第8話 罠にハマった日
倉庫の中はどうやら照明が落とされているようで、天井の電球は小さい明りを灯すのみだった。常夜灯というのだったか。
そんな薄暗い中見えるのは、赤色と青色のコンテナが規則正しく一列に積まれている光景と、反対側の壁の左右から、二階につづく鉄骨階段が伸びていることくらいだった。
コンテナの物陰に敵NPCが隠れていても、この暗さだと気付くことは難しい。
クエスト目標である「チップ」捜索も難航しそうだ。
「く、暗いですね……」
キリナちゃんがおびえたような声でそう言った。俺はそっとキリナちゃんに近寄り……もっとも適切な距離感は保ちながら……いつでも守れるように準備した。
「とりあえず明りつける?」
「そうだな。でもスイッチの場所わかるか?」
俺の言葉にリンハイはうなずき、二階の方向を指す。鉄骨階段から上がれるであろうそこには、窓ガラスがついた作業部屋が存在していた。
「たぶんあそこじゃない?」
「あからさますぎないか? 罠とかかも」
確証がないのに動くのは危険ではないか……と思ったが、一方でこういう時のリンハイの直感はよく当たる。となると、いつも通りの方策をとる事にしたほうがよさそうだ。
「じゃあ俺が一階を探索するから、リンハイとキリナちゃんは上を頼む」
こういう二択を迫られた場合、俺とリンハイは二手に分かれるようにしている。
戦力を分散するのは悪手のように思えるが、経験上こちらのほうが安全だと結論付けていた。というのも、一度入ると脱出不可能になってしまう部屋に二人して入ってしまい、詰んだことがあったのだ。
それから俺達は、こういうときは分かれて行動することにしようと決めたのだ。
「おっけ。じゃあキリナちゃんは私とデートね」
「あ、はい! アキ君さん。お気をつけてください!」
笑顔で手を振ってくれるキリナちゃんに、俺はでへでへ言いながら手を振り返した。リンハイに鼻の下伸びてるよと言われて、急いで規律を正す。
二人が壁際の鉄骨階段まで移動したのを見計らって、俺はあたりを警戒しながら探索をはじめる。もし二階の作業部屋が罠だった場合、明りのスイッチはこの一階のどこかにあるはずだ。
だがもちろん、一階に罠がしかけられている可能性も考慮して慎重に移動する。
こういう場合、あからさまに二階の作業部屋が罠のように見えるが、一階全体が突如爆発するといった罠がしかけられてある可能性もこのゲームにはあるのだ。
「静かだな……」
俺は思わずつぶやく。
組織のアジトという設定だったのにもかかわらず、外にいた見張り以外の敵を未だに発見できていない。これは明らかに不自然である。
伏兵……それもかなりの数がいることを想定しておくべきかもしれない。
俺は念のため銃の弾倉を交換する。スーツの内側に弾倉を入れておくポケットがいくつかあり、そこから弾丸が入ったものをしっかりと銃に装填する。
最後に銃の上側にあるスライドと呼ばれる部分を手前に引く。こうしないと弾がでないらしいという事も、失敗しながら覚えた貴重な知識である。
そういえばキリナちゃんにもこういったことは教えておいてあげるべきだな、などと考えていると……突然、明りがついた。
バチン!という音と共に、倉庫内が明るくなる。
「眩しッ!」
あまりのまぶしさに目を手で覆う。
同時にダカダカとせわしなく音が聞こえてくる。俺の周りに一つ、二つ、いやもっと多くの音が集まってくる。
しばらくして目がこの明るさに慣れてきたようで、俺はゆっくりと手を下す。その先には……。
「こっちが罠だったか」
大量の敵NPCが銃口をこちらに向けている光景が広がっていた。
****
キリナちゃんを連れて、私は鉄骨の階段を上がっていく。
カツンカツンという私とキリナちゃんの音と、一階を歩くアキ君の足音しかこの空間に聞こえていないことが、いやに不気味だ。
「キリナちゃん大丈夫?」
私が声をかけると、後ろをついてきているキリナちゃんは大きくうなずいた。
緊張している面持ちだが、その足取りには自信に満ち溢れた何かがあった。へっぴり腰になっていないだけでもすごいのに、むしろガンガン前に進んでやるぞという気概を感じ取る。この手のゲームに慣れているのだろうか、それとも肝が据わっているのか。
なるほど。
確かにこの子は、アキ君が推している少女、キリナちゃんなのだ。
「アキさん大丈夫かな……」
キリナちゃんがアキ君を心配そうに見下ろしている。
「大丈夫。アキ君すごいからね」
私はそういってキリナちゃんを安心させる。
それでも不安そうにしているので、私は話題を変えることにした。
「そういえばさ、なんでこのゲームを選んだの? すごい難しいよこのゲーム」
実際バーチャルアイドルと銘打った配信者がやるような難易度のゲームではないことは確かだ。生半可なVRゲームの腕前だと、この世界だと即死亡につながる。それでは配信にならなさそうだ。偏見とかではないが、もう少し配信映えするであろう、ゆったりとしたゲームの方が雰囲気に合ってそうなものだ。
「実は、内密にお願いしたいんですけど……このゲームの会社さんから実況してほしいって頼まれたんです」
「へぇ、案件ってやつ」
なるほど、会社から直接依頼を受けてプレイするのなら納得できる。
そうでなければプレイすることもないだろうと思えるほど、正反対の世界観のゲームなのだから。
……しかしそんな私の浅はかな考えを、キリナちゃんは破った。
「それに、もっと多くのリスナーさんに楽しんでもらうためには、私が好き嫌いで遊ぶゲームを決めちゃだめだと思ったんです」
その言葉に、私は思わずにやけてしまった。
「え、なんで笑うんですか!?」
「いや。アイドルってすごいんだなぁと思って」
誰かのために、ファンのために頑張るというその心根が私には素直にすごいものだと感じられた。
私はその真逆だ。
私はゲームのランキングにひどく固執してきた。
誰かのために頑張るのではなく、自分のために誰かを蹴落とす。ゲームのランキングを上げるために必死になればなるほど、そこに自分の価値を作ろうとすればするほど誰かに妬まれ、恨まれる。
そんな生き方に疲れて、誹謗中傷を受けることに疲れて、このゲームでは好き勝手遊ぼうと決めた。
しかし好き勝手遊ぶ、というのも結局は自分本位の行動だ。
キリナちゃんとは大違いだ。
「君、すごいビッグになるよ~」
そんな私が唯一言えることは、こんな軽口だけだった。しかしそんな軽口にですら、キリナちゃんは「ありがとうございます」とお礼を言ってくれるのだった。
「さて、ついたね。作業部屋」
私は手でキリナちゃんを制すると、少しだけ扉を手前に開く。
中は薄暗いが、誰もいないようだ。
そして私の想像通り、壁には電源のスイッチが並んでいる。
私はキリナちゃんに向かって手招くと、部屋の中に突入する。
「誰もいないみたいですね」
キリナちゃんの発言に私はうなずくと、電源の方に手を伸ばす。
「たぶんこれが電源だね。つけるよ」
ガチャン、と私は電源のレバーを上にあげた。
その瞬間。
バタン!
「え!?」
キリナちゃんが驚きの声をあげる。作業部屋のドアが勢いよく閉まったのだ。
同時に倉庫全体の明りが付く。作業部屋についている大きな窓からその光が差し込み、倉庫全体を煌々と照らし出す。
「あちゃー。向こうが罠か」
照らし出された倉庫には、探索をしていたアキ君と……それを取り囲む数人の敵NPCの姿がはっきりと見えた。
「はやく助けにいかないと!」
そういってキリナちゃんが作業部屋の扉に手をかけるが、開かない。
どうやらロックされているようで、私達はこの作業部屋の中に閉じ込められてしまったらしい。
「これ、一階でアキ君が別のスイッチ押さない限り開かないやつだね」
一階をよく見ると、西側の壁際に一人だけポツンと男が立っていた。男はスイッチらしきものの前で警戒するように銃を構えている。
多分、あのスイッチを操作しない限りこの部屋の扉はあかない。そういうイベントなのだろう。
「ど、どうしましょう! アキさんが!」
キリナちゃんが慌てる。
だが一方私は全く動じていない。
私はキリナちゃんの分の椅子を作業部屋の中から見繕ってきて、窓の外が一望できる位置においてあげた。
「ま、ゆっくり見学するといいよ。アキ君の戦いぶり」
「え、でもさすがにあの人数に囲まれちゃったら……!」
大丈夫。そういって私も椅子に腰かける。
「アキ君、自己評価低いけどさ。この私についてきてるんだぜ。そんなにやわじゃないよ」
そう、アキ君は自己評価が低くていつも私のことを持ち上げてくれている。
確かに私は強い。少し前別のゲームでランキング一位を取り、バーチャルストリーマーのワダミツと呼ばれる有名人をボコボコにしたこともある。
しかしそれは、私がVRゲーム歴が長いからできたことだ。
対してアキ君はこのクライムシティで初めてVRゲームを触ったらしい。
そんな初心者の中の初心者が、私のプレイスタイルにぴったりついてきて、私と連携をし、そしてこの高難易度ゲームの上位ランカーに食いついている。
それは相当に異常なことで、そしてこういう言葉を使うのは失礼だとわかっていても言わざるを得ないほど異質だ。
「アキ君、VRゲーの才能あるんだよ。マジで」
そして目の前で、大勢の敵NPCに囲まれたアキ君が動き始めた。
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