9 神の似姿

 自由に動けなくなってイライラするイモムシ船長視点。


 わたくしは入れられていた医療カプセルから這い出しました。

 ここは無重力ですから『這い出す』のはおかしいはずなのですが、そうとしか表現出来ない動きでした。どの神経が身体のどこにつながっているのか把握できていないのです。一見すると原種人類の美女に見える肉体が壊れたヤモリのような動きをしている様は、イモムシボディとは別の意味でホラーだった事でしょう。


 ジェイムスン様の心遣いは絶対にうまくいっていません。

 むしろ、これは新手の嫌がらせでしょう。

 先ほどまで目の前にいたジェイムスン様はどこかへ消えてしまいました。おそらくホラー系美女の存在に耐えられなくなったのでしょう。


 医療用のローブを肩に引っ掛けました。

 袖を通すなんて高度な動きはできません。そんな技能を習得するのは未来の自分に任せておきます。


 それに、服を着る上での問題はもう一つありました。今のわたくしの背中からは船と有線接続するためのケーブルが伸びます。蝶の羽を模した構造なのでしょうが、背中の大きく開いた服でも用意しない限り着衣とは絶望的に相性が悪いです。


 仕方ありません。

 船内の気温を少し上げて、裸で行動しましょう。見ている者もいませんし、妖精だと思えばそんなにおかしくありません。


 妖精らしく有線接続し、内外の様子を探ります。


 ジェイムスン様はアタラクシアの中枢部に居るようです。今までと使用する回線が変わった事で、彼の様子がよりハッキリと見えます。何かおかしな部分があるようですが、彼が変なのは今さらです。今の状況に関わりがある訳でもないのでスルーします。


 アタラクシアの戦闘形態への変形は完了しています。

 鏡面装甲による偽装もしっかりと機能し、電波撹乱物質も散布終了。わたくしが自分の身体に悪戦苦闘している間にステルスドローンの接近も終わっていました。


 ロッサ君の宇宙機は動いていません。

 これならば最上の一撃を与えられるとほくそ笑みます。……実際に笑い顔を作れるほど表情筋の扱いに習熟していませんが。


 撃ちました。


 避けられました。


 なぜ、どうして避けられたのですか?

 照準用のレーダーでロックオンなどせず、ステルスドローンからの観測データを使用した狙撃です。発射までの前兆など、何もなかったはずです。ビーム兵器が光速よりは遅いと言っても、見てから避けるなんて不可能です。


 まさか、殺気を感じて避けるとか、トンチキな事をしているのでは無いでしょうね?


 ドーサンと名付けられた宇宙機はこちらへ向かって猛然と加速を始めました。同時に機動爆雷を投射してきます。


 こちらを発見した、訳ではないようですね。

 大雑把な位置しか分かっていません。攻撃範囲の広い爆雷でこちらを燻りだそうという魂胆でしょう。

 問題ありません。

 速度の遅い爆雷がこちらに近づく前に本体を始末しましょう。


 わたくしはアタラクシアから分離させた砲台たちに攻撃開始を命令します。


 掃射するビームは『見てから』回避するようですから、一発の弾丸のような断続的なビームの雨を降らせます。


 当たりませんね。

 まだ遠すぎるのでしょうか?


 しかし、ドーサンからの十字にクロスするビームでこちらの砲台が破壊されます。

 機転を効かせたエインヘリヤルの応射で至近弾を撃ち込むことには成功しましたが、それだけです。


 こちら側に絶対有利な条件で戦闘を開始したはずですが、徐々に戦況を押し込まれている感があります。


 そう言えば、ステルスドローンの方はどうなったでしょう?

 ロッサ君もせっかく助けたのだから、サンフラワー号を襲えば足を止めるのでは無いかと期待したのですが。


 見るとドローン群も順調に数を減らしています。

 ロッサ君もドローンを繰り出したのかと思ったら、戦っているのは連合宇宙軍の軍人でした。


 軍人のクセにテロリストと共闘するとか何事ですか!

 そもそも、それだけの戦闘能力を残していて降伏するとか有り得ないでしょう!


 無茶を言っている自覚はありますが、ロッサ君はこちらからのビームを避けながらますます接近してきます。

 確率的にもそろそろ命中しても良い頃なのですが。


 ジェイムスン様からの通話がつながります。


「苦戦しているようだな、イモムシよ」

「はぁ、ヒラヒラした蝶々はあまり戦闘には向かないようですので」

「おまえの能力はむしろ上がっている。だが、あのドーサン・ロボはヤバいかもしれません」


 ?

 彼の言葉を理解しかねます。


「特異体3号ではなく、彼の乗る宇宙機が危険だとおっしゃる?」

「そうです。現存する最古の印刷物に曰く『神は人を自身の姿に似せて創造した』のだそうだ。古代人がどこまで『神』とコンタクトをとっていたかは定かではないが、彼らによれば人型とは『神の似姿』であるらしい」

「神に近しい存在だから人型には特別な力があると?」

「ただ人型をしているだけではダメでしょう。ですが、人型宇宙機に『宇宙を創造する力』まである超空間航行機関が搭載されているとなれば……。実際、私が観測する限りでもドーサンの手足の動きは不自然に速い。あの大きさの宇宙機ではなく人間が動作しているように思えます」


 そんな馬鹿な、と思いつつドーサン・ロボを構成する多腕式宇宙機の性能諸元を呼び出します。

 はたして素の多腕式にあの動きが可能であるか?

 結果は微妙な所ですね。リミッターを解除して思いっきりぶん回せば不可能とは言い切れない。少なくともあの機体の性能を上限まで使い切っているのはよく分かりました。


 話している間にドーサンの発射した機動爆雷が近づいて来ました。

 性能データによれば、あの爆雷の終端誘導は機能していません。しかし、ジェイムスン様からの警告を受けた以上、データを鵜呑みにするのは危険でしょう。本来よりも一回り上の性能があると仮定すべきです。


「アタラクシアの隠蔽を解除します。本船の全火力を持って機動爆雷を排除。その後、ドーサン・ロボに攻撃を集中します」


 わたくしの指示に従ってアタラクシアが動き出します。

 撹乱物質の雲を抜け、火力プラットフォームとなっているウィングを展開。有り余る火力で接近する爆雷を狙撃します。距離が近い上にろくな回避行動も取らない爆雷は簡単に爆散しました。


 ここから先はチキンレースです。


 火力に勝るアタラクシアがドーサンを捉えるのが早いか、運動性に優れた比較的小型のドーサンがアタラクシアに致命傷を与えるのが早いかです。


 パルスビームが嵐のようにドーサンに襲いかかります。

 エインヘリヤルたちはよくやっています。

 単純な未来位置だけではなく回避行動の結果いるであろう位置にもビームをばら撒いています。この攻撃から逃れられる者などいるはずが無い、そう思えるだけの攻撃です。


 ですが、ロッサ君の特異体3号の称号は伊達ではありません。

 縦横無尽に動き回ってビームの嵐を潜り抜けます。


 ロッサ君が凄いのか。

 ドーサンに人智を超えた力が宿っているのか。

 ひょっとしたらロッサ君の彼女、シグレちゃんが何かしているのかも知れません。ハッキングでひとつの星系の経済をぶち壊したという武勇伝も尋常ではありませんから。


 こちらのビームの一本がようやく直撃した。

 そう思ったのですが、弾かれました。

 あり得ない超パワーの発露、ではなくあちらのビーム砲の磁界を外部に作用させてビーム攻撃を横に逸らしたようです。

『理論上は不可能ではない』防御法ですが、現実にはタイミングやら何やらがシビアすぎて実行不可能なはずです。


 馬鹿げています。

 理不尽です。

 不条理に片足を突っ込むレベルで理不尽です。


 物理法則的に不可能、の直前に立ち止まっているあたりが余計に腹が立ちます。


 何を思ったのか、ロッサ君は爆雷を滅多やたらに明後日の方向に射出します。

ですがあの爆雷になんの意味があるのか、などと疑問に思っている暇はありませんでした。

 おかしな行動の後には的確な攻撃が待っていました。


 ドーサン・ロボのビームは長大な刃による斬撃です。武装を満載したウィングが真っ先に切断されました。

 本体の前面に掲げた鏡面装甲はビームに対して少しだけ抵抗しました。一撃では貫通せず、二度三度と斬りかかられてようやく崩壊しました。


 その後はもう何も出来ません。

 回避行動を取ろうとはしましたが、装甲板がわりに貼り付けておいた居住ブロックを貫通してロケットノズルや核融合炉を切り離されてしまいます。

 アタラクシアは入刀されるケーキのように切り刻まれていきます。


 嬲っているのですか、あのガキは!


 もう何も出来ないぐらいに小さくなっているのに、中枢部にだけは攻撃が当たりません。

 わたくしもジェイムスン様もまだ生かされています。


 アタラクシアとドーサンの軌道が交差します。

 こちらにとどめを刺すなら最接近した瞬間だろうと身構えます。ですが、単純な攻撃ではなくロボの両腕が外れてこちらを挟みこむように飛んで来ます。


 ?


 それが来る一瞬前に気づきました。敵と交差する時のロッサ君の得意技と言えばアレでしょう。


 単分子ワイヤー。


 わたくしは慌てますが、対応する時間は残されていませんでした。

 アラクネー型の分体の間に張られたワイヤーが小さくなったアタラクシアを引っかけます。


 恐ろしいほどの衝撃が襲って来ました。

 これは、死にましたね。


 今のわたくしは人型です。そして立っていました。

 基本的にヒューマノイドの搭乗を想定していないこの船には、シートという物が存在しないのです。元のイモムシボディならば多数の足と吸盤で身体を保持できたのですが。


 さよならです。

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