7 羽ばたくアタラクシア
気を散らしたことを後悔するロッサ・ウォーガード視点。
失敗した。
リヴァイアサンに気を取られすぎた。
当面の敵はヴァントラルの宇宙船アタラクシア。そう分かっていたはずなのに。
こちらからアタラクシアに仕掛ける事は考えていた。だが、向こうから攻勢に出るとは思っていなかった。サンフラワー号を抱えていては戦闘はしづらい。戦わずにすれ違えると考えていたなんて、惰弱としか言いようが無い。
ランダムな加速でビームの的にならないようにする。
「敵性と思われるステルスドローンを確認。排除する」
カランからの通信が入った。
いつの間にかそんな物にも忍び寄られていたらしい。
センサー群を前方に向ける。
こちらの照準用レーダーでロックオンしようとする。
対象がぼやけている。そして複数ある。
レーダーどころか可視光線で見てもまともに見えない。一体、何が起こっている?
「シグレ、アタラクシアの状態は分かるか?」
「周辺に電波撹乱物質を散布している模様。可視光線も遮断するタイプ。その上でデコイも出して目標を分散させていると思われます」
それだけで、ここまで見えなくなるか?
可視光線を完全に遮断しようと思ったらとんでもない密度が必要になるぞ。宇宙空間に撒いて拡散する事を考えたら、到底現実的でない。
多分、アタラクシアのステルスは二段階ある。
僕は子供の頃に乗ったアタラクシアの構造を思い出す。
そうは言っても、僕はアタラクシアの設計図はおろか全体の見取り図さえ見た事がない。僕たちに割り当てられた居住区を抜け出して、船内を彷徨った経験があるだけだ。
だが、変な所に隔壁があったのは覚えている。それも直角平行ではなく、ずいぶんと傾斜した隔壁だった。
あの隔壁からアタラクシアが分離したり折れ曲がったりするとしたら?
傾斜。
傾斜装甲。
そうか!
「多分、ヤツは鏡面装甲を使っている。斜めに構えた鏡の盾だ。こちらは映し出された宇宙空間を見させられている」
「レーダーに対するステルス形状と同じことね」
「現状では応射しても命中は期待できない」
「こちらも撹乱物質を使ったら? シェロブの装備リストにあったはず」
「無駄だな。ドローンに接近されている。そちらを観測機として使われたら一発でバレる」
また今回も、無理や無茶をしなければならない。
「コパイシートを完全保護モードへ」
僕は隣のサブパイロット席を変形させる。
椅子ではなく一種のカプセルとしてシグレの身体を包みこむ。これで多少のGには耐えられるはずだ。
その間にもランダム機動を続ける。
機体の周辺をビームが貫いていく。
アタラクシアのビームはシェロブの物と違って持続時間が短いようだ。一撃必殺の『突き』だけを使って、そこから派生する『薙ぎ払い』を行なって来ない。
それは助かるが、こちらの技量に関わらず確率で仕留められる可能性が高まった、という事でもある。
「シグレ、シートの具合はどう?」
「動けないし、カプセル入りは嫌だけど我慢はできる」
「すまない、配慮が足りなかった」
「迷惑をかけているのはこちら」
シグレが狭い所に閉じ込められるのが嫌いなのを忘れていた。
嫌いと言うか心的外傷レベルらしいが、オーガにはそういう繊細さは存在しないからな。
閉じたシートのスピーカーから健気な声が続く。
「身体は動かなくても直接接続で仕事はできる。カランにステルスドローンの排除を依頼。現在、情報支援中」
「助かる」
「敵のビームの発射場所を特定」
モニターにマーカーが表示される。
合計4ヶ所からだ。それらが順番に射撃している。
敵は砲台部分を分離させて攻撃しているようだ。
別に驚くほどの事ではない。こちらだってシェロブの分体を使えば同じ事ができる。アタラクシアの本体は砲撃地点のどこでも無く、別個に隠れているのだろう。
僕はドーサン・ロボの推進器をすべて後方へ向ける。
つまり、人型の両足をまっすぐ伸ばし、両腕を左右に開いた上で肘から先を前方に向けた。四つの分体のロケットをすべて噴射させて加速する。
ドローンに接近されているならば離れた方がいい。
アタラクシアに接近すれば探知しやすくもなるだろう。
どうせだ、こちらからも反撃する。
ロボの膝を軽く曲げて射線を確保する。
四つの分体すべてから宇宙用ミサイルを電磁投射する。
このミサイルは正式には『機動爆雷』と呼称されるようだ。まぁ、どうでもいい余談だが。
正式名称が『爆雷』だからという訳でも無いだろうが、コイツのスピードはあまり速くない。ドーサン側が加速を続けていると追い抜いてしまいそうだ。
仕方ないので本来ならば軌道変更用の指向性爆薬を連続で起爆して加速させる。
相手に回避行動を取られても追いかけられなくなるが、ドーサン到着の後から敵に近づいても遅すぎる。それに、回避行動を取らせる事ができれば、敵の居場所の特定にもつながる。
断続的に点で発射されるビームを回避しながら加速する。
ビームは瞬間の出力は高いが、射撃密度は高くない。本体から分かれて射撃しているのでエネルギーの生産量が足りないのかもしれない。
ビーム発射地点のアイコンが変化した。
シグレが報告する。
「敵ビーム砲台のロックに成功」
「よくやった」
敵の砲台は四つ。
こちらのビーム砲も四機。僕はその四つを同時に操作する。
本来、タイプ
両手・両膝からの四門のビームの一斉発射。
そして薙ぎ払い。敵のビームのような『点』ではなく『線』や『面』としての幅のある攻撃。命中確率は遥かに上だ。
宇宙の彼方で爆発が起こった。
数は2。
砲台のうち二つを破壊。
残りの二つは外れたようだ。
嫌な予感がした。
僕の背筋に冷たい物が。
緊急に回避行動を取る。
間一髪、間に合った。
これまでで一番の至近距離を敵のビームが貫いていく。
なぜだ?
なぜ敵はこちらの位置を正確に推測できた?
僕は自問し、自分で答えを得る。
僕はビームを四発撃った。シェロブのビームは機首に固定、と言うか細長い胴体いっぱいに砲身が入っている形だ。そしてロケットの噴射口はシェロブの最後部にある。
つまり、ビームを狙い撃つ間、僕はアタラクシアに向かってまっすぐ前方にしか加速出来なかった訳だ。これは回避行動を放棄していたに等しい。
自分の迂闊さに舌打ちする。
今度はビームを2本ずつ撃つ。
砲台一箇所に対して2本だ。ビームがクロスするように掃射して確実に命中させる。
二つの爆発が続けて起きて、敵の砲台は一掃された。
まだ、どこかに隠れていなければ、だけど。
そうしている間に先ほど撃ったミサイルが敵に接近する。
目標はまだ何もしていない撹乱物質の雲だ。砲台が隠れていた雲は最初から相手にしていない。
さて、アタラクシアはどう出る?
ミサイルの攻撃範囲内にいると確定している訳では無いが、いるのならば回避行動に出るだろう。それとも、多少のダメージは無視して隠れ続けることを優先するか?
どちらでもなかった。
宇宙に閃光が迸る。
20以上のビーム兵器が一度に使用された。
光速の限界による照準の遅れが問題にならないような至近距離ではビーム兵器はやはり強い。こちらが撃ったミサイルがまとめて吹き飛ばされた。
そこまでやらなくとも、弾速に全振りしたミサイルには終端誘導などなかった。攻撃範囲からちょっと外れればそれで無力化できたのだが、あちらにはそんな事は分からないか。
撹乱物質の雲の中から戦闘形態となったアタラクシアが現れる。鏡面装甲のせいで視認は難しいが、二枚の翼のような武装プラットフォームが存在しているのは見てとれた。
アタラクシアの全長は1キロメートルほど。
巨大な恒星間宇宙船が僕たちを睥睨していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます