4 さなぎ

 身体の不調を訴えるイモムシ船長視点。


 わたくしは意識を失っていたようです。

 何が起きたのでしょう?

 わたくしも稼働を始めてから長いですから、身体に不具合が出ているのかも知れません。イモムシの身体に人間の脳、なんて存在がわたくし以外に居るとは思えません。わたくしの状態について類例と言えるデータなどどこにもないという事です。


 いきなり意識を失うなんて、かなりヤバい状態ですよね。

 今のわたくしは液体のプールの中に沈められているようです。意識を失った後で医療設備に収容されたのでしょうが「こんな時に不具合が出るなんて」と歯噛みする思いです。もう、すべてが終わる直前なのですから、あと一日かそこら異常が出なくても良かったでしょうに。

 脳に問題があるのか、肉体の感覚がおかしいです。

 まるで自分の身体では無いかのよう。


「目が覚めたようですね、イモムシ」


 ジェイムスン様の声が聞こえました。この声もいつもとは少し違って聞こえます。いや、液体につけられている以上、いつもと音の響きが違うのは当たり前なのですが。

 わたくしは答えようとしましたが、どういう訳か声が出ません。


「リハビリが必要でしょうが、今はその暇がありません。アタラクシアと直結しますから、そちらから声を出しなさい」


 言われたように宇宙船と繋がる馴染みの感覚がありました。わたくしも完全に無能化した訳では無いようです。


「わたくしが意識を失ってからどうなりました?」

「大した変化はありません。ロッサ君はこちらに接近中ですが、軍用機との交戦で軌道がかなりズレました。お互いに軌道変更しなければ、このまま何事も無くすれ違うこともあり得ます。ただ、時空が少し歪んでいるようですね」

「どういう事でしょう?」

「つい先ほど、大きく損傷した宇宙船がロッサ君のすぐ近くに出現しました。どうやら地球から来た船であるようです。それだけならばただの予定外の来訪なのですが、その船は地球が破壊されたと告げました」

「はい?」


 わたくしは無いはずの心臓がドクンとするのを感じました。訳が分かりません。


「神の使徒による破壊活動は全宇宙で同時に行われる予定ですが、あの船はその活動の最中から直前の今に転移して来たようです。地球が破壊されたのは、望ましくはありませんが予想通りではあります。地球には超空間航行機関の製造プラントなどもありましたからね。見過ごされる可能性は高くはありませんでした」

「地球が無くなったのですか?」


 わたくしの心に微かに後悔めいた物が生まれます。

 人とは呼べない化け物のこの身ですが、地球で生活していた人々も数々の文化財も、何よりもそこで進化して来た生物の歴史そのものを惜しいと感じます。

 神がそれを望んだのならば仕方のない事ですが。


「それで、ジェイムスン様はそれにどの様な対応を?」

「とりあえず核爆発と各種の電波妨害で彼らが外部と連絡を取れないようにしました。ロッサ君もレーザー通信で対抗して来たので、各所に圧力をかけて彼からの情報を閲覧・拡散させないようにしています。現在は政府系とイリーガルな連中の間で情報戦の真っ最中ですね」

「ハッカーどもなんて良く動かせましたね」

「何を言っているのですか。政府系が我々の味方ですよ」

「……我々はテロリストだった気がするのですが」

「ロッサ君ほど生粋で邪悪なテロリストではありませんからね。何を思ったのか、彼は地球が破壊される恐怖映像を無制限に拡散させようとしています。これほどの情報テロは滅多にないでしょう」


 さすが特異体3号。

 何をやっているのでしょう。そんな事をしたら民衆のパニックを誘発すると分からないのでしょうか?


 分からないのでしょうね。

 オーガたちにはパニックを起こすような繊細な神経など存在しません。

 善をなそうとするオーガは破壊工作をするテロリストよりも危険だとハッキリと分かります。


「まぁ私も、政府や軍の中枢に情報が到達しないように手を回している訳ですから、逆方向の情報テロを行なっているのですが」

「さすがでございます」


 新たに現れた宇宙船への対応も含めて、ジェイムスン様の采配に間違いはないようです。


 わたくしは自身と接続した宇宙船アタラクシアの状況に注意を向けます。

 徴用した仮想人格エインヘリヤルたちは良く動いています。わたくしの指導なしでも順調に戦闘準備が整えられている事に、少しだけ寂しく思ってしまいました。


「次の動きですが、あなたも目が覚めた事ですし、こちらから打って出ようと思います。ロッサ君が難破船を守る気になってくれれば彼の行動を束縛できます。見捨てるとしても、使い道はあるでしょう」

「随分と積極的ですね。彼との戦いなど、どうなっても構わなかったのでは?」

「やって来た宇宙船からの情報流出を最小限に抑えたいのが一つ。あとはちょっとした心境の変化です。よい仕事には報酬が必要、私もそう思うので」

「はぁ」


 よく分かりません。

 特異体3号と戦うことが誰かへの報酬になるのでしょうか?


「イモムシよ、お前が製造されてから今まで良く仕えてくれました。ロッサ君との戦いをお前の最後の奉公とします。その後は好きにしなさい。アタラクシアの搭載機は持ち去っても構いません。退職金も用意しておきましょう」

「わたくしに生きろ、と?」

「今のお前ならば独立して生きていくことも可能でしょう」


 無理です。

 この醜い化け物に百鬼夜行の船以外の居場所があるとでも?


 わたくしは何の気なしに自分のイモムシボディを探しました。今、わたくしはアタラクシアのどの辺りに居るのでしょうか?


 見つかりません。


 アタラクシアと直結している以上、わたくしは死んではいないはずです。なのにわたくしの姿は宇宙船のどこにも見つかりません。


「ジェイムスン様。わたくしはどこに居るのでしょう? もしかして脳味噌だけを摘出したりしたのでは? それとも、エインヘリヤルたちのように意識だけが電子情報として残っているのですか?」

「何を言っているのですか。お前ならば私の目の前に居るではありませんか」


 ジェイムスン様の居場所ならば簡単に見つけられます。しかし、その前とは?

 なぜ、こんな物が?


「脳を摘出した、と言えばしましたよ。その上で、かねてから用意してあったこちらの肉体に入れ換えました」

「ジェイムスン様、大丈夫なのですか?」


 わたくしが心配したのは彼の前に横たえられた物が人間型をしているためです。

 顔立ちがわずかに非人間っぽく、眉間から二本の触角が生えています。背中から宇宙船と物理接続するためのケーブルが蝶の羽のように広がっています。ですが、それ以外は原種の人間と変わらない姿です。


 ジェイムスン様は少し後退りします。


「確かにちょっとキツイですが、我慢できる範囲です」

「無理をなさらないように」


 ジェイムスン様が突拍子もない事をするのには慣れていますが、今回のは極めつけです。

 わたくしをこんな姿にしてどうするつもりでしょう? リハビリ程度でまともに動けるようになる気がしません。重力下で二足歩行するなんて技能を習得できるのでしょうか?


 ジェイムスン様はわたくしが入ったカプセルを自慢そうに叩きます。彼にとってこれは最新にして最後のオモチャなのでしょうね。


「自信作です。コードはタイプフェアリーとタイプバタフライ、どちらが良いと思いますか?」

「どちらかと言うとバタフライですが、そんな事よりもなんでこの姿なのですか?」

「イモムシのままでは人間社会に入れないだろうと言う親心ですが」

「尋ねているのはその部分ではありません。なんでこんなパインパインの金髪グラマーにしたのかを訊いているんです」


 そうです。そこにあったわたくしのボディと称する物は、完全に『女』を前面に押し出した姿をしていました。胸のあたりもとっても前方に押し出されています。

 ジェイムスン様の触手がヒラヒラと動きます。目を泳がせているようなポーズです。


「それはですね」

「趣味ですか? 嫌がらせですか?」

「違います。それはあなたがXX染色体の持ち主だからです」

「は?」

「あなたは元々女性なのですが、気づきませんでしたか?」


 製造されてから今までで最大の驚きです。

 と言うか、イモムシの性別なんか誰が気にするんですか? イモムシは昆虫の幼体であり、性別なんか無いも同然でしょう。


 不意に今までのわたくしが幼女の姿で脳内再生されてしまいました。その映像を全力で消去します。


 まったく、こんな事でまともな戦闘行動など取れるのでしょうか?

 我ながら甚だ疑問です。


 これは頑張ってため息のつき方を覚えなければなりませんね。

 肺が無いからため息もつけない、という自虐ネタはもう使えませんから!

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