第4話 相棒が出来た日
大立ち回りを終えた俺達は、薄暗い路地裏から表通りに出ていた。さきほどPLが一人DEADしたというのに、NPC達の反応は全く変わらないようだ。ゲームによっては街中でPVP行為を行うと、警備隊がすっとんできて攻撃してくる……なんてこともあるため、少し心配していたが杞憂だったようだ。
「私、リンハイっていうんだ。よろしくアキ君」
そういって手を差し伸べてきたのは、先ほど巨漢にとどめを刺した女性だ。
よく笑う可愛らしい笑顔に、黒と赤のグラデーションカラーをした長髪が特徴的な彼女は、自分のことをリンハイと名乗った。
対する俺もこの世界で決めたハンドルネームである「アキ」を名乗ると、こうして握手を求められたのである。
「あ、ああ。よろしく」
俺は差し出された手を握ると、ぶんぶんと上下に振り回された。その圧に屈してされるがままになってしまう。
「さっきは助かったよ。さすがに私一人じゃヤバかったかも」
「本当か……? 一人でなんとかしそうな雰囲気だったけど……」
「そんなことないって、マジで助かったよ」
リンハイはケラケラと笑った。
なんだかからかわれている気がするが、気にしてもしかたがないと思ったのでこれ以上この話題に触れるのはやめにした。
さて、当初の目的を思い出す。
俺はこの女性、リンハイに対して「武器屋の場所について聞く」あるいは「仲間になってくださいとお願いする」のどちらかの行動をとろうと思っていた。なんやかんやあったが、最も重要な所である。
ただ怪我の功名と言うべきか、武器に関してはさっきのPK男が持っていた銃を拾うことができた。所持していたプレイヤーがDEADしたとしても、奪ったアイテムはそのまま残るようだ。
能力値を確認してみると『初心者が扱う最初の武器』と書かれているだけあって、あまり強くない物なのだろう。しかしひとまず丸腰ではなくなったので、武器屋を急いで探す必要性はなくなった。
だがいくら武器を持っていても、複数人に狙われた場合対処できない可能性があるということに、先ほどの戦いで気づかされた。
PK男は俺たちに対して、武器という大きなアドバンテージを持っていたが、人数差を覆すことはできなかった。相手も初心者だったから下手を打った可能性も高いが、少なくともこのゲームに関して人数差は大事な要素なのだ。
つまり、俺がこれからこのゲームを安心安全に学んでいくのに必要なものは、仲間なのだ。
俺はそこまで考えると、意を決してリンハイを仲間に誘うことにした。
大きく息を吸い込み、吐く。緊張を少しでもほぐす。
「……えっと、提案なんだが」
しばらく二人で行動しよう、そう言い切る前にリンハイが言葉でさえぎった。
「ねぇ、私達パーティー組まない?」
先に言葉を奪われてしまったので、一瞬反応が遅れてしまった。が、願ってもない申し出に俺は急いで言葉を返す。
「え、お、おう。うん。組もう」
そう答えると、目の前に『パーティーに参加しますか?』と『フレンドに追加しますか?』という文字が浮かび上がり選択肢が表示される。俺はそのどちらにも『はい』で答えた。
「ありがと! いやぁ、人数差があると負けそうだねこのゲーム」
どうやら、リンハイも同じようなことを考えていたらしい。
しかし、誘ってくれるのは人見知りの俺にとって願ったり叶ったりなのだが、先手を常にとられている気がしてどうも立つ瀬がない。主導権を握られているというか、陽キャの波動を感じとってしまう。
俺がそんなもやもやとした胸の内を隠していると、リンハイの話が始まった。
「ひとまずさ、武器とか服とか買いに行かない?」
そういいながらリンハイはタンクトップを伸ばして見せる。その下の肌色がちらちらと露わになるのが気になってしかたないから、やめてほしくないがやめてほしい。
「そうだな……っていうかこの銃、さらっと貰っちゃったけどいいのか?」
すっかり自分の物だと思い込んでしてしまっていた、PK男から奪った銃をリンハイに見せる。よく考えたら最初に手にしたのはリンハイなので、俺のものではない気がする。
だがリンハイは首を縦に振った。
「接近系のスキル重視でいくからあげるよ」
リンハイはなんの気もなしにさらりとそう言って見せた。さすがにそのままもらうのは忍びないし、躊躇したのだが、ここで遠慮するのも相手に失礼かと思い言葉を飲み込んだ。
「まじか、ありがとう。助かる」
代わりにリンハイが何か武器を買うときに追加で資金を出そうと俺は思った。
一連のやり取りが終わった後、俺たちは街を散策した。
飲み屋やいかがわしい店などを通り抜け、なんとなく気まずい雰囲気で俺たちは進んでいった。……いや、気まずいと思っているのはどうやら俺だけのようでリンハイは常に目を輝かせてにこにこしていた。
俺の人見知りスキルが発動して会話は全くといっていいほど弾まなかったが、リンハイはそれに対して不快そうな雰囲気を一つも出さなかった。過度に気を使って話題を振らなくてもよさそうなので、俺はほっと胸をなでおろす。初対面の女性と共有できる話題なんて一つもない。
「そういえばさ、なんで助けに来てくれたの?」
リンハイが俺にそう聞いてきた。特に思惑がありそうな感じではなく、なんとなく質問したといった風だった。
「いや、俺の尊敬している人なら絶対助けるだろうなって思ったんだよ」
「へぇ、ゲームの世界なのに律儀だねぇ。真面目って言われない?」
「頭が硬いとはよく言われたよ」
会社員時代どころか、高校、中学の頃からあまりよくない意味でそう言われていたのを思い出す。すこし辟易する。
「あはは、そうっぽい」
しかしこちらに全く忖度せずに話しかけてくるリンハイに、俺は不思議と居心地の良さを感じていた。ここで俺が変に気を遣えば、そっちのほうが空気を壊しそうな雰囲気すらあった。
「そういうリンハイは楽天家とか言われない?」
「お、言うねえ。大当たり」
リンハイはケラケラとまた笑った。
よかった。これくらいのジョークだと気を悪くしないようだ。勇気を出して軽口をたたいてみたかいがあった。
そんな会話を続けていると、ようやく武器屋らしき施設を発見した。
入口の横にショーウィンドウがあり、銃やらナイフやらが展示されているのでまず間違いないはずだ。
「こんなところにあったのか……」
「わかりづらいところにあったねえ」
俺がそう言うとリンハイもうなずいた。
実際いくつもの路地を経由し、時間をかけて散策しなければ見つからないような位置にあった。実に初心者に優しくない設計である。
店内に入ると、様々な武器がガラスケースの中に納まっていた。
俺がさっき巨漢から奪った銃と同じものもあったし、西部劇のガンマンが持ってそうな銃、所謂ロケットランチャーと呼ばれる武器、軍人が持ってそうなライフルなどが展示してある。
「いらっしゃい。ガンズキャットにようこそ」
店内の一角から重低音の声が響いた。
どうやらこの店の店主のようで、格子状の金網の向こうでくつろいでいる。こちらに一瞥もせずにモニターを見つめ続けているようで、接客態度は星一つだ。
そんな様子を見てか、リンハイが店主にかけよった。
「おじさん! 剣ある?」
この世界は銃がある近未来的な世界観のようだから、剣なんてないだろう……と俺が思っていると、店主がうなずき答えた。
「刀とナイフならあるよ」
「あるんだぁ!!!」
リンハイの喜びの声と同時に、目の前に差し出されたのは赤色の刀身を持った刀だった。
「へぇ、綺麗だな……」
俺も店主とリンハイのほうに近寄ると、それに気づいたリンハイが刀を手に持って俺にも見せてくれた。
「へぇ、鍔なしなんだ」
リンハイが刀を回しながらそう呟いた。
「鍔なし?」
「うん。刀って普通は、この持ち手の部分と刃の部分の間に丸い変なのがついてるでしょ」
なるほどそういえば刀には、持ち手の部分の少し上に丸い金属製の物がついていた気がする。一体何に使われているのか俺にはわからないが、刀といえばアレがあるというイメージだった。
「鍔がないと何かいいことがあるのか?」
「んー、仕込む時は便利なのかも」
そういえば時代劇に出てくる忍者で、鍔がない刀を持っていた奴がいた気がする。あれは隠しやすくするためだったのだろうか。
「そう。鍔があるとかさばるだろ」
俺とリンハイの話を聞いて店主が口を出した。
「で、買うのか?買わねえのか?」
目を輝かせながらいまだ刀を手ばなさないリンハイと、そのうんちくを聞く俺にしびれを切らしたのか店主が不機嫌そうに言った。
「買う買う! いくら!?」
リンハイがそう言うと店主がタブレット端末をこちらにちらりと見せた。そこに書かれた値段は……初期にもらえる金額を少し上回っていた。
それを見たリンハイは、俺の方に悲しい視線を投げかけてくる。
「アキ君、これぇ……」
俺を見るその目はうるうると涙をためていた。その目に耐えきれなくなったわけではないが、足りない分を出すことにした。奪った銃をもらった恩もある。
「銃貰ったし、ほら」
そういって通貨をリンハイに渡すと、さっきまでの顔が一気に明るいものへと変わった。
「ありがとうアキ君!!」
いますぐ飛び跳ねそうな勢いでリンハイは俺の通貨とリンハイの持っていた通貨を店主に差し出し、刀を譲り受けた。
「やったぁ! 刀だぁ! 見てこの綺麗な色! 私この子と添い遂げるよ!!」
ものすごくうれしそうに喜んでくれるので、俺も顔が緩む。こういう時に人一倍喜んでくれると、手助けしてよかったなという気持ちにさせてくれる。世の恋人達がプレゼントを渡しあう理由が、少しわかった気がする。
「で、あんたは?」
そんなことを考えていると店主が俺にも視線を送ってきた。その圧は「早く買って早く帰れ」と言わんばかりだった。
「い、いや、えっと……」
手持ちも少ない中で、できれば節約したいと考えていた俺は必死に言葉を濁す。だがその視線と圧が俺から離れることはなく……結局屈し、ひとまず手前に置かれていた銃を指さすことになった。
「そのグロックやってやつください……」
「まいど」
笑みを含んだような声に、俺はため息をついた。リンハイはとなりで未だに刀を見つめてニコニコとしている。
「これからよろしくね、アキ君!」
その笑顔に、まぁいいかという気持ちになる。
「よろしく、リンハイ」
そしてこの日を境に、俺とリンハイはこのゲームにどっぷりとハマって行くことになる。
次に事がおこったのは、それから一週間後だった。
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