10 同時並行戦闘

 僕には振り返るほどの過去などない、なロッサ・ウォーガード視点。


 撹乱物質の雲を突き抜けアタラクシアの本体が姿を現した。とは言っても本当に見えているのは側面から突き出した武装プラットフォームだけで、主船体は鏡面装甲の奥に隠れている。


 プラットフォームから嵐のようなビーム攻撃が放たれる。

 第一目標は機動爆雷の群れ。あっという間に始末される。

 続いてその圧倒的な火力がドーサン・ロボに向けられる。


 回避運動。


 いくら僕でもビーム兵器を見てから避けるなんて不可能だ。振り回されるビームならば避けられても、断続的に降りそそぐビームの嵐が相手ではランダム機動で被弾確率を下げる事しかできない。

 そしてランダム機動中はこちらからの射撃の精度も落ちる。

 僕は自然に防戦一方に追い込まれた。


 未来予測位置を変動させなければ間違いなく落とされる。それがはっきりと分かる。


 苦し紛れに左腕のビーム砲の磁界を外部に広げる。この磁界に盾のような継続的な効果は期待できない。ビーム加速用の磁界ではそんなに長い時間は維持し切れない。

 可能なのは相手の攻撃を横から殴りとばすような短時間の運用だけだ。


 その程度でも充分だ。

 僕は少しだけ長く慣性移動を維持し、予想通りに飛んで来たビームを横に弾いた。


 まぁ、大道芸。

 最大限によく言ってもハッタリのような物だ。


 だけど、ハッタリの効果はあった。

 ビームの嵐が小雨程度に弱まる。びっくりして手を止めたのか、別のアプローチによる攻撃が必要だと思ったのか。いずれにしても助かる。


 僕は機動爆雷を周囲にばら撒く。


 僕の目的は自分たちの生存であって、ヴァントラルとの戦いはその手段に過ぎない。これはそのための布石だ。

 ま、敵が爆雷に気を取られてくれればその分だけ助かるし、必要になれば後からアタラクシアに向かって移動させることも可能だ。


 僕が一番に気にしているのはリヴァイアサンだ。

 アタラクシアよりもリヴァイアサンの方が危険な相手なのは間違いない。シグレに頼んでリヴァイアサンの移動データを入手してもらい、片目で参照している。


 面白い。


 リヴァイアサンの行動の印象を語るならば『未熟』『新米』と言ったところだ。

 少なくとも、彼が星系内の移動に慣れていないのは間違いない。太陽風への反応はまるで目を背けているようだし、進路の近くに障害物があった場合には必要以上に大きく迂回している。


 それはある程度は必要な事であるだろう。

 光速に近いというスピードでは極めて小さな物との衝突でも致命傷を受ける。

 そして速さは目標を発見してから対応までの時間を削ぎ落とす。


 ならば、ヤツにとってジール太陽系は狭い。

 ヤツが自由に動ける範囲は決して広くない。

 自由自在に動く光速の物体と戦うのは無謀だが、これならば勝てる可能性ぐらいはある。

 対空兵装を持たない歩兵が航空機を落とそうとするのは無理だ。しかし、その航路がわかっていれば阻害気球を上げるぐらいは出来る。気球に引っかかって落ちる飛行機は滅多にいないだろうが。


 リヴァイアサンがたどるであろう進路をシミュレートする。その進路を塞ぐように爆雷を移動させる。これだけでも勝率がゼロではなくなったかも。相手が僕に関係なく事故を起こす可能性の方が高いかもしれないけど。


 アタラクシアも爆雷に注目しているようだ。

 ビームの嵐はまだ小雨のままだ。


 こちらからも反撃する。

 アタラクシアは外洋型の宇宙船としては小型だが、それでもキロメートル単位の巨体を誇る。的はデカいし運動性も低い。火力によるゴリ押しが無くなれば簡単な標的だ。

 こちらからのビームが相手の武装プラットホームを根本から切り落とす。

 右も左も両方落とす。

 本体から切り離されたからと言って完全に無力化した訳ではないが、姿勢制御ができなくなってはまともな狙いはつけられない。見当違いの方向に打ち出されるビームを横目に両者を完全破壊する。


 まだ、油断はできない。

 鏡面装甲の向こうに隠れた本体がいる。


 本体がいるはずの場所をビームで薙ぎ払う。

 ビームは弾かれた。

 しかし、完全に無効だった訳ではない。装甲に傷をつけ、ステルス性を失わせる事には成功した。


 間髪をいれず両膝からのビームを叩き込む。

 鏡の盾は砕け散った。


 盾の向こうで大型ビーム砲を準備している、ぐらいの事はあるかと思った。何も起こらないので拍子抜けする。

 イモムシ船長は所詮『船長』。艦長ではない。

 戦闘が専門でない者が指揮しているのならばこんな物か。


 アタラクシアの本体が露わになった。

 随分と変形しているが、僕らが乗せられていた頃の面影があちこちに見られる。


 僕たちオーガチームがあの船に乗せられていたのは二年間ぐらいだったか?

 あの当時の僕たちにとって、アタラクシアは世界の全てだった。その外に広い世界がある事を知ってはいたが、それは僕たちには関係ない物だった。世界のすべてを知りたくて割り当てられた区画を抜け出して探検したのも良い思い出、と言えるかな?

 その後に散々折檻されたが。


 それ以外には訓練・教練の記憶しかないが、かつて世界のすべてだった物に自分で引導をわたすとなると……、どうでもいいな。


 攻撃開始までにわずかに間があいたが、アタラクシアの反応は鈍い。

 武装を失ったとしても、宇宙船としての機能が残っていれば戦いようはあるはずだ。

 反動推進機関に関しての戦訓は有名だ。


「船長たちはもうあそこには残っていないのかも知れないな」

「そうね。リヴァイアサンが接近して来ている以上、宇宙船に乗っていては攻撃に巻き込まれる可能性がある。戦いの閃光に紛れて逃げたと考えるべきでしょう」

「追える?」

「ステルス性能の高い宇宙機で先行されたのなら難しいわ。アタラクシアにハッキングを仕掛けていつ頃離脱したか探ってみる。でも、あまり期待はしないで」

「当面の戦いに介入されないなら問題ないさ」


 アタラクシアに向けて遠慮なくビームを撃ち込む。

 中枢部分だけは避けて慎重に切り分けていく。ヤツの超空間航行機関にはまだ用がある。

 メインロケットや核融合炉の切除は慎重に行う。


 アタラクシアに接近する。

 当初は移乗戦闘も考えていたが、相対速度が大きすぎてそれは難しい。

 代わりに両腕に接続しているアラクネー型の分体を分離・先行させる。


 二つの分体の間には複数の単分子ワイヤーで網を張り、分体とドーサン・ロボ本体も同じくワイヤーで繋いでおく。


 先行したアラクネーがアタラクシアを網に捕える。


「シグレ、衝撃にそなえろ!」


 アタラクシアの残骸が持つ運動エネルギーがアラクネー型に伝わり、そこからワイヤー伝いにドーサン・ロボまでやって来る。

 来たのは衝撃と言うよりはGだ。


 異なる運動を続ける二つの物体がワイヤーで繋がったらどうなるか?


 答え。

 二つの物体の重心を中心に回転運動を始める。


 なかなかの遠心力が僕たちを襲う。シグレがシートで厳重に保護されていなければ、こんな事は出来なかった。


 これもリヴァイアサン対策のひとつ。

 ただでさえ戦闘行動のために不規則な動きをしていた標的二つがいきなり進路を大きく変えたら、ヤツだって少しは慌てるのでは無いだろうか?


 適当なところでアタラクシアに絡めていたネットを切り離す。

 ドーサン・ロボは接線方向へと飛びだす。

 アタラクシアも反対方向へと離れていく。


 両腕の分体を回収し、加速する。

 狙う進路はリヴァイアサンから見て惑星ブラウの反対側へ、だ。ガス惑星がどこまで盾になるかわからない。だが、最低でも煙幕の代わりぐらいにはなるだろう。


 離れていくアタラクシアは撒き餌だ。

 亜光速宇宙船の攻撃範囲はさほど広くないはず。速すぎるから、真横に撃ったところで結局前方へと飛んでいく。航空機の固定機銃のような射界だと思って良いだろう。

 リヴァイアサンはドーサンとアタラクシアの両方を攻撃しなければならない。

 そう仮定すると、ヤツの進路が大いに狭まる。


 僕は通信システムを操作する。

 

「バギンス少尉、こちらドーサン・ロボ。聞こえるか?」

「こちらサンフラワー号。現在、旅客ブロックの切り離し作業中だ。手短に

頼む」

「リヴァイアサンの予想進路を渡す。軍に流してくれ」

「そんな物、どうやって?」

「厳密に言えばヤツがドーサンを攻撃したければ通らなければならないルートだ」

「なるほど。上層部と同僚にも渡す。だが、あまり期待するな」


 ま、テロリストを生き残らせるための援護なんて軍はやりたがらないよな。


 彼のところと念のため一般回線にも予測データを送る。一般回線へのデータ移送は妨害されていたが、途中からシグレがアシストしてくれてすんなりと通った。


「ところでロッサ」

「何?」

「向こうの船の乗員、脱出してないわ」


 一瞬、サンフラワー号の乗員乗客の脱出が遅れているのかと思った。

 そうでは無さそうだ。


「イモムシ船長たちがあそこに残っているという事?」

「そう。ジェイムスンとかいう人物はもとから脱出が困難だったみたいだけど、船長の方も残っている」

「そう、か」


 アタラクシアの観測データを見てしまう。我知らず、そちらに手が伸びてしまう。

 イモムシ船長には昔、ずいぶんと叱られた。それに反発もした。

 これって、一般的には『親』と呼ばれる物の性質ではないだろうか?


「……」


 これもまた、どうでも良いことだ。

 僕たちオーガに親はいない。

 いや、普通に産まれたオーガにならば居るだろうが、僕たちは研究室産の遺伝情報から造り出された第一世代だ。純粋培養のテロリスト、それ以上のものではない。

 

「彼らが死ぬならば、それで良い」


 彼らを助ける方法もその必要も、どちらも無い。

 僕はリヴァイアサンの攻略へと心を傾けた。

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