第3話 PKを伸した日

 俺は途方に暮れていた。

 先ほどNPCの圧倒的な強さを目にした俺は、せめて武器を手に入れたいと考え街をさまよったのだが武器屋がどこにも見当たらない。


 というかそもそもこのゲームには順序だったチュートリアルというものが存在しないようで、何をどうすればレベルが上がるのか、どこに行けば武器を買えるのかといった基本的な事すら手探りで調べ上げなければならないようだった。


 今の俺にあるものはというと、さっきNPCに殺されたPLが使った鉄パイプのみである。護身用として念のため拾っておいたのだが「攻撃力50」「近接系のスキルを所持していない場合ダメージが大幅減少します」といった文章が書かれていて、はたしてどこまで役に立つのか不安しかない。


「さっそく心が折れそう」


 高難易度であることは分かったのだが、こういう新規ユーザーに優しくない所は最近のゲームとしてどうなのだろうか。

 もう少しこう、せめて基礎的なことくらいは解説してくれてもいいと思うのだが……。


 その調子でとぼとぼと街を歩いていると、頭上にPLと表示された女性を見かけた。

 長身でスレンダー、俺と同じ初心者用のタンクトップを着ている姿はどことなくエロスを感じてしまう。

後ろでひとくくりにされた長髪は全体的に黒色なのだが、毛先に向かうにつれて徐々に赤みがかっている。グラデーションカラーというやつだった。


 さて、と俺は迷う。


 この調子で街をうろうろしていても、武器屋を見つけられる自信がない。ともすればNPCに絡まれて死ぬ可能性のほうが高いだろう。


 そんな、にっちもさっちもいかないこの状況を打破する為の、多分最も簡単な方法は、目の前の女性PLに質問してみることである。


 もちろん目の前の女性PLが武器屋の事を知らない可能性もある。しかしその場合は、一緒に武器屋を探しませんか?と誘うなり、二人で行動しませんか?と仲間に勧誘するなりの選択肢がとれる。


一人よりも二人いたほうが純粋に情報収集能力もあがるし、NPCに襲われた際の対処も少しはマシになるだろうから、相手にとってもメリットのある提案のはずだ。


 ただこの一連の解決案には一つだけ欠陥があった。あまりにも重大であり、そもそもこの行動をすぐ実行に移せない大きな理由、それは……。


「知らない人に話しかけるの怖い」


 俺が人見知りであることだ。


 もちろんつい最近まで社会人として働いていたので、対人関係が不可能というほどではない。しかしそれは仕事で仕方なく人と話していただけのことであり、そもそも俺は人と話すのが苦手な人種なのである。

 学生時代も社会人になってからも、総じて友人がいなかったという事実が俺の人見知り度合いを裏付ける決定的な証拠となっている。


「ただ、もう、どうしようもないもんな……」


 しかしここでいつまでも二の足を踏んでいるわけにはいかない。

 俺にはキリナちゃんに想いを伝えるという非常に崇高な夢がある。その夢のために、少しでもゲームに慣れる必要がある現状で、俺がとれる選択肢は少ないのだ。


 俺は意を決して、一歩踏み出した。

 踏み出した、のだが。


「あんた初心者?」


 俺が話しかけようとしていた女性PLに向かって、横から突然現れた巨漢が先に声をかけてしまった。俺は一歩、足を下げる。


 よく見るとその巨漢も頭上にPLの文字が浮かんでおり、服装もタンクトップ姿だ。このゲームの初期装備はどうやらこのタンクトップ姿で間違いはないようだが、巨漢のPLには一つだけ俺とは違う点があった。


 腰に革のホルダーを下げているのだ。

 映画で見たことがあるのだが、あれは銃を収納しておくための物だったはずだ。

 つまりあの巨漢の男は、銃を所持している。


 俺がまじまじと観察していると、巨漢のPLは女性PLに、ずいと詰め寄っていた。


「ちょっと裏までいこうぜ。アイテムやるよ」


 そんなセリフを下卑たニヤつきを隠さずに言うものだから、確実に嘘だと俺は勘づいた。


 そういえばこのゲームの公式ホームページに、PVPがあると書かれていた事を思い出した。PVPとはプレイヤーvsプレイヤーの略称で、簡単に言うと対人戦闘だ。つまりこのゲームではほかのプレイヤーを攻撃したり、殺したりする事ができるという意味なのだ。


 そして目の前にいる下品な顔つきの男は、間違いなくそれを狙っている。

 しかも男は銃を所持していて、対して女性のほうは丸腰のようだった。勝敗は火を見るより明らかで、男ももちろんそれを理解して誘っているのだろう。


 さすがの女性もこんな見え透いた嘘に乗るわけがない。手を払いのけて逃げるなり、助けを求めるなりすればいい。

 と、そう思っていたのだが……。


 当の本人は笑顔で男に「いいよ」と言葉を返した。

 嘘だろ。

純粋さにもほどがある。それとも何か策略があって、あえて誘いにのったのだろうか。


「素直な女は好きだぜぇ」


 男はそういうと路地に向かって歩き始める。その後ろを、女性がゆったりとついていった。女性は最後の最後まで楽しそうな顔を崩していないように見えた。


「マジかよ……どうすんだ」


 俺は頭を抱えた。

 目の前で初心者の女性が、一方的に殺されそうな方向に足を進めているという状況なのだ。止めるべきだろうか、それとも無視して探索を続けるべきだろうか。

 もちろんこの世界はゲームで、死亡してもゲームとしてのペナルティはあるものの重大なものではないだろう。しかしそれはそれとして、目の前で初心者が殴られるというのを黙って見過ごすのは、人としてどうなのだろうか。


 しかも周りの人間……NPCはまったく反応を示さない。他にPLがいる気配もない。

つまり、俺が助けに入らなければあの女性は死亡してしまうだろう。


 逃げるか、それとも助けるか。


「……よし」


 俺は鉄パイプを手に持ち直した。

 このままあの女性を見捨てることもできる。PVPがあるゲームなんだから不用心なほうが悪いと言うのは確かに正論である。


 しかしもし、キリナちゃんがここにいたならばこの状況を見過ごすことはしないだろう。


 推しは俺にとっての指針であり、目標であり、尊敬すべき人間でもある。

 ここで見過ごしてしまっては、キリナちゃんに顔向けできない。


 俺は男と女性が消えていった路地を外から覗き見る。

 路地では壁に追い詰められた女性に向かって、男が銃らしきものを構えている姿が見て取れた。まさに危機的状況だった。

 行くしかない。

 すぐさま動かなければ、手遅れになってしまう。

 俺は勇気を振り絞って、それを声に出して駆け出した。


「うぉありゃあ!!」


 自分で発した大声は、いざ飛び出るときの恐怖心を消す役割も果たしてくれていた。


 この世界はゲームだが、VRゲームというのは驚くほどリアルにできている。このリアルな世界において、人に向かって鉄パイプを思いっきり振り下ろすという行為はかなりの勇気が必要だったのだ。誰かを鉄パイプで殴るなんて行為は、人生初なのである。


 俺の声に気づき、巨漢が振り返る。手には銃が握られているが、銃口はまだこちらに向いていない。


「あ? なんだ、おま……」


 巨漢の男が俺に向かって何か叫ぼうとした、その瞬間。

 俺が思いっきり振りかぶった鉄パイプが巨漢の男の頭に命中した。

 完璧なクリーンヒット。現実世界なら間違いなく頭から血を流し倒れるところだろう。下手をすると殺しているかもしれない。


 だが……。

 カァン!という軽快な音と共に、巨漢の頭上に表示された数字はたったの「1」だった。

 この数字はもしかしなくても……相手に与えたダメージ量のことなのだろう。巨漢は全くこたえた様子もなく、痛がる素振りすら見せない。それどころか、怒りの表情を俺にむけていた。

 まずい。もしかしなくても。


「どういうつもりだ。お前」

「えー……目の前の悪人を退治する予定でした……」


 俺の口からでた恐ろしいほどの軽口が、さらに男を逆上させた。


「舐めてんのかお前!!!」


 男は女性から銃を引き離すと、俺の頭に銃口を押し付けた。

真っ黒い銃で、どこかの洋画でテロリストが所持していた銃にそっくりな代物だった。多分、引き金を引くと即座に弾が発射されるだろう。


「いやぁ、マジか」


 まさか致命傷どころか、ダメージが全く通らないとは想定外だった。そういえば、鉄パイプのアイテム説明欄に近接スキルを持っていないとダメージが大幅減少すると書かれていたことを思い出した。しかし、今思い出してももう遅い。


「それにしたって減りすぎだろぉ」


 情けなない声で最期の言葉を吐いた。


 巨漢の男が引き金に指をかけ、そして引かれる……その寸前だった。


「君。ナーイス」


 先ほどまで銃口を向けられ、襲われていたはずの女性がニンマリ笑みを浮かべながらそう言った。その笑みは、いい悪戯を思いついた子供のように無邪気だった。

 俺はその笑顔にゾクりとしてしまう。助けに入ったのはひょっとして間違いだったのかと思わせられるかのような、狩人の笑み。


 次の瞬間、女性は手慣れた手つきで男の銃を持っている腕を手刀で攻撃をした。男の腕付近にダメージが「30」と表示され、男はたまらず銃を落とす。


「ぐおッ!!!」


 男が驚きの声をあげて落とした銃を、女性は即座に拾い上げた。

そして流れるような動作で銃口を男に向ける。たった数舜で、完全に形成が逆転した。手品でも見ている気分になる。

 何が起こっているのか理解が追い付いていない俺をよそに、女性はサディスティックな声色で告げた。


「初狩りを狩り返す時が一番サイコーなんだよな」


 一転して焦る男。女性はそんな男に一刻の猶予もあたえず、銃の引き金を引いた。


しかしその銃口からは、弾が飛び出さなかった。


「ありゃ?」


 女性が不可解な顔で宙を凝視する。

 なんども引き金の指を引くが、カチカチカチと音がなるだけで弾が発射されない。俺を含めた全員があっけにとられる。


 だが、最初に正気に戻ったのは銃口を向けられていた男だった。その大きな右腕を大きく振り上げ、女性目掛けて拳を叩きつける算段だろう。その素手での攻撃が通れば、女性はひとたまりもなく死亡してしまいそうに見えた。それほどの迫力だった。


「あぶない!!」


 俺は叫ぶ。しかし、女性は動かない。

 そして何かを理解したという顔で「ああ~」とうなずくと、この緊急時において冷静に俺に声をかけてきた。


「君、射撃スキルもってる?」


 女性の言葉に、俺は反射的に言葉を返した。


「持ってる!」

「いいね。最高」


 女性は俺の答えに言葉を返しながら、男の腕を最小限の動きでするりと避ける。困惑する男。女性はそのまま流れるような動作で、俺に向かって銃を投げて渡した。


「それと交換」


 俺は投げられた銃をキャッチすると、手に持っていた鉄パイプを女性に投げて渡した。

女性の言葉の意図を汲めているのかわからなかったが、彼女の視線が俺の持つ鉄パイプに集中していたためそう判断した。


「射撃スキルあると使えるらしいよ」


 鉄パイプをキャッチしながら、女性が続けざまにそういった。

 つまり「撃て」と俺に言ったのだろう。


「てめェら、何やってんだ!!! 俺を無視するな!!」


 男はさらに激昂した。

自分を間に挟んで男女が会話をし、あまつさえ物品の受け渡しをしたのだ。しかも片方は自分の銃。圧倒的優位な状況で弱者をいたぶろうとしていた強者が、こんなことをされれば立つ瀬がない。傷つけられたプライドが怒りに転化するのも当然だ。


 男は再度攻撃を試みる。今度も、女性に向けてだ。やはり女性のほうが倒しやすいと感じたのだろうか、それとも最初から狙いを定めていた獲物を先に倒したいという気持ちからだろうか。

 対する女性は、ちょうど鉄パイプをキャッチした瞬間だったので、態勢が崩れている。今度は先ほどのようにひらりと避けることは難しそうに見えた。


 つまり、俺が撃たなければ女性はダメージを追う。

 いや、ひょっとっしたらこの強烈なパンチで女性は死亡してしまうかもしれない。


 迷っている暇はなかった。俺は銃口を男にしっかりと向けて、引き金を思いっきり引く。同時に破裂音があたりに響きあたり、飛び出した弾丸が男の背中に命中した。命中地点にはダメージが表示されていたが、数値を見ている余裕はなかった。


「ぐあが!!」


 男が声を上げ、態勢を崩す。


 しかしまだ男は死んでいない。もう一度態勢をたてなおして、次は俺の手にある銃を奪おうと向き直ってくる。その目は怒りと闘争心に満ちていた。人生ではじめてここまでの怒りを向けられたことに、身震いする。


 が、その瞬間女性が男の背後から鉄パイプを思いっきり振り下ろした。


 カァン!!!という音と同時に、俺とは比べ物にならないダメージが表示され……男は地面に倒れこんだ。


「クソが……」


 男はそのまま赤色の粒子をまき散らしながら、DEADの文字が表示され、ついにはその場から消滅した。

 俺はおもいっきり息を吐いた。上手くいってよかったという達成感と、安堵感。

 対して女性のほうは、涼しい顔で、しかし笑みを浮かべながら言った。


「やっぱ初狩りを狩り返す時はサイコーだな」


 その笑みを横目でみながら、わざわざ助けに入ることはなかったんじゃないかと思ったりしたが、まぁ、深く考えないことにした。

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