幕間 ある宇宙飛行者
無為な時をすごす旅人、ムーリ・ウッド視点。
儂の名はムーリ・ウッド。ブラウ惑星系の首都ブロ・コロニーと衛星ドワルを結ぶ定期便、輸送用宇宙機ウッドペッカーの機長だ。
機長と言っても儂以外には乗員はいない。そもそもウッドペッカーは高度に自動化されている。ルーチンワークに人間の手など必要としない。何か異常が起きなければ儂の出番など存在せず、定期航路の宇宙空間に異常が起こる事などそうそう無い。
儂なんぞ、居ても居なくてもどうでも良い。その程度の機長だ。
儂は宇宙用の強化人間タイプ
種族として兄弟にしてライバル関係にあるタイプ
儂らはなぜか『物づくりに長けた種族』と呼ばれる。
まったく根拠がないとは言わない。力はあるし手先は器用だ。しかし、わざわざ特筆するほどの事かね? いくら器用と言っても工作機械に勝てるほどじゃないぞ。
ま、アイツらのせいだろうな。
宇宙暮らしの長い儂らの中には、有り余る時間を使って何かを作るのを趣味にしている者もいる。そういった品は手作りというだけでフリーマーケットでよく売れる。
連中がせっせと活動するせいで儂まで勤勉なイメージで見られる訳だ。
実態はネットを眺めながらダラダラしているだけなんだが。
ネット上には話題はいくらも転がっている。だが、儂ぐらいダラダラ歴が長くなると変わり映えした物は多くはない。エロ画像を適当に流しながらあくびをする事になる。
しかしながら、今日は違った。
『惑星ブラウの内部でかつて消息を絶った探査用宇宙船ビークルの残骸が発見された』
というトピックから始まった。そして、それとは別かもしれないが、ブラウ惑星系中の宇宙軍と保安局が厳戒態勢に入った。
ネット上は騒然とした。
何が起きたのか憶測が飛び交った。
『かつて宇宙船ビークルを襲った異星生物が、船体を餌にして新たな獲物を呼び込んだのだ』
などという推測とさえ呼べないような妄想が最有力の推理として幅を効かせた。それを最初に言い出したヤツによれば、大昔の小説をベースにした与太話だったそうだが。
事態は動き続けた。
救難信号が多数、一斉に発信された。
あまりに多いその数に、儂は自分とウッドペッカーまで駆り出されるのではないかと思った。実際にはそのほとんどがダミーで、本物の救難信号にたどり着くのを妨害するための物でしか無かったが。
退屈な日常から一時だけでも解放されるのではないかと期待したのだが、少し残念だった。
本当は惨劇の規模が予想よりも小さかったことを喜ばなければならない、のだがな。
儂はただのクズで聖人ではない。
本命の救難信号はやはり宇宙船ビークルの残骸を発見した大型大気圏往還機アキツだった。アキツは短い救難信号を発したあと行方不明となった。
『やっぱり異星生物だった!』
『そんな訳あるか! 保安局から正式発表だ。星間結社ヴァントラルから犯行声明があったとよ』
『そんなモノ信用できるか! 騒ぎがあったらとりあえず犯行声明を出すのがテロリストってモンだろうが』
『いや、騒ぎになる前から予告があったらしい』
『テロならばどこから仕込みなんだよ? 偽物のビークルを仕立て上げて誘き寄せた?』
ガスフライヤーの整備補給基地から発進した軍の宇宙機の情報がリークされた。
今度の展開は宇宙関連だろうか?
そんな予想が流れる中、儂は気づかなかったがブラウから上がって来る機体が発見された。複数の光学望遠鏡がその機体の姿を鮮明にとらえる。
『妙な宇宙機だな。どことなくアンバランスな印象がある』
『そうか? デルタ翼に先尾翼。背中にブースター。オーソドックスな構成だと思うぞ』
『構成はそうだがバランスがおかしい。ブースターは大きすぎるし、先尾翼は小さすぎる。真っ当に設計製作したようには見えない。まるで行き当たりばったりに、適当に組み上げたみたいだ』
『正解だ。他は分からないが背負っているブースターはガスフライヤーの打ち上げ式タンクだ』
『緊急に間に合わせで組み上げた機体なのか?』
この時にはアキツから乗員が脱出して来たのだろうと思われた。素晴らしい機転だと賞賛された。
しかし、その機体は救難信号を出さない。命からがら逃げ出して来たのならば一刻も早い救助を望むはずなのに。
そして、謎のやり取りがネット上にアップされた。
人類連合宇宙軍の機体と謎の宇宙機の会話と思しきそれは驚愕の内容だった。
『乗っているのは一般乗員ではなくテロリストだって?』
『片道特攻を命じられていたのならば情状酌量の余地はあるが』
『お前は知らないのか? ヴァントラルの強化人間と言ったら残虐さと非情さで知られる化け物だぞ。コイツだってアキツの乗組員を皆殺しにしている』
『一人だけ残っているじゃないか』
『シグレ・ドールト。こっちもヤバイ。他星系だが、10年前に《黒星の惨劇》とか呼ばれる経済混乱を引き起こしたヤツだ。ハイパーインフレやら何やら、1000人単位で餓死者が出たと聞くぞ』
『何でそんなヤツがこちらで生きてんだよ』
『未成年だったから死刑にだけはならなかったらしい。だけど、向こうに置いておくと私刑で暴動が起きそうだったんで他所へ送り出したんだ』
『そんなの野放しにして良い存在じゃないだろう』
『本来野放しじゃ無いんだよ。カプセルの中に閉じ込めて、外部とのアクセスも本人の思考さえも制限した上での懲役刑だ。とりあえず殺してない、だけで死刑の半歩手前ぐらいの状態だ』
『そんなのを解放するとは、テロリストめ』
『て言うか、そのシグレってのがテロリストを呼び込んだんじゃないのか?』
『あり得る。宇宙船ビークルの残骸を発見したのもタイミングが良すぎるし、そいつが全部裏で糸を引いていたのかも』
やれやれ、ひどい話だね。
そのひどい話も儂らにとっては退屈しのぎのネタでしかないのだが。
そのシグレとかいう女が会話が外部に流れていることに気づき、しばらくして情報漏れは無くなった。
儂らによる衆人環視の中、宇宙軍がテロリストに攻撃を開始した。
破片飛散型のミサイルが降り注ぐ中、テロリストの宇宙機はブラウの大気圏スレスレを飛行することで攻撃を回避した。
儂に限らず、ネット民という連中は性格が悪い。
つい先程までテロリストに憤っていた癖に、今度は失態を犯した軍を嘲笑する。
『軍用機が間に合わせ宇宙機に翻弄されてる(笑)』
『税金泥棒乙』
『相手がデルタ翼を持っていることを忘れてやがる』
『わー、テロリストがこっちに来る。軍人さん助けて(棒)』
『推進剤が足りないから追いかけられない? 片道飛行で良いから追いかけろよ』
儂らの煽りを気にした訳ではないだろうが、軍の宇宙機たちが軌道を変えた。一ヶ所に集結しようとしている。
何をしているのかと思ったが、ネット上の集合知は答えをあっさり導き出した。あれは各機の推進剤を結集して、テロリスト機の推進剤量に対抗しようとしているのだと。
それ以外にも、彼らが推進剤を確保しようとあちこちに掛け合っている様子が面白おかしくアップされた。
しかし、今から追いかけて間に合うのかね。
ま、テロリスト機が今どこで何をしているのかは、儂らの観測で事細かくわかっているのだが。
が、一ヶ所に集まった軍の機体の様子がわからなくなる。
『レーダーに異常だぞ』
『可視光線でもよく見えない。何があった?』
『煙幕だな。軍事機密っていうほどのものでもないだろうに、作業の様子を我々に見せないつもりらしい』
『煙幕?』
『対レーザー用、光撹乱物質だ。各種レーザーだけでなく電磁波もある程度妨害する』
『ああ、こちらではキラキラって呼んでるよ』
『保安局員、乙』
『こんなところを見てないで仕事をしてください』
『ここを見るのも仕事のうちだ』
『軍がしくじったら引き継ぐ気満々かよ』
詳しい様子は分からないが軍の機体の一機が活動を再開する。
ブラウの大気圏内からテロリスト機が使っているブースターと同じものが打ち上げられて来たのも確認される。襲われたのとは別のガスフライヤーが射出したようだ。停止している3機とランデブーする軌道をとっている。
この推進剤を使って仲間の仇を討ってくれ、という事か?
そして、ロッサ・ウォーガードとか言うテロリストがネット上に声明を上げる。
これからヴァントラルの拠点に襲撃をかけるから、余計な手出しをするなって?
『うわぁ。自分を使い潰そうとした上層部に怒り心頭、ってか?』
『悪の組織から離反した正義の味方』
『ねえよ。悪を裏切ろうと悪は悪のままだ。1000人単位で人を殺して平気でいる毒婦と死と破壊を撒き散らすために産まれてきた化け物だぜ』
『ヴァントラルの強化人間と言えば残虐さが半端じゃないからな。捕虜の逃走を防止するために相手の足を引き千切る、とかザラだ』
『近づきたくねぇ』
『でもこれって、軍はどうするんだろう? 漁夫の利狙い?』
『理屈で言えば漁夫の利が一番だが、それじゃあ軍のメンツが立たない。自分らの鼻先で勝手な戦闘なんて許すわけない』
『漁夫の利どころか両者の間で戦闘が始まったら負け、まであるな』
『軍としては連戦で両方ぶっ潰さなければならないわけだ』
『面白くなってまいりました』
『おい、テロリスト宇宙機が動き出したぞ』
『軌道変更だな。その先には、宇宙船とかイロイロ居るけど目的地は特定できない』
『誰かあの機体の進路の先を監視しておいてくれないか』
面白そうだ。
『儂がやろう』
儂は掲示板に書き込むと、自作の専用アプリを立ち上げた。
伊達に30年もネット上の暇人をやってない。テロリスト機が現在の加速を続けた場合と途中でやめた場合、それぞれにおいて進路の先で行動を変化させる物があれば表示される。
急に軌道を変えたりエネルギーの放出量が増大する物があれば、それがヴァントラルの拠点である可能性がある。
ピー、と音がして膨大なエネルギーの放出が表示される。
いや、これは間違いだ。
現在の加速を延々と続けて、ブラウ惑星系どころかジール恒星系の外縁部まで到達した場合のランデブー物体だ。とんでもなく時間がかかるし、あのテロリスト機でもそこまで推進剤が持つはずがない。星系外縁部がヴァントラルの拠点である可能性はまったくない。
儂はそのデータを消去しようとした。
しかし、引っかかる。
紫方偏移、だと?
とんでもない強磁界と光の速さに迫るプラズマ噴流。
大きさははっきりとは分からないが、小規模な天体並み。おそらくコロニーより大きい。
あり得ない常識はずれの物体に儂の脳がフリーズする。
何だろう?
これに近い物を昔、何かの資料で見た気がする。
儂の貧弱な脳味噌では答えが出て来そうな気がしない。
とりあえず、儂はネット上に問いかけを上げる事にした。
『テロリストの本拠地を探していたら何かトンデモナイ物を見つけてしまったのだ!』
謎の物体の座標も一緒に書き込んでおく。
これで良し。
儂のような底辺のやる事としてはこれで上等だ。
この時の儂は知らなかった。
この書き込みにより儂の名がブラウ惑星系の歴史に残る事を。
ブラウ惑星系のそして人類の歴史の転換点はすぐそこにあった。
儂のような底辺がその流れに逆らう事など出来ようはずもないが、一石を投じる事には成功したようである。
実に、実に上出来だった。
儂の無為な生にも意味があったのだと思い込めるほどにな。
儂の名はムーリ・ウッド。
宇宙の防人の目、などと後世で呼ばれる者だ。
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