第12話 ランカーを仕留めた吉日

 仕留めた。

 俺は背後で上がる爆発音を聞きながら、そう確信した。黒スーツの片割れ……確かアキとかいったか……はこれで倒すことができた。


「手ごたえなかったな。ランカーつってもこの程度か」


 やはりこのゲームはアーマー値をあげまくる調整(ビルド)が最適だったと証明できたわけだ。


 黒スーツのような回避型は、不意打ちや範囲攻撃に弱い。今回はその両方をお見舞いすることができたので、勝てたのは必然ともいえる。


「拍子抜けだな。噂ではもっと異常者だって聞いてたのに」


 黒スーツと呼ばれる二人組は、まだ一週間ちょっとしかたってないこのゲームにおいて有名になっていた。トップランカーに食い込み、高難易度クエストをクリアし続ける謎の二人組……しかも片方は接近重視の刀を使い、もう片方はほぼ初期装備の二丁拳銃のみでのし上がったというのだから、もはや都市伝説級だ。


 俺はそんな黒スーツ共を倒してみたかった。

 PVPのあるゲームにおいて、名の売れたプレイヤーを倒す快感は何よりも勝る。


 ……だが俺達に、黒スーツを倒せる算段なんかこれっぽっちもなかった。何人ものPKが返り討ちにあっていたし、そもそもランカーと渡り合えるほどのゲームの腕があるわけじゃない。あくまで目標のひとつとして、いつか倒してやるぞと夢想する毎日を送っていただけだった。


 しかしそんな俺達に転機が訪れた。


黒スーツ共に『護衛対象』という名の足かせがついたのだ。


「眉唾な情報だったがマジで来るとはな。情報提供感謝だぜ」


 俺は酒場で会った男を思い出す。


 うだつの上がらない日々を送っていた俺達の前に、その男は現れた。ローブを装備した、まさしく中二病といった風貌だったが、この場所に黒スーツと配信者が現れるという情報をくれたのだ。


 しかも、黒スーツの片割れはこの配信者に入れ込んでおり、必ず守ろうとする。その隙を突けば、俺達でも楽に倒せるだろうと助言をくれた。勝利を確実にするためにと、仲間の一人に“パワーアーマー”の貸し出しまでしてくれた。

ここまでお膳立てされた、確実な勝利計画に乗らない馬鹿はいない。

俺達は疑いながらも、この男の口車に乗ることにしたのだ。


 だがもちろんタダではなかった。


男は情報とパワーアーマーの対価として、一つだけ要求を突き付けてきたのだ。


『個人配信者を、完膚なきまでに叩き潰し、二度とこのゲームをしたいと思わないようにしてくれ』


何者かはわからないし、詮索しようとも思わないが、よほどあの個人配信者に恨みでもあるのだろうか。その時のローブ男からは、底知れない憎悪のようなものを感じ取れた気がしてならなかった。


「ま。いいか……。 個人配信者を徹底的にボコす……気乗りはしないが」


 俺は深く考えないことにした。

 何か得体のしれない事件に巻き込まれてるのかもと一瞬考えたが、すぐにやめた。


 それよりも、俺の実力だけで黒スーツの片割れを倒せたことにとてつもない充足感を感じていた。護衛対象の配信者が近くにいたわけでもなかったので、ズルをして勝ったわけでもない。純然たる、俺だけの勝利だ。


「こんな事なら、とっととPKしに行くんだったな。もしかして俺、ゲームの才能あったのかもしれん」


 そこまで考えて、倒した黒スーツの戦利品をまだ確認していないことに気が付いた。

 このゲームは相手を倒した瞬間に、通貨やアイテムといった戦利品が、倒した人間のアイテム欄に即座に入る仕様になっている。


いったいどんなレアアイテムを抱え込んでいたのだろうか、わくわくしながら俺はアイテム欄を開く。


目の前に青いウィンドウが開くと、俺の装備と念のため持ってきていた回復薬がいくつか顔をのぞかせていた。……それのみだった。


「おかしい。戦利品がアイテム欄に入ってないな……」


 あれだけの有名プレイヤーが、まさか何もアイテムを持っていないなどあり得ない。しかし現に、アイテム欄には黒スーツの戦利品が何一つ表示されていない。死亡した時にアイテムを保護するスキル等も、聞いたことがない。


「はぁ? まさかバグか?」


 俺はイラつきながら、アイテム欄の更新ボタンを何度も何度もタップした。サービス開始直後のゲームなので、もしかしたら倒したのに何も入手できない理不尽バグがあったのかもしれない。


……それは、突然だった。


 ドン!


 首筋に衝撃がはしり、俺の体力が減少した。


「馬鹿な!!!」


 俺の装備は、アーマー値をこれでもかという位上げている。

 そんじょそこらの銃器の攻撃力ではまずこのアーマー値は抜けない。装備の耐久度が0になればもちろんこの効果はなくなるが、俺の装備の耐久度はすべて健全だ。


「まさか、装備の合間をうったのか?!」


 このゲームのアーマー値は、装備品で覆えている部分にしか発生しない。つまり、肌が露出している部分を攻撃することができれば、アーマー値は適用されずダメージが通ってしまう。


 しかし俺の装備は、迷彩柄の軍事用アーマー一式だ。これはゴーグルとヘルメットも付いてくる一体型装備で、ほとんど全身を覆いつくせる防御重視の代物だ。


 唯一首回りと顎部分だけは肌が露出してしまうが、それもごくごく一部分であり、そんな小さな隙間を射撃することは至難の業だ。


「近距離ならともかく、遠距離から当てられたのか……?! どんな命中精度だ!」


だが今ダメージを受けたということは、そんな小さな部位を正確に撃たれたということだ。しかも、俺の認知できていない位置から。


 いや……、そもそも俺を撃ったのは誰だ?


 ダメージが通ったことも驚くべき事実だが、それよりも俺を撃った相手がわからない。この場には黒スーツの二人と、個人配信者の三人しかいないはずだ。


 個人配信者はさっきリーダーに啖呵を切っていたから、俺の方を追ってきていることはないはずだ。もう一人の黒スーツもここにはいないはずだし、そもそもアイツは刀しか使わない。


 まさか……。


 俺はゆらりと振り返る。

 そんなわけないと思いながら。あの爆風の中でアーマー値を上げてないであろう回避型の奴が生き残っているはずがないと思いながら。


「おい……冗談だよな……」


 しかし、男はそこに立っていた。

 スーツの上着を脱ぎ捨て、焦げ色が入った白いカッターシャツをあらわにし、顔や手にはダメージが入ったであろう赤色の線が入っている。


 だがそんな事よりも、俺は男の目に恐怖を覚えた。


その目はぎらついていた。まるで獲物を狩る狼のように。何があっても確実に俺の命を刈り取るつもりの死神のように。


「クソッ!! なんで生きてるんだよ!!!」


 俺はアサルトライフルのトリガーを引く。

 三発弾が出るごとに、いったんトリガーを戻しまた三発撃つ……三点バーストと呼ばれる射撃法だ。


 アーマー値がないプレイヤーは、三発食らえばだいたい死ぬ。その仕様もあって、この射撃法は非常に優れている。三発はずしても、すぐ狙いなおし三発撃つことができるからだ。


 だが俺の射撃は、一発もアイツにあたらない。


 俺が狙って撃った時にはすでにその地点から姿が消えているのだ。

恐ろしい速度、そして恐ろしい反射神経。

 この世界がゲームの世界で、かつVRゲームであるからといって、こんな人外の動きができるヤツを俺は見たことがなかった。


「別ゲーやってんじゃねえよ!!」


 回避しながら、ついには目の前にまで近づいてきたヤツに対して、俺はアーミーナイフを取り出した。


 ゼロ距離での戦闘になると、アサルトライフルを無理に構えて撃つよりもナイフで刺した方が素早くダメージを出せるからだ。


 それに手りゅう弾の爆風から生き残ったとはいえ、ヤツも無傷ではない。その証拠に体中にダメージの跡がある。あと一撃でも攻撃を加えることができれば、倒せる可能性は高い。


「来い!!」


 意味不明な回避速度を誇るヤツでも、俺に攻撃する瞬間は必ず隙ができるはずだ。俺はその瞬間を待ち、一撃をお見舞いしてやればいい。


 ……そう思っていた俺の考えが浅はかだった。


 気が付けば俺の下あごに、銃口が押し当てられていた。

 下あごは露出している部分で、もちろん撃たれたらダメージが入る。


「なぁアンタ」


 ヤツが怒りのこもった低い声でそう言った。

 俺は震えた。ゲームで……いや現実ですらも、ここまで命の危険を感じたことは一度もなかった。


「わ、悪かったよ。もう手出ししない。黒スーツには手出ししない」


 俺は命乞いをした。

 しかしヤツは銃口をさらにグリと押し付けてくる。


「ひぃ!!」


 思わず悲鳴が出る。

 それほどまでに、リアルに死を感じる。


「そうじゃない。アンタさっき、個人配信者を徹底的にボコす……って言ったよな。どういう事だ」


 ヤツの声に混じる怒りの色が、さらに濃くなった。


「じょ、情報を提供してくれたやつが! そう言ったんだ! パワーアーマーをくれたのもソイツだよ! か、代わりに黒スーツと一緒にいる個人配信者を……二度とこのゲームをプレイする気がおきないようにボコボコにしてくれって頼まれたんだよ!!」


 口早に、知っている情報をぺらぺらとしゃべった。洋画かなんかで、最後まで仲間の情報を話さずに死んでいくギャングの男がいたが、今初めて尊敬できると感じた。

 グリ。

 さらに顎に銃口を押し付けられるが、俺は首を振る。もうこれ以上は話そうと思っても話せないのだ。


「勘弁してくれ……」


 俺は両手を上げて降伏した。


「頼む。殺さないでくれ。めちゃくちゃアイテム集めたんだよ。金もめちゃくちゃ集めた。今死ぬと全部パーなんだよ。頼むよ」


 我ながら情けない……と思うほどの声を出す。

 だが……自分の情けない声を聴きながら、俺は思った。


 なぜ俺は恐怖を感じているんだ? なぜ俺が、こいつにへりくだらなければいけないのか?


そう考えると逆に怒りがわいてくる。


そうだ。

俺は一回コイツに勝っている。もう一度やればまた勝てるに決まっているのだ。


「頼む。この通りだ」


 俺は頭を下げ、誠意を見せる。とにかくここは耐えどころだ。

 怒りを爆発させるのは、ヤツが気を抜いた瞬間だ。


 やってやる。


 逆にやってやるぞという気持ちが強まる。

 そうなのだ、いまコイツを倒せばすべて解決なのだ。アイテムは手に入るし、金も手に入る。情報提供者の思惑通り配信者をボコボコにすることだってできる。


 黒スーツを二人とも倒したら、ログインするたびに粘着して殺す。アイテムと金が減った状態で毎回仕掛けられたら、さすがの奴らも根をあげるはずだ。


 このゲームをやりたくなくなるまで粘着し、仕返しする気も起きないほど完膚なきまで殺し続ける。


 そうなれば俺の勝ちだ。


 プランはできた。

 あとは今この場を乗り切るだけだ。相手はアーマー値がほぼない紙装甲。隙を見てナイフを差し込み、ひるんだところをライフルで打ち抜く。

 素早いこいつでも、転んだ瞬間は無防備だった。ひるんだ瞬間も無防備になるはずだ。


「……わかった」


 俺が決意を固めたその瞬間、ヤツは顎から銃口を引いた。

 だがまだだ。相手が背中を向けるまで……隙を見せるまで……。


「あ、ありがとう……」


 黒スーツは、興味を失くしたと言わんばかりの冷たい視線を俺に向け……そして背も向けた。


 今だ。

 好機が来た。

いましかない、いまやるのだ。

 俺は手に持ったナイフをおもいっきりヤツに突き立てる。


「もらった!!! お人よしが!!」


 勝った!そう確信した……俺が浅はかだった。


 ヤツは俺の攻撃に合わせて振り返ると、銃のスライド部分でナイフを受け止める。そんな馬鹿な……と俺が漏らした瞬間、顎に銃口が押し付けられる。

 さっきぶりの嫌な感覚。だがもう、ハッタリはきかないだろう。


「よく聞け」


 ヤツの声が響く。


「もしまた彼女とリンハイを狙いに来たら、確実に俺が殺す。その次も殺す。何度でも殺す」


 もう俺はうなずくしかなかった。

 こくこくこくとうなずき……その最中に破裂音が三回響く。


 DEAD。


 そして俺の目の前は真っ暗になり、赤い文字でそう表示されたのだった。

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