第11話 負けを確信した日
俺とリンハイはコンテナの合間を走っていた。
キリナちゃんは先駆けて中央のパワーアーマーの男のもとへと移動している。彼女が大声でパワーアーマーの気を引いたら、バトル開始の合図だ。
それまでに俺達は、別働の二人のPLを探し出し、接近しておく必要がある。倉庫内を駆けているのはそういった目的があった。
リンハイが走りながら話題を振ってくる。
「アキ君さっきさ、フル装備のPLを倒すのは無理だと思うって言ったじゃん」
「ああ。俺の実力じゃ無理だと思う」
実際リンハイのようにうまくできる自信はないし、最悪時間稼ぎすら失敗に終わる可能性もある。相手はフル装備のPL、つまり対人戦闘慣れしていることが想定される。そんな相手にほぼ素人の俺が勝てる確率は限りなく低いはずだ。
しかしせめて時間稼ぎくらいは成功させなければならない。
囮になってくれているキリナちゃんのためにも、そしてリンハイのためにも。
俺がそう考えているとリンハイが立ち止まる。
「おい、早く探さないと……」
同じく立ち止まってリンハイの様子をうかがう俺の両頬に、リンハイの両手が優しく触れた。突然のことに、ついドキっとしてしまう。
「アキ君なら倒せる」
一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
リンハイは真面目な、しかし優しい笑顔で俺にそう言った。その姿がどこか幻想的で、つい見惚れてしまったのだ。
はっと我に返ったころには、優しい両手は俺から離れていていつものお茶らけた顔のリンハイに戻っていた。
「じゃ、検討を祈る」
「あ、おい!!」
俺が言い返そうとするが、その言葉が届く前にリンハイはコンテナの影へと姿を消した。
「……クソ、みんなお前みたいに天才じゃないんだよ」
俺は思わず憎まれ口をたたいてしまうが、その声は誰にも届いていないようでほっとした。
リンハイは天才だ。だが、天才故になのかその水準を俺にも求める傾向がある。俺にならできると頻繁にいってくれるのだが、とてもそうは思えない。
とにかく俺にできることは、気を抜かないことだけだ。倒せると思わず、リンハイが駆けつけるまでただ確実に足止めをする。それだけに集中しなければならない。
もやもやとした思考に一時の決着がついたその時、正面のコンテナの角から足音が聞こえる。堂々とした足取りで、一切音を隠そうとしていない。じゃらじゃらと金属がこすれる音も聞こえることから、多分PLの一人だろうということが察せられた。
俺はとっさにコンテナの影に隠れる。
「おーい出てこい黒スーツ共。あと、えー個人配信者? しらんけど出てこい」
黒スーツ、とは多分俺とリンハイのことだろう。酒場でもちょくちょくそういう愛称で呼ばれたことがある。
俺はコンテナから顔を少しだけのぞかせ、相手の姿を見た。
間違いない、フル装備PLの一人だ。
今はアサルトライフルを構え、一応警戒しながらこちらに向かってきているようだ。
俺は懐から銃を二丁取り出し、構える。
注意を引くにしても戦闘は免れない。
キリナちゃんの合図が聞こえたら、その瞬間に先手の一撃をお見舞いする。それで倒せるとは微塵も思ってはいないが、少しでもダメージを与えることができれば相手より少しでも有利に動くことができはずだ。
生唾を飲み込む。
「出てこいってば。逃げ道がないのは確認済みなんだ。どうせ見つかって死ぬなら、早めに死んだ方が時短になるぜ?」
声の距離感的に、もうすぐそばまで迫っているのがわかった。
その瞬間、可愛らしい声が倉庫内に響いた。
「へい! そこのでっかいえーっと、でかい人! 私と勝負だ!!」
キリナちゃんの声……戦闘開始の合図だ。
俺は覚悟を決めた。
陰から即座に飛び出し、二丁の拳銃で正面にいたPLに向かって連射した。
三発どころではなく、もっと多く。一丁につき十七発入る弾丸のおよそ半分を、正面に向かって叩き込んだ。
俺の弾丸は間違いなく、全弾命中した。レベルの低いNPCや、装備が貧弱なPLなら五回は殺しているダメージを与えたはずだった。
「へぇ、待ち伏せ。度胸あるね!!」
だが、フル装備のPLはピンピンしていた。装備の質がいいのか、何らかのギミックがあるのか。ともかく相手は、弾丸をすべて受けたとは到底思えない、ひょうひょうとした態度で銃口をこちらに向けてくる。
「クソッ!!!」
俺は悪態をつき、急いで後ろに下がる。が、そこにアサルトライフルの弾が大量に降り注いだ。
「んー。いい避け」
かろうじてほとんどの弾を身体を無理によじることで避けることに成功した。
代わりに体制を崩した俺は、射線の通らない物陰に倒れこむことができたものの、しばらく身動きがとれそうもない状況に陥ってしまった。
まずい。
物陰とはいえ、相手との距離はほぼないに等しい。俺が転んだことを理解しているであろうフル装備PLは即座に距離を詰めてきて、俺にとどめを刺すだろう。
「時間稼ぎもできないのか俺は……!」
まさかあれだけの弾丸を浴びせて、少しもひるむことがないとは思いもよらなかった。想像力の欠如と情報不足から、俺は相手に反撃を許してしまった。その結果がこのざまだ。リンハイとキリナちゃんにどう顔向けすればいいのだろう。
「転んじゃったか。お疲れ」
フル装備PLのどこか見下した声が、影の向こうから聞こえる。
同時に“ピン”と何かをはじいた音が聞こえ、足元にコロコロと丸い緑色の物体が転がってきた。
「手りゅう弾……!!!」
「もう一匹の黒スーツもすぐにぶっ殺してやるからよ。安心しなって。わりを食うのはお前だけじゃねえからさ」
ぎゃはは、と俺を煽るような笑い声。
俺はようやく立ち上がることができたが、もう遅い。
目の前に転がってきた爆弾はちょうどその瞬間、爆発した。
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