終章
終章 一つの終わり、旅の始まり
いわゆる一つの墓場に片足を突っ込んだロッサ・ウォーガード視点。
ヤらせてくれる女の子、肉体関係を迫ってくる女の子がとても魅力的に見えることについて、異論のある男性は少ないだろう。よっぽど大きな瑕疵がない限り、男はそういうのに弱い。
年齢的にどうこうという部分はあるかも知れないが、僕だって肉体的には成熟している訳で性的欲求は存在するんだ。
理論武装おわり。
口づけの後、僕はシグレの素肌の感触を楽しんでいた。
外の事など気にしない。最大の懸念事項は片づいたのだ。軍や惑星系政府と交渉しなければならないだろうが、それは今で無くとも良い。
もっと先へ進もうか。
そう思った時だった。
僕の心臓がドクンとなった。
性的刺激による物ではない。もっと別の肉体的異常クラスの異変。
しかし、そんな事がありえるか?
タイプ
必ずしも不快な現象ではない。
外部から強力なエネルギーが流入している、そんなイメージ。
「どうしたの?」
僕の様子を見てシグレが尋ねてくる。
いや、半脱ぎで上目遣いに見上げてくるな! 破壊力が……
僕は目を逸らす。意味もなくコクピットの計器類をチェックする。
意味はあった。
ドーサン部分を失ったドーサン・ロボの中で普通でない挙動をしているパーツが一つだけあった。
「超空間航行機関が発光している?」
僕の心臓と同期するように赤い光が波打っている。
濡れ場どころではない事態が進行しているのに気づいてシグレも自分のシートに戻る。軽宇宙服を身につけ直す。
惜しいなんて思ってないからな。
「超空間航行機関が起動状態にあることを確認。いつでも超空間に入れます」
「なぜ、どうして起動した?」
聞いた話によれば、それには尋常ではない量の『死』が必要であるはずだ。
シグレの視線が目まぐるしく動く。僕には見えない情報をチェックしている。
彼女が口を押さえて悲鳴を押し殺した。
「何よ、これ」
「何があった?」
「これ、これ」
狼狽とともに映し出されたのはスペースコロニーが崩壊する光景。
フレームが破断したらしく、外へ向かってほどけていく。大気の流出なんてレベルじゃない。住人は宇宙空間に放り出される。
少し前に僕は何と言ったっけ?
『宇宙船が一回動くたびにコロニーをひとつ潰しているなんて聞いたこともない』
とか何とか。
そうか、これはあそこで発生した『死』か。
この惑星系にドーサン・ロボ以外に何隻の宇宙船が生き残っているのか知らないが、そのすべてを満たせるほどにあそこには死が満ちている。
しかし、この『死』をどう活用すれば良い?
今すぐに使う当てはない。このままとって置いたら『死』が揮発したりはするのだろうか?
馬鹿な事を考えつつしばらく呆けていたら通信が入った。サンフラワー号、フーラム・バキンスからだ。
「おい、そこのガキ。マズイ事になったぞ。宇宙軍と保安局のすべてに全力・無制限の攻撃命令が出た。対象はロッサ・ウォーガード。リヴァイアサン迎撃に使われなかったミサイルが全弾そちらに飛んでいく」
「え?」
何を言われたのか、一瞬理解ができなかった。
「そんな事をして何の意味が?」
言葉の意味がわかっても、やっぱり理解できなかった。
全弾って、経済的に大打撃だろう。
たかがテロリスト一人にそこまでやったらテロよりも被害が大きくないか?
「意味ならある。ブロ・コロニー崩壊の責任を全部押し付けられるって利点がな。リヴァイアサン討伐の手柄も持っていくつもりだろう」
「……馬鹿げている」
「その馬鹿げたことが上手いやつが政府や軍部で上に行くんだよ」
「私の時と同じね。上の人間が後手を踏んだ責任を誰か一人に押し付ける」
シグレは口を挟んだあと「ま、私の時は冤罪とは言えなかったけど」と付け加えた。
彼女が事実上の終身刑判決を受けた時のことか。
「今回のコレも冤罪では無いな。ブロ・コロニーの事なんか気にもせずに勝手な戦闘をやった結果なのは間違いない」
「いや、軍だってその勝手を追認してた。思いっきり協力してたんだし。政府が無防備宣言でも出してすべての宇宙船をリヴァイアサンに差し出していたのなら、勝手な戦闘で被害を拡大したと文句をつけるのも分かるが」
フーラムは義憤に燃えている。
でも、今やらなければならないのは責任の所作の追求でも、僕の行動の正当性の主張でもないな。
僕はロボのセンサーの感知範囲を思いっきり拡大し、特に秘密になっていない軍事基地の様子を観測した。
ブロ・コロニーのあった所から近い場所から順にミサイルが発射されている。
ここまで飛んでくるには日単位の時間がかかるだろうし、統制された攻撃でもない。上手くかわして逃げる事はできる。しかし、現在位置のわからない宇宙機からのステルス性の高い攻撃もあるだろうし、そちらまで計算に入れれば僕だって避けきれるかどうか……
何よりも痛いのは彼らとの和解が不可能になった事。
この惑星系の住人を皆殺しにでもしない限りこの攻撃が止む事はない。アンダーグラウンドな所に伝手を求めても、補給を受けるのも困難だろうな。
「詰んだな」
「ん、諦めるのか? お前なら『絶滅戦を始める!』とか言いだすと思ったんだが」
「それは最後の手段だ」
「最後でも選択肢には入っているのか」
「当然だ」
敵ならば殺す。
問題は殺しきれないぐらい数が多いという事だ。
「絶対に勝てない戦いがあるならば、逃げる。そのための手段はある」
ちょうどそのための条件が整った所だ。
そのはずだ。
「シグレ、超空間航行機関の使用はできる?」
「今、調べている。通常の動力の接続も必要みたい。ケーブルの接続を行うので少し時間がかかるわ。ミサイルがここまで来るよりはずっと早いけど」
「ランダムで軌道変更を行うから気をつけて」
「了解」
探知出来ているミサイルだけが相手ならば回避行動は必要ない。しかし、近場に潜んでいる宇宙機が居ないとも限らない。
そう思ってのランダム機動だったが、直後に肝を冷やした。
まさか、反陽子ビームの超長距離狙撃が来るとは思わなかった。
その後の出来事で語る様なことはあまり無い。
惑星系ひとつ分の敵からの袋叩きに会う前に、超空間に入った。
超空間とは人間にはまともに認識できない場所だ。光に満ちたどこか、と見える事が多いそうだが細かい部分は人によって全然違う。
ここで死に別れた誰かに出会ったという話もよくある。
僕もどこかのオーガが顔を背けて「ケッ」と吐き捨てたのを聞いた様な気がした。
そして、どこか遠い所から大きな大きな誰かが、こちらを不愉快そうに見ているのも感じた。
超空間に居る時間がどのくらいの長さなのかはよくわからない。時間なんて存在しない所だから、体感も人によって長かったり短かったりするらしい。
僕は?
僕は結構長かったように思う。
途中でなぜか知らないが、超空間に居るガスフライヤーの幻影を見た。あれは何だったのだろう?
このまま超空間から出られなくなるのでは、という不安は特になかった。
時間が存在しない所では永劫も一瞬も同じ事だ。
やがて正面のスクリーンが通常の宇宙空間を映し出した。
闇の中に星が散りばめられている。
端の方にG型恒星が一際大きく輝いている。
良かった。
ここは何もない恒星間の宇宙空間ではない。
どこかの星系、それも内惑星ぐらい主星に近い。
シグレと顔を見合わせて笑顔になる。ここが人跡未踏の地であっても、とりあえず生きていくぐらいはできるはずだ。
が、彼女の顔が困惑に彩られる。僕には見えない情報を機体と直結して受け取ったのだろうけど。
「どうしたの?」
シグレは黙って通信用のモニターを指差した。そこにはホビットの軍人の顔が写っている。
フーラムと目があった。
この顔はリアルタイムだ。最後の通信のデータがまだ残っていて表示されている訳ではない。
「おい、テロリスト! なんで俺らまで一緒に超空間に入ったんだ!」
「え?」
最初は同じジール星系の中に超短距離移動したのかと思った。
だが、それならば主星の大きさがおかしい。ブラウ周辺から見る小さく頼りないジールではない。恒星の見え方が違うほど離れているのなら、通信にもタイムロスが出るはずだ。
そして『一緒に超空間に入った?』。
困惑から復帰するのはシグレの方が早かった。
彼女はやれやれ、と息を吐く。
「超空間航行機関は宇宙船に設置される。その宇宙船の大きさを覚えこませて、その範囲のみを移動させる。だけど今回はそういった手順を全部飛ばして運用したから、通信がつながっていたサンフラワー号の残骸も『同じひとつの宇宙船』って認識しちゃったんじゃない?」
「は?」
「へ?」
……納得した。
いや、理解はしたけど納得はできない。フーラムも同じ想いのようだ。
「お前たちとの腐れ縁はまだまだ続くのかよ!」
「こっちのセリフだ!」
実際、こちらは不利益の方が大きい。僕たちの事を知る軍人が同行しているのでは、素性を誤魔化すことが出来ない。
僕たちの冒険はまだまだ続くようだが、光の速さで飛んできたリヴァイアサンを巡る騒ぎはこれで終わりだ。あとの事はまた別の機会に語るとしよう。
可愛い彼女が一緒ならたどり着いた場所がどこでも構わないし、ね。
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