8 その名はリヴァイアサン

 別に人間になりたくは無いイモムシ船長視点。


 わたくしは少し離れた宙域で行われた宇宙戦闘を注視していました。

 情報ソースはわたくしの宇宙船アタラクシアの観測機器と後もう一つ。

 ロッサ君たちの宇宙機に仕込んでいた秘匿回線は無力化されてしまいましたが、人類連合宇宙軍経由でも情報が入ってきます。


 わたくしはともかく、長命者であるジェイムスン様の伝手と情報網は大した物なのです。テロリストの頭目であるのに軍との繋がりがある。

 テロリストであると知られていない、という訳でもありません。

 もちろん、表立ってヴァントラルの幹部であると看板を出している訳ではありませんが、知っている者は知っている、ほとんど「公式には認めていない」というくらいの認知度です。


 そんな状態にも関わらず軍に強い影響力を持てる。


 長命者とは特権の塊のような連中です。これでも一時期よりは権力が減っているというのですから、信じがたい事です。

 ま、そのぐらいの権力がなければわたくしのような怪物を造ったりは出来ないと思いますが。


 よく造ったと言えば、あの特異体3号もそうですよね。


 研究所から購入した遺伝子データの中に新型の試作品が混ざっていたと聞きますが、なんで正式採用の軍用よりも強いのでしょう?

 正規の軍人とは訓練期間も訓練の内容も大幅に劣ると思うのですが、勝ってしまいましたね。


 破片飛散型のミサイルの爆散円って、あんな風に潜り抜けられる物だったでしょうか?

 至近距離まで近づいて作業アームでぶん殴って勝負をつけるとか、訳がわかりません。

 挙げ句の果てに、パイロットの軍人二人を降伏させるとか、ねぇ。


 これでは、次はわたくしが戦わなければならなくなるでしょうが。


 パイロットが降伏したことで、アラクネー型機体シェロブはドクマムシからのハッキングを受け入れているようです。

 あのシグレとかいう娘は良い腕をしています。脱出したコクピットブロックは瞬く間に制御系から切り離されました。ハッチも勝手な開閉はできなくなり、軍人達は内部に閉じ込められました。


 まぁ、白兵戦担当のタイプオーガの方ならばハッチをブチ破って脱出する事は容易でしょうが、そうなったらロッサ君が対応するのでしょう。


 ん?


 ちょっと様子がおかしいですね。

 アラクネー型へのハッキングが相当に深いレベルに及んでいます。一国を破滅寸前まで持って行ったハッカーの面目躍如です。軍用機の制御を完全に乗っ取っています。


 これは、マズイですね。


 ロッサ君たちの宇宙機はその主な推進力であった打ち上げ式のタンクを失いました。一つは大型のミサイルとして使用して自ら破壊し、もう一つは単分子ワイヤーにぶつけた事で破損しました。残ったパーツのみでは推力が不足します。移動不能とは言いませんが、その機動力は大きく削がれたと言って良いでしょう。

 ですが、五つに分離できるアラクネー型の残り四つのパーツが向こうの制御下に置かれてしまいました。


 軍の失態、です。

 降伏するのでしたら、その前に自分たちの機体の始末ぐらい付けておくべきでしょう。中央の機体と同様に他の四つも自爆させれば良かったのです。

 残しておいた四つでの逆襲を考えていたのかも知れませんが、ここまでハッキングが進めばもう無理でしょう。完全にシグレちゃんの物になってしまいました。


 散開していた四つのパーツが単分子ワイヤーを巻き取ることで一箇所に集まっていきます。

 当然、ロッサ君の機体の元へ近づきます。ドクマムシと合体した多腕式宇宙機がその手足を伸ばします。


 そう、手足、です。


 合計四つのメインアームをまるで人間の様な形に配置した宇宙機はその肘・膝から先にアラクネー型の分体を接続しました。

 これは合理的ではあるのでしょうか?

 アラクネー型をメインスラスターとして機能させるならば、推力方向を自在に変化させられる訳です。同じように兵器のプラットフォームとして考えるならば、機首固定砲を好きな方向へ向けられます。

 実際、足の側に取り付けられた分体は推進器が足の先に向いていますが、腕の側のそれは機首が手の方に向いています。


 人型宇宙機というネタの塊の様な機体ですが、戦闘能力を追求した結果ではあるようです。

 ロッサ君の戦闘装備が大幅にパワーアップしてしまいました。


 どうしましょう?


 神の使いは外宇宙からこちらに近づいて来ています。元からの予定ですと、ロッサ君の役割は陽動です。神の使いが発見されないように耳目を集めておくはずでしたが、それはもう破綻しています。

 つまり彼がどうしようと全然構わない訳ですね。

 それは我々も同じ事です。事がここまで進めば残る役割は神の使いがその役目を十全に果たしてくれるように祈るぐらいしかありません。

 どうせ神の使いに生命を捧げるつもりなのですから、その前にロッサ君に討たれても問題ありませんね。


 そうでしょうか?


 我々に残された役目があるとしたら、我々の目的にとって悪いことが起こるとしたら、それはロッサ君が神の使いと戦って生き延びてしまう事です。彼は中枢部のみとは言え、超空間航行機関を所有していますから。

 さすがの彼も亜光速で飛来する超存在を相手にしたら何も出来ないと思いますが、万が一ということがあります。


 アタラクシアのブリッジでそんな事を考えていた私ですが、そこへ船内通信が入ります。


「イモムシよ」

「ジェイムスン様? お休みになられていたのでは?」

「特異体3号の戦いぶりを知ったら落ち落ち休んでいる事も出来ん」


 ジェイムスン様の話ぶりがちょっとおかしいですね。

 これはアレです。

 元はジェイムスン様の身体の中に入った共生体、今では彼の本体となってしまった異星生物が話しているのです。自身の生存に関わる事ならば共生体は独自に動く事が出来ます。


 そして彼もジェイムスン様の一部である以上、わたくしはその言葉に逆らえません。


 ジェイムスン様の存在を借りた者が言います。


「特異体3号の迎撃の準備を整えなさい。このアタラクシアの全力を持って、彼を葬り去るのです」

「了解しました。……しかしながら、それって生存の為ですよね?」

「もちろんです」

「ならば、超空間航行で逃げてしまった方が早くありませんか? いくら特異体3号でもただの宇宙機で超空間までは追って来れないでしょう」


 なお、このブラウ惑星系に存在する他の宇宙船たちにはこちらから手をまわしました。ロッサ君たちの件が公になった時点で「テロリストの逃亡を防止する」という名目で機関を休眠状態にさせたのです。

 今から24時間以内に超空間に入れる船はアタラクシアだけです。


「そんな事をしたら神の使いのターゲットまで失わせてしまうではありませんか」

「……それが答えですか」


 この共生体もまた、神の僕であるようです。

 彼らは人間との盟約のみを尊重するのだと思っていましたが違いました。神の意思は盟約よりも上位の命令なようです。


「拝命いたしました。それでは、アタラクシアを戦闘形態に移行させます」

「そうしなさい。それと脱出ポッドの用意も怠りなく」

「はて? 生き残るつもりがあるのでしたら、超空間航行機関のみを宇宙に放り出した方が効果的かと思いますが?」

「神の使いの探知能力は未知数です。航行機関を無視してこちらだけが攻撃されるような事があったら目も当てられません。それに、ジェイムスンわたしと神は契約を結びました。それは『神の使いが超空間航行機関を破壊する時に同時にジェイムスンわたしが死ぬことができる』という物です。共生体わたしとしては不本意ですが、神の使いから逃げることは出来ません」

「……つまり、脱出ポッドはロッサ君に負けたとき用、だと?」

「期待していますよ」


 我が主人ジェイムスン様の中ですら、作戦目的は統一されていないようです。

 共生体にとってはロッサ君との戦いで死なない程度に負けて逃げ出すことが出来ればそれが最善、と。

 人としてのジェイムスン様にとっては完勝して神の使いに殺してもらうか、完敗してロッサ君に殺されても問題なし。


 では、わたくしにとっての最善は何でしょう?


 生き続けたいと思っている訳ではないのですよ。

 イモムシの肉体はわたくし自身は嫌いではありません。ですが、人間の脳を持った巨大イモムシなど、一般人にとっては控えめに言っても嫌悪の対象です。一般の社会に出たら、わたくしが孤独になるのは間違いない事です。


 やはり、わたくし以上の怪物であるジェイムスン様と共に居るのが最善なのでしょうか?


 その場合、共に生きるか共に死ぬか、という問題があるのですが。


 わたくしだって生き物です。無闇矢鱈に死にたいわけではありません。

 ですが、触手の肉体という牢獄に囚われたジェイムスン様がいい加減に死にたいという思いもわかります。

 あの方はわたくしとは違って生まれた時には人間の身体を持っていました。そのため人型に対して強い思い入れがあるようです。ピノキオ・コンプレックスのような物ですね。


 やはり彼とともに死ぬことを主目的に行動しましょう。

 その上で、あとは流れでどうにかしましょう。もしも生き延びてしまったら、その時には彼を支えれば良いのです。


 という訳で、特異体3号、ロッサ君たちには死んでもらいます。

 わたくしは船内に向けて警告放送を流します。まぁ、この船の乗員は数が少ない上にみんな宇宙に適応した非人間型ですから、いきなり動いても問題は無いですが。

 ジェイムスン様?

 あの方はそれこそ殺しても死にません。


「船内の全乗組員に告げます。本船はこれより完全戦闘形態、ヴァルハラ・モードに移行します。早急に身体を固定するように。10、9、8、7……」


 カウントダウンと同時にヴァルハラ・モードで解放される各種兵装のチェックを行います。

 化け物として造られたわたくしですが、同時に資金を惜しまずに制作された一品ものでもあります。わたくしの情報処理能力もタイプヴァルカンに劣るものではありません。


「5、4、3、2、1、変形を開始します」


 アタラクシアはリング状の人工重力ブロックと細長い串のような主船体から構成されています。

 人工重力ブロックはともかく、主船体はなんでこんな形に設計したのか理解に苦しみます。空気や水の抵抗がある惑星上で運用するのならば細長くする事にも意味がありますが、真空中では無意味というより有害です。旋回する時に余計な力がかかりますし、推力の軸線を合わせるのも面倒です。宇宙で機敏に動きたかったら、ずんぐりむっくりした形状にするべきなのです。


 なので主船体は分離させ折りたたみ三分の一ほどの長さに変えます。エンジンブロックも分離させて分散配置したので、安定性・運動性が向上しました。

 人工重力ブロックは戦闘中は必要ありませんが、回転するリングにはジャイロ効果により船体を安定させる能力があります。的を小さくするためにリングを縮小した上で逆に回転数を上げます。


 小型化するばかりが能ではありません。

 不要になった外装やその他のパーツを使って可動する翼状の構造物を造ります。

 もちろん宇宙では翼など意味を持ちません。これは外付け兵器のプラットフォームです。ミサイルランチャーやらレールガンやら、余っている武器をとにかく詰め込んでみました。


 わたくし一人ではこれだけの武器は使いきれません。銃座一つに一人を乗せたら、アタラクシアの全乗員を動員しても無理でしょう。ですが、超空間航行可能な宇宙船には人員を補充できる当てがあります。 

 仮想の人員、ではありますが。


「エインヘリヤルを招集します」


 超空間航行機関には万人単位の仮想人格が収められています。彼らはそこで過酷な生存競争を行い、その生と死を我々に捧げてくれます。


 宇宙船には仮想ですが膨大な人的資源が眠っているのです。

 わたくしは以前から本来、死亡して消去されるはずだった仮想人格を保護して、宇宙戦闘に使えるように教育を施してきました。古い古い神話になぞらえて彼らをエインヘリヤルと呼んでいます。


 イモムシのワルキューレなど、誰だってゴメンだと言うでしょうが。


 エインヘリヤルたちを翼の武装プラットフォームと独立して動く小型宇宙機たちに割り当てます。

 彼らの戦意は高いです。

 これは彼らの世界を守るための戦いだと教えていますから。ある意味で間違ってはいません。


 わたくしは少し考えて、超空間航行機関の解体を指示します。

 アタラクシアが超空間へ移行することは二度とないので問題ありません。中枢部分のみを神の使いに破壊してもらって、彼らの故郷である仮想空間には逃亡してもらいます。脱出ポッドの動力でも100年かそこらの間は稼働させることができるはず。

 その後は世界の全てが停止・消滅する事になりますが、戦士たちの戦いの結果で世界の寿命が100年伸びるのでしたら十分な戦果でしょう。


「ずいぶんとお優しい事ですね、イモムシ」


 いつの間にかジェイムスン様がわたくしの手元を覗きこんでいました。

 これはどちらの人格でしょう?

 なんとなく人間の方の気がします。ま、共生体が明瞭に会話するためにはジェイムン様の脳を経由する必要があります。よって、どちらも本人であるとも言えます。


「良い仕事には良い報酬を。それがわたくしのモットーです」

「まぁ、良いでしょう。確かにどこにも問題は出ません。……ところで、この惑星系の統治機構で神の使いの名称が決定されたようですよ」

「はぁ。時間をかけてそんな事を決めたのですか?」

「長い時間をかけて、ね。ですが、それだけに名前としては悪くありません。超巨大な魚類のような形状をしていることが判明したので、リヴァイアサンと名付けられました」

「神の使い、終末をもたらす者リヴァイアサン。良い名前です」


 生贄によって運営されるこの社会に終わりをもたらしてくれる者です。


 それは同時にわたくしとジェイムスン様にも終わりをもたらす事になるのですが、何故だかそれは嬉しくは思えませんでした。


 生物の本能とはそういう物なのでしょう。


 そしてこの直後、わたくしの意識は途切れることとなります。

 ですがそれは別の物語。

 しばらく後で語ることにいたしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る