6 その者、彼方より
水を得た小悪魔、シグレ・ドールト視点。
私はロッサを性的にからかいながら時を過ごした。
本人は無表情にしているつもりらしいが、慌てている内心が透けて見えて面白い。
これって性的虐待に入るのかな?
肉体的には成熟していてもロッサは完全に未成年。関係を持ったら法律的には虐待よね。
対して私は肉体的に未成熟。
私たちはそういう事をしたらお互いが相手を性的虐待しあうという、ちょっと奇妙な関係になる訳だ。
まぁ、ずっとそうしていた訳じゃない。
私はネットに接続していろいろと情報を仕入れていた。本当に久しぶりの事なので純粋に嬉しい。
私がアキツに繋がれていた間はネットへの自由なアクセスなど出来なかった。
ハッキングが得意だと知られていたのだから当然よね。
私は私が犯したとされる罪と、それに下された判決を知った。
私の罪は経済混乱を引き起こした事による大量虐殺。
それは事実無根、とまでは主張しないわ。
あの時は欲しいものがあって、経済とか道徳とかは全く考えないままにハッキングを行った。それが悪いことなのは間違いない。
でもね、ただの10歳の女の子が我儘の限りを尽くしたからと言って、それで経済が崩壊するのはおかしくない?
私としては経済混乱を抑えなくてはならない為政者側の怠慢が主な原因だと思う。私は怠慢を隠すためのスケープゴートにされたのだと思う。
そして、私は終身の労役刑だったんだ。
罰を受ける本人が判決について知らされていなかったなんて、酷くない?
酷いと言えば刑の内容もそう。
食べることも身体を動かすことも、肉体的な愉しみをすべて奪われたままで一生働けなんて、それを人々は「地獄」と呼ぶのではないの?
その一生も、タイプ
それとも、私がもう少し育ったらケースから出して性産業に従事させるつもりだったのかな?
私が「脳みそだけ」とかにされずに肉体を保存されていたのだから、その可能性はあると思う。
もしそうなっていたら、私は喜んで身体を差し出したでしょう。
あそこから出られるならば何だってする。……今、そうしているようにね。
私は色々な情報を更新しながら、私たちの事を話題にするスレッドを覗いた。
私たちに好意的な意見は少ない。
さっさと殺せ、とかそんな意見ばかりだ。たまにこちらを応援する意見があると思えば、それは軍に対する悪意を露わにしたものだ。敵の敵は味方、ただそれだけ。
テロリストと大量虐殺犯のタッグに味方が居ないのは仕方がない事かもね。
私はある時点から私たちに関する書き込みが半減していることに気づいた。
その理由を探ってみる。
これは、何?
私たちの予想進路の先を観測していたら、偶然にこのジール恒星系の外縁部で異変が起きているのを発見した?
恒星ジールからの光を紫方偏移付きで反射している巨大物体がある?
そこから強力な磁場を探知。
紫方偏移とはいわゆるドップラー効果。その巨大物体が光速と比較できるようなスピードで接近しつつあるという証。
そのスピードに加えて強力な磁場まで観測されているとなれば、思いつくものは一つしかない。
スペースラムジェット。
はるか昔から原理としては提唱されている恒星間宇宙船だ。
通常は真空と表現される宇宙空間、そこにほんの僅かに存在する星間物質を強力な磁界によって捉えて燃料にする。一般的な宇宙機とは異なり燃料を補給しながら移動することが出来るので、ほぼ無限に近い加速が可能だ。最終的には光速に近いスピードが出せる。
まぁ、収集する星間物質が抵抗となるので本当に無限に加速できる訳ではないはずだが。
でも、古くから知られるスペースラムジェットだけれども、実際に建造されたという話は聞かない。
理由は簡単。スペースラムジェットでは光速に近づく事は出来るが、光の速さを超えることは絶対に不可能だからだ。ウラシマ効果により中にいる乗員ならば本人の寿命がある間に目的地に到着する事はできる。しかし、出発地点に残った人間には目的地に到着の報を聞くのは難しい。
長命者ならば可能だろうけどね。
とにかく、スペースラムジェットは超空間航行に圧倒的に劣る移動手段なのよ。
膨大な費用を使ってそんな宇宙船を建造する意味はない。
少なくとも人類にはそんな理由はない。
つまり、アレは異星人の宇宙船?
そうとも限らない。
超空間航行が一般的でなかった頃に建造された宇宙船が今ごろ到着したという可能性もある。
だけど、ここでポイントになるのはアレが亜光速で移動しているという事。
単なる移動手段として考えれば圧倒的に劣るスペースラムジェットだけれど、当然ながら亜光速の物体が持つ運動エネルギーは極めて大きい。
アレがすれ違いざまにほんの小さな一部でも他者にぶつけたら、多分だけど惑星が壊れる。
アレ全体に突撃されたら、恒星ジールすら無事では済まない。破壊されないまでも活動に異変は生じる。この恒星系から撤退したくなるぐらいには。
そんな破壊兵器と呼ぶのも憚られる物体が星系外縁部に近づいている訳だ。
何の通告も無しに。
あちらがここに人類がいる事に気づいていないという事はあり得ない。
アレが出発したのがここに入植が始まる前だったとしても、こちらは電波管制はしていないのだ。ジール恒星系・ブラウ惑星系は宇宙的規模で見ても注目されるような電波の発信源になっている。
ここに知的生命体がいる事に気づかないはずがない。
なのにこっそり近づいて来るという事は、悪意があるか電波通信という文化を持たない異質な生物であるかのどちらかだ。
どちらであるにしても、要警戒だろう。
私はドーサンのモニターに該当スレッドを表示した。
ロッサはそれに目を通して首を傾げる。
「敵が増えた?」
「ロッサもそう思う?」
「奇襲をかけようとして来る敵がいる。そう想定して行動すべき事態だ。僕たちにとっては有利に働くかもしれないけど」
ロッサならそういう考えになるわよね。
「軍と亜光速船が戦っている間に漁夫の利を得る。その方針で良いのかしら?」
「基本としてはそれしか無いけど、問題は亜光速船だな。コレが宇宙船でなくミサイルならばブラウ惑星系全体の壊滅もあり得る。そうなったら、僕たちも無事では済まない」
ロッサの分析は正しい。
そして、彼の考えでは足りない部分もある。それは人類社会というインフラを失ったら、私たちだって困るという事。
私は私たちについて話し合っている適当なスレッド書き込んだ。
『こちらはシグレ・ドールトです。人類連合宇宙軍の皆さん、気づいていますか?』
スレが騒然となる。
有象無象どもの書き込みはフィルターをかけて見えなくする。返事が来るまでさほど待つ必要はなかった。
『フーラム・バギンズ少尉だ。降伏する気になったか?』
『そんな予定はありません。ですが、状況が変わったのではありませんか? 私たち程度に関わっている余裕があるのですか?』
『余裕って、外宇宙からの宇宙船の事か? 上からはまだ何の命令も降りて来ていない。我々は元からの命令を継続するだけだ』
『ずいぶんとのんびりしていますね』
『相手の位置はまだ星系の外縁部だろう。光の速さで飛んで来ても、到着はずっと先だ。お嬢ちゃんたちを捕縛する余裕はあるさ』
私は呆れた。
この男は物理学が全く分かっていない。
『幼年学校からやり直したらいかがですか? いえ、普通の人が特殊相対性理論を何歳ぐらいで習得するのかは知りませんが』
『幼年学校ではない事は確かだな』
『相手の位置を知らせる光がここまでやって来る時間を考慮しなければなりませんよ。相手はその光を追いかけて来るのですから。相手が光速の95パーセントで移動しているのならば、ここまでの道筋の95パーセントをすでに消化している計算です』
返事が返って来ません。
自らの無知を反省しているのでしょうか?
『光の速さを超える事は出来ない。というのが宇宙の法則ですが、見かけ上だけならば光の速さを超えて移動することは可能です。相対性理論ではこれを[空間が縮んでいる]と表現しますが』
『状況がヤバいのはよく分かった。上に上申書を提出しておく。だが、嬢ちゃんたちに対する対応は変わらない。人類同士で内輪揉めしている余裕がないと判断したのならばさっさと投降してくれ。それですべて丸く収まる』
『私たち以外にとっては丸く収まるのでしょうね』
昔から言われている事だけれど、人類は愚かだ。
共通の敵を目の前にしても、手を取り合うことができない。
私たちもその愚かな人類の一部なのでしょうけれど。
私はロッサと目を合わせた。
彼は完全に戦う気だ。機体の状態をチェックし、各種行動のシミュレーションを行なっている。
「ねぇ、ロッサ」
「ん?」
「勝てる?」
「こちらが不利なのは間違いない。しかし、勝つための道筋は見えている。後はそれをたどるだけだ」
「それは軍が相手よね。亜光速船が相手なら?」
「勝てない。亜光速船は戦術目的が不明だ。行動の予測が出来ない上に、その速度から行動の自由度は相手の方が大きい。このブラウ惑星系内のすべての戦力を集めても迎撃できるかどうか」
「ならばロッサとしてはここで休戦するのに賛成な訳ね」
「こちらに不利でない条件ならね。でも、彼らにそのつもりは無さそうだ」
私も交戦相手となるアラクネー型のデータを分析する。
前回の接触時よりも質量が増大している。推進剤も武器も目一杯詰め込んでいるのでしょう。
と、レーダーに映るアラクネー型が分裂した。
アラクネー型って葉巻型の機体を五つ束ねた形をしていたと思ったけれど、これはそういう事?
中央に一つ、その周囲を四つの機体が取り巻いている。
「なるほど、アラクネーの名はこの為か」
ロッサは各機体をスキャンしていく。
その間も分離した機体同士は距離をとって行く。これはドーサンに対して半包囲網を形成、って事?
ロッサは何かに気づいているらしい。私が気づかない何かを。
私は彼に目線で問いかける。
「アラクネー型の各機体は完全には分離していない。レーダーには映らないが、単分子ワイヤーで相互に接続されている。ワイヤーの巻き取りにより、バーニアを使わずに移動が可能だ」
「蜘蛛の魔物が巣を張った、訳ね」
「そろそろ戦闘距離に入る」
ビーム兵器で撃ち合うにはまだ遠い。ミサイルならば射程内だけれど、撃たれてすぐに着弾する訳じゃない。
戦闘開始までには少しだけ時間があるけれど、準備は済ませておかないとね。
私は髪の毛を繋いでの有線接続を解除する。宇宙服のヘルメットをかぶる。
「勝ってね、ロッサ」
バイザーを閉ざす前にとびきりの笑顔を向けておいた。
あ、赤くなった。
可愛い。
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