7 網を張る蜘蛛、鬼神の咆哮

 精密なる兵器、ロッサ・ウォーガード視点。


 僕は繰り返されるシグレの性的な攻勢をやり過ごした。


 ヤリ過ごした、訳じゃないよ。念の為。


 彼女からすれば僕を籠絡するのは正しい行動だろうね。関係を結んで情が移れば僕の協力も得やすくなるだろうし、そもそも、僕がその気になれば力づくでどうにでも出来る。それならば自分から主導権を握った方がいい。


 最後の笑顔にちょっとだけ心が揺れたけれど、それだけで済んだ。

 彼女をどうこうするのに抵抗がある訳じゃないけど、相手の思い通りになるのも負けたみたいで悔しい。


 でも、もう時間切れだ。

 アラクネー型宇宙機は戦闘体制に入った。


 僕は心を研ぎ澄ます。


 タイプオーガは死を恐れない。しかし、敗北は嫌う。

 僕は敵の情報を眺めながら、意識の大半を自分の呼吸へ向かわせる。呼吸そのものが大事なのではない。平常心を保ち情報処理を円滑に行うための行動だ。


 来た。


 分離したアラクネーからさらにミサイルが発射される。

 五つの機体から二発ずつ、計10発のミサイルが電磁カタパルトで投射された。


 あのミサイルの性能は前回の接触で理解している。今回はバリヤーになってくれる大気圏は遥か後方だ。全力で逃げればまた大気圏に逃げ込むことも可能かもしれないが、それを繰り返してもジリ貧だ。

 ここは前に進むしかない。


 右に左に、加速に減速。

 ランダムな運動でミサイルの陣形をかき乱しにかかる。


 一番近くに来たミサイルに向けてレールガンを発射する。

 完全に無誘導のただの徹甲弾。相手のミサイルと同等の物ではない。どちらかと言うとミサイルよりもそれが撒き散らす破片に近しい砲弾だ。何らかの効果がある可能性は皆無。

 だが、そんな事は相手には分からない。砲弾が危険な物だという可能性を捨てきれず、ミサイルはレールガンの砲弾から距離を取る。

 ミサイルの陣形はさらに乱れた。


 僕はドーサンを加速させる。乱れた陣形の端を抜けようとする。


 陣形を乱してもまだまだミサイルの殺傷力は健在だ。爆発的なと言うか爆発そのものの加速で軌道を変更し、こちらに近づくと破裂して破片を撒き散らすし。


 完全には抜けられなかった。


 拡大する爆散円がこちらに追いつく。回避行動でどうにかできるような密度ではない。破片同士の間隔が小さすぎる。


 !


 僕はドーサン・デルタの機体を回転させる。

 単分子ワイヤー編み込み装甲でできたデルタ翼を破片の側に向ける。真空中ではデッドウエイトでしかない翼を捨てずに取っておいたのは、こうして盾にするためだ。

 装甲を斜めにして破片を受け流す形にする。

 破片の命中の衝撃で移動ベクトルが変更される先にも新たな破片が来ないように計算して受け流す。


 それでも半端でない衝撃が来た。


 僕は平気だ。戦闘用強化人間の肉体にとってはこの程度、どうと言うことはない。しかし、シグレにとってはそうではないはず。

 僕は操縦桿から手を離し、彼女を守る第二のシートベルトとして、か細い身体を抱きしめた。

 特に首が危ない。

 頭部が揺れないようにしっかりと固定する。


 その衝撃が3回ほどあった。


 何とか抜けられたようだ。

 シグレが喘ぐ。


「装甲に複数の亀裂が発生。あと何回受け止められるか分からないわ」

「そこは賭けるしかないな。おかわりが来る」


 レーダーに反応。

 アラクネー型が今度は20発、今の倍のミサイルを発射した。それも、今回よりも広い範囲にばら撒くように打ち出している。

 一方向からの攻撃では受け流されるのならば、こちらを挟み込むように爆散円を作れば良い。そういう発想だろう。


「ロッサ、あれを抜けられる?」

「弾数は増えたが、それ以上に網を張る範囲が広がっている。何とかするさ」


 前方に向かって加速する。

 敵との相対速度が増えれば敵弾が命中した時の被害も増える。本当はあまり加速したくはないのだが、今は敵との距離をつめる事を優先する。


 ミサイルが近づく。


 全てのミサイルが至近距離に来たのならばお手上げだが、対処しなければならないのはせいぜい三発といったところだ。


 これなら、やれる。


 また、牽制のレールガンを発射する。


 反応なし。

 ただの徹甲弾だとバレたか。

 ブラフと見せて「実は……」という展開に出来ればベストだけれど、本当にブラフでしかないからな。


 また左右に進路を変えて揺さぶりをかけるが、こちらも反応がない。

 少しばかり軌道を変えたところで別のミサイルの攻撃範囲に入るだけなので、これも当然か。


 正面から突っ込むしかない。


 単分子ワイヤー編み込み装甲という盾を構えて慣性航行で前進する。ミサイルが爆発する直前でいきなり加速する。

 破片が到着するタイミングを少しでもズラしたい。


 こちらに影響する3つの爆散円が広がる。

 最初に到達した破片を盾で受け流す。シグレを庇うのは左手一本に変更して、右手で機体を操作する。

 破片を受けた反動で弾かれ、弾かれた先でもう一度同じように受け流す。

 二回弾かれた時には3つ目の爆散円からはそれなりの距離を稼いでいた。受け流す必要もなく破片の間をすり抜ける。


 機体の操作感が変わった。

 機体が軽くなった気がする。


 確認してみると盾が崩壊していた。

 強化セラミックが砕け、編み込まれた単分子ワイヤーがほつれて行く。


 僕は装甲の残骸を投げ捨てる。

 盾が無くなったのならば機動性を上げなくては。


 僕は2機の多腕式をサブアームでドッキングさせる。推力方向に対して左右対象構造シンメトリカルでのドッキングだ。

 ブースター代わりの打ち上げ式タンクは左右に伸ばした腕で保持する。メインアームは二機の多腕式で合計四本ある。余った2本は後方へ伸ばしスタビライザーとして機能させる。

 意図した訳ではないが、何となく人間型のような造形になった。


 僕たちの乗るドーサンの部分が頭部か?


 先ほどまでの機体がドーサン・デルタならばこれはドーサン・ドールだろうか?

 いや、ドーサン・ロボだな。

 軽くなった事と形状の変更により機動性・運動性は大幅にアップした。


「シグレ、悪い。ここから先は手加減できそうにない」 


 返事はない。生きているのは間違いないが、すでにグロッキーなようだ。


 敵との距離はかなり縮まっている。ミサイル攻撃を受けるのはあと一度ぐらいだろう。

 そう思ったが、敵の反応が鈍い。まさかミサイルを撃ち尽くしたのか?

 必殺を期した攻撃を二回にわたって凌がれて戸惑っているのかも知れない。


 攻撃されないのであればそのまま距離を詰めるだけだ。

 教本上、近接火器の間合いとされる距離に近づく。僕はドーサン・ロボの軌道をランダムに変化させる。


 ビームが飛んで来た。


 光速に近いビームを見てから避ける事は出来ない。しかし、光速にも限界がある以上、あちらにもこちらの現在位置は正確にはわからない。点でしかない攻撃を直撃させることは困難だ。

 ビーム戦は剣戟に例えられる事が多い。

 発射された瞬間の「突き」とそこから派生する「薙ぎ払い」の攻防だ。「突き」の回避は不可能だが「薙ぎ払い」は避けられる。「薙ぎ払い」は速度を無制限には上げられないためだ。実体のある剣と違ってビームの刃は、振るう速度が上がれば上がるほど威力が低下する。照射時間が0.01秒以下になってしまってはよっぽど強力なビームでなければ大きなダメージは与えられない。


 僕はビームの突きをランダム機動でそらし、薙ぎ払いを「見てから」回避する。

 ドーサン・ロボの操作は右手一本のみ。

 左手は主にシグレの頭部を固定する。そうしなければ、彼女の首が折れてしまいそうだから。


 五箇所から次々に発射されるビームの間を潜り抜けていく。

 まだ避け切っているが、確率的にもそのうち被弾するのは間違いない。


 僕はドーサン・ロボの左側の打ち上げ式タンクを最大出力で噴射させる。そして、手をはなす。


 左のタンクは巨大ミサイルとなってアラクネー型に向かって飛んでいく。


 ただの徹甲弾と違って、敵もこれを無視はしなかった。

 ビームで迎撃される。

 まっすぐ加速するだけで回避行動を取らないタンクは引き裂かれ、穴だらけになって爆発した。


 計算通りだ。


 爆発したタンクは内容物の水素とヘリウムを撒き散らした。

 水素とヘリウムの雲はタンクの速度を保ったまま中央のアラクネー型の位置と交差した。


 もちろん、こんな物に大きな攻撃力はない。

 しかし、大気圏内での行動を考慮していない機体に対してはただの雲でも機器にストレスを与えられる。


 相手の攻撃の手が止まった。


 その間に接近する。

 そして、敵のパイロットは中央の機体に搭乗しているのだと見当がついた。格上の軍用機に乗っているのならばわざわざ周囲の子機に搭乗するような安全策は取らないだろうと思っていたが、やっぱりだ。


 中央の機体に向けてレールガンを連射する。


 敵は宇宙にしては不自然な動き、バーニアも吹かさずに滑るように側面に移動する。その動きで単分子ワイヤーの場所を推測する。


 ドーサンとアラクネー型が軌道を交差させ、すれ違う。


 そうと見せて、僕はドーサン・ロボをワイヤーが張られている位置に突っ込ませた。

 ワイヤーがこちらの本体と接触すると被害が大きくなりすぎる。

 そう考えてタンクを前方に突き出しての体当たりだ。


 尋常でない衝撃が来た。

 思わずシグレのバイタルを確認するぐらいの衝撃で制動がかかった。ワイヤーがタンクを半ばまで断ち切っていた。


 ともかく、これでドーサンとアラクネー型の相対速度はほぼゼロだ。


 あちら側にも同じ様な衝撃があったはず。こちらは覚悟の上で突っ込んだ。不意打ちで食らったならば無事では済まないだろう。

 対G仕様と戦闘用の強化人間コンビならば重大な損害は受けていないだろうが。


 ワイヤーに沿って接近する。

 今度こそ牽制以上の意味を込めてレールガンを連射する。


 アラクネー型に次々に穴が開く。

 コクピットを打ち抜ければベストだったが、その前に弾が切れた。


 メインアームを伸長させて敵の機体をむんずと掴む。

 今頃になって向こうの近接防御火器が旋回する。発射される前に殴って壊した。

 こうも近くてはミサイルは攻撃範囲が広すぎて使えない。子機からの攻撃も本体に当たる可能性がある。

 ビーム砲の射角も前方だけの様で、横から掴みかかっている現在こちらに向ける事ができない。


 これで詰みだ。

 後はぶん殴って蹴り飛ばして破壊する。

 まさかこの機体にこちらと格闘戦ができる様なアームの持ち合わせは無いだろう。


 アームは無かったが、アラクネー型の一部がボシュっと外れた。


 一瞬、危険物かと思った。

 違うな。

 アレは脱出ポッド。

 コクピット周りが独立した宇宙機となって分離したものだ。


 刹那の判断。


 僕はドーサン・ロボの腕を伸長させて脱出ポッドを引っ捕まえた。


 通信が入る。大慌ての声だ。


「オイ! 今すぐ放せ!」

「逃すわけが無いだろう」

「いいから離れろ! 自爆装置が!」


 なるほど。

 コクピットを分離させて本体の自爆でこちらを葬ろうとしたのか。この慌てかたを見ると時間経過による起爆で、今からでは彼ら自身にも自爆を止められないようだ。


 彼らが自分たちの生命と引き換えにするつもりがあれば、僕も仕留められていたかも知れない。

 でも、まぁ、そこまで重要な任務ではないな。

 絶対に果たさなければならない使命ではなく、自分たちの生命の方がずっと大事なお仕事。

 これはその程度の物の戦いだ。


 僕はアラクネー型を蹴りつける。

 自爆のことが無くともその機能を維持できないように中破させる。この機体の装甲は大したことが無いようだ。重機と呼べる多腕式宇宙機の方がずっと硬い。


 そのまま離脱する。

 後は勝手に自爆してもらおう。


 後は手の中のコクピットか。

 生かしておく理由もないので多腕式のアームに力を込める。握り潰してしまおう。


 が、操作する僕の腕を小さな手がそっと掴んだ。

 シグレと目を合わせる。

 彼女は首を横に振った。


 生かしておくべき、という意見か。

 僕としてはこんな危険物を保持しておきたくはないのだが。


 シグレは通信機を操作する。


「そこの軍人さんたち、あなた達に降伏を勧告します。抵抗をやめてこちらに従うように」

「軍人がテロリストに降伏? そんな恥知らずな真似が出来る訳がない。フーラムはともかく、あたしはまだ負けていない!」


 語気荒い返事は女性の声だ。カラン・インベーション中尉だろう。

 実際、彼女が戦闘用宇宙服を着て外へ出ればまだ戦えそうなんだよね。だからこそ、さっさと処分したい。

 アームに力を込めなおそうとする僕をシグレはふたたび止める。


「軍人とか警察官を殺すのは得策ではないわ。『警官は抱き込む物で殺す物じゃない』というのが犯罪者の間の古来からの鉄則よ」

「集団で追われる事になるからか? 今とそれほど変わりがないが」

「それでも、和解する最後のチャンスは潰したくないの」


 主張は理解するが、実行は難しい。徹底抗戦する者を捕まえておける余裕はない。

 あらためて敵の殺害を実行しようとした僕の手を止めたのは閃光だった。

 アラクネー型の自爆が行われたようだ。


 通信の向こうからため息が漏れてきた。


「あぁぁあ。ヤメだ、ヤメだ! これで戦いを続けたら、私が脱獄犯以下の小物みたいじゃないか」

「カラン」

「戦い続けたら私はともかく、お前は死ぬしな」


 なんだか、向こう側で話がまとまったようだ。

 今度は僕が声をかける。


「では、降伏という事で良いのか?」

「ああ。私、カラン・インベーション中尉とフーラム・バギンズ少尉は、シグレ・ドールトに対して降伏を宣言する。戦時捕虜に準じる扱いを要求するぞ」


 ナントカ条約とかには加入していないが、どんな内容だったかな?


「戦時捕虜というと、逃亡防止のために足を引きちぎったりはナシだっけ?」


「「「無しに決まっているだろう!」」」


 シグレのものも含めて三重奏で聞こえてきた。僕らの標準手続きなんだけどなぁ。

 僕は肩をすくめる。


「これがカルチャーギャップというものか」

「テロリストの文化は絶対に世界標準じゃない!」

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