2 鬼の人助け
状況を単純化したいと願うロッサ・ウォーガード視点。
僕はビーム砲の安全装置を解除した。
全くもっておかしな状況だと思う。難破船サンフラワー号が出現したのはこちらの至近距離だ。超空間航行が恒星間の移動を行うことを思えば、同一座標と呼んでも良いぐらいに近い。
そんな偶然があるものか!
僕はこの時点で相手の宇宙船が敵であると確信していた。僕の知らないなんらかの方法で至近距離に意図的に出現したのだろうと。
しかし、シグレの意見は別のようだった。
「貨客船サンフラワー号の登録番号を確認。民間船として不審な点は無し。出現時のベクトルは本機と同一。超空間航行機関同士の共鳴反応により出現したと推測」
共鳴反応?
そんな物があるのか。つまりあの船はドーサン・ロボが持っている超空間航行機関に引き寄せられて出現したのか?
人類の知る科学に適合しない超空間航行機関の性質は本当にわからない。元々、生贄を捧げられて動くと聞かされても納得するしかないファンタジーな代物だ。そういう物だと理解するしかない。
メーデー、メーデーと難破船は救難信号を発している。本体に接続されているのは旅客用ブロックのようだ。展望ラウンジの中に戦闘要員には見えない人間たちが漂っている。
大きく引き裂かれた船体からは空気の漏出が続いている。
原種の人間は真空中での生存時間に大きな問題があるので、彼らは間もなく死ぬだろう。
サンフラワー号のエンジンブロックが閃光を発する。
核融合炉の暴走・爆発の一歩手前だ。
どうしようか?
などと考えている暇は無かった。
前に出るかそれとも下がるか。
僕は引き金を引いた。
ビームを掃射。
エンジンブロックを本体から切り離す。
同時にミサイルを遠隔操作モードで発射。
弾頭はロックして爆発はさせない。
否、破裂して周囲に破片をばら撒く弾頭は爆発させないが、瞬時に圧倒的な加速を得る指向性爆薬はエンジンブロックへの着弾と同時に爆発させる。
ブロックは弾き飛ばされ、本体から離れていく。
そして閃光となって宇宙から消えた。
僕は彼らをどうして助けてしまったのだろう?
自分で首を傾げつつ、彼らを助けるか助けないか考える時間を得るための行為だったと結論する。彼らが死んでしまったら、あらためて助け直すことなど出来ない。
ここまで助けたならば中途半端で終わらせるのも馬鹿馬鹿しい。
僕はアラクネー型の兵装を検索。望みの物を発見する。軍の宇宙機には人命救助用の装備も揃っている。
今度は船体に向かって弾体を射出。
大型の発泡硬化弾だ。着弾すると泡となって膨らみながら急速に硬化する。敵の動きを封じるために使用される事もあるが、船体に開いた穴を塞ぐのが本来の役目だ。
サンフラワー号からの空気の流出はこれで止まるだろう。すでに急減圧で健康を害していたりはしているかもしれないが、原種人類のひ弱さまでは面倒を見切れない。
気がつくとモニターの隅にメッセージが出ていた。発信源はドーサン・ロボの別のコクピット。署名はフーラム・バキンズ。
『よくやった』
それだけだ。同時にシグレも称賛するようなまなざしを僕に向けている。
僕はそっぽを向いた。
「宇宙船サンフラワー号から通信が入っています。出る?」
シグレが笑いを含んだ声で尋ねてきた。
僕は彼女をひと睨みする。
「出よう」
正面モニターに荒れ果てたブリッジに立つ若い男の姿が映し出された。軽宇宙服を着てはいるが、彼のいる場所は気密が保たれているらしくヘルメットは跳ね上げられている。金髪碧眼で消耗し切った表情をしている。
ちょっと軽薄そうだ、と思ってしまったのは偏見だろうか?
彼はやや崩れた敬礼をする。
「太陽系船籍宇宙船サンフラワー号二等航海士ブライアン・コーストです。私よりも上の立場の船員は最初から乗船していないか死亡したかのどちらかです。現在は私がこの船の指揮をとっています。危ないところを救っていただき感謝いたします」
乗船していなかった船員がいる。という事はこの船は停泊中に異常事態に遭遇して逃げて来たのか。船体の損傷から見ると大規模な事故か戦闘か。
そんな事を考えながら僕も答える。
「この宇宙機には登録番号や正式名称などはありません。仮の名称はドーサン・ロボ。見ての通り複数の機体やパーツを組み合わせた間に合わせ宇宙機です」
「その割には先ほどのビームは強力だったが」
「間に合わせ、の中に軍の機体も入っているだけですよ」
ブライアンとやらは訝しげにこちらを見る。
そう言えば前にフーラムたちと話した時と違って映像を隠したりはしていないんだな。
ここは軍用のコクピットで見られて困る物は特にないから構わないが。
しかし、そうであるならばこちらも顔を見せた方がいいだろう。
僕は被りっぱなしだった装甲宇宙服のヘルメット(実は『耳を引っ張られる』対策だ)を外した。
僕のやや幼く見える顔と額の折れたツノが露わになる。
「子供じゃないか!」
ブライアンは叫んだ。彼はオーガの年齢について理解しているようだ。
僕は釈明する。
「僕の外見は一般のオーガよりもやや幼く見える。容姿ほど子供な訳では無いから安心してほしい」
「いや、それにしても」
「10歳にはなっている」
「それでも十分に子供だ」
「身体的、精神的には十分に成熟している。そうでないと主張するのは僕には年長者側の偏見に思える」
「確かに成人したからって真っ当な大人になる訳じゃ無いけどな。しかし、明らかに経験が不足した人物は頼りなく思えるんだ」
「先ほどの救助の手際も?」
「それを言われると痛い」
彼は自分の額に手を当てた。
「失礼した。君の自己紹介の途中だったな」
「そうですね。僕の名はロッサ・ウォーガード。仮称ドーサン・ロボの機長と名乗らせてもらいます」
「そうか。そちらも訳ありな様子だな」
僕と彼はお互いに探るような視線を絡み合わせた。
「どちらから話しますか?」
「その前に一つだけ聞かせてくれ。ここはどこだ?」
その問いには意表をつかれた。
行き先を定めずにランダムで超空間に入ったので出現地点がわからないのか。
ま、隠すほどのことではない。
「ジール太陽系内、惑星ブラウの大気圏のすぐ外側です。通常、推進材の補給に船が立ち寄る軌道よりもかなり内側です」
「それでこの荷電粒子密度か。電装系にかなりのストレスになっている。それで、助けを呼んだらすぐにやって来てくれるだろうか?」
「どうでしょう? こちらの惑星系も取り込み中なので難しいかもしれません」
「では、ドーサン・ロボに近くのステーションまでの曳航を頼めないだろうか? 作業肢がついているのだから不可能ではないと思うのだが」
そう来たか。
僕は隣のシグレと顔を見合わせる。彼女も酢を飲み込んだような顔をしている。僕自身も同じような表情をしているだろうと予想がついた。
それを実行した場合、どんな状況になるかシミュレーションしてみる。
素晴らしい善行だと称賛され歓迎してもらえる?
あり得ないな。
一般人を人質にとって襲撃に来た、と受け止められるだろう。僕が相手の立場だったとしても、そう想定して対処する。
僕は首を横に振った。
「可能不可能で言えば可能だが、そちらの為にも僕らとは早めに別れた方が良い。それが身のためだ」
「それはまた、どうして?」
「それはね、僕が星間結社ヴァントラルで造られた強化人間。生まれながらのテロリストだからですよ」
ブライアンの顔が引き攣った。
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