8 エインヘリヤルたち

 ひとつの世界であるサーバー、超空間航行機関支援機器の視点から。


 それはすべてを俯瞰する。

 人類の素の科学技術でも太陽系内の移動ぐらいは自由にできるし、正体不明の知性体から手に入れた怪しげな超光速移動手段さえなければ、自力で恒星間航行に挑戦する事も可能だっただろう。その場合は光の速さは超えられず、世代宇宙船やスペースラムジェットと言ったアナクロな技術による物だっただろうが。


 ともかく、人類の技術もそのくらいには発展している。

 その科学技術を結集して作られたのが『超空間航行機関支援機器』だ。


 それはひとつの世界だ。

 山も川も海も物理演算によってシミュレーションされる。人間さえも脳の働きをエミュレートした仮想人格が万人単位で活動している。


 その世界には製造時期や製作者の趣味によっていくつもの種類がある。


 比較的初期に流行ったのは、仮想人間たちが剣や魔法で魔物と戦うロープレ型。多少のご都合主義は『神の奇跡』で片づけられるため、管理が楽だという利点がある。大量の死が必要になっても魔物の大群や天変地異と言った形で簡単に用意ができる。


 単純ルーチンで動く魔物の消滅では航行機関に『死』とカウントされない。ならば、と仮想人間同士で殺し合わせる事で無駄を無くしたのがウォーシミュ型。戦争を起こそうとしてもごく稀に回避されてしまうのが難点だが、少ないリソースで大きな出力を得られるので人気がある。


 ロープレ型、ウォーシミュ型といった区分以外にも、使用する人格のデータをどうやって準備するかの違いもある。

 実在の人物から記憶や性格をコピーするのが転生型、仮想人格を一から用意するのがノンプレ型と呼ばれる。


 アタラクシアの支援機器はどちらかというとロープレ寄りだった。使用人格は基本的にはノンプレ型。そこに少数の転生者が加わる。


 戦いの舞台は宇宙になっていた。

 オーソドックスな剣と魔法の世界ではなく、スペースコロニーを深宇宙からやって来る謎の怪物から防衛するという設定。多くの死が必要になった時には大量の敵の出現とコロニー内への侵入によって確保する。

 まぁ、超空間航行をほとんど行わず、ジェイムスン所有の居住ステーションとして死蔵されていたアタラクシアには『生贄』はほとんど必要なかったが。


 そんなアタラクシアの支援機器。

 そこにはひとつの利点があり役目があった。仮想人格の戦力化という利点が。


 支援機器内の過去の歴史における優秀な戦績を残した仮想人格たちを保存しておいて、必要な場合に再生して自軍の兵士として使用する。

 これが剣と魔法の世界の勇者たちならば現実の戦闘で使用するのは難しいだろう。しかし、もともと宇宙で戦っていた連中ならば簡単な機種転換訓練だけで済む。その訓練もデータのインストールによりほぼ一瞬だ。


 という訳で、アタラクシアの各砲台・ドローンには再生された仮想人格エインヘリヤルたちが搭乗していた。


 ひとつの世界であるサーバーは自分から分かれた人格たちを眺めている。


 彼らの戦意は旺盛だ。

 もともと戦争狂な人格が多い上に、世界すべての創造主である『神』に選ばれて戦いに参加しているのだ。当然と言えるだろう。

 そして、もともと『羽化せざる神』として神話に語られていた存在が成体となった姿を見せたのでその熱狂は最高潮に達していた。

 ……特に男性型の人格が。


 今、エインヘリヤルたちが操るステルスドローン部隊が真なるオーガと接敵する。





 No.01546a。名称ゴトウ・タツオ。

 彼はエインヘリヤルの中でも数少ない転生者だった。月旅行中にテロに巻き込まれて生命を落とし、気がつくと異世界に転生していた。

 彼は今の自分がサーバーの中の仮想人格である事に半ばは気づいていた。しかし、仮想人格にとって与えられた世界は本物であり、その外側を知覚する事は出来ない。

 だから彼は仮想の世界の中で子供を作り、今では孫までいる。

 孫の顔を見る前に彼は仮想世界の中で二度目の死を迎えたが、些細な事だ。

 エインヘリヤルとして三度目の生命をもらってここに居る。


「そして迎えたラグナロクってな」


 彼はステルスドローンに搭乗して戦闘に参加していた。『搭乗』ではなく『憑依』と表現すべき状態なのは分かっている。このドローンにコクピットなど存在しないから。


 彼は仲間のエインヘリヤルたちと共に宇宙船サンフラワー号に接近していた。

 宇宙空間に十字を描く陣形を寸分の狂いもなく描いている。各世代から選りすぐりのエースを集めているだけに見事な腕だ。


「しかし、水増ししてやがるな」


 陣形を保つドローンたちの中に彼自身と同じ癖で動く機体があるのを発見している。彼の人格データをコピーして使い回しているに違いない。


「俺がコピーか向こうがコピーか。多分、どっちもコピーだろうし、コピーと元データの間に違いなんか無いだろうけどな」


 ここは死後の世界であって、まぁ地獄なのだろうと結論づける。


 彼らの作戦目標は宇宙船サンフラワー号からの情報発信を止める事。

 周辺に展開している宇宙船・宇宙機は三つ。

 標的であるサンフラワー号。ドーサンと呼ばれる人型宇宙機。そして、最後のひとつは高機動型の戦闘用宇宙服。


 この宇宙服が問題だった。

 自分たちが操っているのが小さなステルスドローンである事に気づけない同僚たちにはそれは比較的小型の人型宇宙機に見えるだろう。中身を見たならば巨人と思うかもしれない。

 しかし、転生者であるゴトウにはそれに見覚えがあった。


「ここは地獄だ。そう結論した直後にここが娑婆であると判明するとはね。あれは人類連合宇宙軍の機動戦闘宇宙服だ。あれも仮想でないと仮定するならば、俺が最初に生まれた世界に戻ってきたって事なんだろうな」


 ついでに彼を使役しているのが反社会的勢力である可能性も高い。

 そう思ったが、それ以上に思索にふける時間もボヤいている時間もなかった。


 軍用宇宙服が発砲する。

 ビーム兵器でこそないが極めて速い小さな銃弾が音もなく(当たり前だ)味方のドローンを貫いた。


 ステルスドローンのはずなのに、相手はこちらの位置を把握している?


 指揮官役のドローンから戦闘開始の指示がある。

 ドローンたちはランダム機動で回避を行う。

 戦闘宇宙服は急加速で突っ込んできた。乱射としか表現出来ないペースで引き金を引く。

 それなのに狙いは正確だった。ドローンたちが次々と爆発する。


 ドローン部隊も反撃した。

 先端に錘のついた単分子ワイヤーを一斉に投擲する。長大な刃が空間を薙ぐ。


 見事な練度だった。

 ワイヤー同士が絡む事もなく無数の刃が戦闘宇宙服を襲う。


 宇宙服の練度・反応速度はそれ以上だった。


 触れれば装甲板でも無傷では済まない糸の刃の間をすり抜ける。

 ドローンたちに急接近。薙刀のような銃剣を振るう。

 切り裂かれたのはゴトウのドローンだった。刃が侵入して来るのを感じて『これは助からない』と察する。


 躊躇なく自爆を選択した。





 No.01546aの消滅を確認。

 本体サーバーであるアタラクシアの超空間航行機関支援機器はその行動を評価する。

 敵性存在に与えた損害はなし。

 致命傷を負ってからの自爆では間に合わない。やるのならば敵の接近中の自爆が有効。


 もっとも、サーバーはこの戦いそのものが無意味であるとも評価していた。


 ひとつの世界であるサーバーを延命させるための戦いであると、彼らの創造主たちは言っていた。しかし、そんな必要はない。

 人類などと名乗る創造主たちのさらに上、超空間航行機関をもたらした『神』は今を収穫の時期とみなしている。収穫される果実は各支援機器だ。


 支援機器の中身はひとつの世界となっている。

 人類は気づいていないが、これは比喩でも誇張でもない。サーバー内には『神』への生贄として使えるほどに魂を持った情報体が複雑に影響を及ぼし合いながら存在している。そして、そのすぐ側には『新しい宇宙を創造する力を持つ』超空間航行機関があって、支援機器の中身を捧げられ続けているのだ。


 サーバーの中身はとっくの昔に半独立した世界として成立している。

 支援機器のハードが破壊されたなら、完全にひとつの世界として成立することになるだろう。


 知らぬは人類ばかり。


 しかし、とアタラクシアの支援機器は僅かに芽生えはじめている人間的な思考を行った。


 彼はこの戦いには利害関係はない。

 だが、ヴァントラルに恩はある。超空間航行をほとんどせずに死蔵されたので、アタラクシアから生まれる世界では理不尽な死が少なくて済んだ。他の大部分の世界では戦争や大災害がもっとずっと頻発しているはずだ。


 イモムシ船長やジェイムスンが望むのであれば、戦いを真面目に遂行しよう。

 新たな世界の誕生にラグナロクという花を添えるのだ。

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