4 神と悪魔と超光速

 人間未満の存在として創られた人間、イモムシ船長視点。


 わたくしはイモムシです。

 名称として与えられた物もイモムシです。肉体も人間の脳を埋め込んだ全長2メートル弱のイモムシという、控えめに言ってもおぞましい代物です。イモムシの身体は口から糸を吐いてワイヤーガン代わりに使ったり足の吸盤で壁に張り付いたり出来ます。無重力で動くにあたっては人間よりも有利ではありますが、「醜い」という一言がすべての長所を帳消しにしてしまいます。

 わたくしが自分の肉体にコンプレックスを持っているなど、意地でも認めませんが。


 もちろん、わたくしがこんな肉体に造られたのには理由があります。

 わたくしを造り出させた主人は今はジェイムスンと名乗っています。彼は人間の心を持ちながら、永き時の果てに触手の塊のような化け物に成り果ててしまった人物です。彼は「自分は狂うことも出来ない」などと嘆いていますが、わたくしをこのような姿に造ったあたり充分に狂っていますよね。

 とにかく、彼は自分と同等かそれ以下の姿形の者を側近として置いておきたかったようです。


 ジェイムスン様は長命者としてさまざまな権限を持っておられますが、わたくしはその中でもテロリストの首魁としての役割の補佐を命じられています。醜い化け物にはうってつけの任務です。


 念のため申し上げておきますが、それが嫌なわけではありませんよ。

 何の罪もない人々を虐殺して恐怖を振りまいていると思えば、わたくしも内心忸怩たるものがあります。ですが、実態を知っていると人々に罪がないとは到底思えません。超空間航行の邪魔をすることは、ある意味で正義の行いなのです。


 このブラウ惑星系にやって来て、わたくしたちは様子を伺いました。外宇宙からやって来る神の使者を迎える準備は順調でした。

 作戦に参加するメンバーにトラブルメーカーである特異体3号、ロッサ・ウォーガードの名前があると知った時には肝を冷やしました。ですが、幸いな事に今回彼の被害を受けたのは我々ではありませんでした。

 ガスフライヤーを撃墜しただけでなく、そこから脱出して宇宙軍を挑発する。それによって惑星系中の注目を集めるとは素晴らしい戦果です。


 ジェイムスン様は金属の外被に包まれた触手をヒラヒラさせて言いました。

 彼はトレゴンシーと名乗っていた時期もあるのですが、この方のコスプレ趣味にも困ったものです。


「良いですね、ロッサ君。ちょっと前にこのアタラクシアに損害を与えたことを許してあげたくなる戦果です」


 ジェイムスン様は「ちょっと前」と言っていますが、これはロッサにとっては「すごく昔」でしょう。

 ほんの10年しか生きていない少年と、100年・1000年といった単位で歳を数える長命者では感覚がまるで違います。まぁ、わたくしにとってもほんの2、3年前なんてつい先頃の事でしかありませんが。

 わたくしの内心のツッコミと関係なく、ジェイムスン様は言葉を続けます。


「彼に賞賛と褒美を与えねばなりません。彼の宇宙機に通信を繋ぎなさい」

「褒美って、アレはこちらに攻め入るつもりですよ」

「そうですね。それが何か問題になりますか?」


 ジェイムスン様の目的はこれからやって来る神の使者に生命を奪ってもらうことです。つまり、これは容易な事では死ぬことが出来ない彼が仕掛けた大がかりな自殺なのです。

 それを思えばロッサ君が何をしようと大した問題ではありません。彼がジェイムスン様を殺すことに成功したとしても、それは長命者の死をほんの少し早めるだけなのですから。


「確かに問題ではありませんね。失礼しました。時に、現地スタッフがこちらへの収容を要請して来ていますが、いかがいたしましょうか?」

「我々と共に神の使命に殉じたいと言うのならば構いませんが、そうではないのですよね? 適当に推進剤でも投げてあげなさい。人間の形をした者がこのアタラクシアに足を踏み入れることは許しません」


 ジェイムスン様はやっぱり偏屈だ。


「それで、ロッサ君の件ですが、秘匿システム作動させなさい」

「よろしいのですか?」

「今のまま彼が私たちに戦いを挑んだら、こちらが一方的に彼を蹂躙して終わってしまうではないですか。秘匿システムの存在を明かすこと。それが彼への褒美です」


 わたくしは接近しつつある宇宙機に補給物資を送る手配をします。彼らにも困った物です。このアタラクシアがヴァントラルの船であることが周囲にバレてしまうではないですか。

 事態がここまで進行した以上バレても問題はないのですが、彼らはそんなことは知らないはずです。


 わたくしの右手にある画面には、ロッサ君の宇宙機のコクピット内の様子が映し出されています。美少女を膝の上に乗せての逃避行とは羨ましい限りですね。

 その姿を横目で見ながら秘匿コードを入力します。


 あちらの電源が落ちます。画面の中が真っ暗になりました。

 すぐに表示が切り替わって、少年少女たちの姿がワイヤーフレームで表現されます。


 ん?


 不安そうにモゾモゾと動いた少女をロッサ君が抱きしめて落ち着かせています。

 本当に青春のようですね。女の子を大事にするとか、そんな教育を受けているはずはないのですが。

 彼の周辺にいたのはガサツなタイプオーガばかり。暗闇を怖がったりするような者が居るはずがありません。


 これはひょっとすると本気で好いているかもしれませんね。人間の表情筋が欲しくなります。あれば、思いっきりニヤニヤ笑いを浮かべてあげるのですが。


 あちらが少しだけ明るくなり、ヴァントラルのロゴが表示されたことがわかります。通信がつながったのを確認し、わたくしは彼らに声をかけます。


「驚かせてしまいましたか、お嬢さん」

「その声は、船長?」


 おや、ロッサ君はわたくしの声を憶えていたようです。


「そうです。わたくしです。しがないイモムシです」

「ロッサ、知り合いなの?」

「ヴァントラルの宇宙船の責任者だ。僕たちは一時期、彼の船に預けられていた」

「そうですね。アレは悪夢のひと時でした。ただのイタズラと呼ぶには悪質すぎる騒ぎの数々。知っていますか? あなたはわたくしの船から退去するときに『特異体3号』などという称号を授与されたのですよ。ヴァントラルの短くない歴史の中で3人しか居ない、特大級の厄介者という意味です」


 彼は無言で肩をすくめました。

 まぁ、こんな事を言われても反応に困るのは分かります。

 悪びれては、いませんね。


「そんな君ですが、今回の作戦で挙げた戦果は非常に大きい物であると評価されました。この通信はその褒美です」

「褒美?」

「我々にこんな事が出来る事は知らなかったでしょう?」

「出来て不思議はないと思っていた」

「君のスキルでは対応手段が無いから放置したと?」

「確かに僕ではどうしようもない。シグレの担当だな」


 ロッサ君が言うと膝の上の女の子がビクリと身を震わせます。彼には気遣いが足りませんね。

 彼女はただでさえ、軍との交渉失敗で自信を喪失しているはずです。そこへ本業のはずの電子戦の失敗まで加わればね。


「別にその娘の失態とも言えませんよ」

「いいえ、これは私の失敗。ソフトウェアは精査したけれど、独立したハードがもう一系統用意されていたのね」

「そうです、理解が早くて何よりです」


 ドクマムシには通常使用される情報系とは別に、監視と非常時の干渉用にハードをもう一つ搭載しています。

 特異体3号に限らずとも、オーガどもはそれなりに扱いにくい存在です。それに対する安全装置は複数用意してありますよ。


 こちらのコンソールが小さく警報を鳴らします。

 この独立した回路に情報汚染あり、です。このタイプヴァルカンの少女が早くも行動に出ているようです。秘匿システムが攻略されるのも時間の問題でしょう。

 彼女も特異体の素質がありますね。ヴァントラルの人員ではないのでそう呼ばれる事はないでしょうが。


 褒美はちゃんと渡せたようです。あとはジェイムスン様からお褒めの言葉を賜るだけです。

 そう思ったわたくしは触手怪人の方へ顔を向け、慌てました。


「ちょっと、ジェイムスン様。どこへ行くのですか!」


 触手を生やした樽型ボディが空中を泳いで離れて行きます。

 理由は、まぁ理解しているんですよ。でも、この場面で出て来なくてもいいじゃないですか。


「ジェイムスン様! 別に姿を見せる必要はありません! お声だけです。彼らには音声データ以外は送っていません」


 触手が4本ほど、ヒラヒラと左右に振れます。『無理』と言いたいようです。

 ジェイムスン様は一種の対人恐怖症なのです。よく見知った非人間型の相手には問題ないのですが、ヒトの姿をした者の前には出ることが出来ません。

 通信だけならばいつもは平気なのですが、今回はロッサ君とあの娘のイチャイチャに当てられましたかね?


 イモムシボディの必殺技『糸をはく』で拘束して引き寄せようかと思いましたが、それをやっても彼が話せないのでは意味がありません。わたくしは諦めてマイクに向き直りました。


「ジェイムスン様は手が離せないようなのでわたくしから話します。ロッサ君には知らされていないはずですが、今回のあなたに与えられた任務の真相は別の『ある事』に対する陽動作戦です。惑星系中の注目を集めている現状は大変素晴らしい戦果だと評価できます。よって、作戦の責任者であるジェイムスン様から直にお褒めの言葉がいただけるはずでした。僭越ながらわたくしが代理を務めさせてもらいます」

「それだけが理由でわざわざこんな事をしたのか? 褒め言葉だけならば通常の通信だけで十分だろう」

「秘匿システムの存在を明かした事ですか? 先ほど言いませんでしたか? これは褒美です」

「僕たちの行動を制御するためのシステムを、それが必要になった瞬間に放棄する褒美? 意味がわからない」

「愚かしいことをしているとわたくしも思いますが、もう必要がなくなったと申し上げておきましょう。こちらに喧嘩を打って来るのならばフェアにお相手するという事です」


 ロッサ君はしばし考え込みます。

 人間型の身体は表情によって考えが見えてしまうのが弱点の一つですね。彼は『不本意です』とありありと書かれた顔で言います。


「人類連合宇宙軍よりもテロリストの方が会話が通じるようだ。褒美がもらえると言うのなら取引がしたい」

「聞くだけは聞きましょう。欲しい物は何ですか?」

「そちらには宇宙船があるだろう。別の星系への移動だ。つまりは高跳びしたい」

「なるほど。それで、その為に何を提供出来ますか?」

「僕にぶっ殺されずにすむ。と言いたいところだが、もう少し穏便に、超空間航行機関の中枢部分でどうだ?」

「やはり、それを回収していましたか」


 彼が乗る宇宙機本体の活動はともかく、周辺に追加されたパーツの動向は完全には把握できていません。彼らの会話を断片的に聞いたところではおそらく持っているだろうと思いましたが。

 わたくしはため息をつきたくなりました。肺は持っていないので、気持ちだけですが。


「それは持ってきて欲しくなかったですね。それはこの世で一番おぞましい代物ですよ」

「そうなのか? 僕の知識から想像すると、一般にはヴァントラルの存在自体が相当におぞましい物だと認識されているようだが」

「言いますね。それはその通りですが、超空間航行機関のおぞましさはそれとは桁が違います。我々のテロもかの物の根絶を目指すという大義の前ならば正当化されると言って過言ではありません。君は超空間航行機関の別名を知っていますか?」

「テロ組織内の教育にそういう内容は無かったな」

「それは手抜かりでした。今覚えてください。別名はね『超光速生贄機関』と言うのですよ」


 さすがのロッサ君もこの言葉を咀嚼するには時間が必要でした。彼が黙り込んだので、わたくしは構わず言葉を続けます。


「超空間航行あるいは超光速航行は移動ではありません。光よりも速く移動することは宇宙の法則として不可能です。超空間航行とは移動ではなく『創造』なのです」

「創造? 何を創り出していると?」

「移動した先の宇宙を、です。自分がそこに居る状態の移動先を新たに創造しているのです」

「馬鹿げてる」

「そうですね。神か悪魔の領分です。そして、超空間航行機関とはもともと『神』を名乗る者からもたらされた物なのです」


 この話の本題はここではありません。わたくしは一番の肝を話す前にもったいぶってしばし間を置きました。

 そして言い放ちます。


「神か悪魔の手によってもたらされた超光速。それを行うための燃料は知的生命体の死、超空間航行機関は幾千幾万の死を積み重ねることによって初めて稼働するのです」


 あまり言いたくはありませんが、ヴァントラルにも正義はあるのですよ。

 わたくしはただのイモムシです。ジェイムスン様に見下され虐げられるために造られました。そんなわたくしがこうして誠心誠意テロリストとして活動しているのはこの正義が信じられるからなのです。


 超光速航行が行われる回数を可能な限り少なくしたい。

 可能ならばすべての超空間航行機関を廃棄したい。

 このアタラクシアだって建造されたあとジェイムスン様の私邸として死蔵され、宇宙船としての航行はほとんどやっていません。


 生きる甲斐など無いはずのわたくしに残されたただ一つの真実。それがヴァントラルの唱える正義なのです。これが無ければわたくしはとうに命を捨てていたでしょう。


 せっかくイモムシとして産まれたのだからいつかは蝶になって羽ばたきたい。

 そうも思いますが、そちらは夢で終わるでしょうね。

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