13 光速のリヴァイアサン
ボス蘇生の呪文を唱えたロッサ・ウォーガード視点。
膨大なエネルギーの放出を受けてこちらの視界はホワイトアウトした。
だが、ドーサン・ロボは複数の宇宙機の集合体だ。同程度の観測機器は両腕・両脚・頭部と五箇所もある。
別のユニットを使って観測を再開する。
粉微塵になったリヴァイアサンを期待したが、ヤツの姿はまったく変わっていない。
健在だ。
「リヴァイアサンは爆雷の破片をプラズマ化させて受け流した模様。小質量の攻撃では効果がないわ」
シグレの分析を聞いて焦りを感じる。
これは僕の事前の想定になかった対応力だ。
安全策をとって離脱するべきだろうか?
いや、ヤツが理外の力を使った訳でも数が増えた訳でもない。
生き延びるだけならば問題ない。ヤツを撃破するのは少々難しくなったが。
予定通り惑星ブラウの陰に逃げこもうとする。
そしてわずかにためらう。
このまま陰に隠れてしまうと、こちらからもヤツが見えなくなる。シグレが拾って来るネットの情報はあるが、光の速さですら遅すぎると思えるこの戦場ではネット上を大まわりしてやって来るデータなどリアルタイムとは到底呼べない。
敵を観測し最短距離でこちらに情報を送ってくれる物が必要だ。
今この機体で一番役に立っていないパーツは?
僕はドーサンをパージする。
これを捨てる事には心理的な抵抗はあるが、ドーサンの取り柄は大気圏内を飛行できる事だけだ。レールガンの火力など現状ではないに等しい。今の位置に居てはその推力も活かせない。
ドーサンにはロボと逆方向に加速させ、観測ユニットとしてその場に残す。軌道速度を失う事になるのでブラウへの落下を始めるが、落ちるよりこの戦いの決着がつく方が早い。
リヴァイアサンの観測データを見る。
その位置を表す数字が凄い勢いで変化している。亜光速の領域では『空間が縮む』と表現される事を実感する。
似たような位置にあるはずのブラウの衛星までの距離とリヴァイアサンまでの距離が同じであるとは到底思えない。
ヤツは船体を左右に振りながらミサイルらしき物を振り撒いている。
ミサイルの速度は本体と大差ないため、リヴァイアサンが移動するにつれてその周囲で爆発が起こる形になる。
爆発の閃光を従えながらリヴァイアサンが突進して来る。
そのルートを見る限り、ヤツが僕たちを標的にしていることは間違いない。ヤツは超空間航行機関の在処を探知できる。それも、超光速で探知しているような印象すらある。
リヴァイアサンに対して軍や保安局からの果敢な攻撃がつづく。
しかし、速度差がありすぎて至近弾にすらならない。たまに近くまで行っても、既存のミサイルでは蒸発させられて終わりだ。
僕が予想したよりもずっと本気で攻撃している。
どうしてと思ったが、気がついてみると僕の位置が最終防衛ラインになっているようだ。
何に対しての最終かと言うと、僕が抜かれたらその先にこの惑星系の首都であるブロ・コロニーがある。当然その周辺には多くの宇宙船があるわけで、秩序の守護者たちが必死になるのもまぁ、わかる。
ブロ・コロニーを防衛する義理など特にないが、僕はリヴァイアサンを撃破する方法を思案する。
爆雷を爆発させてはダメだ。
小さな破片では無力化される。
爆発させずにそのまま衝突させるつもりならば少しは有効かもしれないが、攻撃の命中確率はさらに落ちる。それに、機雷程度の質量ではその破片と同様に蒸発させられてしまうかも知れない。可能ならばもっと大きな物体が必要だ。
リヴァイアサンの進路を探査する。
思ったよりもずっとデブリが多い。
何かと思ったらアタラクシアの残骸だった。ビームで切断して無力化したおかげで相当に大きな断片もある。
これだけ大きな物ならば障害物になるだろう。
逆に言えば、もっと大きな物が必要となったらスペースコロニーでも持って来なければどうにもならない。そんな想定はするだけ無駄だ。
先ほどばら撒いておいた機動爆雷をあらためて移動させる。
アタラクシアの残骸にぶつけてその軌道を変化させる。僕が算出したリヴァイアサンの予想ルートの大外よりへ。
ブラウの陰に逃げる僕たちを攻撃しようと思ったらなるべくこちらを通るはずだ。
別の所で動きがある。
アタラクシアではなく乗員の脱出したサンフラワー号がいくつかに分裂してリヴァイアサンの進路を塞ごうとしている。
あれをやっているのは誰だ?
「シグレ?」
「私じゃない。あちらのオーガたちでも無い」
「?」
それだと実行者の候補が居ないぞ。まさか、サンフラワー号の元々の乗員がリヴァイアサンに復讐するためにやっているのか?
サンフラワー号から簡単な音声メッセージが発信されているのに気づく。
『我、二度死したる者なり。もはや魂魄のみのこの身なれど、最初に生を受けた世界のために最後の命を捧げん』
?
意味はわからないが、誰かが自分の意思であそこに残って作業しているのは理解した。
だからこちらも一言だけ返す。
『感謝する』
そして、リヴァイアサンがやって来る。
人類の攻撃を跳ね返す。
身をのたくらせて進路を変える。
ただのテロリズムとは比較にもならない死と破壊と暴虐をまき散らしながらやって来る。
僕はヤツの進路と自機の位置を確認する。
大丈夫、のはずだ。
リヴァイアサンがどんなに頑張ってもこちらを射角におさめられる訳がない。
でも、嫌な予感がした。
予感に従って僕はロボの軌道を変化させる。天頂方向へ。
これにより射角に入る危険はやや増したが、このままの動きを続ける方がより危ないと判断した。
ついでに分離したドーサンも適当に加速させる。
そして僕らとリヴァイアサンが交差する瞬間がやって来る。
その時に何が起こったのか、リアルタイムで認識することは僕にも出来なかった。
とてつもないエネルギーの破壊の嵐が吹き荒れた。
それだけだ。
僕が最初に見たのは惑星ブラウが輝き、プラズマの噴流を噴き上げて来る姿だった。その噴流はロボがそれまでの進路を維持していたらそこに居たであろう位置を正確に貫いていた。
ヤツはガス惑星を貫いて砲撃したのだ。
亜光速の物体が大気圏内を移動することで、水素やヘリウムが圧縮され核融合爆発まで起こっていた。それがプラズマ噴流の正体だ。
さすがに惑星を貫きながらこちらへホーミングする事までは出来なかったようだ。
リヴァイアサンの挙動はログを解析してみてはじめて判明した。
ヤツはサンフラワー号とアタラクシアの中枢に対して的確なミサイル攻撃を敢行。これらをプラズマ化させた。
分離していたサンフラワー号のその他の部分に対しては回避行動をとった。
次の瞬間、アタラクシアの残骸に接近。
ロボに向かって砲撃しつつ今度はエネルギーの放出で対応。僕が『これならば大丈夫だろう』と思った質量を完全に蒸発させていた。
リヴァイアサンは僕が想定していたよりもずっと俊敏な動きで進路をかえた。惑星ブラウに突っ込みかねない角度をとってこちらにミサイルを撃つと、カーブを描いて離脱していく。
そして、さらに一瞬後。
僕は思わず笑い声を上げた。
狙ってやれた事じゃない。偶然に偶然が重なってようやく起きた奇跡だ。
おそらくリヴァイアサン側も自分の攻撃とこちらの反撃への対処に処理能力がいっぱいいっぱいになっていたのだろう。ヤツはまったく無防備なまま、ただそこに居ただけのドーサンに真正面からぶつかっていた。
リヴァイアサンの装甲だって僕の想像を絶する強度ではあるのだろう。亜光速の宇宙船には炭素の結晶体ぐらいの強度が必要になるとかいう試算を見た覚えがある。
だが、それが物質である限り、光速での激突に耐える物など存在し得ない。
ドーサンは当然、塵も残らない完全破壊。おそらく無事な分子さえない。あまりのエネルギーに核反応を起こした原子核もあったはず。
スペースコロニーよりも巨大だったリヴァイアサンも無事どころではない。中心を綺麗に貫通されたようだ。
各所で爆発を起こしながら崩壊。
破片となって円錐形に広がっていく。
これって、つまり、完全勝利?
僕がロボを慣性航行に移すと、隣のシートが完全防護モードを解除。
中からシグレが飛び出して僕に抱きついて来た。
事あるごとに誘惑して来るな、と思いつつ良い匂いを嗅ぐ。僕が全力で抱きしめると壊してしまうので、軽く腕を回すのにとどめる。
これが勝利の美酒。
実は僕たちをとり巻く環境はほとんど変わっていないのだけど、今だけは酔いしれることにした。
……唇も、甘いな。
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