5 戦端

 状況を整理したいロッサ・ウォーガード視点。


 ええっと、何がどうなっている?

 僕は生まれながらに凶悪なテロリストで、人類社会全体が僕の敵に回っているっぽい。人類連合宇宙軍とかも敵で、すでに交戦もした。

 僕はテロ行為の最中に自分のツノを折る事になり、結果として僕を作りだしたテロ組織ヴァントラルの支配から逃れることになった。そのせいでヴァントラルも敵だ。いや、自殺特攻を命令してきた以上、最初から敵のようなものだけど。


 ここまででもお腹いっぱいなのに、新たに外宇宙から亜光速で接近してくる物体があるらしい。

 リヴァイアサンと名付けられたそれは、超空間航行機関を持つ宇宙船を目の敵にしていて、片っ端から攻撃してくるらしい。光速に近い相対速度による質量攻撃なんて、絶対に受けたくないぞ。

 地球までぶっ壊されたと言うし。


 最後のリヴァイアサンに関しては『絶対に敵』という訳ではないな。

 ドーサン・ロボの持つ超空間航行機関を投棄すれば、戦わないで済む可能性もある。そうすれば、人類社会を混乱させてくれるコイツの存在はむしろありがたい。


 しかし、せっかく手に入れた超空間航行機関の中枢部を捨てるのは実に惜しい。

 金銭的な価値の面でも惜しいが、それ以上にこの星系から脱出するための手段として惜しい。サンフラワー号が行き先を定めずに超空間に入っても大きな問題なしで出てこられた、という実例を見たので尚更だ。

 二等航海士という立場がどの程度一人前か知らないが、まったくの素人ではないだろう。そんな人物が緊急時の離脱手段として採用するのだから、賭けてみる価値はあるはず。


 それに、少し前からおかしな感覚があるんだ。

 まるで僕と超空間航行機関がつながっている様な、あの赤い玉から力が送られてくるような奇妙な感触がある。

 あの玉は生物のような性質も持っていると言うが、自分が捨てられないように力を貸すようなアピールもできるのだろうか?

 何にせよ、あれを失うのはとても惜しい。


「シグレ、リヴァイアサンの進行状況は?」

「このブラウ惑星系に向かって真っ直ぐ移動中。到着までは1時間弱。星系内に入ってから若干減速している感じ。星系内と言ってもまだ彗星の巣あたりだけど」

「恒星間空間とはデブリの密度が違うだろうからな。……そう言えば、ヤツは黄道面に沿って侵入してきているの?」


 星系というものは基本的に平面だ。あまり三次元的でない。

 恒星間を移動する宇宙船ならばそんな平面など無視してやって来そうだが。


「なぜか黄道を通っている。星系内の複数の目標を攻撃するのならばこの軌道も納得できるけど」

「ジール恒星系内の宇宙船の配置状況はわかる?」

「モニターに出すわ」


 惑星ブラウに比較的近い場所には推進剤の補給を受け取るための泊地がある。ガスフライヤーが集めてタンクで打ち上げたものを受け取るための場所だ。ここに三隻ほど。

 惑星間の空間に探査船か何かが一隻ポツンといる。こいつはリヴァイアサンがブラウに接近するついでに、行きがけの駄賃で破壊されそうだ。

 残りはこの惑星系の首都、ブロ・コロニーの周辺に停泊している。

 これらの船はすべて『テロリストの逃亡を防止するために』超空間に入れない状態になっているそうだ。ヴァントラルがリヴァイアサンと通じている、状況証拠がまた一つ増えたと言えるだろう。


 流石にヴァントラルがリヴァイアサンを建造したとは思わない。アレを造ろうと思ったらスペース・コロニー群を複数造り出すぐらいの資源と資金が必要なはずだ。


 リヴァイアサンが全ての宇宙船を攻撃すると仮定して、その移動ルートを考える。


 惑星間にいる一隻が最初の犠牲者で、次が泊地の宇宙船。アタラクシアと僕たちが泊地と同時かわずかに後。最後がブロ・コロニー周辺となる。


 行動の自由度では僕たちが一番有利だろう。

 他の宇宙船は船を捨てて逃げ出すか、超空間航行機関を頑張って使用可能な状態に持っていくかの二択しかない。

 僕らは惑星ブラウに近い分、ブラウの陰に逃げ込むという選択肢が取れる。地球を破壊できるというリヴァイアサンでも、巨大なガス惑星を破壊することは出来ないはず。


 そんな事を考えていると、カランとフーラムの軍人コンビが連絡をとって来た。民間人の救助は自分たちの本来の任務であると言う。サンフラワー号に移乗して彼らのために働きたいとの事。

 断る理由もないので了承した。


 リヴァイアサンについてつらつらと考える。

 今は彗星の巣あたりに居るという。これは『その辺りに居るのが観測された』という意味だ。実際には観測した光を追いかけてもっとずっと近くまで来ているはずだ。星系の最外縁部からここまでなんて、1時間程度では光の速さでも来れはしない。

 最も相対性理論では、観測されている物こそが『今・その場所にいる』のであって、あり得ないくらいの時間で急接近して来る事になる現象は『空間が歪んでいる』と解釈されるはずだが。


 急にシグレが緊迫した声を上げる。


「リヴァイアサン近辺で爆発を確認」

「何かと衝突した?」

「いいえ、核融合炉の崩壊らしい放射線を確認。あの場所にいた宇宙船か何かを攻撃したものと推測します」

「そんな所に何が?」

「分かりません。密輸船か軍関係のテストか。通常の広報には流れない種類の船だと思われます」

「……しかし、そんな事が起こるはずがない」


 恒星間空間に近いような場所に、そんなにボコボコと宇宙船がいるはずが無い。リヴァイアサンが通りかかった所に『偶然に』宇宙船が居るなんて、文字通りに天文学的に小さな確率になる。


 偶然でないとすれば、なぜだ?


 偶然でなく必然であるならば、考えられる可能性は二つだ。

 密輸船か何かをなんらかの方法でおびき寄せたのか、その船がその場所に居るのを最初から知っていたのかのどちらかだ。


 人類社会の中にリヴァイアサンの協力者が居るのなら、密輸船を誘き寄せる事も不可能ではないだろう。

 宇宙船の居場所を知っていた、という考えは荒唐無稽だ。リヴァイアサンの移動手段はスペースラムジェット。これで光速近くまで加速するには相当な時間が必要だ。『あらかじめ相手のスケジュールを把握していた』レベルの情報ではなく『何十年・何百年後に相手がそこにいるのを予言した』ぐらいの事が必要になる。

 ただ、すでに超光速での移動手段という荒唐無稽がある以上、未来のことを知るという荒唐無稽があってもおかしくは無い。超空間航行が空間を飛び越えられるのなら、時間だって越えられるはずだ。


 そう言えば、イモムシ船長が『神だ、悪魔だ』と妄言を吐いていたな。

 時間を飛び越えて人類の歴史に介入し、リヴァイアサンのような怪物を用意出来る存在が居るのなら。それならば『神』と名乗っても無理が無いと思える。


「ねぇ、ロッサ。リヴァイアサンの目的って、何だと思う?」

「全ての宇宙船を破壊する事、は手段か。イモムシ船長の言葉を信じるならば、超空間航行によるパラレルワールドの発生を阻止する事、になるのかな」

「やっぱりそう思う?」

「何が?」

「ロッサの推測が正しいなら、リヴァイアサンの同型船は5隻や10隻じゃ無いわよね」

「そうなるね。人類版図のすべての星系に送り込まれているはずだ。でなければ目的を達成できない」

「他の星系の状況はわからない。けれど、太陽系もここも同じ状況ならば、その他も同じだと推測出来るわ」


 とんでもない規模だ。

 時間的にも空間的にも、そして経済的にも。


「それだけの数のリヴァイアサンを用意するには100年や200年では無理だろう。移動時間まで含めれば万年単位で時間がかかっていそうだ」

「人類が超空間航行を手に入れる前から準備している計算ね」

「パラレルワールドの発生が神にとってそれだけ不都合なのか。それとも……」

「それとも?」

「わざと人類にパラレルワールドを大量生産させて、今が『刈り入れの時』なのか」


 僕の背筋に冷たいものが流れる。嫌な感じだ。

 だけど、違和感がある。

 それがそんなにショックな事か?

 僕がテロリストとして製造されたように、人類が神に家畜のように扱われてとしても別におかしな事ではない。


 この嫌な感じは、嫌な予感は別件だ。


 僕はドーサン・ロボを加速させる。

 間一髪だった。

 それまでドーサンが居た空間を閃光が貫く。


「何、何が起きたの⁈」

「遠距離からのビーム狙撃だ。ロックオンぬきでパッシブなセンサーだけを使って奇襲をかけて来た」


 相手は当然アタラクシア。

 リヴァイアサンだけに気を取られているべきでは無かった。


「来るぞ!」

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