第6話 推しとパーティーを組む日

 俺こと三上晃が世界で一番推していて尊敬しているバーチャルアイドルは、キリナちゃんである。彼女は持ち前の明るさと前向きさ、そしてひたむきな活動スタイルで俺達の心に光と勇気をもたらしてくれているのだ。


 俺の夢であり目標は、そんなキリナちゃんとVR世界で会い「とある想い」を伝えること。


そんな俺の目標を叶えるチャンスが、こんな形で目の前に現れるとは思いもよらなかった。


「本当にキリナちゃんだ……いや、ですよね?」

「えぇ~。やっぱりアバターいじっててもバレちゃうかぁ……」


 困った様子でキリナちゃんは腕を組む。

アバターをいじったと本人は言っているが、顔のパーツも髪色も背丈や体系も配信時の姿と変わっていない。せいぜい帽子を深々とかぶっている程度の違いでしかなかった。


気づくのが少し遅れてしまった自分を咎めたいレベルで、誰からみても一目瞭然である。むしろ、なぜ周りのPLは気づいていないのか疑問で仕方がない。


「え、でもまだ配信でゲームやってなかったですよ……ね?」


 俺はこの一週間、ゲームの世界にこもりきりだったが、それはそれとしてキリナちゃんの動向は常に追っていた。そんな中で、クライムシティオンラインを実況したという情報も動画も出ていなかった。俺が見落とすわけがない。


「うん。実は明日から実況しようかなって思っててね!それの下見なんです。初見だとグダグダしちゃうかもって思って!」


 キリナちゃんは明るくそう答えた、なんとかわいい事か。俺は今日この日ほど生まれてきたことを感謝した日はない。


 しかしなるほど、配信者は視聴者を楽しませるために事前に下見をするのか。俺は今すぐ合唱して拝み倒したい気分にすらなった。ファンに対して誠実すぎる。


 ……だめだ、あまりの可愛さに限界化してしまう。リンハイもまだ待っているのだから、勤めて冷静にどうするかを考えねばいけない。

 いや、そもそもそれ以前に俺の想いを伝えるチャンスである。このチャンスを無下にしてしまえば、次はいつになるかわからない。今しかないのだ。


 たった一言、いつも配信してくれてありがとうと言うだけなのだ。こんなに簡単なことはない。俺は決意を固める。

 だが。


「でもこのゲーム難しいですね。チュートリアルとかないんだもん」


 俺の口から言葉が出る前に、キリナちゃんが話し始めてしまった。反射的にその話にのっかってしまう。


「そ、そうですよね! わかりづらいですよね! このゲーム!」


 俺は完全に言うタイミングを逃した。


 ……いやそうじゃない。

そもそも、目の前で推しが困っているのに自分の都合を優先させていい道理がない。

キリナちゃんはこのゲームをどうプレイすればいいのかわからず、今まさに困っているのだ。


まずは推しの問題を解決し、それから俺の想いを伝えるべきだ。今はその時ではない。自分の想いを押し付けていいわけがないのだ。


 先に、キリナちゃんが明日の配信を成功できるよう、精一杯手伝おう。それがうまくいってから想いを伝えよう。

 俺は自分に強く言い聞かせた。


「じゃ、じゃあ、もしよければ俺と……相棒が教えましょうか! 俺達もあんまりくわしくないですけど……」


 リンハイには全く許可をとっていないが、アイツならきっとうなずいてくれるだろう。


「本当ですか!? めちゃくちゃ心強いです! ……あ、でも今日私が来たってことは内密にしておいてくださいね」


 キリナちゃんが口元に人差し指を当てて秘密ですとぼそりとつぶやいた。可愛すぎて、あやうく意識が飛ぶところだった。

 俺は急いでとりつくろい、答える。


「は、はい!もちろん内密です!記憶消します!」


 こんなしょうもない返答にも、くすくすと笑ってくれるキリナちゃんを見て、俺の心は浄化されていく。どうやら限界化は止まってくれそうになかった。



 そんなキリナちゃんを連れて、俺はリンハイの待つテーブルへと戻ってきた。

 リンハイはさっき完飲完食したはずなのに、また酒を頼んでいた。ごくごくと飲みながらあたりを見回している。


「あ! アキ君遅いんだけど!」


 そんなリンハイは俺の姿に気づいたようで手を振ってきた。俺もそれに手を振り返して、テーブルへとたどり着いた。

 ……すると、リンハイの視線が怪訝なものに変わった。テーブルにそっと酒の杯を置く。キリナちゃんに気づいたのだろうか。


「アキ君……」


 リンハイは腕を組んで目をつむった。


「少女誘拐はまずくね?」

「してねえよ!」


 俺の返しにリンハイはギャハハ!と笑って見せた。全くもってキリナちゃんとは真逆の性質をもった人間であるなと俺は肩をすくめた。


「で、そっちの子はどうしたの? プレイヤーみたいだけど」


 ひとしきり笑ったあとリンハイは笑顔を崩さずそう聞いてくる。俺が何か言おうとする前に、キリナちゃんがその問に答えを返した。


「はじめまして! キリナと申します! よろしくお願いします!」


 そういいながらキリナちゃんが深々と頭を下げる。尊い。

 だが、自身が配信者であることは内緒だと言っていたのに、堂々と名乗りを上げてしまうところは天然というかなんというか……。

 しかしリンハイはとくに気にしたようすもなく、右手を差し出しながら挨拶をし返す。


「私リンハイっていうんだ。よろしくね~キリちゃん! ……お?」


 リンハイはそこまで聞くと首を傾げた。しばらく悩んだ末、俺の方をちらりと見やる。


「はい。俺の推しの」

「あぁ~。え、マジ? この子が?」


 リンハイと出会って数日後くらいに、俺はキリナちゃんの布教を試みたことがある。

 酒の席で酔っていたのもあるが、俺はキリナちゃんのよさをリンハイに熱弁した。対するリンハイは配信者をあまり見ないからよくわからない、といった態度ではあったが、それから動画を視聴までしてくれたようだった。


 今でも押しつけがましい布教だったと反省はしているが、リンハイ事態はそれを全く気にしている様子もなかったので安心した……という経緯がある。


 なのでリンハイもキリナちゃんのことは少し知っているという状態だった。少なくとも、俺の推しであることは理解してくれている。


 さらに付け加えるなら、俺がこのゲームを始めたきっかけでありキリナちゃんに「想いを伝えたい」という夢を持っていることもリンハイは知っている。


「えへへ、はい。このことは内密にしていただけるとありがたいです」


 キリナちゃんが照れくさそうにそう言った。


「配信前の下見らしくてさ、いろいろ教えてあげたいんだよ」

「はえぇ~。配信者って下準備とかすんだね。すごい熱心だ」


 リンハイはジョッキに入った最後の酒を飲み干すと、キリナちゃんに向かって手を改めて差し出した。


「おっけーまかせて。そういうことなら力になるよ」


 こういう時、寛容で根はやさしいリンハイが相棒でよかったとつくづく実感する。ありがとうリンハイ。後で何かおごってやろう。


「はい! お願いします!」


 リンハイの手をキリナちゃんが掴み、握手が成立する。手を離したリンハイは満面の笑みで、俺にこっそりと言った。


「ね、ね、アキ君。私有名人とさ、握手しちゃったよ!」

「一生、手洗えないな」


 はしゃぎまわるリンハイを見て、俺はもう一度リンハイと出会えてよかったなと思ったのだった。



一通り挨拶を終えた俺達は、あらためてテーブルについた。

ウェイターに食事と飲み物を注文する。リンハイと俺はまた酒を頼み、キリナちゃんはオレンジ・ジュースを頼んだ。


「さて、じゃあプランを決めようか」


 リンハイが両の手をパン!と合わせて議題を口にした。


「お、お願いします!」


 キリナちゃんがちょっと緊張した面持ちでそう言った。


「やっぱり最初は武器、防具、スキルじゃないか?」


 俺が無難な発言をする。


「それもいいけどさ、このゲームで楽しいところは敵をぶっ倒すところだぜ。装備貸してあげるから、バトル系のクエストいったほうがよくない?」


 リンハイが無茶な発言をする。


「できれば、視聴者さんが喜んでくれそうなコンテンツを触りたいんですが……」


 キリナちゃんが思いやりの塊のような発言をする。


「じゃあやっぱ血みどろパーティーじゃん? 派手よ?」

「この高難度のゲームで最初から戦闘はキツいだろさすがに」

「アキ君が守ればよくね?」

「いやリンハイも一緒に守ってくれよ」

「私護衛ミッション苦手なんよ」


 二人して平行線上の話を続ける。リンハイとの話し合いはいつもこういった感じだ。

 そんな俺とリンハイの話し合いに、キリナちゃんが差し込んだ。


「あ、あの! 私、戦闘やってみたいです!」


 一瞬場が鎮まる。場といっても、俺とリンハイの二人だけだが。

 しばらくして心配する俺とは対照的に、リンハイがキリナちゃんに思いっきり抱きついた。


「んー! よく言った! それでこそ私の子!」


 突然抱き着かれたキリナちゃんがあわわと慌てるが、しばらくすると落ち着いたようでリンハイの胸の中でリラックスしている。


「キリナちゃん。このゲームは難易度がかなり高いんだよ。だから最初から戦闘は……」


 俺がそう言うと、リンハイがさえぎる。


「やってみないとわからないよ! キリナちゃんがものすごい天才かもしれないじゃん!」

「誰も彼もがお前と同じだとおもうなよ」


 リンハイはそういう意味では、まさしく天才と呼ぶのにふさわしい実力を持つ。俺という初心者がこの短期間でトップランカー付近まで来られたのも、ほとんどがその恩恵といっても差し支えない。


 実際リンハイの動きについていこうとすると、並大抵の気合では足りない。俺も合わせられるようになるまで、何度も何度も失敗した。


 そんな高水準レベルの天才が言う「やってみないとわからない」という言葉は、全く信頼できない。万が一キリナちゃんに無茶苦茶な動きを要求してしまい、トラウマになってしまったら、二度とこのゲームを配信してくれないかもしれない。


 だがそんな俺の心配をよそに、キリナちゃんの決意は固いようであった。


「いえ、戦闘が華のゲーム。戦闘を先に触っておきます!」


 そこまでしっかりと意思表示をされてしまえば、俺としても止める理由はもうない。心配ではあるが、その分俺とリンハイでサポートすればいいのだ……そう自分に言い聞かせた。


「よし! じゃあ装備貸したげるから、さっそくクエストいこう! アキ君、なんか見繕って受注してきて!」

「お願いします! アキさん!」


 リンハイとキリナちゃんにそうお願いされては仕方がない。しかもどさくさに紛れて、推しに名前を呼ばれてしまった。俺はニヤつく顔を隠すように、うなずいて席を立った。


「比較的簡単なやつ取ってくるよ。リンハイ、俺がいない間に変な事キリナちゃんに吹き込まないように!」


 去り際にくぎを刺す俺に、リンハイはケラケラとサディスティックな笑みを浮かべて言った。


「わかってるよ。決してアキ君の酒癖が悪い話はしません!」

「お前この野郎あとで覚えとけよ」


 そういって俺はクエストを取りに行ったのだった。

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