第16話 失敗した日

「と、投降する! だからこの子とそっちの女は助けてくれ!」


 俺はできる限り大声で、かつみじめな負け犬を思わせるような震えた声で、そう叫んだ。


『ハハハ! ダセエな黒スーツ! わかったよ、じゃあ近くまで来いよ』


 そういってパワーアーマーの男は手招きをした。


 俺はキリナちゃんに向かってうなずくと、パワーアーマーの男に近づいていく。同時にキリナちゃんは、真反対の方向に向かって走り始めた。

 男がキリナちゃんを狙って砲撃をしないか注意しながら、できるかぎりゆったりと歩く。今のところ、そうするそぶりはなく未だにリンハイに左腕を向けている。


「……なぁ、見逃してくれないか」


 俺は時間稼ぎも兼ねて、あえてくだらない言葉を投げかける。


 この状況下で見逃す奴など存在しないだろうし、ここまで俺達に執着するような人物が「はいそうですか」と答えるわけはない。だが、少しでも問答ができるならばキリナちゃんがリンハイに忍び寄るための猶予を作り出せるだろう。

 男はそんな俺の言葉を受けて鼻で笑う……かと思っていたが、その予想は大きく外れた。

 ピクリとパワーアーマーの腕が動く。


『見逃すわけねェだろ黒スーツ……お前らに借りを返すまではよ……』

「借り……?」

 

 思い当たる節は……数多くある。

 俺とリンハイは、プレイ中に何度かPKに襲われている。そのほとんどは今回と違って、練度もない一般的なPLだったので、全て返り討ちにしていた。


 その中で俺とリンハイ……黒スーツと呼ばれている俺達二人に対して、恨みを抱いている人間がいても不思議ではない。逆恨みだが、そういう事は往々にしてある。

 

『たかがゲームだがな。俺はお前たち二人から受けた屈辱だけでここまで来た。この装備をくれたヤツは“配信者を狙え”って俺に指示したが、知ったことか』


 まただ。


 俺が倒したPKもそうだったが、コイツも同じく誰かから情報を与えられてここに来たのだ。しかもその目的は、個人配信者……キリナちゃんを叩きのめす事。


 それに一体どういう意味があるのか、情報提供者はいったい誰なのか。考えることは山ほどある。

思考の渦に入ろうとした俺を、男の低い怒りの声が現実に引き戻した。


『おい、俺を無視するんじゃねえ』


 俺はパワーアーマーに目を合わせる。今刺激するのはまずい。まだキリナちゃんはリンハイのもとへと到達していない。


「わ、悪かった」


 そういいながら、歩みを進める。しかし、いくらとろとろ歩いても時間稼ぎには限度がある。ましてや露骨すぎて思惑がバレたらそこでおしまいだ。


『そうだ。もう少し前にこい』


 とうとうパワーアーマーの目の前にたどり着いてしまった。

 横をちらりと見やる。倒れて動かないリンハイがまだそこにいる。キリナちゃんの到着はまだのようだった。


「来たぞ。これでリンハイとあの子は見逃してくれるんだよな……」

『お前の銃を見せろ』


 到着した俺に男はずいと顔部分を近づけ、おもむろにそう言った。


 俺は懐から二丁銃を取り出す。

 その両方を眼前に掲げる。


「こ、これでいいか……?」


男はそれをまじまじと見つめる。

 俺の持っている銃は、片方は武器屋で購入した一般品。そしてもう一つは、最初に出会ったPKから奪った物だった。とはいえ、レアアイテムでもなければ特別な品でもない。いったいどういう意図でコレを見たがるのか、俺にはわからない。


『カスタムされていないグロック17。赤メッシュの髪、女と一緒、そしてそのひょうきんなムカツク態度……やっぱりそうだよな』

「な、何の話だ?」

『そうだよな、覚えてねえよなァ……』


 男は語り始める。怒りをこめたような、しかし哀愁を背負ったような声色で。


『俺も今日までいろんな奴をPKしてきた。そういうゲームシステムだから罪悪感はかけらもねえ。殺した側はみんなそうだ。だが、殺された側はずっと覚えている。……その時の悔しさと、一緒にな!!』


 パワーアーマーの右腕が高々と上げられ、そして後ろの方に引いていく。


 やばい、攻撃が来る。


 俺はリンハイを見る。だがまだキリナちゃんは到着していない。

 回避するしかない。

 俺は腰を落とし、態勢を低くする。即座に攻撃を避けれるようにだ。パワーアーマーの攻撃は遅かったので、回避は単純なはずだ。


 だが。


『おっと動くなよ黒スーツ。少しでも動いたらお前のお仲間が吹っ飛ぶぜ。お前のせいでな!』


 びくり、と身体が硬直する。


 パワーアーマーの左腕はいままさに砲撃を開始できる状況にあるようで、カチリという機械音があたりに響いた。

 人質は未だ健在だ。

 動けない。

 俺が回避したら、即座にこの男はリンハイを撃つだろう。キリナちゃんがまだ到着していない状況でそれはできない。


 だが同時に、俺が死亡すれば計画は破綻する。三人仲良く帰還できるハッピーエンドにはならない。


 俺の思考が回っている間も、パワーアーマーは動作を続けている。

 今まさに腕を振り下ろさんとばかりに、確実に俺を仕留めてやるという殺意とともに、わなわなと拳を震わせている。


 そしてついに、その拳は振り下ろされた。


『借りは返すぜ、黒スーツ!!!』


 叫びとともに拳が迫る。

 俺は動けない。動けばリンハイが死ぬからだ。この計画は破綻したのだ。


 そっと目をつぶる。


 視界が暗闇に包まれる。拳が到達するまで恐ろしく時間がかかっている気がする。アドレナリンとやらが分泌され、時間が遅くなっているのだろうか。ゲームの世界なのに、とんだ再現度だ。


 そんな世界に、声が響いた。

 俺の推しの、綺麗な声が。


「アキさん!!! 避けろぉー!!!」


 俺は目を見開く。

 拳はまさに目の前に迫っていた。


『消えろ! 俺の屈辱と共に!』


 頭が猛烈に回転する。

 推しの声に従って、俺は避けなければならない。

 拳は俺の上半身を丸々納めるほど巨大だ。だが、相手の狙いが上半身ならばよけようはある。


 眼前にせまった拳の上に俺は手をのせる。そのまま手の力で自身の身体を持ち上げ、前宙するようにして身体を拳の向こう側へと移動させた。

 とっさの判断だ。

 昔洋画で見た、巨大な岩を避ける冒険者のように。


『避けたな? 避けたなクソ野郎!!! いざとなったら、やっぱり我が身か!』


 同時に、パワーアーマーの左腕から伸びた砲塔から、巨大な弾丸が飛び出した。

 躊躇が全くなかった。すぐさま人質を殺してやるという意思がそこにはあった。


 俺も急いで砲塔の先に目を向ける。


 視界にうつったのは、巨大な弾丸の向こうにいるキリナちゃんとそして回復アイテムを使用中のリンハイだった。

 弾丸が到着するまでに、リンハイの回復が終わる気配はなさそうだ。


「キリナちゃん! リンハイ!!」


 俺は思わず叫ぶ、二人の名前を。


『死ね!!』


 パワーアーマーの怨嗟の声が響き渡る。

 次の瞬間、パワーアーマーが放った弾丸は爆発した。

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