第5話 推しと会った日

 小さな電球ほどしか明りのない薄暗い室内で、その取引は行われていた。

 ゴゥンゴゥンという巨大な換気扇が動く騒音があたりに満ちているが、そんな中でも二人の男は平然と会話をしていた。

 片方はスキンヘッドの男で、机の上にアタッシュケースを置いた。それをもう一方のスーツを着た男が受け取った。


「確かに。いつも助かります」

「礼はいいから報酬だ。こっちもビジネスでやってんだからな」


 スキンヘッドの男がぶっきらぼうにそう言うと、スーツの男は床に置かれた別のケースを持ち上げ机の上に置き中身を開いて見せた。


「確かに」


 スキンヘッド男の顔がにやけた。よほどの大金がはいっていたのか、そのにやけ面のまま大事そうにケースを手繰り寄せる。


 完璧な取引だ。誰にも見つからず物を交換することができた。そうスキンヘッドの男は思っているのだろうか。


 だがその思惑は間違いだ。


「そこまでだ!!」


 大きく威圧するような叫び声と同時に、俺が室内の照明をすべてつける。


「誰だ!?」


 スキンヘッドの男が叫び、視線を向ける。その先には、光に照らされて決めポーズをとりつつ、サディスティックな笑みを浮かべるリンハイがいた。


 黒いパンツスーツを身にまとい、肩に赤色の鍔なし刀を背負った彼女はスキンヘッド男とスーツ男に向かって刀を抜き放ち、突きつける。


「あ? 女?」


 スーツ男は侮った様子だ。最悪の想定である警察部隊ではなく、素性もわからない謎の女一人が啖呵をきって登場しただけにすぎなかったからだろう。


「無事に帰れると思うなよ。たった一人、しかも女くらいワケないんだぜ」


 スキンヘッド男とスーツ男は息巻いて、懐からそれぞれ銃を取り出す。リンハイが一人でここに来たのだと判断したのだろう、えらく高圧的だ。

 その高圧的態度に、俺が冷水を刺す。


「それ以上動くな」


 俺はリンハイに気を取られている二人の背後にそろりと近づき、銃口を後頭部に押し付けた。左手には巨漢男から奪った銃「グロック」そして右手にはしぶしぶ購入したもう一丁の「グロック」だ。


「完璧じゃんアキ君」

「リンハイがよく目立つからな」


 状況を察したのか、スキンヘッド男とスーツ男は銃を床に置き両手を挙げた。

 戦うまでもなく俺とリンハイはクエスト『組織の取引を阻止しろ』をクリアしたのである。


*


 リンハイと出会った日からもう一週間が立っていた。

 あれから俺とリンハイは狂ったようにこのゲームをプレイした。クエストを受けまくりそこからもらった報酬で身なりを整え、さらに難しいクエストを受けまくった。


 結果、俺達二人は初日から始めたプレイヤー達の中でも結構な上位プレイヤーに名を連ねることに成功したのだった。


「はいカンパーイ!」

「乾杯」


 リンハイが酒の入ったジョッキを俺のジョッキに勢いよくぶつける。

 俺とリンハイはクエストが成功すると、こうして飲み屋に来て酒を飲むことにしてる。この世界はゲームだが、VRゲームの技術というものはすごいもので、酒を飲めば酔えるし出てくるツマミはしっかり塩辛いのだ。


「ん-このジャンキーな感じ最高。これでリアルでは肌荒れしないんだから完璧じゃんね」


 リンハイは身体に悪そうなツマミと酒をものすごい速度で飲み食いしている。


「太らないしな。VRダイエットとかはやるんじゃないか?」

「そうだね~、健康的に痩せられていいねえ」

「本当に健康的か……?」

 

 どう考えても健康的じゃないダイエット方法に突っ込みを入れながら、俺も目の前に出された焼き鳥をほおばる。

 ゲーム内で稼いだ通貨でこうして「食」という娯楽を楽しめるのだから、これだけでも価値のあるゲームだと俺は思う。


「そういえばスキル何伸ばしたの?」


 肉まんを口にほおばりながらリンハイが俺に聞いてくる。


「二丁拳銃(トゥーハンド)を取ったよ。成り行きだけど」

「いいじゃんめちゃくちゃイケてる」


 俺はあれから【射撃】スキルの他に【二丁拳銃】スキルと【精密射撃】【回避上昇】【交渉人】などのスキルを取得した。

 元々【射撃】スキルをとっていた上に、成り行きで銃を二丁持つことになったのでこのスキルをとることにしたのだ。


 通常二丁拳銃はそれぞれの命中精度と威力が減衰する仕様だが、この【二丁拳銃】スキルと【精密射撃】スキルをとることでそのデメリットをほぼ消すことができている……はずだ。


 一方の【交渉人】スキルは、クエストの受注やアイテムなどの購入の際にNPCに対して価格交渉を行うことが出来るスキルのようだ。


最初はリンハイがクエストの受注を担当していたのだが、時間制限のあるクエストを受けたのにすっかり忘れていて失敗になった事件があってからは、俺が代わりにやることにしている。


「リンハイは相変わらず接近系?」

「うん。あと【鎧通し】もとった」

「なんだそれ」

「さぁ? アーマー貫通でもするんじゃない?」


 リンハイは自分のスキルについての認識も、このレベルでずさんだ。

 何せ文章を読まない。感覚で動く。

 しかしそれがまたタチの悪い所で、感覚で動いて結局うまいことやってしまうのだ。実際リンハイの直感的な行動で、俺は何度も助けられている。そういった成功体験ばかりが積み重なるので、いつまでたってもリンハイは直感で動き、文章を読まない。

 その分、直感以外の部分は俺が担当しているというわけだ。


 俺とリンハイはこの一週間で、結構いい相棒になったのだと思う。

 俺に足りないものをリンハイは持っているし、リンハイに足りないものを俺が提供……できているかは定かではないが、まぁうまくいっていると思う。


 そうこうしているうちに、俺とリンハイの前にあった飲食物はすっかりからになっていた。それを見てリンハイは、満足そうに背もたれに背中を預けながら言った。


「さて、とじゃあ次のクエストでもやりまっかー」


 この世界のいいところはこれだけ飲み食いしてアルコールで酔ったとしても、アイテムを使用すればすぐに酔いと身体の重さが消えるところだ。


 こうやってクエストが終わって飲み食いをした後、アイテムを使用してすぐ次のクエストに赴く。これが結構幸せを感じる。


「そうだな。ちょっと見てくるよ」


 俺はリンハイに一言言うと、クエストの手続きをするためのカウンターへと向かった。


「さてと……効率よさそうなやつは……」


 クエストカウンターに近づくと、大量のウィンドウが目の前に表示される。

 そこには、これまた大量のクエストとその詳細情報が表示される。最初に見た時は目を回しそうになったくらいだ。


しかしそれだけ多ければ、効率よく経験値と通貨を稼げるクエストと、そうじゃないクエストが存在することになる。俺の仕事の一つは、この膨大なデータの中から効率のいいクエストを探すこと。そして【交渉人】スキルを使って報酬を釣り上げることだった。


「一瞬で終わって報酬がいい奴……護衛系は面倒くさそうだしな……」


 リンハイの性格上、敵をばったばったなぎ倒し、ガンガン攻撃するほうが好きらしい。逆に、誰かを護衛するといった「繊細な」クエストはどうも苦手なのだそうだ。一度護衛クエストで、護衛対象ごと斬りそうになった事があったほどだ。


「じゃあこれかな」


 俺がクエスト一覧から選び取ったのは「犯罪組織アリゲイターの拠点襲撃」という物だ。

 犯罪組織アリゲイターはこのゲーム中に登場する敵対NPCであり、危険物の密輸や、恫喝、詐欺などをやらかしているという設定の集団だ。これだけやらかしている設定なので、全く気兼ねなく倒せる相手として人気の組織だ。


 俺がそのクエストを選択しようとウィンドウに手を伸ばす。


……と、俺の真横で小さな子がうろうろしているのが目についた。


 深々とかぶった帽子からはみ出た青色の髪は、このゲームに似つかわしくない明るさだ。背丈も小さく、小動物を思わせるそのいでたちは、どちらかというとアイドルゲームとかに出てきそうな容姿である。


 そんな子がクエストカウンターの前でおろおろしているのだ。


 多分クエストの受注システムが理解できていないのだろう。俺とリンハイも最初にクエストを受けるときは苦労した。まずクエストウィンドウの表示の仕方がわからないし、よしんば表示できても、この膨大な量のクエストから自分に合ったクエストを選び取るのは気が滅入る。


「えっと……んん……? こう……?」


 帽子の少女はそんなつぶやきをしながら時折飛び跳ねたり回ってみたりしている。

俺はあたりを見渡してみるが、皆クエスト選択に夢中なようで少女が困っていることに気づいていないようだ。この初心者少女をすぐに手助けできるのは、どうやら俺だけだ。


「……。はぁ」


 仕方がないので、助けることにした。

放っておくのはあまりにもかわいそうだし、一緒に悩んだり教えてくれたりする仲間がいない心細さは、社畜時代に経験していたから、気持ちはよくわかる。


「えーっと、どうされました? 何かわからないことがあったら教えますよ」


 俺はそう言って帽子の少女に話しかけた。できる限り紳士然とした態度をとってみたが、不審な人物だと思われていたらどうしよう。

 しかしその考えは杞憂だったようで、少女はこちらを向き、そして困った顔でうなずいた。か細い声で何か言っていた気もするが、聞き取れなかった。

 俺は少女に向かい合って、ウィンドウを開く。


「多分クエストのことかな。受注方法はここをタップして……」


 実際に実演してみせつつ、俺は少女に教え始めた。


「ん???」


 と、俺はそこで動きが止まる。


 今さっき頷いた女の子。この帽子の女の子に、俺は強烈な既視感を抱いていることに気が付いた。あらためて少女の顔をガンと見つめる。

 困った様子の少女。


「えっと……?」


 俺はだらだらと汗が流れるのを感じた。

 その姿、顔、そして声。

 記憶の中のとある女性と完全に一致する。

この子は間違いなく……。


「キリナ……ちゃん……?」

「え? わ、なんでばれたんですか!?」


 間違いなく、俺の最推しバーチャルアイドル、キリナちゃんだった。

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