第2話 VRゲームをはじめた日

 早速VR機器を購入してきた俺は、動画サイトでセットアップ方法などを参考にしながら二時間かけて準備した。

 頭をすっぽりと覆うフルフェイス型のヘルメットと、その右側面から伸びる数多のケーブルを本体である四角いコンピュータに接続する。

 このヘルメットを被って、仰向けに寝そべってからコンピュータを起動するとどうやらVRゲームの世界にはいりこめるらしい。


「……ちょっとドキドキするなぁ、これ」


 しかしいざヘルメットを被ってスイッチを押下するとなると、謎の抵抗感があった。

よくよく考えてみるとゲームの世界に意識を飛ばすわけだから、電磁波的な何かが脳的な何かを刺激して恐ろしい事になっているのではないだろうか。

 だがしかしここで臆しているわけにもいかない。せっかく大枚を叩いて購入してきたのだし、何よりキリナちゃんと対面する夢のためだ。


「ええい、ままよ!」


 俺はそう呟くと、コンピュータのスイッチを押下した。

 すると一瞬で頭がぼおっとする感覚に襲われた。積もる仕事のせいで睡眠不足や疲労感が蓄積し、頭が動かなくなってしまった時によく似ている。

 その状態は一分も続かなかった。

 一気に視界が開け、気が付けばもやがかっていた頭はスッキリしている。

快眠した翌日に気持ちよく起きられたかのような爽快感がある。

 どうやら一瞬で俺はVR世界……仮想世界に入ることができたようだ。


 あたりを見回すと、真っ白い空間がどこまでも続いているだだっ広い空間だった。そんな空間の中に場違いなアンティークの机が置いてあり、その上には真っ黒のノートパソコンがポツンと乗っかっている。SF映画かなんかで見たことがある、謎のサイバー空間によく似ている。


 俺はひとまずそのパソコンを起動してみる。

 すると諸々とチュートリアルが表示された。


 要約すると、この白い空間はほかのVRゲームを始める前の待機画面のような場所で、俺が今触っているノートパソコンを介してVRゲームを起動するようだ。


「なるほど。じゃあクライムシティオンラインを起動……っと」


 事前に購入していたクライムシティオンラインのアイコンを、ノートパソコン内でダブルタップする。

 するとまた一瞬で視界が揺らぎ、気が付けば周りの風景はがらりと変わっていた。


 俺が次に立っていたのは、薄暗い室内だった。


 あたりには工具やら薬品やらが置かれた棚が並んでおり、どことなく埃くさい。天井からは一つだけ電球が吊り下げられており、かろうじてあたりを照らしている。


「埃臭い……まじか、めちゃくちゃリアルに感じる」


 ここは仮想空間内のはずなのだが、埃臭さだとか、どことなく感じる湿気なども“肌で”感じることが出来ている。現実世界とまったく遜色ない感覚に、俺は度肝を抜かれていた。

 これが新時代の技術なのか。

 せっかくなのであたりの棚に置かれた工具だとかを持ってみようと、足を動かそうとする……その瞬間、目の前に鏡が出現した。

 鏡に映っているのは俺……ではなく、タンクトップを着たスキンヘッドの男だった。


『キャラクターを作成してください』


 どこからともなくアナウンスが流れる。

 どうやらこの世界はもうすでにクライムシティオンラインの世界で、早々にキャラメイクが始まったらしい。


「ゲームスタートとかタイトル画面とかないんだなこのゲーム」


 俺はアナウンスのガイドに従って、手元に現れた薄青色のウィンドウを操作する。

ウィンドウ内には大量のつまみが表示されており、それぞれ身長、体重、筋肉量といった細かい設定項目が書かれていた。かなり自由度が高い。


「キャラメイクだけで一日潰れそうなほどの設定量だな……」


 ウィンドウを上から下にスクロールするが、果てしない項目の数が俺の目に飛び込んだ。

 面倒くさがりな人の為なのか『おまかせ設定』などというボタンもあったのだが、せっかくなので俺は作りこむことにした。


「やっぱりキリたんに会うときはしっかりした姿で会いたいもんな……」


 推しに会いに行く姿が、スキンヘッドでタンクトップ姿のおじさんではあまりにも恰好が付かない。リアルではともかく、この世界では自由に外見をいじれるのだから格好いい姿で挨拶しに行きたいという気持ちがどうしても強かった。少しは見栄を張りたいのである。


 俺はつまみをいろいろといじってみる。


 この世界のキャラクターは二次元と三次元を足して割った感じの姿をしていた。

ちょうどバーチャルアイドルやバーチャルストリーマー達が使用している3Dモデルに雰囲気がよく似ている。


 というのもこの世界は、ほかのVRゲームで作ったキャラやバーチャルで活動している人達のモデルをそのままアップロードできる機能があるようだったから、ほかキャラクターと違和感がないように外見を近づけているのだろう。


 そういった理由から、俺のキャラメイクは想像以上にはかどった。自分がなってみたいバーチャルキャラクターを想像しながら項目をいじるのは、自分の理想像を作っているようで気持ちがよかったのだ。


「よし、できた」


 完成した“俺”を見て、俺は満足していた。

 華奢そうな身体付きに見えるがしっかりと引き締まった全身像に、身長は百七十センチほどのキャラクターを作り上げた。

 特にこだわった部分は髪で、真っ黒いショートカット……イケメンがよくしている髪型……に、一部分だけ赤いメッシュを入れてみた。


「昔からちょっとやってみたかったんだよな、メッシュ」


 現実世界では全くイケてないメンツの俺が、唐突に赤メッシュを入れて出社しようものならとんだ笑いものにされてしまう。やりたいと思っていても、現実世界ではとてもじゃないがそんな攻めた真似ができなかったのだ。


 しかしこの世界はゲームの世界。作ったアバターはもちろんパーツの整ったイケメン。赤メッシュを入れてみても全く違和感はなかった。

 俺は満足感にうなずきながら、確定ボタンを押した。


『名前を入力してください』


 アナウンスと共に名前を入力するウィンドウが出現する。

 名前……俺は悩んだ末、動画サイトで使っているアカウントと同じ名前にすることにした。


「アキ……と。よし、これでいいか」


 本名である晃(あきら)の最初の二文字だけをとったおよそハンドルネームといえるのかわからない名前を、俺はキャラクターに付けた。


『最後にスキルを選んでください』


 目の前にまたしてもウィンドウが開く。しかし今度のウィンドウはいままでのものよりさらに大きく、膨大な数の情報が表示されていた。

 どうやらそのウィンドウに書かれている文字はすべて“スキル”の名前らしく、キャラクターメイキングの時に一つだけ選ぶことが出来るらしい。


「多すぎてわからないだろこれ……」


 しかしその数があまりにも多すぎるため、俺はため息を漏らした。

 スキルは単調なものからよくわからないものまで多々あった。

例えば【射撃】と書かれたスキルは「射撃行為を行う場合の命中率とダメージを上昇させる」効果があるらしい。これは非常にわかりやすいのだが、対して【交渉人】だとか【パワードスーツ】だとか書かれているスキルは、ゲーム内でどう使われるのかいまいち想像しづらくて困る。一応説明を読んでみたのだが、ゲーム内容をまだ知らない俺にとって理解するのは難しかった。


「まぁ……ひとまずおすすめの奴にするか……」


 膨大な選択肢を提示されると「取り敢えずおすすめ選んどくか」となる自分の思考に辟易しつつも、おすすめ欄にある【射撃】スキルを取得した。


『設定が完了しました。どうぞお進みください』


 スキルを選択すると、目の前の鏡が綺麗に消えてなくなり代わりに扉が出現した。

 扉はチーンという音を立てると左右に開き『地上へ向かいます』と電子音声が流れる。

 少し古臭いが、これはエレベーターだ。


 俺は恐る恐るエレベーターの中に入ると、自動で扉が閉まり少しの重力を感じる。上に上がっている、そういう感覚だ。


『変更する点はございませんか?』


 アナウンスが再度流れ、目の前にウィンドウが開かれた。ここで名前やキャラメイクやスキル選択をやり直すことが出来るらしい。

しかしこの手のゲームは、最終確認の段階で悩み始めてしまうと、何度もやり直す羽目になってしまう。俺は自分が優柔不断だとよくわかっているので、ここは即座に確定ボタンを押すことにした。


『ありがとうございます。ようこそクライムシティオンラインへ。あなたのご活躍を祈っております』


 その言葉と同時に、チーンという音が聞こえる。

 そして目の前の扉が左右にゆっくり開かれ……外の生臭い空気が全身に流れ込む。

 俺は一歩踏み出して……周りを見た。


 退廃的な場所だ、と俺の中から出た意見はそれだった。

 カラフルに色づくネオンの光と、あちらこちらに取り付けられたモニターに流れるCMの光で、空は暗いというのにとにかくまぶしい空間だった。

 目の前を歩く人々は薄ら笑いをしていたり、対して険しい顔をしていたり様々だ。


「……“クライム”シティって言うくらいだから、もちろんダークだよな」


 俺がそう呟いていると、目の前をタンクトップの男が通り過ぎて行った。他にもタンクトップの男はいるのだが、その男だけは頭上に「PL」と表示されている。

 PL……プレイヤーの略か?

 俺は気になってその男の後ろについていくと、男は路地裏へと入り込んでいった。路地の入口からこっそりと中を見てみると……そこには一人の女性が立っていた。

 女性の頭上には「PL」と表示されていないから、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)なのだろうか。


 しばらく観察していると、PLの男は地面に落ちていた鉄パイプを軽やかに拾い上げる。その直後、躊躇なく目の前の女性に振り下ろした。


 俺はその光景をみて大昔にプレイした犯罪系のオープンワールドゲームを思い出した。

そのゲームでプレイヤーはNPCを好きに殺すことができる。道行く人を射殺してもいいし、撲殺してもいい、そういうゲームだ。


 このゲームもそういうゲームなのだろう。


 クライムと名の付くくらいなのだから、プレイヤーは自由に犯罪に手を染めることができるのだろう。そうだとすると、もちろん殺人も例外じゃない。


 ……キリナちゃんはこの世界でやっていけるのだろうか。

いやそもそも俺自身がこのゲームの雰囲気に慣れることができるのだろうか……そんな不安を抱えながら一部始終を見ていると……想像していなかった事態が起きた。


 パシ。


 PLの男が振り下ろした鉄パイプを、目の前のNPCが手で受け止めたのだ。


「は?」


 思わずPLの男が声を上げる。

 鉄パイプを受け止めたNPCは、そのまま振り返るとPLの男に思いっきり蹴りを入れた。


「ぐほ!!」


 PL男が声を上げて路地に倒れこむ、そこに間髪いれずにNPCは懐から取り出した“銃”を構えPL男に言った。


「舐めてんじゃねえぞカス」


 PL男がそれに対して、何か言おうと口を開いた瞬間だった。

 ダンダンダン!!!

 NPCは問答無用で銃のトリガーを引き、飛び出した弾丸は正確にPL男の頭をぶち抜いた。

 PL男から赤色の粒子が舞い上がったかと思うと、DEADの文字が表示され男はチリとなって消え失せてしまった。


「ほ、ほげえ……」


 あまりにも衝撃的な場面を見てしまったことで、俺はなさけない声をあげた。その声に気づきNPCが俺を睨め付ける。


「みせもんじゃねえぞ」


 それだけ言うとNPCは俺の隣をするりとすり抜けて、雑踏の中へ混じっていった。

 ……俺は大きくため息をついた。そして理解した。

 このゲームはよくある自由度の高いだけの犯罪系のゲームではない。


 高難易度のゲームなのだということを。

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