第14話 厄日

 俺とリンハイはパワーアーマーから距離を取る。

 俺の銃でも、リンハイの刀でもダメージは一切通らなかった。公式チートと名高いパワーアーマーは伊達ではないようだ。


「で!? 逃げるって!?」


 俺はリンハイに叫ぶ。


 そもそも俺達が戦う事になったのは、逃げという選択肢がとれなかったからである。

 理由の一つは、相手とこちらの人数が同数で、かつ相手のほうが装備がしっかりしている上熟達しているから。もう一つはパワーアーマーを装備している奴がいて、かつ“砲撃”と呼ばれる攻撃ができるから。


 これらの前提条件があったので、俺達は戦う選択肢を選んだ。

 しかし今やその前提条件の一つは崩れている。俺とリンハイがそれぞれ一人ずつ倒せたので、人数は圧倒的にこちらの方が多いのだ。


 だが、もう一つの条件……“砲撃”の正体がまだつかめていない。


「砲撃されたらどうするんだ」

「キリナちゃんが生きてるってことは?」


 俺とリンハイが敵をひきつけてる間にキリナちゃんが殺されなかったのは、その“砲撃”がハッタリであったか、または回数制限がある攻撃であるか、次弾を発射できるまでの時間が極端に長いかのどれかだとリンハイは言いたいらしい。

 さもなくば、早々に砲撃をキリナちゃんに浴びせて殺していたはずだと。

 最初の爆発音も、手りゅう弾やなんらかの爆発物で偽装したに違いないと。

 リンハイはそう言いたいのだろう。


「確かにそうだが、あえて使ってない可能性は?」

「あの余裕のなさからしてまずないっしょ!」


 確かにあのパワーアーマーの態度からは、余裕のなさが感じ取れていた。そもそもキリナちゃんに翻弄されていながら、あえて使っていなかったというのは理屈が合わない気がする。


 俺は悩んだ末、リンハイの言葉に乗ることにした。

 こういう時のリンハイの直感はよく当たる。いままでもその直感に助けられてきたのだ。


「わかった! キリナちゃん! 逃げよう!」

「は、はい! わかりました!」


 キリナちゃんは俺の言葉にとまどいながらも同意の返事をくれた。

 リンハイがそれを見てハンドサインを出す。


 キリナちゃんを連れて右から倉庫の外へ出る。リンハイはその逆から倉庫の外へ出る。倉庫の入口は二つあったため、それぞれ分散して脱出するという算段だ。


 俺は「全国のキリナちゃんファンのみんなすまない!」と心の中で叫びながらキリナちゃんの手をとった。手を取ることが今もっともキリナちゃんを守る事につながると考えたからである。本当に申し訳ない。


「こっちだ!」


 そして右側の出口へと向かう。


『あァ!? 嘘だろ!? 逃げるのか!?』


 パワーアーマーの、焦ったような、驚いたような声が響く。まさかここまで来て唐突に逃げられるとは思っていなかったのだろう。


「バーカ! アンタみたいなノロマと戦ってられるか! 精々弱体化食らうまで、お山の大将でもしてろ!」


 リンハイが中指を立ててパワーアーマーを挑発しているのが見えた。わざと気を引いてくれているのだろう。実際相手は、その言葉と態度にいらだちを覚えたようだった。


『てめェ……黒スーツが聞いてあきれるぜ! 正々堂々と勝負しろ! 逃げるなこのクソビッチ!!』

「正々堂々? あんたに言われたくないね!! チート装備使わなきゃ怖くて対面できないんだろ! 小心者!」

『おま、言いやがったな!! 誹謗中傷で通報してやるからな!!』

「ビッチはいいのかよ! お前も誹謗中傷で通報だ! 通報合戦だ!」


 ……いや、気を引くためにやっているのかどうか怪しくなってきた。純粋に煽りあいを楽しんでそうな雰囲気だ。


 俺はその様子を見ながら、着実にキリナちゃんを出口へと引率する。

 この調子でいけば問題なく逃げられそうだ。


パワーアーマーに未知の“砲撃”がないのならば、剛腕で殴る以外の攻撃手段を持たないはずだ。ならば距離をとれている俺達に攻撃が届くことはまずない。


俺はキリナちゃんの方を見る。

未だに不安の色がぬぐいきれていないようで、その顔は神妙な面持ちだった。


「キリナちゃん、大丈夫?」


 俺の問いかけに、キリナちゃんはハッと我に返ったかのように首を左右にふると俺の目を見つめて応答してくれた。


「だ、大丈夫です! はやく逃げちゃいましょう!」


 俺はうなずき足を速めると、倉庫から外へとついに抜け出すことに成功した。

 あとはこのまま倉庫街をのらりくらりと走り回り、安全地帯まで移動するだけだ。


「リンハイ! 大丈夫か!」


 リンハイのほうを向き声をあげる。

 ちょうどリンハイも倉庫から脱出したところのようで、中指を立てながらバック走で外へと飛び出した。


 万事順調だ。


 PKに襲われた時はどうなるかと思ったが、無事こうして脱出することができた。結果だけ見れば、俺はPKを倒したことで戦利品を獲ることもできたしプラスになったと言える。


「や、やりましたね! 本当に攻撃してきませんね!」


 キリナちゃんが嬉しそうにガッツポーズをする。

 俺もそれにうなずき、その場を離れようとした……その時だった。


 爆音。


 そして、吹き飛ぶリンハイの姿。

 響き渡る下卑た笑い声。


 俺は何が起こったのか理解するのに、かなり時間を要した。唖然としていた。キリナちゃんに引っ張られるまで思考がまとまらなかった。


『ひっかかったな。アホがぁ』


 パワーアーマーの男が、左腕をリンハイに向けてそう言った。

 左腕の側面からは太い筒のようなものが伸びていて、先端からは煙を噴き出している。


『確実に避けられない隙を見つけるのは大変だったぜ』


 同時にパワーアーマーの背中がバカリと開き、そこから空気が大量に排気される。この音は……最初の爆音の後に聞いた音と全く同じものだった。


「あえて使ってなかったのか、砲撃を」


 俺は震える声で言った。

 リンハイの直感は、ハズれていた。パワーアーマーの男はここまで砲撃がないかのようにふるまい、逃げる俺達に焦るようなそぶりまで見せていた。それはこの瞬間、俺かリンハイが気を抜き回避が間に合わなくなる一瞬を狙うためだったのだ。


『最初に一発撃ったから、プレミしたかと思ってたが……。黒スーツ共も思ったより馬鹿なんだな』


 リンハイを見やる。

 DEADの文字が表示されていないので、まだ死んではいない。しかし立ち上がる気配が全くなかった。


 砲撃の特殊効果があるのか、それともダメージ過多のせいなのか、ともかくリンハイが動けない状態であることは確実であった。


『さぁって黒スーツの片割れ、それと配信者ちゃん。この女をキルされたくなかったらおとなしく投降しろよ』


 パワーアーマーの男は左腕を倒れたままのリンハイに向け、下卑た笑いを俺達に向けた。優位に立った、もう勝った、と言わんばかりの、自信にあふれた感情をのせて。

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