3 地球崩壊

「僕に慈悲など期待するな」なロッサ・ウォーガード視点。


 ブライアン・コーストはこの世の終わりが来たような顔で僕を見ている。

 多少は同情する。

 何があったのかは知らないが、戦闘か何かに巻き込まれて慌てて逃げ出した。そうしたら逃げた先でもう一度死にかけ、そこで出会ったのは死神に等しいテロリストときた物だ。

 こういうのを『爆発する宇宙船から逃げるために裸で宇宙に飛び出した』と言うのだろう。


 僕はこれから先の行動を思案しつつ彼の反応を待つ。

 彼は悲痛な表情で言葉を絞り出す。


「君が何者であれ、助けられた事には感謝する」

「感謝はもう受け取りました」

「その上でもう一つ頼みたい。本船の長距離用の通信設備は壊滅している。だから、これから伝える情報をこちらの政府に流して欲しいのだ」

「通信できないって。いや、メッセージならば発光信号でも使えばいくらでも伝えられますよ。今、僕たちは惑星系中の見せ物になっていますから」

「そうなのか? しかし、伝えたいのは詳細な情報だ」

「了解しました。ネットにでも流しておきましょう」


 シグレに目くばせすると彼女はうなづいた。

 ライブ配信でも編集操作でも彼女ならば簡単だろう。


 ブライアンは目を瞑って少し考えこんだ。

 助け船が必要だろうか?


「僕としてはサンフラワー号に何が起きたのか知りたいのですが」

「そうだな。そこから話していくか」


 彼は話し始めた。


 それによると、事件発生当時サンフラワー号は地球の近辺、ラグランジュ4に停泊していたそうだ。

 サンフラワー号は基本的には移民船だ。各種の強化が施された人間を運んで開拓を進める。開拓地がある程度出来上がったら、原種の人間を大量に送り込んで開拓地が遺伝子的に人類とかけ離れないようにする。

 そんな役目を担っている。


 その日、サンフラワー号は大騒ぎしていた。

 次の旅のために取り付ける旅客ブロック。それが到着したのは良いのだが、問題は旅客がすでに乗船していた事だ。どうやら、旅客ブロックのドッキング日時と出発日時が混同されていたらしい。

 乗客にはドッキング作業の見学をしてもらって時間を稼ぎつつ、ブライアンは上級の船員を呼び出して指示を求めた。ところが、なかなか連絡が取れなかったそうだ。


 サンフラワー号内部が混乱していて気付けなかったが、実はこの時、太陽系全域が大騒ぎしていた。


 ブライアンは言った。


「外宇宙からの訪問者が発見されたのです。それも複数」

「外宇宙から?」


 どこかで聞いたような話だ。


「訪問者は多方向からタイミングを合わせて太陽系に侵入して来ました。その事からも計画的な行動である事に間違いありません」


 彼がそこまで話した時、彼の映像と音声が大きく乱れた。

 サンフラワー号が完全に駄目になったのかと思ったが、外見上は特に変化はない。

 いや、この現象の原因は……


「ロッサ、進路上でEMPパルスを確認。続いて強力な電波妨害。ネットへの接続が遮断されました」

「進路上って事はアタラクシアか?」

「その近くです」

「サンフラワー号との通信を安定させて。……続いてレーザー通信で、一方通行でよいから近くのステーションにメッセージを送り込んで。ブライアンとの会話は何としてもネットに流し続けるように」

「了解」


 ここで動き出すとは。

 ひょっとして、ヴァントラルはリヴァイアサンと名付けられた亜光速物体と関係がある?


 間もなくブライアンとの通話が復活する。


「い、今のは?」

「お気遣いなく、こちらの客です。ヴァントラルからの介入がありました」

「はい?」

「僕はヴァントラル製の強化人間ですが、今でもヴァントラルに所属しているわけではありません。このツノを折った時にあちらからの制御が外れて逃亡しました」

「なんと」

「誤解の無いように言っておきますが、僕が公的権力と敵対している事に変わりはありませんよ。つい先ほども軍の宇宙機を鹵獲し乗員を捕虜にしたばかりです」


 ブライアンは混乱しているようだ。

 ついでにモニターの隅に『言わないでくれ』と情けない文字が流れたが、こちらは無視する。


「どう反応すれば良いのか……」

「反応する必要はありません。それより、太陽系に現れたという訪問者について教えて下さい。外宇宙から、という事はやはり亜光速でやって来たのですか?」

「そうです。全長10キロを超える巨体。ラムスクープによって星間物質を喰らい、魚類のように流線形をしている。そのあまりの速度ゆえに、真空に近い宇宙空間ですら空力を使った姿勢制御が可能な怪物です」


 全長10キロの魚ね。

 それでリヴァイアサンか。


「それで、その訪問者たちは何をしました? サンフラワー号は攻撃を受けたのですか?」

「太陽系のあちこちから、悲鳴のような報告が上がりました。訪問者たちは進路上に居た宇宙船を破壊して回ったのです」

「宇宙船だけを?」

「報告を精査した訳ではありませんが、その様な印象を受けました。ステーションの大半は攻撃を免れましたし、巻き込まれた少数を除いて宇宙機も無事です。本船は攻撃された順番が後の方だったので、逃げ出す準備ができました。行き先を定めずに超空間に緊急退避するという非常手段でしたが」

「それでも一瞬だけ遅かった、と?」

「はい。超空間に入る直前に攻撃を受けました。微妙に外れてくれたので宇宙の塵となるのは避けられましたが、危ない所でした」


 彼はまたも顔色を悪くする。先ほどの事を思い返しているのだろう。

 僕は少し待ってから言葉を発し、意を結した彼の言葉と重なった。


「こちらからも悪い知らせがあります」

「緊急に知らせなければならない事はそれだけではありません」


 僕たちは視線で探り合い、僕の方が譲った。

 彼に情報を提供するよりも、あちらの情報を収集する方が重要だ。


「どうぞ」

「話より、これを見てください」


 映像が送られてきた。

 前後に押しつぶされた歪んだ宇宙を航行する物体。前方が紫、後方が赤の星の虹の中を移動していくそれは、確かに細長い海蛇のような物体だった。

 実際の観測映像ではなく、それを元に再構成したCGだろうと見当を付ける。


 亜光速の世界を移動するそれは、通りすがりに出会した宇宙船を破壊していった。中には応戦する宇宙船もあったが、動きの自由度が全く違う。推進器を使った方向にしか移動できない通常の宇宙船とは違って、亜光速の怪物は太陽風に乗って移動したり星間物質をエアブレーキのように使って減速することすら出来た。

 奇襲で先手を取られた事もあり、人類側の宇宙船はなす術なく破壊されていった。


 やがて、怪物は不似合いなほど大きな衛星を伴った青い星へと近づいた。

 たぶんあれは地球だ。


 ブライアンの解説が入る。


「訪問者たちはここまで宇宙船しか攻撃しませんでした。ですから、軌道上に停泊していた宇宙船たちは逃げ惑っていましたが、逆に言えばそれだけの危機感しかなかったのです。ですが、ここで訪問者は全く別の行動に出ました」


 亜光速の怪物はミサイルらしきものを発射する。

 それには爆発するような弾頭は装備されていなかった。ただ崩れて砂粒の雲のような集まりに変化しただけだった。しかし『亜光速』という速度は砂粒に十分すぎるほどの運動エネルギーを与えていた。

 これが砂粒ではなく一塊の岩塊だったら、ミサイルはただ地球を貫通するだけで終わっていたかも知れない。だが、無数の砂粒はその運動エネルギーを余す事なく地球に伝えた。


 大気が押された。

 地表が波うち、ひっくり返った。青い星はマントルが剥き出しになり、オレンジ色に輝く星へと変貌した。

 そこへ別の訪問者からの第二・第三のミサイルが着弾した。


 全てが終わった時には、それは全ての終焉だった。

 終わった時、そこに惑星は無かった。ゆっくりと広がっていく新たなアステロイドベルトが存在するばかりだった。


 重力の中心がなくなって、月の軌道にもスペースコロニーの軌道にも変化が生じた。


「そこに住む者たちが生き残れるかどうかは分かりません。この直後にサンフラワー号もまた攻撃を受けて超空間に逃げ込んだので」

「なるほどね」


 地球上に着陸している宇宙船もあったのかも知れない。そうでなくとも研究所に置かれている超空間航行機関はきっとあっただろう。地球が攻撃されるのは当然だな。


「ところで、こちらからも悪い知らせです」

「なんでしょう?」

「簡単な事です。現在、このジール太陽系にも外宇宙からの侵入者が現れています。当局はこれをリヴァイアサンと名付けました」

「!」


 ブライアンは『空白』の一言で表現できる表情となって停止した。


 一般人はこれだから困る。

 逃げるか戦うかしか無いのだから、時間の無駄などせずにさっさと決断しろよ!

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