11 死を待つ者たち
結局、まだ生きていたイモムシ船長視点。
「イモムシ、イモムシ! 目を覚ましなさい!」
ジェイムスン様の声が聞こえます。
わたくしはゆっくりと意識を取り戻します。最近、このパターンを繰り返していませんか? わたくしは病弱なキャラではなかったはずなのですが。
頭が割れるように痛い、と言うか割れていますね。
人間型のボディって脆すぎるし、痛みに弱すぎるでしょう。イモムシの身体ならば胴体を真っ二つにされても平然としていられますよ。
「目は覚めました。おはよう御座います、ジェイムスン様」
「おはようじゃありません!」
「清々しい朝、ではないようですね。戦いはどうなりました?」
「アタラクシアはもう、残骸と呼ぶのもおこがましい程度しか残っていません。特異体3号はこの船を軌道変更のためのおもりとして使用しました。あちらはガス惑星の陰に隠れるためにまっしぐらです。こちらは軌道速度を失い、このままだと放物線を描いて惑星ブラウに落下します」
「その事は考えなくて良いでしょう。神の使いの到来の方がずっと先です」
わたくしは身体の制御を放棄して無重力の中を漂います。
視界の片隅にある赤い球は血の塊ですか。出血もかなり多いようですね。意識を取り戻した訳ですから深刻なレベルではないでしょうが。
「そうです。彼はもう内惑星系に入っています。ブラウ惑星系に到着するまであと少しです。急いで脱出しなさい」
「ジェイムスン様」
「救命艇は残っていませんが、イモムシよ、お前の船長資格ならばその区画を環境維持システムごと射出する事ができるはずです。さっさと実行しなさい」
いつもながら、ジェイムスン様は本当に勝手です。
わたくしはため息を吐きます。……この動作はちゃんと出来ました。あまり嬉しくはありませんが。
「わたくしの事は良いのです。先ほど気づいたのですが、ジェイムスン様のお姿が……」
「ああ、その事ですか」
今、彼の姿は私の前にはありません。スピーカー越しに声だけが響いてきます。
ロッサ君との交戦中に気づきましたが、今の彼の姿はいつもの金属製の樽のようなボディではなくなっています。いや、樽の身体も存在はしているのですが、中身の触手が溢れかえっています。ぶちまけられた臓物状の物体がアタラクシアの一角を占拠して蠢いています。
過去に類例のある現象ではあります。
「共生体が暴走、増殖したのですか?」
「そうではありません。これは私の意思です。共生生物が私の想いを無視して脱出しようとしていたので、簡単には逃げられなくしました。重要臓器を含めてぶちまけましたから、切り捨てる事はできません。すべて回収するには手間がかかります。これでチェックメイトです」
彼に人間の顔が残っていればドヤ顔をしているのでしょうね。実際にはグロテスクな触手の塊ですが。
ジェイムスン様はペチンペチンと音を立てながらつづけます。
「神の使いは急速接近中です。この船からどのぐらい離れれば安全になるか、データはありません。もう時間がありませんよ」
「だから、良いのです」
「はぁ?」
「ジェイムスン様と違ってわたくしは積極的に死にたいと思ったことはありません。ですが、わたくしはこの船の管理をするために製造され、それだけを行なって生きて来ました。化け物ではない、見目よい姿を手に入れたからといって、今さらここを離れたいとは思いません」
「イモムシ」
「そうですよ。わたくしはイモムシです。綺麗な蝶々の姿の方が偽りに感じられます。あなたはわたくしに対して良いことをしたつもりかも知れませんが、わたくしからすれば自分が『変身』してしまったように感じます。ある日目覚めて見れば自分が『虫』になっていたような、そんな感覚です」
「古典文学の?」
「そうです。ジェイムスン様の名前も古典からとっているのですよね」
だいたい同時代です。1000年も離れていません。
わたくしは船に直結させたケーブルを通して意思を伝え続けます。肉体の口は使いません。これはため息を吐くのが限界です。言葉を発するような高度な制御は幼少期から訓練をしなければ身に付きませんよ。
「人間でない者として生まれ、人間でない者として生きてきた者がヒトの姿にされてしまったのです。化け物にされたのと大差ありません。ジェイムスン様がわたくしにご自身と同じ思いをさせたかったのでしたら、その目的は達成されたと言えるでしょう」
「なんと……」
人間として生まれ生きて、二目と見れぬ触手の怪物に変わってしまったのがジェイムスン様ですから。
「あなたが今なんと考えているかぐらい想像が付きますよ。『この恩知らずめ!』でしょう。『私がいくら望んでも得られぬ恩恵を恵んでやったのに、化け物にされたとは何事だ!』も追加しましょうか」
「おい」
「わたくしが言っている事を内心では理解していても、口ではそんな事を言いそうですよね。ジェイムスン様は」
「なんだか容赦なさすぎじゃありませんか? 人格が変わっていません?」
「どうせ最後なんだから言いたいことは言わせてもらいますよ。このトーヘンボク! やる事なす事、裏目ばかりな無神経!」
「な……」
「などと申しましたが、死出の旅ではご一緒させてもらいますのでご容赦を」
製造されてから今までの間、わたくしはアタラクシアとジェイムスン様の世話をして来たのです。いまさら自由に生きろと放り出されても困ります。
「イモムシ、お前ね」
「こんな美女が共に逝くと言っているのですからありがたく思って下さい。だいたい、わたくしのサポートなしであの世までたどり着けるのですか? 航路計算とか出来ないでしょう」
「あの世へ行くのに計算は要らないと思います。……多分」
なんでそこで自信なさげなんですか? そこは全力でツッコミを入れても良い所でしょう!
そう思いましたが、彼が弱気なのには理由があったようです。
彼の性格がもとから弱気なのも大きいですが!
「本当にそうですね。あの世まで一人で行ける気がしません。笑っていいですよ。私は今、怖くてたまらないのです。死にたくても死ねない時は『是が非でも死んでやる。全人類を巻き添えにしてでも死んでやる』と意気込んでいたのに、いざ死が目の前に来ると怯懦に震えている。愚かと言う他ありません」
「それは人として、生物として仕方のないことでしょう」
「慰めは要りません。情けない事に変わりはありませんから」
まぁ、そうですね。
他者に対しては散々に死を命じてきた彼です。今頃になって『自分は別』では通りません。
「では、今からでも脱出しませんか? それならばわたくしも生き残れますが」
「それも無理です。チェックメイトだと言ったでしょう。今からではどうやっても私をアタラクシアから引き剥がせません」
「では仕方ありません。よかったではありませんか。最後は怯えながら死ぬ。実に人間らしい行為です。ジェイムスン様が最後まで心までは怪物にならなかった証明ではありませんか」
「口がうまいですね」
少しはお慰めできたでしょうか?
ジェイムスン様よりも先にわたくしの方がヤバいみたいです。意識が朦朧としてきました。出血が多すぎるためでしょうか? この身体には流血を抑制するような機構は備わっていないのですか?
とんだ欠陥品です。
薄れていく意識の中で、わたくしは船外の様子を観察します。
爆発の閃光が見えます。
閃光は連鎖するかのように連続して起こり、こちらに近づいてきます。連鎖のスピードは光速を超えていませんか?
なんにせよアレがここに到達した時には全てがお
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