14 リザルトと呼ぶには厳しすぎて

 変転する状勢に目が回りそうな、フーラム・バキンス視点。


「ヤバいぞ、対放射線防護! 乗っているヤツは全員第一、第二ブロックへ集まれ。第四ブロックに注水、ブラウに向けて盾にする」


 俺っちが今操っているのは軍用機ではない。ガス惑星近郊で使うための特別仕様の民間機でもない。何もない宇宙を旅するための宇宙船、その旅客ブロックを切り離しただけの物だ。

 物理的な衝突に対する装甲も放射線防護能力も低い。

 平時であれば問題ないかも知れないが、ブラウに対して亜光速の砲弾が撃ち込まれてしまった。

 連続的に発生した核爆発とそれによって引き起こされたブラウの異変はおびただしい放射線を発生させている。

 船体の頑丈さにも不安があるのに、ついでにこの船の乗客はほとんどが原種人類。ホビットでもオーガでもない。俺っちたちならば平気な程度の放射線でも健康被害を受ける可能性が高い。


 きちんとした宇宙機ではなく分離したパーツにすぎないコイツはひどく動きが鈍い。

 そして、これは大声で言いたいが、この操縦装置は俺っちが使うには大きかぎるんだよ!

 俺らタイプHホビットは対G能力の向上のために原種人類の半分以下の体重で造られている。手足の長さもそれ相応なわけで、原種に合わせて作られたコクピットでは使いづらくて仕方がない。

 サイズ調整可能な作りにするか、手元の操縦桿一つで操作を完結できるようにするかしておけと言うんだ。


 と言うか、生き延びたらこれのメーカーには改善要請を出す。

 絶対にだ。


 カランは久しぶりに大暴れできてご満悦。

 ただし敵を全滅はさせられなかったと少しだけ悔いが残っているらしい。


 いや、こちらを追いかけてさえ来なければどんな敵が生き残っていても別に構わないけどな。


 二等航海士のブライアンとやらは旅客の誘導に行かせている。もともと客商売をやっているんだ、俺っちがやるより良いだろう。

 まぁ、客たちの姿を見て頭がクラクラしたから任せたんだけどな。

 若い娘ばかりって何だよ。女子校の修学旅行だったのか?


 そんなこんなで大騒ぎだ。

 リヴァイアサンが撃破された事にもしばらく気づかなかったぜ。


「フーよ、なんかマズイ事になって来たぞ」


 カランが寄ってきた。

 傷だらけの宇宙服と人喰い虎の雰囲気を身にまとったその姿はお嬢様方の前にはちょっと出せない。それとも黄色い悲鳴でも上がるか? それは無いよな、うん。


「マズイって、これ以上の厄介ごとはご免だぞ」

「いや、私たちがマズイ訳じゃないんだが」


 カランはポンポンとコンソールを操作する。

 リヴァイアサンの進路と撃破されたそれの破片の広がりが表示される。


 目を疑った。

 別にあり得ないような異常な情報が表示された訳ではない。だが、認めたくなくなるような情報ではある。


「これって、破片の広がりの端っこがブロ・コロニーにかかってないか?」

「そうだな」


 カランの声は平板だ。

 本人に対する危険ならばどんな物であっても動揺するようなヤツではないのだが。


「こちらから警告を発して……」

「あの破片も亜光速。ここから警告を発しても追いつかない。それどころか、今ごろはすでにコロニーに到着しているかも」

「当たらない、よな」

「直径6キロ、全長30キロメートル。そのどこにどんな小さな破片が当たってもアウトだな」


 俺っちは今、どんな顔をしているだろうか?

 その答えはたぶん目の前にある。一切の表情を無くしたただただ青い顔だ。


「そうそう。警告ならばブラウの方には送っておいたぞ」

「へ?」

「ガスフライヤーが何機か大気圏内を飛んでいるはずだから」

「それって意味あるのか? 惑星の形が変わりそうな一撃だったんだが」

「気体の中を衝撃波が伝わる速度には限界があるから、着弾地点から離れた所に居れば大丈夫じゃないか」


 それもそうか。

 リヴァイアサンのスケール感が桁違いなので忘れそうだが、ガス惑星の大きさだってとんでもない。


 別の事を考えたので気分が少しだけマシになったが、モニターに視線を戻すと元通りになった。

 リヴァイアサンの破片がブロ・コロニーに到着している。


 見たくはないが、見ない訳にもいかない。

 ズームをかけてブロ・コロニーを見守る。


「外れてくれよ」


 祈りは虚しかった。

 大きめの破片が直撃して一瞬で宇宙の塵になることは避けられたようだ。しかし、そんな事は何の慰めにもならなかった。

 小さな破片がコロニーの端、スペースポートのある部分をかすめていった。破滅にはそれだけで充分だった。


 スペースポートがもぎ取れた。

 もぎ取れた部分は大穴になる。直径1キロメートル以上の大穴。


 スペースコロニーに宇宙の塵が衝突する事はそこそこある。惑星上ならば大気圏で燃え尽きて『流れ星』で済むレベルの物まで直撃するので、古いコロニーならば外壁に傷が残っている事は多い。

 コロニーの外壁をぶち抜いて穴をあけるような隕石も偶にはある。『極めて珍しい自然災害』と言った認識だが、コロニーの大きさからすれば直径1メートルかそこらの穴が空いたところで大きな問題はない。


 しかし、それが直径1キロメートルだと?


 まず起こるのは突風だ。

 惑星上でも些細な気圧の変化で風が吹くが、この場合宇宙空間の気圧はゼロだ。気圧の格差はハリケーンとかの比ではない。宇宙的な観点ならば大した勢いではないが、気象として考えれば信じられないほどの強風が吹き荒れる事になる。


 風の次は急速な減圧と気体の膨張による気温の低下だ。

 そこらにある水は沸騰し、出た水蒸気がその場で凍結するという器用な状態になるはず。もちろん人体にも厳しい。宇宙用の強化人間でもない限り、その環境で生き延びるのは困難だろう。


 減圧の果てに存在するのは、まぁ真空だよな。そこまで行ったら俺っちだってそう長くは生きられないぞ。


 そう思っていたら、モニターに表示されるコロニーに更なる変化が訪れた。

 衝撃でコロニーのフレームが破断していたらしい。ブロ・コロニーが裂けていく。バナナの皮でも剥くように、遠心力によって発生した重力で外に向かって落ちていく。


 生存はもう絶望。


 いや、リヴァイアサンの接近に対して避難指示が出されていれば、あらかじめ救難ポッドに搭乗していればワンチャンあるか?


 あったらしい。


 コロニー周辺から多数の救難信号が発信され始める。

 概算だが、数千人か一万人か、そのぐらいは助かっているようだ。


 ブロ・コロニーの人口って何人だっけ?

 100万人都市とか言っていなかったっけ?

 正確な数など思い出したくもない。


「夢なら良かったんだが」

「残念ながらこれは悪夢のような現実だ」


 俺っちはうめき、カランがそれに無情な答えを返して来た。


 いつまでも呆けている訳にはいかないか。

 ブロ・コロニーは遥か遠くだ。俺らに出来る事は何もない。この惑星系の首都があの状態ではこちらに対する救助がいつになるかわからない。軌道速度を稼ぎ、ブラウへの落下を防止する方法を考える方が建設的だ。


 放射線防護を行いつつ少数の低出力の推進器で速度を稼ぐ。

 そんな時間がいくばくか流れた。

 俺らが所属するガスフライヤーの修理補給基地に連絡をとって救助を依頼する。あちらもブラウの活動の活発化で大変らしいが、こちらよりは余裕がある。救助されるというより『遭難者同士で合流する』に近いが、即座の死の危険は無くなるだろう。


「フーよ、命令が来ているぞ」

「命令より先に救援をよこせと返答してくれ」

「いや、全軍に対する即座・無条件の全力攻撃命令だ。対象はドーサン」

「は?」


 俺っちの脳がフリーズした。

 それっていったい、どういう事よ?


「ブロ・コロニーの惨事について、惑星系政府はこれをロッサ・ウォーガードと名乗るテロリストによる最大級のテロ攻撃であると認定した。よってこれ以上の被害を防ぐために可能な限り最大級の攻撃でこれを排除する、だそうよ」

「ブロ・コロニーの惨事がロッサの故意って、それは無理がないか? 他の者たちだって全力で攻撃しているんだし、リヴァイアサンは撃破される直前に複雑な機動をしている。狙ってブロ・コロニーに当てるなんて出来るわけがない」

「そんなの命令している側も承知でしょう。彼の行動は英雄として遇されるか、テロリストとして処断されるかの二択になる。政府も軍もテロリストとして扱うことを選択したというだけ」


 俺っちはガシガシと頭を掻いた。

 少しは考えがまとまって来る。


「せめて大惨事さえ無ければ英雄にすることも可能だったんだろうけどな。今、英雄を作るのは不可能。逆にあいつを殺せばリヴァイアサン撃破の功績も一緒に手に入るとか考えていそうだ」

「そんな所だろう」


 俺っちは通信機に手を伸ばす。……手が届かないので体ごと移動する。


「どうするのだ?」

「人間の醜さってものが嫌になるね。せめて俺っちだけでも味方してやろうと思うのさ」


 警告だけでもしてやろう。

 経済性も何もかもを無視した全力攻撃、リヴァイアサン迎撃に間に合わなかった惑星系内の全てのミサイルがドーサンを狙っているってな。


 いくらロッサでも、これは辛いだろう。

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