第9話 才能を自覚する日

 俺にはこのゲームの才能がない。

 銃という強力な飛び道具が存在する世界観のゲームにおいて、刀一本で渡り歩き幾度となく俺のピンチを助けてくれるリンハイの姿を思い出すたびに、俺はゲームの才能がないなと思い知らされる。


 俺を取り囲むように三人の男が銃口をこちらに向けて静止している。少しでも動くと即座に撃つぞと、目をぎらつかせているのがわかった。


「三人と……あと、もう一人か」


 左目を軽くつむると、瞼の裏側に俺の“背後”の視界が映りだす。

 これはこのゲームのアイテムの一つ、3rdEye(サードアイ)の効果だ。片目をつむると、あらかじめ設定しておいた位置からの視界を得ることができる。

 俺の場合は後頭部に一つ設定している。そのため目をつむると、背後の視界を取ることができるのだ。


 それによって、正面に一人、左右に一人ずつ、そして背後に一人の計四人が俺を取り囲んでいることがわかった。


「ちょっと多いな……」


 俺は身体を動かさずにちらりと二階の作業部屋を見やる。リンハイとキリナちゃんが気になったのだ。

しかし俺の心配とは裏腹に、窓の向こうではリンハイが奇怪な踊りを踊っていた。対するキリナちゃんはこちらを見つめている、心配してくれているのだろうか。

よくよく見てみると、リンハイの動きは何かを俺に伝えようとしているジェスチャーのようだった。そういえば以前も、同じ光景を見た記憶がある。


これは半ば勘も入っているのだが、どうやらリンハイは一階にあるスイッチを押してくれと俺に伝えたいのだろう。この形によく似た罠にハマったことがあったので、なんとなく推察できた。


 つまりリンハイとキリナちゃんはあの部屋から動くことができず、俺の助太刀に入ることはできない。俺は一人でこの四人を倒し、一階にあるスイッチを押さなければならないという状況らしい。


 俺は息を大きく吸い、深呼吸をする。


 このゲームは人数が多い方が原則的に勝つ。即座に攻撃できる武器がある分、囲んだ方がつよいのは当然のことだ。


 しかし同時に、このゲームのクエストに登場する敵NPCは基本的にプレイヤーの数より多くなる。なので、人数が多い相手にどう戦い、勝利するかを考えることがこのゲームで最も難しく、そしてキモになる部分だった。


ほとんどのプレイヤーはアーマー値を上げ、ある程度撃たれても耐えられる耐久力を得ることで、人数差を覆す戦法をとっていた。俺ももちろん最初はそうするつもりだった。


 だがリンハイは違った。

 相手の攻撃を避け、利用し、そして誤りのない攻撃でもって確実に敵を減らす。避けの戦法だった。


 そして俺も、そんなリンハイに影響された“避け”の戦法をとるようになっていた。

 実際強くはない俺でも、いままで数多くの修羅場を潜り抜けてきた。その経験値は確実に自分の中にある。

 見ててくれ、キリナちゃん。

 俺はそうして自分を鼓舞し、行動に移る。


「おい、動くなよ」


 敵NPCの一人が俺に向かって注意喚起の言葉を放った、その瞬間。俺は勢いよく床にしゃがみこみ、銃口の先からはずれる。


「こ、コイツ!」


敵NPCが俺の身体を狙おうとその銃口を少し下げる……が、それよりも早く、俺は右手に持った銃と左手に持った銃の引き金を、左右のNPCに向かって三回ずつ引く。ダンダンダン!と火薬が破裂する音が響く。


左右に向かって発砲された弾丸は、敵NPCの胴体を的確にとらえ、三発分の弾丸ダメージを与える。左右のNPCは戦闘不能に陥り、床に倒れこんだ。


「次」


 同時に俺は左目を閉じる。

背後で銃を構えている敵NPCが、俺の身体に照準をあわせ、いままさに引き金を引き切る寸前だった。


対して右目でとらえている正面のNPCは、突然の事態にもたついているせいか、照準を俺に合わせ切れていない。俺は急ぎ左手の銃を懐にしまうと、目の前のNPCに向かって間合いを詰めた。


「よッ!!」


 背後のNPCが銃弾を発射する前に、目の前のNPCに接近し組み付くことに成功した。銃をうてないように利き手をつかみ、背中に回りながら行動できないようにする。


「離せ!! この!!」


NPCが必死にもがいている間に、弾丸が発射される音が響く。さっきまで俺の背後にいたNPCがついに引き金を引き切ったのだ。


 しかしその弾丸は俺にあたらず、俺が組み付いているNPCに命中する。


「あが!!」


 悲痛の声が上がり、対して銃を撃った方は仲間を攻撃してしまったことにとまどい、混乱している。その隙を見計らって、俺は右手に持った銃で敵を撃ち抜く。きっかり三発だ。

 俺の弾丸はミスなく命中し、NPCは声を上げて倒れこんだ。しばらくすると粒子状になり、空中に消えていった。


「よし。なんとかなった……」


 俺はそう呟きながら呼吸を整え、二階の作業部屋を見る。

 窓の向こうでは親指を立てるリンハイと、笑顔を浮かべながら手を振り、さらには飛び跳ねるキリナちゃんの姿があった。非常に尊い。

 俺は推しにカッコいいところを見せられたのだろうか。


 俺は控えめにリンハイとキリナちゃんに手を振り返すと、一階のスイッチ探索にもどった。早々に二人を開放してあげる必要がある。

 

 壁際にそって銃を構え歩く。すると、入口付近に一人の男が立っているのが目視できた。

 後ろにはスイッチらしきレバーがあり、男はそれを守っている様子だった。あたりを見回して時折不安げな顔を浮かべている。

どうやらまだこちらに気づいていないようなので、銃を構えて男を中距離から狙撃する。放たれた弾丸は見事男に命中し、無事仕留めることができた。


「これで大丈夫かな……」


 俺は男の背後にあったレバーを下し、リンハイ達の様子を見に戻る。


「おーい!アキさーん!」


 二階の鉄骨階段から手を振るキリナちゃんがそこにはいた。作業部屋からはどうやら出られたらしく、無事トラップは解除できたようだ。


「アキ君! クエストアイテムゲットしたよ」


 隣でリンハイが手を上げる。その手の中には、手のひらサイズほどの四角いケースが握られていた。


「ナイス、リンハイ! キリナちゃんも無事でよかった!」


 俺がそう言うとキリナちゃんは「ばっちしです!」とピースサインを俺に送ってくれた。やはり仕草が可愛らしい。


「んじゃ、とっとと撤退しますか……」


 リンハイがそう提案する。

 それとほぼ同時に、俺の背後……つまり倉庫の入口から激しい光と共に爆発音が響いた。急いで振り向く。が、コンテナが邪魔で倉庫入り口の様子が全く見えない。


 直後、プシュゥという大量の空気がぬける音が倉庫に響いた。


「リンハイ!! どうなってる!?」


 二階で倉庫内の様子をうかがっているリンハイが、キリナちゃんをかばいながら答えた。


「わかんない!! 入口が爆発した!」

「ボスか!?」


 そう言いながらも、ボスではないだろうと勘づいていた。

このクエストは低レベルクエストである。キリナちゃんのためにあえて低レベルのものを選んだので、それは間違いがない。

 そして、低レベルのクエストにはめったにボスNPCは出現しない。

よしんば出現したとしても、少し強めのハンドガンを持っているか、アサルトライフルを持っている程度のもので、爆発を起こせるほどの高火力武器を扱うボスなど出現するはずがないのだ。


だが俺の背後で起こった現象は間違いなく爆発だ。


「……アキ君、やばいね。こりゃ」


 となると、それだけの高火力を所持する何者かの敵襲。


 俺はコンテナを軽々と登り、倉庫の入口を確認する。爆煙で視界が不明瞭な中、巨大な何かがうごめいているのが見えた。

 更に、その巨大な何かの左右から二人の男が倉庫内に突入してきた。


「リンハイ、キリナちゃんを頼む」

「まかせとけ」


 煙が霧散し、巨大な何かと二人の男の姿がようやくあらわになった。

 男二人は緑の迷彩柄の軍服を身にまとい、手にはアサルトライフル、腰には手りゅう弾とハンドガンを備えていた。明らかに戦闘慣れしていそうな、無駄のない装備だ。

 そして何より、巨大な何かを含めた計三体の頭上に「PL」の二文字が表示されていた。プレイヤーだ。しかも、この状況を鑑みるにコイツらはPKだ。


「……しかもアレ、パワーアーマーかよ!!」


 二メートル半はあろうソレは、オレンジ色の二本の極太い足と巨大なメカメカしい胴体、そしてコンテナくらいなら持ち上げてしまえそうなほどの巨大な両手を備えたまさに鉄の巨人。


 これこそ、まだサービス開始直後であるこのゲームで、公式チートと揶揄されるほどの強さを持つ超激レア装備……パワーアーマーだ。


「さすがにマズいかもな……」


 俺は固唾を飲み込んだ。

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