第10話 OP装備のPKに襲われた日
『おーい。隠れてるのはわかってるんだぞー。逃げ場がないこともなァ!』
変に間延びした言葉遣いで、パワーアーマーを着たPLが叫んだ。声も拡張されるのか、まるでメガホンを使ったかのように言葉が響く。
俺は音を立てないように鉄骨階段まで移動する。リンハイとキリナちゃんも、すぐさま一番下の段まで降りてきていた。
「さぁどうするアキ君。パワーアーマー一体とフル装備のPLが二人。ピンチだねえ」
「ピンチだな……」
一般的なゲームならば、ピンチな状況に陥っても「死ねばいいか」という思考になる。ひとまず戦ってみて、無理なら仕方がない……ゲームとは従来そういうものだ。
だがこのゲームは、死亡した際のペナルティがかなり重い。
まず装備していたアイテムの一部を失い、所持している通貨の三分の二が自分を倒した相手の懐に移動する。
そして何より一番恐ろしいことは、死亡してから現実世界で約十二時間は再ログインできなくなることだ。
運営の意図するところは俺にはわからないが、これだけの死亡時ペナルティがこのゲームには存在する。なので、高難易度かつPKがあるのにも関わらず死亡しないように立ち回る必要性があるゲーム性なのだ。
ここまでの情報を、俺はキリナちゃんにも伝える。
「私はアイテムもお金もないので、死んでも大丈夫そうですが……」
キリナちゃんが言いよどむ。
確かに初心者でほとんど何も所持していないキリナちゃんは、死亡してしまったほうがてっとり早いという見方もできる。
しかし俺とリンハイは違う、極力死にたくはない。
この一週間ほど、俺とリンハイはほぼ死亡せずにゲームを続けてきた。ため込んだ通貨もアイテムもかなり量に及ぶのだ。
「PKされないエリアまで逃げるしかないか……」
リンハイがつぶやく。
PKされないエリア、通称非戦闘エリアはその名の通り戦闘が許可されていないエリアである。例えばクエストを受注するための空間や、酒場などがそれに該当する。
しかし酒場まではここからかなりの距離がある。確かに逃げるしか選択肢はないが、かなり絶望的な選択だ。
『いるんだろォ? 個人配信者とその囲い君達ィ。 はやく出てこないと片っ端から砲撃してくからなァ!!!』
俺とリンハイの苦慮を裂くように、パワーアーマーの男が叫ぶ。
“砲撃“がどういう攻撃を指すかはわからないが、倉庫の入口で起きた爆発音を考えると所謂ロケットランチャーのような装備をもっているのだろう、と推測できる。
非常に厄介だ。コンテナの影に身を隠しながら戦う選択肢をそれだけで削ることができる。物陰事吹き飛ばせばいいのだから。
「……走って切り抜けるしかない」
二人にそう提案する。
実際これくらいしかできることはないはずだ。少なくとも、俺の脳みそだとこの答えが限界点である。
リンハイも半ばあきらめ気味にうなずいている。さすがのリンハイも、パワーアーマー相手には尻込みしているということだろうか。
そんな雰囲気の中、キリナちゃんがそっと手を挙げて口を開いた。
「私が囮になって、その間にお二人が逃げるのはどうでしょう」
キリナちゃんの提案に、俺は息をのむ。
この中で唯一死亡してもデメリットが少ないのは、確かにキリナちゃんだ。彼女が囮になり、引き付けている間に俺とリンハイが逃げ伸びることができれば最悪キリナちゃんが死亡してもそんなに痛手を負うことはない……。
たしかにそれが現実的手段であり、論理的に考えればそれが最善と言える。
だが、それを許すわけにはいかない。
例えこれがゲームだとしても、推しに迷惑をかけてまで生き延びたいとは俺は思わない。それに、もし死亡することでこのゲームに対するトラウマを抱え込んでしまったら。俺のエスコートが下手だったせいで、推しの配信の可能性を一つ潰すことになるかもしれないと考えると、とてもじゃないが耐えられない。
「いや、俺が囮になるからリンハイとキリナちゃんが逃げてくれ」
だから俺が囮になる。
推しか、自分のアイテムや金、どちらが大事かと聞かれれば、わざわざ天秤にかけるまでもない。
俺が覚悟を決めてそう発言すると、リンハイはふぅとため息をついた。
「……なんだよ」
「いや。それはちょっと自己犠牲がすぎるでしょ」
突然冷水をぶっかけられた気分になり、カチンとくる。
「でもそれくらいしか方法がないだろ。俺はキリナちゃんにも、お前にも死んでほしくないんだよ」
「でもアキ君は絶対死んじゃうでしょそれ」
「そうするしかないだろ」
リンハイと小声で言いあう。
普段あまり怒らない……というか声を荒げないリンハイが、珍しく荒げている。
「リンハイだってあのメンツ相手に勝てる算段が見当たらないんだろ? じゃあ逃げるしかないだろうが」
「算段がないわけじゃないよ! でも同時に相手するのは無理なの!」
白熱した言い争いの声量は、もはやひそひそ話の域を超えていた。
その声を聴いたからか、それとも待ちくたびれたからか、ついにパワーアーマーの男が砲撃を開始した。
爆発音、と共に鉄骨階段の先にあった作業部屋が崩壊する。
俺達三人はとっさに鉄骨階段から離れ、近くのコンテナへと身を隠した。
『もういい。片っ端から調べろ。見つけ次第殺害だ』
パワーアーマーの男の声、そしてすぐそのあとに二人の男の気だるそうな返事が返る。
いよいよ年貢の納め時だ。敵は動き始めてしまったのだ。
「ともかく、俺が囮になる。いいな!」
もう時間がない。最後の確認のためにそう言いながら立ち上がると、俺の腕を誰かがぐいとつかんだ。
キリナちゃんだ。
「アキさん。提案があります」
キリナちゃんのほうを見やる。
いつもはおっとりとしたキリナちゃんの目が、鋭く燃えるような色を宿していた。俺はその瞳に気おされて、立ち止まる。
「リンハイさん。同時に相手するのは無理だ、ということは一人ずつなら倒せるんですか?」
キリナちゃんの質問がリンハイに届く。
「あ、う、うん。パワーアーマーはともかく、左右にいた奴らなら……でも囲まれると無理。一人ずつ相手しないと」
「アキさんはどうですか? 一人ずつなら倒せますか?」
キリナちゃんの質問に俺は頭を捻る。
相手はフル装備のPLだ。
フル装備PLの最も恐ろしいところは、火力よりもその臨機応変さにある。特に数人でチームを組んだ際には連携次第で無類の強さを発揮する。
だがもし一対一の状況に持ち込んだらどうか。
これは理論上の話だが、一対一で誰からも邪魔されない状況だと「相手の攻撃をすべて避けてこっちの攻撃をすべて当てる」ことができれば完封することができる。
俺にそれができるとは……思えない。
そんな無茶苦茶な事ができるのは、リンハイくらいだ。
「いや、無理だと思う」
俺は自分の思った事を素直に告げた。キリナちゃんの前なので、少しかっこつけたい気持ちもあったが……出来そうもないことを出来るといって失敗したくない。
リンハイが何か言いたげな顔をしているが、俺は無視した。
キリナちゃんが話を続ける。
「では時間を稼ぐことはできますか?」
確かに、倒すではなく注意をひきつけ逃げ回ることなら、俺にもできるかもしれない。
「それならできると……思う」
「わかりました。じゃあこうしましょう」
そうしてキリナちゃんは両手を合わせてにこやかな笑顔に戻った。
「私がパワーアーマーの人を挑発して気を引きます。その間にリンハイさんが一人倒して、アキさんが注意を引いてるもう一人の方へと移動。二人で撃破してもらって、最後は三人でパワーアーマーの人を倒しましょう!」
唖然とした。
あんぐりと開いた口が戻らない、リンハイも同じ気持ちのようで、同じく驚いた顔色をしている。
「え、でもそれだとキリナちゃんが……」
間違いなくデスしてしまう。
俺としては最も避けたい状況だ。
なんとしても止めたい、そう思った俺の思考をキリナちゃんがさえぎった。
「私がパワーアーマーの人に倒される前に、お二人が早くかけつけてくれれば問題ないでしょう?」
その笑顔は力強く、そして絶対譲れないという頑固さの色が出ていた。
「私ならともかく、お二人が犠牲になるのは嫌です。それでも犠牲になりたいって言うのでしたら、その命を私に預けてくれてもいいはずです」
キリナちゃんは俺をビシと指さしそう言った。
……俺は、正直驚いた。そして何よりも、俺の浅はかな自己犠牲の気持ちを見透かされていたようで申し訳ない気持ちがこみあげてくる。
何が「推しに迷惑かけてまで生き延びたくない」だ。本当は俺が囮になって、推しを助けたっていう実感が欲しかっただけだったのかもしれない。
それに、俺の推しはそんなに弱くなかった。
こんなに強かったのだ。
「イカれてんねぇキリナちゃん」
リンハイが楽しそうにそう呟いた。
それにキリナちゃんが笑顔で答える。微塵も揺らがない強さで。
「リンハイ」
「うん」
俺とリンハイはお互い顔を見合って、立ち上がった。
キリナちゃんも同じく立ち上がった。
「その計画、乗った」
そして俺達三人と、PK三人の戦いが幕を開けた。
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