6 雌虎オーガ
欲求不満の軍人、カラン・インベーション視点。
あたしは荒れていた。
イライラついでに自分の機動戦闘宇宙服の点検をする。戦闘用強化人間専用の『着込む戦艦』などと呼ばれる強力な装備だ。下手な宇宙機となら互角に戦える能力がある。
全く問題なく機能することで、ますますイライラがつのる。
このあたしがテロリストの捕虜にされるなんて、あっていいはずがない。
でも、あの場面で戦闘を続けていれば、機動戦闘宇宙服を身につけたあたしはともかく、フーラムは命を落としていただろう。
それは避けたかった。
別にフーラムを責めている訳じゃないぞ。アイツの実力は認めている。アレは良い男だ。欠点は身長が低すぎる事だけ。そうでなければ一晩と言わずイロイロしてやってもいいんだけどな。
だけどな、年齢一桁かそこらのヤツにいいようにやられたなんて、絶対に認めたくない。ロッサが隙を見せたらすぐにでも喉笛に喰らい付いてやる。
そう思っていた。
なのに、唐突に何の前触れもなく、我々の前に半壊状態の宇宙船が出現した。
理解不能の事態。
でも、目の前に死を待つばかりの民間人がいることには間違いがない。
あたしもフーラムもとっさにコクピット内の操縦装置に手が伸びた。
反応はない。
最低限のセンサーを除いてあたしたちの乗るコクピットは機能していない。見ることは出来ても手は出せない。外部の情報を得ることができるだけでもロッサたちの温情と言っても良いだろう。
感謝なんかしてやらないけどな。
だけどテロリスト宇宙機と合体させられた我らがシェロブは動いた。
爆発寸前だった宇宙船の核融合炉を切り離し、鮮やかに処分してみせた。ゾクっとするような見事な手際だった。
「おい、カラン。俺っちは夢を見ているのかな?」
「あたしも幻覚を見ているらしい。テロリストが何の躊躇もなく、自分の身を危険にさらしてまで民間人を助けたような気がしたんだが」
「俺っちの頬を抓ってみて……いや、やらなくていい。肉をちぎり取られそうだ」
「ホントに喰いちぎるぞ、コラ」
まぁ、夢ではない、のだろうな。
フーラムは『よくやった』とメッセージを送った。
その後のロッサと二等航海士の会話もこちらで傍受できた。こちらから発言することは出来なかったが、話の内容だけは理解できた。
夢じゃ無いかと疑うことのパート2だったが。
「地球が、壊れた?」
「上層部に連絡しなければ。……俺っちたちには無理か」
「いや、ロッサが自分から情報を流している」
「マズイぞ。こんな内容を一般回線に流している」
「そりゃあ、アイツには軍や政府の高官へのホットラインなんか無いだろうけどな」
やめろ、と叫んでも意味はない。
それにロッサは、彼の立場としては公共の利益になる最大限の行動をしている。
テロリストの立場というものがとてつもなく悪いだけで。
あたしとフーラムは顔を見合わせる。
どちらからともなくうなづいた。
「あたし達の休憩時間は終わったようだ」
「仕事に復帰だな」
ロッサにもう一度メッセージを送る。『話がしたい、サンフラワー号に移動して救助活動をしたい』と。
『了承』の文字と同時にモニターが人の姿を映す。尖った耳の銀髪の少女の方だ。フーラムが対応する。
「アレ、嬢ちゃんか?」
「はい、私です。ロッサは今、リヴァイアサンの事が気になるみたいで」
「アイツがヤキモキしても何も出来ないと思うけどな。テロリストどころか正規軍でもあんな物は迎撃不能だ。亜光速で飛んでくる敵意を持った宇宙船何て、意思を持ってホーミングして来るビームみたいな物だぞ」
「そうですけど、ロッサならば何かしてくれると思いませんか?」
「彼に負けた身としては否定しきれないが、それはいくらなんでも恋人万能主義すぎると思うぜ」
「え?」
シグレちゃんは頬を紅く染めた。
初々しいね。
「そ、そうは言ってもリヴァイアサンへの対応は必要です。リヴァイアサンが超空間航行機関を探知しているのか、事前の情報を元に攻撃しているのかは不明ですが、もし探知しているのだとするとサンフラワー号やドーサンも襲われることになります」
「その場合の対応は簡単だ。超空間機関を捨てればいい。ま、大抵の宇宙船は機関が船の中心にあるから、どちらかと言うと船を捨てて人だけ脱出する形になるだろうが」
「そう思ってサンフラワー号の図面を用意しました。こちらから観測できる限りの損害状況のデータも付属させてあります」
「嬢ちゃんは良い嫁さんになれるぞ」
「それ、わざと言ってますよね」
お、フーラムが睨まれている。
あたしは立ち上がって彼の首根っこをひっ捕まえた。
「話がまとまったならばさっさと行こうぜ。あたしはもう、退屈で死にそうだ」
このコクピットともおさらばだ。
あたしは勢いをつけて点検用ハッチを蹴り付けた。本来ならば聞けてはならない音がして、宇宙空間が露出する。空気がハッチの残骸とともに噴出していく。あたしは高笑いしながらヘルメットを被った。
フーラム?
アイツだって宇宙用の強化人間だ。短時間の真空暴露ぐらいでダメージは負わない。
念の為言っておくが、いくらあたしでも素のままではハッチを蹴り開けるなんて無理だ。『着込む戦艦』にはパワーアシスト機能は無いが、拳や蹴り足の保護と、過剰すぎる筋力で骨格が破壊されないための外骨格としての能力はある。
逆に言えば、強すぎるタイプ
さらにもう一つ。
今あたしが蹴り飛ばしたのは本来ならシェロブの内部につながるはずのハッチだ。いくら何でも装甲された外部へのハッチは壊せない。
フーラムを抱えて宇宙空間に飛び出す。
「オイオイ、乱暴すぎるぞ。ガス惑星周辺の荷電粒子帯は強力だ。俺っちの宇宙服では長くは持たない」
「尚のこと、さっさと動くぞ」
周りを見まわして、残骸のような宇宙船を発見する。
そちらへ向かって推進器で移動。『着込む戦艦』の移動能力は優秀だ。オーガらしく大雑把なフィーリングで移動しても問題は出ない。もちろん、タイプ
移動関係が優秀な反面、この装備も探知能力はさほど優れていない。これは単独での行動が想定されていない為だ。常に他者と連携し、索敵はそれが得意な支援機が担当する。そういう設計思想。
だから、その時ソレを発見したのはあたしの優秀さがなせる技だ。
視界の片隅に入った星とは微妙に違う何か。
最初はサンフラワー号から剥がれたただの破片だと思った。しかし、ソレはその運動エネルギーのベクトルを変化させた。
ソレは残骸でも破片でも無い。意思と機能を持つ何かだ。
ソレが宇宙服のレーダーでは感知出来ないのを確認して、あたしは一切の油断と余裕を捨てた。
「フー、サンフラワー号の事は任せる」
「オイ、何を!」
小さな身体を本来の目的地に向かって投げる。
ロッサも何かを感じ取ったのか、移動を開始した。一瞬前まで元シェロブの宇宙機があった空間をビームの閃光が貫く。
遥か彼方にいるヴァントラルの宇宙船との戦いはロッサに任せるしか無いな。
あたしの相手は別にいる。
あたしはすべてのセンサーを最大限に稼働させる。
微かな違和感、という形で10をこえる敵を発見する。
密かに忍び寄ってきた敵の正体は小型のステルスドローンだ。コイツらの標的はロッサかもしれないが、軍人のそばにこんな犯罪性のある危険物を展開した以上、ぶち壊されても文句は言えないよな。
あたし向けの相手がようやく出てきた。
ここがあたしの戦場だ。
「敵性と思われるステルスドローンの存在を確認。排除する」
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