5 戦いの鐘がなる
戦闘能力不明の兵器、ロッサ・ウォーガード視点。
宇宙の創造がどうの神がどうのと妄言を喚き散らすイモムシ船長に僕は冷たい目を向けていた。
いや、向こうからの通信は相変わらず音声のみで、相手の顔が見れているわけでは無いけれど。
妄言の内容がどこまで真実かはともかく、こちらにある超空間航行機関が取引材料にならないのは確からしい。ならばもう興味もないが、一応あちらの言葉にツッコミを入れてみる。
「知的生命体の生贄と言うが、そんな者いったい何処に居るんだ? 宇宙船が一回動くたびにコロニー一個潰しているとは聞いたことが無いが?」
「生贄が用意されているのはね、超空間航行機関の周辺部分ですよ。大規模な情報処理機構の中に設けられた仮想空間、そこに小さな世界が構築されているのです。自分たちが仮想の存在であるという事など知らない人々が生活し、超空間航行を行うときに惨たらしく殺されていくのです。自分が死ぬと自覚している死者ほど質が良い、なるべく苦しんで死ぬ者ほど効果的であると信じられています」
この答えはちょっと予想外だった。
それは確かに酷いな。
僕は最初からテロリストとして製造された自分が結構不幸な方だと思っていたけれど、その程度の不幸は案外ありふれているのかも知れない。
そして僕は思いついてしまう。その思いを声に出す。
「仮想空間の中ではちゃんとした人格のある存在がそうとは知らずに生活している。彼らにとっては仮想空間の外にいる人間は一種の『神』だ。生殺与奪の権利を持っている。ならば僕たちに対して『神』と名乗る存在もそれと同じなのかも知れない。自分たちの目的のためにこの宇宙を創り出して管理しているのかも」
「なるほどね。君もその可能性に思い当たりましたか。ですが、我々にはこの宇宙の外を観測することは出来ません。それについて論じても、残念ながら空論以上のものにはならないでしょう。科学ではなく哲学の領域ですね」
「この宇宙に創造主がいるならば、そいつは善良な存在ではなさそうだな」
「それはわたくしも常々痛感していることです。わたくしの創造主は間違いなく悪意に満ちた存在ですから」
「違いない」
ほんのわずかに僕と船長の間に共感が生まれる。
お互いに微かに笑い声が漏れた。
「名残惜しいですがわたくしからの通信はここらで終わりにしましょう。ロッサ君、再会を楽しみにしていますよ」
「そこで待っていろ。すぐ行く」
「楽しみにしていますよ。……そうそう、連合宇宙軍の方もそろそろ準備を終えるようです。気をつけなさい。通信を終わります」
正面に浮かんでいたヴァントラルのロゴが消える。
同時にコクピット内の照明が回復する。僕とシグレはどちらからともなく瞳を合わせた。
「シグレ、安全に話せるか?」
「盗聴の事? もう少し待って。今、あちらからの支配を追い出してる。二度もヘマはしない」
「独立した回路がもう一つぐらいあっても不思議はない。必要な時だけ作動する自爆装置とかね」
「細心の注意を払うわ」
しばらくの間、慣性航行で宇宙を旅する。
地球型惑星ならばすぐにでも一周する速度だが、ガス惑星は延々と続く。荷電粒子帯に出会い各部が帯電・発光するが、ドーサン・デルタ構成するパーツはすべてガス惑星仕様だ。問題なく機能し続ける。
「ロッサ、もう大丈夫。だと思う」
「ある程度のリスクは仕方がない。機体を一度バラして総点検でもしなければハードへの細工は見抜けないだろうし」
「私なら見抜ける、つもりだったんだけどな」
「いつまでも引きずる必要はない。それよりも、目的地を変更する」
「ヴァントラルの拠点には向かわない、っていう事?」
「さっきの通信で気づかなかったか? 話していてタイムラグがほとんど無かった。1秒かそこらだ。宇宙的基準だと至近距離と言っていい」
「確かに」
「そしてイモムシ船長はヴァントラルの宇宙船の責任者だ。この近くに宇宙船が来ていると言っていたよね?」
「宇宙船アタラクシア、ね。ロッサたちの出発地点ではありえないけれど、今の通信の発信場所としては最有力ってことね」
「僕たちが出発した拠点は直後に放棄された可能性もある。現在活動している拠点を標的にするべきだろう」
シグレは理解したようだったが、納得はしていなかった。
「ロッサが言っているのはヴァントラルの移動基地に正面から攻撃をかけるって事よね。勝てるの?」
「勝つしかない、だろう?」
「補給物資に不安があるのはわかる。ブラウ惑星系のどこかに行くだけならば十分な物資があっても、補給の当てがなくいつまで宇宙を彷徨えば良いのかわからない現状では物資を手に入れるチャンスは逃せない。でも、これはリスクが大きすぎない? 一時的に使用した仮拠点を襲撃するわけじゃない。相手はヴァントラルが何十年・何百年と維持してきた移動基地でしょう」
今の僕ならばなんとか出来そうな気がするんだよね。
ツノを砕いて枷を外した僕は以前よりもはるかに速い反応速度を持ち、高度な演算処理が出来ている。
まぁ、以前の僕がデッドチェーンされていた訳で、『本来、すべての戦闘用強化人間が今の僕と同等の能力を持つ』のかもしれない。僕の乏しい経験からすると、そんな事はないと思うんだけど。
僕は答える前にコンソールを操作する。ネットに接続。『有志』と名乗る暇人たちが僕たちの動向を観測して晒している。そこを表示して人類連合宇宙軍の動きを見る。
アラクネー型宇宙機たちが一ヶ所に集まっている。
推進剤を一機に集中して機動力を確保していると思われる。どうせ宇宙だ。推進剤がゼロになっても墜落する訳ではない。残る宇宙機は後でゆっくり補給してもらえばいい。
ドーサン・デルタごとき間に合わせ宇宙機の相手など、軍の正式採用機ならば一対一でもお釣りが来る。その判断は間違ってはいないだろう。
普通なら、ね。
「ヴァントラルに挑む前に宇宙軍を突破しなければならない。ある意味ではちょうどいいかな」
「軍との戦いを試金石にしてヴァントラルと勝負出来るかどうか試す。って言う事?」
「それもある」
僕は少女の肩に手を置いた。
簡易宇宙服の上からでも分かるぐらいにか細い肩だ。
「君のハッキング能力はどのくらい? 軍の機体に通用する?」
「無理を言わないで。通信回線越しに向こうの機体を乗っとるなんて不可能よ」
「ならば相手を無力化して機体を物理的に繋げたら?」
「向こうの機体を戦利品として奪うつもり?」
シグレの声が跳ね上がる。
そんなに驚くほどの事かな? いくら僕でも軍との戦いで消耗したままヴァントラルと連戦したいとは思わない。軍用機を相手に無傷で勝てると思うほど自惚れてはいない。
「もし僕が敵機を鹵獲したら、こちらで使えるように出来る?」
「それなら可能、だと思う。またハード的に自爆装置とか付けられていたら、絶対とは言わないけど」
「危ない、かな?」
「……多分、大丈夫。軍はテロリストと違って自軍の兵士を信用していると思う。自軍の兵士に裏切られる事より敵に自爆コードを奪われる事を警戒するはず」
「ならば、何とかなる」
僕は敵味方の戦力を思い浮かべる。
アラクネー型の主力兵装は破片飛散型の宇宙用ミサイルだ。中距離から遠距離で大きな効果を発揮する。逃げる相手を追撃するのはやや苦手、彼我の相対速度が大きいほど威力が上がる。
対してこちらの大気圏・宇宙兼用のミサイルは破壊力の効果範囲が大幅に劣る。その上機動性も下で弾数も心許ない。主力兵装はどちらかと言うとレールガンだが、こちらはまさかの無誘導。火薬式の大砲に比べれば初速は速いがビーム兵器と比べられるほどではなく、至近距離専用の武装と言って良い。距離が離れても威力が減衰しないと言っても、遠くては命中させることが不可能だ。
至近距離まで近づいたら、レールガンよりもプラズマロケットの噴射炎をぶち当てた方が強いかもしれない。収束が甘いため距離が離れると威力がなくなるが、あれは拡散ビームのような物だ。
あとは単分子ワイヤーを射出する通称カマクビと、多腕式宇宙機のメインアームによる格闘戦か。
結論。
とにかく近づかなければどうにもならない。目的地さえ設定しなければ逃げの一手による対処も可能だが、それは無補給で無限の旅に出る行為。すなわち自殺にしかならない。
こちらの武器は決定力に欠けるため、生身の肉体での斬り込みも視野に入れる。肉弾戦であちらのパイロットをぶち殺し、機体をそっくり鹵獲するのが理想の展開だ。
殺れる、と思う。
正規の軍人、正式採用の機体が強いのは理解している。
だけど、僕には彼らと戦って勝利することしか、生き残れる道筋が見えない。
そうである以上、弱気にはなれない。勝つしかない戦いならば勝てると信じて戦う。
一般的な人間にとってのこの場の最適解は軍に降伏して慈悲を乞う事なのだろうが、それは僕には無理だ。
無条件降伏などしたらその場で踏みにじられて始末される。
僕が受けてきた教育、僕が生き延びてきた環境はそういうものだ。自分から負けを認めるなどあり得ない。
僕はネット上の掲示板にこちらから書き込みを行う。
『こちらはテロリストの宇宙機、名称ドーサン・デルタ。本機は星間結社ヴァントラルとの決別・敵対を正式に宣言し、これより結社の拠点へ殴り込みを開始する。よって、人類連合宇宙軍に対してはこう言っておく。手を出すな。そうすれば戦力の無駄な消耗は避けられる』
掲示板が騒然となる。
僕の書き込みの真偽の検証をするもの、考えるまでもなく偽物と決めつけるもの、さほど知的とは思えない無数の書き込みで溢れる。
僕がこんな書き込みをした理由は明確だ。
宇宙軍に手を引かせる為、ではない。
連中が僕の言葉になど影響されないことは容易に想像できる。だから、これはヴァントラルに対しての牽制だ。相手は宇宙船アタラクシア。当然ながら移動できるし、超空間航行されたら追いかけようがない。
しかし、僕が「ヴァントラルに襲撃をかける」と宣言した直後に逃走を開始できるだろうか? 彼らは一般にはまだ正体がバレていないはずだよね。
僕はアタラクシアに向かって適当に加速を開始する。
はっきりとアタラクシアを目指したりはしない。しかし、ほんの僅かな修正でアタラクシアに到達できる軌道をとる。
アレ?
何か変だ。
「シグレ、何かやった?」
彼女は答えの代わりにかニンマリと笑った。
加速を開始してから気づいたけれど、いつの間にか打ち上げ式タンクのエンジン出力が無段階で調整できるようになっている。使い勝手が格段に向上していた。
「多腕式のサブアームは細かい作業が可能だから、イロイロと手を加えているわ。タンクとドーサンの接続も可能になった所」
見ていると枯渇しかけていたドーサンの推進剤量が回復していく。
これは、タンクの中身をこちらに移し替えているのか? 本来なら連携など考えられていない機械二つだ。間に合わせの材料でこの短時間で両者をつなぐとは。
「すごい、な」
「そうでしょう」
ドヤ顔も当然か。
僕としてもこれで使える戦術の幅が広がった。
その後はしばらく何も起こらない時間が続く。
宇宙の旅とはこのような物だ。特別なイベントなど起らずに時間だけが延々と流れる。ただただ広すぎる空間を宇宙と呼ぶのだから。
人類は恒星間の移動に関しては超空間航行というズルをするが、同一惑星系内での移動ではそうはいかない。超空間航行で位置だけ移動しても運動量がそのままなので目的地とランデブー出来ないそうだ。同一の惑星内でも遠距離に移動したら、うん、酷いことになりそうだ。
まぁ『超空間航行の真実』とやらが本当ならば運動量についてもどうにかなりそうだが、今のところはその方法は見つかっていないのだろう。多分。
宇宙がこんなに広いから、暇をしている人間が僕たちの戦いを興味本位で見物しているんだよな。
あまり嬉しくはないが、宇宙軍の動向が分かるのはありがたい。
ネットの有志によれば、あちらの宇宙機も軌道変更を始めたようだ。
動き出したのは一機だけ。これは当然だ。向こうの四機の推進剤量をすべて合わせてもこちら一機の保有量にも及ばないはずだ。こちらは文字通り輸送用のタンカーだからね。
僕だったら残りの機体にも多少の推進剤を残しておいて伏兵にする。そちらへの注意も怠れない。
動き出したアラクネータイプはこちらの頭を抑えるように移動している。一戦交えるつもりなのは間違いなさそうだ。
シグレが僕を見上げてくる。
「ねぇ、戦闘開始はまだ先よね」
「そうだけど」
「ロッサは私に何かしないの?」
「何かって?」
「口に出せないようなこと」
それは『イロイロやっていいよ』っていう意味か?
いや、力任せでヤったら彼女に抵抗の手段はないし、倫理とかも僕には関係ないが。
しかし、そもそもの問題として真っ平らすぎるだろう。
「そういう事はちゃんと女の子になってから言ってくれ」
「この身体が女性以外の何かに見えるの?」
子供に見えます。
「妊娠可能にはなってるの?」
「……出血した記憶はないわね」
「守備範囲外だな」
「それは今まで与えられる栄養が制限されていたからで、これから成長してやるんだから」
種族的にもタイプ
「衰えた胃腸をどうにかしないと、十分な栄養を摂ることも出来ないけどな」
「そうね、だからまた食べさせて」
「え」
また、口移し?
いや、それが嫌だという訳ではないんだけど。
「一日三回、アレをやるのか?」
「そんな事はないわ」
「そうだよな。自力で栄養を摂る方法を考えているよな」
「そうじゃなくて、私の胃腸は弱っていて一度にあまり多くは食べられないから、食事の回数を増やす必要があるわ」
「……」
「最低でも一日に五回はやって貰わないと」
「それは、フードプロフェッサーか何かを用意すべきではないのか?」
「そのうちに、ね」
そのうち、は当分来ないような気がする。
別に嫌ではない。だけど、宇宙軍よりもはるかに強力な敵に迫られ追い詰められている。
そんな想いに囚われる。
僕の理性って、どこまで持つかな?
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