第7話 推しと敵を倒す日

「よし、じゃあ遠足を始める。準備はいいか野郎ども!」

「おー……」

「おー!!」


 リンハイが声を上げ、それに続いて控えめな俺の返事と、活力に満ちたキリナちゃんの声が重なった。


 今、俺達三人はクライムシティ郊外にある倉庫群に来ていた。

 ただでさえ明りが少ない上に夜であることから、あたり一面は薄暗い。どこか不気味さを感じさせる嫌な場所だ。


 そんな場所に俺達がいる理由は一つ。

クエストの目標地点がここだからだ。


 キリナちゃんと合流した後、俺がとってきたクエストは「組織のデータを盗み出せ!」という名前のクエストだ。


これはその名の通り、組織のアジトに潜入し、データの入ったチップを盗み出すことが目的である。そしてそのアジトというのが、この倉庫街の一角にある第八番倉庫なのである。


アジトと言っても、組織の中では末端も末端な連中が使っている場所だという設定らしく、難易度自体は低い方だったので俺はこれを選ぶに至った。


「さてキリナちゃん。武器の使い方は完璧かな?」

「あ、はい! 完璧です!」


 リンハイの問にキリナちゃんは武器を構えてから答えてみせた。


 キリナちゃんが手に持っているものは、突撃銃……“アサルトライフル”と呼ばれる、銃種の中でも最も基本的なもので、かつ扱いやすいものだった。

 装弾数が三十発あり、ブレが少なくあてやすい。初心者のキリナちゃんにとって最適な武器の一つだと俺とリンハイは結論付けた。


「よし! アキ君は準備おっけーかな?」

「弁当持参済み。リンハイは?」

「おやつも用意した」


 俺とリンハイのいつもの軽口合戦に、キリナちゃんは首をかしげる。


「え、お弁当とかおやつとかあるんですか?」


 そんな素直なキリナちゃんに、俺とリンハイは急いでフォローの言葉を入れた。


「いやジョークジョーク」

「ほんとキリナちゃんは純粋だ。尊い」


 さて、と雑談に一区切りつけてリンハイが咳払いをする。


「キリナちゃんは基本的に後ろの方から銃で援護して。フレンドリーファイアあるけど、気にしないでいいから。好きなだけ撃っちゃって」


 フレンドリーファイアとは、味方の攻撃が味方にあたる設定のことを言う。このゲームでは、基本的に攻撃はすべて誰にでもあたる。なので、本来は味方に当てないように注意を払う必要があるのだ。


 しかしキリナちゃんの弾丸なら背中から受けても悔いはない。むしろご褒美ともいえる。


「き、気を付けて撃ちます!」


 少しキリナちゃんの緊張の色が増す。

 俺はそれを少しでもほぐしてあげようと言葉をかけることにした。


「大丈夫。あのリンハイって人、背後からの銃弾くらい避けるから」

「ど、どういうことですか……?」

「遠慮なく撃っていいってことだよ。安心して、気楽にいこう」


 俺がかけることが出来る最大限の励ましの言葉をかけた、つもりだ。うまいこと励ませているかは定かではないが。


「あと攻撃には極力当たらないようにね。三発受けたら死ぬから」

「え? 三発で、ですか?」


 俺もリンハイもうなずく。

 このゲームは高難易度だ、ということは再三キリナちゃんにも言ったのだが、じゃあどう高難易度なのか?と聞かれると、一つはダメージ量が多いという所だ。


 このゲームはレベル関係なく、使っている武器によってダメージ量が決まる。例えば敵がレベル1であろうがレベル100であろうが、使っている武器が一撃でプレイヤーを倒す威力の武器であり、かつ命中さえすれば、問答無用で即死する。


 それに加えてこのゲームの武器威力は基本的に高い。

大抵の場合は三発も銃弾を食らえば死に至る。


 これに対応するには、移動速度を犠牲にしてダメージを減衰するアーマー値というステータスを上げまくるか、隠密状態で目的を遂行するか、攻撃をすべて避けるかの三択をとる必要がある。


 俺とリンハイはほとんどのクエストを隠密状態で遂行している。それが一番経済的にもリスク的にも安くてすむからだ。


 だが初心者にそれを強要するのは酷だ。隠密行動は、事前情報とゲームへの理解度、そして時には思い切って行動する大胆さが求められる。まだゲームを理解していないプレイヤーにこれらを求めるのは、さすがに無理がある。


「だから、できる限り壁に隠れつつ相手が撃ってこないときに顔を出して撃つ。っていう感じでやってほしいんだ」


 これが一番死にづらく、そして銃撃戦をやっているという雰囲気を感じ取れる策なのだ。もっとも、かなり地味ではある。しかし即座に死亡してなにも体験できないよりはよっぽどいいはずだ。


「わかりました! やってみます!」


 キリナちゃんの元気な返事に、ほっこりする。リンハイもうんうんとうなずいている。


「よし、じゃあまずは倉庫の入口にいる奴らを始末します」


 リンハイが引率の先生のようにキリナちゃんに言った。


 第八番倉庫の正面には、二つの左右にスライドする巨大なハンガードアが設置されている。その前に、武器をこれ見よがしに見せびらかしている男が計四人立っていた。

 アジトの見張り番であるその四人は、時折あくびをしたり左手首を確認したりと暇そうにしている。


「あいつらもアサルトライフルだね」


 リンハイが的確に敵の所持武器を報告してくれたので、俺は即座に計画を口にした。


「俺は右をやる。リンハイは左を頼む」

「じゃあキリナちゃんは私の援護よろしく」

「は、はい! がんばります!」


 俺達三人は短く計画のやり取りを終える、と同時に俺は右側の二人へ向かって走り出す。リンハイも同時に飛び出し、左側の二人へ向かって駆けていった。


「んだお前ら!!」


 俺達の猛襲に定型文を返した敵NPCは、銃をこちらに構える。が、その引き金を引く前に俺は腰から取り出したハンドガン“グロック”の引き金を右手で引く。

タンタンタン!と三回リズムよく破裂音が鳴ったあとに、男の一人が倒れる。


「お、お前、やりやがったな!」


 もう一人の男が俺に向かって銃を構え、そして射撃しようとする。

 しかしそれよりも先に、俺の左手に納まったもう一丁のグロックがまた三回リズムよく鳴り響くと、もう一人の男もその場に崩れ去った。


「やるねえアキ君」


 その様子を見ていたのか、リンハイが言った。

 リンハイの方を見ると、左腰に備えてあった刀をすらりと抜き男の一人に迫る。


「く、くるなぁ!」


 叫び、そして銃声。男はリンハイがたどり着く前に射撃することに成功した。しかしリンハイはその弾丸を難なく避けた。


「甘いよっ、と」


 避ける動作から流れるように、リンハイは刀を返し男の腕を落とす。悲鳴をあげる男に、さらに追撃の袈裟斬りをお見舞いした。

 相変わらずとんでもなく美しい手腕である。人間離れしているといってもいい。


「キリナちゃん! もう一方頼んだよ!」


 リンハイはそう叫ぶと、最後に残された男の方を向く。

 男は恐れおののきながらも、しっかりと銃口をリンハイへ向けている。その忠誠心というか組織愛はNPCながら尊敬に値する。


「は、はい!」


 しかしそのNPCも、飛んできた大量の銃弾によって射抜かれた。

 撃ったのはキリナちゃんだ。少し離れた位置からしっかりと構えの姿勢を取り、引き金をゆっくりと引き、確実に射撃している姿が見て取れた。


 キリナちゃんの弾丸によってダメージを負ったNPCは、何もいうことなくそのまま倒れ、そして粒子になって消えていった。


「ナイスキリナちゃん!」

「完璧だね!」


 俺とリンハイの激励の言葉に、キリナちゃんは照れたように自分の頭を撫でた。仕草がとにかくかわいい。俺はすでに昇天しかけていた。


 しかし驚くべきはその可愛さというより、キリナちゃんの適応能力である。ついさっき渡されたばかりの銃で敵を倒せるとは……、リンハイの言を借りるわけではないが、本当に才能があるのではなかろうか。


「アキ君。いま心の中でべた褒めしてるでしょ。キリナちゃんのこと」

「してるしてる。大絶賛した」

「だろうね~。実際上手いね。才能あるよ」


 周りの様子を見て安全を確認できたのか、キリナちゃんが俺とリンハイのもとに駆け寄ってくる。


「う、うまくできましたかね!?」


 そういってぴょんぴょん飛び跳ねるキリナちゃんは、ものすごくかわいかった。

 俺はうんうんと、まるで子供を見守る親のような心持でうなずいた。リンハイを見ると、同じように目を細めてうなずいている。


 しかしここであまり癒されている場合ではない。

 クエストはまだ続いているのだ。


「さて、じゃあ本番といきますか」

「キリナちゃん。ここからは敵も多くなるから、気を付けてね」

「は、はい!」


 俺達三人はお互いうなずきあって、ハンガードアをスライドさせ倉庫の入口を開いたのだった。

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