第15話 推しに励まされる日
どうする。
俺の思考はうまくまとまっていなかった。焦燥感と怒りと不安と、いろんな感情がごじゃごじゃに混ざり合っていた。
パワーアーマーの男はリンハイに向けた左腕を下すそぶりを見せない。それどころか、すぐに答えを出さない俺に対してあえて返答を待っている。
絶対的優位者の余裕を、まざまざと見せつけてきている。
焦る心で、思考を巡らせる。
俺がキリナちゃんを連れて逃げれば、リンハイは間違いなく殺されるだろう。
リンハイと俺が一週間弱かけて集めてきたアイテムや通貨は、あのPKの懐へと移動してしまう。
いや、それだけならばまだいい。一番俺が恐れていることは別にある。
ここでリンハイを見捨てて逃げれば……もう二度と、リンハイは俺と一緒にゲームをプレイしてくれないのではないだろうか。
ここまで二人で楽しくやってきた。俺には目標があったとはいえ、それとは別にリンハイとすごした一週間弱は、俺の人生の中でも屈指の楽しい時間だった。
お互い助け合って、一緒に死んだり生き残ったりしてきた。
だがその中で、一度たりともどちらかを見捨てたりはしなかった。
可能な限り助けようとしたし、失敗しても二人で一緒に失敗した。
だが今回は違う。
俺がキリナちゃんを助ける判断をして逃げだしたら、リンハイを見捨てることになる。
リンハイはそれを笑って許してくれるだろうか。いや、許してくれないかもしれない。そんなやつとはもう組めないと言い渡されてしまうかもしれない。いままでの失敗は実害が少なかったが、今回に限ってはリンハイが被る実害はとんでもなく大きい。
チームを組んでいる片割れだけが得をして、片割れが一方的に損をするような状況になったとき、果たしてチームを続けることができるだろうか。
「アキさん……」
キリナちゃんが不安そうに俺の顔を除く。
びくりと肩を震わせ俺はキリナちゃんに向き直った。
「だ、大丈夫。大丈夫……」
少しでも気丈にふるまおうと言ったものの、俺の中で答えはでないままだ。何も大丈夫ではない。
『はやく決めろよ。俺はどっちでもいいんだぜ? 今すぐコイツを殺して戦利品をぶんどるだけでも、死ぬほどおいしいんだから』
俺の不安を知ってか、男はさらに揺さぶりをかけてくる。楽しむように、いたぶるように。
『でも俺は優しいからよ。お前がおとなしく投降してくれたら、こっちの女は見逃してもいいぜ。なんなら、そっちの配信者も見逃してやるよ。そしたらよ……後腐れもないわな?』
まるで心の中を見透かされたかのような言葉に心臓が跳ねる。
確かに……この提案は悪くない。
俺が殺されて、リンハイとキリナちゃんが助かれば、少なくともリンハイは俺に対して怒らないだろう。キリナちゃんも無事クエストを終えることができて、元気に配信してくれるだろう。
もちろん、約束をあの男が守る理由はない。
俺を殺したあとに、無防備なリンハイと戦闘慣れしていないキリナちゃんを殺すことくらいワケないはずだ。
俺とリンハイのどちらかを確実に倒すために、わざとキリナちゃんにイラだっているそぶりを見せた上に、味方が殺されるのも計上していたような狡猾な男だ。間違いなく約束は守らないだろう。
だが……だが、少しでも可能性があるなら……打開できる可能性があるなら、俺が投降するしかない……。
俺は一歩足を踏み出した。
投降するために、これがリンハイとキリナちゃんを守れるかもしれない可能性ならばそうするしかないと思ったからだ。
だが。
「アキさん。ダメですよ」
「キリナ……ちゃん」
キリナちゃんが俺の手を引っ張った。
その目は曇りなき強い目だった。そして、同時に俺を非難するような色も浮かべている。
「仮にあの人が約束を守ったとして、それでリンハイさんが喜ぶと思いますか? 怒らないと思いますか?」
厳しく、子供を叱る母親のようにキリナちゃんの声は俺に突き刺さる。
「でも……」
俺の声は震える。
「リンハイさんなら確実に怒りますよね。私だって怒りますよ」
キリナちゃんは腰に手をあてて、頬をふくらませおこったそぶりを見せた。その仕草はとても可愛らしく、俺の心を落ち着かせるために、あえてオーバーな振る舞いをとってくれたのだと気付いた。
俺は大きく深呼吸をする。
「……ごめん。でも本当にどうすればいいのかわからないんだ」
パワーアーマーに対して俺の攻撃が効かないことはすでにわかりきっている。どころかリンハイの攻撃も効かなかったのだから、どうしようもない。
こんな中で、俺が立てられる作戦はない。
キリナちゃんはそんな俺に優しく微笑みかけて、言った。
「投降するフリをしてください」
「フリをする……?」
キリナちゃんの計画はこうだった。
まず俺が男の提案に乗り、投降する。代わりにキリナちゃんを逃がし、時間を稼ぐ。逃げたキリナちゃんはこっそりリンハイに近づき回復アイテムを使って瀕死状態を解く。
全員そろったところで、今度こそ砲撃に警戒しつつ、逃げおおせるというものだ。
「そんなに上手くいくかな……」
まず第一に、キリナちゃんを逃がすことができるかどうか疑問だ。俺が投降するフリをして見せた瞬間、キリナちゃんに向かって砲撃を浴びせられてしまえば終わりだし、そうする可能性は非常に高く思えた。
「アキさん」
突然、俺の両頬にキリナちゃんが優しく触れる。突然のことで驚いて身じろぐ。
しばらく沈黙が続く。キリナちゃんは俺の目をしっかりと見つめてくる。俺はどうすればいいのかわからなくて、困り顔を返してしまう。
「相手に屈するくらいなら、チャレンジしましょう」
キリナちゃんは力強く、そう言い放った。
その力強さに、俺は覚えがあった。
昔、仕事で病んでいた時……今すぐ窓から飛び降りて死んでやろうかと思うほど、追い詰められていたあの日。俺は何も考えず、荒んだ心で過疎配信者の生放送を見ていた。
視聴者は俺一人だった。
病んでいた俺は、その時こうコメントしてしまった。“誰も見てないのに何が楽しいんだ?”と。それに対して配信者は……当時全く無名だったキリナちゃんはこう言った。
「誰も見てなくても、チャレンジすることに意味があると思うんです」
馬鹿馬鹿しい。そう思いながらも、俺は不思議とその言葉に惹かれていた。
きっとこの子は、利益があろうがなかろうが、同じように前向きに進むのだろう。嫌なことに直面して、身動きがとれなくなっている俺とは全く違う。
こんなに前向きになれる子がいるのか、進むことに躊躇わない子がいるのか。
そっか、じゃあ……俺ももう少し、頑張らないとな。
気が付けば俺は、そう思っていた。
「……わかった。やろう、キリナちゃん」
俺は覚悟を決めた。
チャレンジする、覚悟を。
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