい。

「目立たぬようにしてるからのう」

「全くないと言えば逆に怪しまれる。そうならないように多少の霊的力をもつご神体でこちら側の人間の目を逸らすとは、うまいやり方ですね」

 私がそう素直な賞賛を口にすると威圧が緩まる。

「頭もきれるようじゃな。それじゃあ、シーが来る前に答え合わせていこうでは、ないか」

 私は、緊張を維持したまま告げる。

「この神社の名前にもなったクシナダヒメ、古代神話にあるヤマタノオロチの逸話の一説。天を『アマノ』、夢を『ム』、楽を『ラク』、百を『モ』と読む事で浮かび上がるのは、ヤマタノオロチの尾より発見された天叢雲剣(アマノムラクモ)。彼女の力は、それに関連する力という事ですね?」

「シーは、偶然だとよくいっておるがわしは、運命に導かれた必然だと思っておるよ」

 神主の言葉が正解だと言っている。

「運命ですか?」

 私は、時間稼ぎも含めて敢えてそう問いかけた。

「そう。アレがあんな形で復活するなど偶然があってたまるか。アレは、復活するためにここに必然が集まって産まれた運命だったとわしは、確信しておるよ」

 その言葉には、口では、言い表せない重みがあった。

 魔術結社に属する以上、様々な闇の歴史に触れてきた。

 その中には、偶然で片付けられない様な巡りあわせで生まれた人の想定を超越した存在がいくつもある。

 アレもその一つである。

 そして気がかりになるワードがあった。

「復活と言われましたか?」

 私の確認に対して神主の瞳に鋭さが増す。

「そこに喰いついたか。ある程度は、アレの正体に近づいたという事じゃな」

 背筋に悪寒が走った。

 神主の威圧では、ない。

 私の想像が正しければ、アレは、私が求めている以上に危険な存在なのだ。

「意外と早かったの?」

 神主の呟きで私は、それに気付く。

 大量の人の気配がこの場所を包囲していた。

 神主が再び錫杖で地面を突き、その音を響かせると空中に武装した集団が映し出される。

「光霊の力で本来届かぬ風景を切り出しておるのじゃが。オカルトの力を得るのに傭兵部隊を雇い入れるとは、本気で無粋な連中じゃな」

 神主の言葉に私も同意する。

「本当です。お互いの超えては、ならない境界線と言う奴を理解していない愚か者なのでしょう」

 神主と苦笑し合う。

 起こってしまったことは、仕方ないが、本来なら傭兵やマフィアの様な表舞台の闇と魔術結社や宗教団体の実行部隊の様な影の部隊は、ぶつかり合うことは、望ましくないのだ。

「プロレスと総合格闘技のどちらが強いなど競い合う馬鹿げた事じゃよ」

 言い得て妙な例え。

 しかし起こってしまった以上、対処しない訳には、いかない。

 そう考えた時、空に映し出された傭兵部隊が切り裂かれていった。

 それは、山一つを断ち切るような大きな刃であった。

「まさかアレが天叢雲剣なのですか?」

 思わず声を漏らす私に対して舌打ちする神主。

「肉体ごと切り裂く方が龍脈の力を使わぬというのに霊魂のみ切りおって。アレは、ただ『真剣』と呼んでおるがの。シーの名前は、その頭文字じゃよ」

 ドラゴンにしろこの傭兵部隊にしろ、結社として戦っても被害を覚悟せねばならない相手を一蹴しながら、尚も龍脈の消耗まで気を掛ける余裕がある事にため息しか出ない。

 そんな私の視界に石段を覚束ない足取りで上がってくる天夢さんが入ってくる。

「石段が辛かった訳では、ないですよね?」

 私の疑問に神主が呆れたっという顔で言う。

「アレは、龍脈の力をほぼ無制限にため込むことも出来るだけの器がある。その器に大食いで貯めこんだカロリーを今の一撃で使い切ったのじゃろう」

「シーの状態では、龍脈の力を使えないという事ですか?」

 私の期待を込めた問い掛けに神主が錫杖で肩を叩きながら答えてくる。

「そんな訳あるか。その気になれば龍脈どころか周囲の生命力すら汲み上げられるじゃろうて」

 顔を引きつらせる私の前に来て頼りない状態のまま天夢さんは、頭を下げてくる。

「囮みたいなことをさせてしまってすいません。マーから話を聞いて探ってみたら、こんな事になってたんで周りに被害が出る前に処理したかったんです」

 これは、私が謝られる事では、無いと思い直ぐに答える。

「逆にこちらが騒動を持ち込んだような物なのですから気にしないでください」

「そういって下さると助かります」

 今にも倒れそうな天夢さんの姿に顔を押さえた神主が言ってくる。

「お前さんの仲間は、開放してある。周りの奴等は、一応死んでない。そっちで好きにしていいからその代わりに少し行った所にあるファミレスを貸し切り、口外禁止させた上で好きなだけ食わせてやれ」

 すがる様な天夢さんの視線に私は、肯定の返事を返すしかなかった。



『ファミレス アルカ=ローズガーデン』


 店員が信じられないって視線で追加の料理を置いて戻っていく。

 目の前では、自分の体積を遥かに超す量の食事を続ける天夢さんがいた。

「どうしたらあれだけ食べれるのでしょうか?」

 護衛の言葉に私は、安物の紅茶に眉を顰めながら言う。

「食べると同時にカロリーに変化させているのでしょうね。それでも、やった事を考えれば空のプールにホースで水を入れている様な物でしょうけどね」

「た、確かに……」

 先程の光景を思い出したのだろう護衛が顔を引きつらせる。

 意識を失った大量の傭兵たちは、結社の人間が捉え、幹部クラスの人間には、逆らえば死ぬ呪術契約を施し、結社の手駒に追加しました。

 ある程度して少し落ち着いた様子になった天夢さんに尋ねます。

「神話にもなる神器、天叢雲剣を持つ貴女は、何者ですか?」

 この時点で私は、彼女を人間とは、思っていない。

 龍脈から自由に莫大な力を引き出せるそれは、既に神とも呼べる存在なのだから。

「極端な例の先祖返り。ヤマタノオロチと同性質をもってる、人の姿をした竜ですね」

 天夢さんの言葉に私は、思考してから尋ねる。

「竜が人の姿をしているのですか?」

 天夢さんは、首を横に振ります。

「元から竜の姿は、ありません。龍脈から発生した竜という生物が人の姿をとっているだけです」

 護衛は、首を傾げるが隠蔽されてない状態で霊的視覚すればはっきりと解る。

 通常の人間ならばその体内で循環するはずの力の流れが天夢さんの場合は、龍脈と繋がり、莫大な量の力が通過している。

 人よりも昨日のドラゴンの方が近い存在。

 食事をとる手を休めない、正確に言えば休められない天夢さん。

 通過しているだけで龍脈の力を利用していない為、少しでも力を補充したいのでしょう。

 そんな中、口一杯になった処で噛みながら空いた手で胸元を広げて見せてきます。

 何故か護衛の一人が顔を赤くしてそっぽを向きますが私は、普通に覗き込みます。

 胸元には、まるで携帯のストラップの様な剣が張り付いていました。

 口の中の物を飲み込んでから天夢さんが語ります。

「伝承は、正確じゃないんです。尾の中から剣が出たのでなく、尾その物が『真剣』という権能なんです。あちき達は、これを『尾具(ビグ)』と呼んでます」

「天叢雲剣という剣が存在しないという事ですか?」

 私の問い掛けに天夢さんは、眉を顰めます。

「正確に言うと存在するというべきかもしれません。伝承は、正確では、ないですが真実も含まれています。ヤマトタケルは、確かにヤマタノオロチって存在を失わせたんです」

 そこだ、普通に考えて目の前に在る超絶を人の手でどうにか出来るとは、思えない。

 復活と言われた以上、一度滅ぼされているのは、確か。

「伝承と言えば、不足がある事に気付きませんか?」

 食事を継続しながら天夢さんは、問題提起してくる。

「不足? 真実が語られいないって事でしょうか?」

 私の答えを天夢さんは、否定する。

「いえ、伝承通りだったとしても考えてみると表現がされていない事があるんです」

 伝承通りでも表現されていない部分がある。

 それを考えていた時、私の脳裏に昨日の『勾玉』が思い出された。

 多重人格、そして目の前の彼女は、『真剣』を使えるが『勾玉』を使えるのは、マーだけだといった。

 そして目の前のシーと呼称されている尾が権能であり、『尾具』であるとしていた事。

 それらを考えあわせた時、確かに不足部分が浮き上がる。

「伝承には、八つの頭に八つの尾と書かれているのに、切り裂いたとされる尾は、天叢雲剣が発見された一本の事しか言及されていない!」

「ヤマトタケルは、ヤマタノオロチを八度孕ませ、権能である『尾具』を分けさせる事でヤマタノオロチを実質的に倒したんです。再び一つになる事を恐れた当時の人達が『尾具』を継承した子供たちを交わる事ない遠方へと切り離しました。そして手元に残した『真剣』の子が死ぬ前に残したのが八雲の地で秘蔵されている天叢雲剣なんです」

 途中孕ませるって所で少し顔を赤くしながらも天夢さんが語った内容には、驚きもありましたが、納得できるものでした。

 古来より、上位者と交わりその力をかすめ取るというのは、人間の常套手段ですから。

「そこまでして滅ぼしたヤマタノオロチが現代に蘇ったという事ですか」

 私の呟きに護衛は、慄いていますが、おそらく本当の意味でその脅威は、理解されていない。

 遠く離れたイギリスにまでその力を知れた天叢雲剣、それが八つある権能の一つの残滓でしかなく、八つの権能全てを取り戻した神話級の存在が目の前に居る。

 緊張から喉が渇き、唾を飲み込む。

「それがあちきが無理に龍脈から力を引っ張り出さない理由です」

 天夢さんの行動理由がはっきりしました。

 絶対的な力を持つヤマタノオロチとて一度は、滅ぼされた。

 それを今一度成そうとするかもしれない者達、復活を悟らせない為。

「それを私に明かした理由は?」

 天夢さんは、指を二本立てます。

「一つ目、ローズガーデンさんのお母さんって本当に凄い占い師ですね。今まで片鱗といえ占いでヤマタノオロチの事を占えた人間は、居なかったんです。曖昧でもその情報が拡散させ続けるのが不味かったから」

 指を一本倒した天夢さんに対し私が微笑む。

「オカルトの頂点、イギリスで指折りの魔術結社なのは、伊達では、ないのですよ」

 母の占いの力が極東の二流達と比べられる訳がない。

「もう一つは、脳筋マーがあちきの知り合いだと勘違いして『勾玉』を見せてしまったから。『尾具』の情報で調査されたら困るからです」

 情報共有されていない状態でマーという頭が私に渡して良い情報の選別を誤った、不幸中の幸いというべきでしょう。

「襲って来た奴等の排除に協力と引き換えに情報の隠蔽をお願いします」

 天夢さんが頭を下げてくるのを見て護衛にも余裕の表情が浮かべます。

 どうしようもない化け物にも弱点があり、相手の秘密を握るという一見するとこちらが有利に見える状況。

 しかし、その実、それをあっさりこっちに開示してきたのは、秘密が漏れそうになれば結社その物を潰せるという絶対的な力がある証拠。

 ここが運命の分岐点、母の占いに出ていた正しい縁を結べるかどうかは、ここで私がどう対応するかにかかっている。

「対価が平等とは、思えません」

 私の一言に僅かに龍脈の動きが鈍ったのを感じる。

「元より襲撃者の排除は、こちらの求めている事。それをただ情報の隠蔽だけでは、こちらの借りが大き過ぎます」

 正しき縁を結ぶとなれば対等の取引を行わなければならない。

 相手にとっては、襲撃者の排除など、正に赤子の手をひねる様な容易な事であり、損失は、先程の様な貯めていたエネルギーの使っただけで実質的損失は、ない事なのでしょう。

 ですが、少なくともこちらは、結社の存亡に関わる一大事、それを簡易な秘密の隠蔽だけですませる訳には、いきません。

「協力関係を結びませんか? そちらにとって極秘に龍脈の力を使いたい事があると思われます。その際に私たちが結社がその欺瞞工作を行わせて頂きたい」

 こちらが持つ手札の中で相手が一番欲しいカードが何かと言えば龍脈の使用権。

 龍脈を管理している組織でなければ龍脈の力を自由に使えない。

 逆を言えば龍脈の管理をしている組織ならば極端な事をしない限り、自由に龍脈の力を使う事が可能で、天夢さんがその力を使う際にこちらが欺瞞工作を行えば発覚は、難しい筈。

 天夢さんは、視線を僅かにずらした。

 これには、見覚えがありました。

 私と出会った事があるか聞いた後の反応、他の頭と相談している可能性が高い。

「しかし、そちらは、イギリスの組織ですよね? 日本での欺瞞工作が可能なのですか?」

 当然の疑問だが、私は、笑顔で応えます。

「今の時代、世界のどことでも繋がりがあります。現に昨日の襲撃に協力していた組織とも一応に交渉が可能でした。それは、詰りある程度の偽装を施せばこちらでの龍脈の使用をする事が可能だという事です」

 昔と今と比べての一番の違いは、ここなのかもしれない。

 古き時代は、自分達のテリトリーの外では、情報を得る事すら難しかった。

 しかし、インターネットが普及し、情報の隠蔽が難しい今は、否応なくお互いにカードを差し出し合わなければいけない。

 実際に日本の組織が結社に協力を求めてくるケースは、少なからず存在する。

 無論、対価を求めるが、それは、こちらも同じであり、日本の龍脈を管理する組織のいくつかには、貸しが存在する。

「一つだけ最初に断っておきます。あちきの力をそちらの組織の都合の良い様に使えるとは、思わないでください」

 天夢さんがそう真っ直ぐな視線で言って来た。

 ギブアンドテイクの関係を結ぶにあたって一番の問題がここで提示された。

 協力関係といえば聞こえは、良いかもしれないがどちらかが相手の力に依存した場合、明確な力関係が生まれる。

 この場合で言えば、天夢さんがこちらの指示に条件ありでも従ったり、逆に結社が天夢さんの言うがままに偽装を行う様な状況は、対等な関係では、ない。

「勿論です。前提条件として秘密の隠蔽がありますが、その協力は、お互いの交渉の上で行うつもりです」

 私は、あくまで対等である事を主張します。

 それに納得したのか天夢さんが頷かれました。

「それでしたらこちらもよろしくお願いします。それでなんですが今回の襲撃者のスポンサーを潰すのに少し大技を使いたいので、誤魔化しの方をお願いできますか?」

「スポンサーを潰すというのでしたら、欺瞞工作は、当然行いますが、多少の対価を支払うのが妥当と思いますが?」

 私がそう告げると天夢さんは、少し困った顔をした。

「うーん対価と言われましても……」

 言葉の途中で視線が横に移動した。

 私が視線の先を探ると龍脈の動きが感じた。

「丁度いい、ヤーをご紹介します」

 天夢さんが手招きをすると店のドアが勝手に開いたと思うと目に見えない何かが入って来た。

 それは、天夢さんの傍まで来た時に姿を現した。

「ドラゴンの縫いぐるみ?」

 そこに現れたのは、中国の龍と言うより西洋におけるドラゴンをモチーフにしたドラゴンをデフォルメした様な縫いぐるみでしたを見て思わずそう口に出してしまいました。

「ヤマタノオロチの頭は、八つあるのは、強力な『尾具』を操るには、それぞれに専用の頭が必要になる為です。『尾具』の一つ、『錫杖』を使える頭、『ヤー』が形代を使って動いているんです」

 天夢さんの説明で改めて見てみるとその手には、あの神主が使ってたのに似た錫杖を小さくした様な物が握られている。

「『錫杖』の力は、精霊や霊魂、時には、神霊と言った存在への干渉。今も俗にいう光の精霊に交渉して光学迷彩をしてもらっていました」

 神主がやっていた周囲の状況を映し出す術の応用でしょうね。

「ヤーは、普段は、龍穴、一般世間でいうパワースポットを巡って、漏れ出している力を貯めこんだりしてます。ですのでこの形代をイギリスに持って行って貰って、イギリスのパワースポットを幾つか巡ってもらえませんでしょうか? 別に結社が管理してるものでなく、一般的なそれでもかまいません」

「なるほど、そういう力の貯め方も出来るのですね」

 私は、少し感心した。

 俗にいうパワースポットの大半が龍穴と呼ばれる龍脈から力が漏れ出す場所を指します。

 漏れ出した力は、基本拡散する為、流石に管理される事は、ないから貯めこむのに適している。

 それでも同じところで何度もやれば発覚のおそれがある為、場所を変えて行っていると言う訳でしょう。

「そういう事でしたらお任せください。今回の対価に相当するパワースポットをご案内します」

 結社としても損失が少なく、相手としても十分に利がある取引の筈です。

「準備が整ったら教えてください。そこにあちきが行きますので」

 そういって天夢さんは、光学迷彩をした形代と共に店から出ていくのでした。



『虹和市の森 アルカ=ローズガーデン』


 深夜、私は、襲撃のあった森に来ていた。

 自転車に乗って来た天夢さんが少し怪訝そうな表情を浮かべます。

「ここって相手が協力した組織の龍脈ですけど大丈夫なのですか?」

 私は、余裕をもって答えます。

「当然です。裏切りに対しての対価としてここの使用権を確保していますから。既に結社の構成員が龍脈の力を使っていくつかの魔術儀式を行っています。その中には、この組織に対しての監視を含む物もあり、詮索すれば契約違反となり、結社への明確な敵対行為として潰しますから」

 たかが極東の島国の弱小組織、我が結社がその気になればいつでも潰されると解っているので『ブラッドローズ』の作戦が失敗した今、唯々諾々とこちらのいう事に従っています。

「それでしたら、少し貰いますね」

 天夢さんがそういうと龍脈の動きが速くなりました。

「それで何をするつもりなのですか?」

 私の疑問に対して天夢さんが説明してくださる。

「『尾具』の一つ、『双鏡(ソウキョウ)』を使います。『双鏡』は、千里眼の右鏡と喝破の左鏡。その力を使えばいかなる遠方の物も見え、そして隠された秘密を開放する事も可能です」

「それは、随分ととんでもない力ですね」

 改めてヤマタノオロチがとんでも無い事を実感します。

「敵対行動をとられない限り、この力を使って秘密を探るなんて事は、しないですから安心してください」

 天夢さんがそう言いながら携帯の画面を確認していた。

「何を確認されているのですか?」

 私が問いかけると天夢さんは、その画面を見せてきました。

「ソーの仕事が終わったみたいです」

 そこには、アメリカの大富豪の暗部、決して世間に出ては、いけない情報がインターネット上に表示されていました。

「怖い時代ですよね。地球の裏側まであっと言う間に広がってしまうんですから」

 天夢さんがシミジミと言っていますが私としては、その情報をあんな短時間で探り出せる能力があること自体が恐怖でした。

 確かに母の占いみたいな能力とインターネットを合わせた相手組織の秘密の暴露は、不可能では、ないです。

 ただし、相手もそれを理解しているので十分な対策がなされている場合が大半。

 何より、オカルト能力でそこまで詳細な情報を引き出せるのが脅威です。

「他にもいくつかの致命的な情報を拡散しましたから、莫大な資金を使った強引な襲撃は、不可能の筈ですよ」

 まさかこんな方法で手出ししづらい表世界の権力者を潰すとは、思いもしなかった。

 でもやられてみれば確かに最適な方法だったと思う。

 可能であればの話ですが。

「ありがとうございます。対価の方は、私も直ぐに報告に戻りますのでそれに合わせて形代を運ばせてもらいます」

「ヤーは、人見知りし易いのでどうかよろしくお願いします」

 天夢さんに深々と頭をさげられました。



『ニューヨーク摩天楼 ショーン=オグ』


「な、なにが起こっておるのだ!」

 私は、愕然とするしかなかった。

 失敗の報告をしてきた『ブラッドローズ』の男の家族の一人を見せしめに殺し、次が無い事を解らせて準備を始めさせ、その資金を動かしていた時に、それが起こった。

 私が所有する資産の大半が凍結されたのだ。

「こんな馬鹿な事があってたまるか! ワシントンに圧力を掛けろ。直ぐにこんなふざけた真似を辞めさせるのだ!」

 私の怒声が響き渡る中、大勢の人間が支配者である私の領域に足を踏み入れてきた。

「ショーン=オグ! 貴様の犯した数々の犯罪が証明された! 大人しく逮捕されろ!」

 FBIの犬共が下らぬ事を言ってくる。

「無駄な事を。私は、決して裁かれる事は、ない」

 そう、どれだけFBIの連中が証拠を集めようともそれを裁く裁判所の上層部を私の手駒なのだから。

 だが、FBIの犬共が笑う。

「そんな強気の発言をこれを見て言えるのか?」

 そういってタブレットを見せつけてくる。

『ただいま、司法局上層部の汚職の決定的証拠が発表されました。これによりますとアメリカ屈指の資産家『ショーン=オグ』氏と黒い繋がりがあり、いくつもの重犯罪をもみ消して来た事が証明されたのです』

 顔が引きつる。

「……ありえない! ある訳がないのだ!」

 賄賂を渡していたとしても裏切られる可能性も考慮していた。

 だからこそ、万が一にもこちらを裏切れば道連れに出来る証拠を隠してあった。

 しかし、それは、一つ一つでは、意味がなく。

 その一つ一つが別個の場所且つ厳重なセキュリティーに守られている。

 特に重要な証拠、今、映像で映っている奴等に渡した金の記録は、南アフリカのダミー会社のサーバーにしかない筈なのだ。

「正直、俺達も驚いているんだ。何処からともなく流れてきたメールにお前がしてきた悪事の全ての証拠を指し示すアドレスが添付されていたのだからな」

 FBIの言葉を聞いた時、この資産を作る為の修羅場を潜り抜けるのに磨いてきた直感が告げる。

「あの娘からの反撃だと言うのか! ありえん、ありえん、ありえん! 私は、こんな所で死ぬわけには!」

 そういって叫んだ私の全身を激しい痛みが走る。

 視線を巡らすと『ブラッドローズ』の男が私を睨みながら自分達が準備した道具を壊していた。

「……愚かな」

 私が死ねば、私の力を使って好き放題していた『ブラッドローズ』もただでは、すまないだろう。

 だが、私がこの男が後悔する様を見る事は、出来そうもない。

 視界が一気にブラックアウトしていく。

 最後の最後の一瞬、声が聞こえた。

『龍脈を独占なんて出来ない。無理にそれを行えばその歪を自らがうける事になるんだよ』

 少女の様なその声を聴きながら私は、無に帰っていった。



『結社の屋敷 アルカ=ローズガーデン』


「以上が日本での報告です」

 イギリスに戻った私の報告を聞いて父も母も困惑を隠せないで居ました。

「まさか、神話級の竜とは、思いもしませんでした」

 母の言葉に私も同意する中、父は、私の横に風の精霊の力で浮いている『錫杖』の頭の形代を見る。

「報告が偽りで無い事は、確かの様だ」

「対価の方ですが如何しますか? やはり一般的なパワースポットを回る事にしますか?」

 結社として損失が少ない提案を私がすると父が首を横に振る。

「いや、隠蔽度を優先しよう。結社が確保している龍穴を幾つかに案内させて頂きたい」

 そう形代に相対する父の姿は、正直かなりシュールな状況でした。

「こんなのが神話級の竜なのか?」

 兄がどうにもなっとくいかないという顔をするが縫いぐるみにしか見えないそれを大量の龍脈が通過しているのは、否応なく見えている以上、納得するしかないでしょう。

「それで今後の話ですが、やはり現地に連絡員を配置する形が望ましいと思われます」

 私の提案に母が微笑む。

「その件ですが。名案があります」

「名案ですか?」

 聞き返す私に母は、笑顔を深めて言ってくる。

「そう、凄く良い名案が」

 何故か嫌な予感がしてきました。



『私立虹和学園中等部二年の教室 アルカ=ローズガーデン』


「この度、正式に転校する事になりました。今後ともよろしくお願いします」

 そう告げるのは、私であった。

 母の名案、それは、更なる縁の構成。

 現状では、対等の取引しか出来ないが、私が上手く立ち回り、貸しを作る事によって、結社としてのカードを増やしたいという算段で了承されてしまった。

 私の人の姿をした竜との神経をすり減らす交友関係が開始するのでした。

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