3 ヴァントラルとの接触

 思春期真っ盛りの元(?)テロリスト、ロッサ・ウォーガード視点。


 ドーサン・デルタの主動力である二つのロケットを作動させた。

 3G程度の重力が僕の身体をシートに押しつける。膝の上に乗せたシグレの重みがそれに加わるが、気にするほどのものではない。


 こちらが動き出した瞬間にほとんど遅れず、包囲するアラクネー型の宇宙機たちも動き出していた。

 あちらも、僕に悟られないように事前準備をしていたようだ。

 加速を始めたドーサン・デルタの頭を抑えるように移動する。推進剤の量の関係から噴射を継続する能力はこちらが上だ。しかし、瞬間的な加速性能では軍用機であるアラクネーに分がある。


 と言うか、こちらはシグレを乗せている関係上、最大限の加速はできない。それが地味に痛い。あちらは10G以上の加速を平気でやっている。


 4機のアラクネー型はそれぞれミサイルを投射する。


 ミサイルとは言っても彼らが使うのはこちらのような大気圏内兼用の物ではない。大気圏内で使うにはミサイルは流線型をしていなくてはならないし、噴射を継続しなければ墜落してしまう。宇宙専用ならばそれらの心配はない。結果、宇宙用のミサイルは「機動爆雷」とでも呼んだ方がしっくり来る形状になる。


 ミサイルたちは必要がない限り慣性移動を続ける。必要があれば全方位どちらへでも噴射、ではなく指向性爆薬の爆破によって瞬間的に軌道を変える。敵を捕捉したら爆発して破片を撒き散らす。たとえ小さな破片でも相対速度が大きければ大型の宇宙機でも破壊し得る兵器となる。


 そんな必殺の武器がこちらの進路を塞ぐように大量にばら撒かれてしまった。

 アラクネー型が空間制圧タイプと呼ばれるのも納得の手際だ。状況を理解して、シグレの小さな手にグッと力がこもる。


 通信はまだ繋がっている。フーラムが声をかけてきた。


「これが最後のチャンスだ。今すぐ投降しろ。でなければ、見ての通り死ぬことになるぞ」

「恥をかいてもらう。そう言ったはずだ」


 僕には大口を叩いたつもりはない。

 フーラムたちはこちらが加速するのを見越して進路を塞ぎに動いた。衛星軌道上で加速すると言うことは、軌道が膨らむと言うこと。惑星から離れる方向に移動すると言うことだ。


 ならば逆に動けば良い。


 打ち上げ式タンクは細かな制御はできないが、それを保持しているのは自由に動くロボットアームだ。タンク同士が干渉しないようにアームの長さを伸ばし、グルリと180度回転させて噴射口を前方に向ける。


 急減速だ。

 シグレがうめき声を漏らすので、僕の腕で軽く身体を支えてやる。どこまで力を入れて良いのか見極めが難しい。僕が全力で抱きしめたら、彼女の肉体なんか簡単に潰れてしまう。


「何をしている! この低高度で減速なんかしたら惑星上に落下するぞ!」


 女性オーガの声が叫ぶ。ホビットの方は僕が何をするつもりか理解したようだ。引き攣った笑いを浮かべている。


「こちらが有利な点はひとつだけじゃない」


 僕は言ってやった。

 そう、もう一回大気圏突入。は、やりたくない。

 推進剤の無駄だし、大気圏内にいる間は真空中を移動する物よりかなりの鈍足になる。

 だけど、大気圏上層を掠めて飛ぶだけならば十分に選択肢に入る行動だ。ドーサン・デルタのデルタ翼は、元はガスフライヤーの底面装甲の一部だ。当然ながら大気圏突入能力がある。ウェーブライダーとして機能可能だ。


 ドーサン・デルタは急減速により軌道を落とす。

 真空に近い希薄な大気がドーサン・デルタの速度によって圧縮され、灼熱の炎と化す。


 この高度までアラクネー型で来れるものなら来てみるがいい。

 あの葉巻を五つ束ねたような機体では大気との摩擦でバラバラになる。

 あちらはどの機体も高度を下げてこない。


 代わりにミサイルが追ってくる。無人機らしい爆発的な機動で迫って来る。


 でも、無駄だ。


 宇宙専用では大気との摩擦で正常に動作しない。

 爆発しても破片の広がりは真空中よりも大幅に抑えられる。


 後方で起こる爆発を後目に、ドーサン・デルタは大気の層でバウンドする。

 ロケットを後方へ向け直し、今度こそ増速する。


 アラクネー型の反応は鈍い。

 宇宙用や戦闘用の強化人間たちが乗っているのだ。判断力・決断力に不足があるとは思えない。これはやはり、推進剤が足りなくて追いかけられないのか?


 軌道が膨らみ過ぎないように推進方向を調節する。

 ビームで狙撃されたら厄介だ。アラクネー型から見て惑星ブラウの裏側に位置するように移動する。惑星が大きすぎるので当分は分厚い大気の層を盾にするだけになるだろうが。


 宇宙空間は言うまでもなく三次元だ。

 しかし、惑星系・恒星系の中では宇宙機は驚くほど二次元平面上を移動する。これは惑星・衛星が同じ平面上に存在するからだ。

 だから軍人たちから見えない場所まで移動したら、こちらは天頂方向に加速する。普通ならとらない軌道・必要ない軌道をとる事で追跡を振り切る予定だ。完全に見失わせるのは無理でも、一時的な目眩しぐらいにはなるだろう。 


 シグレが上目遣いに僕を見上げる。

 言葉を発しようとするが、上手くいかない。あ、諦めた。

 自分の口から発声するのをやめて、スピーカーから発言する。脳を機械と直結しているため、こちらの方が楽らしい。


「まずい事になってるわ」

「待て、通信がまだ繋がっている」


 僕は彼女を制止する。スクリーンの端にフーラムの姿が小さく映っている。映像はやや乱れているが、音声ぐらいは普通に通じるだろう。


「それはいいの。あちらの反応も見たいから。先ほどからの私たちのやりとりはすべてブラウ惑星系全体に配信されているわ」

「え?」

「なんだって?」


 僕とフーラムが異口同音に口走る。

 確かにこの反応は見る価値があったな。


「本当よ。今の会話も、ドーサン・デルタとアラクネー型の位置関係も配信の対象。いわゆるバズった状態。暇な人間たちの格好の娯楽になってしまっている」

「それって、こちらに何か不都合はあるのか?」

「現状の悪い点は、無数と言って良い目で観測されていることね。このままブラウの裏側に逃げ込んでも監視の目は緩まない。それどころか、普通なら私たちを追跡するのに使われる事がない、民間の宇宙機のセンサーまでこちらを見張っている。観測されたデータはすぐにネット上にアップされて、ものすごい並列処理で解析される事になる。逃げ切るのは不可能に近い。アラクネー型の動向も晒されているから奇襲を受ける心配はないけど、それ以外の敵が現れた時にはその限りではないわね」

「情報の漏洩元は?」

「軍の方からだと思うけど、こちらの機体からヴァントラル経由である可能性も否定できない。調査中よ」


 フーラムが苦い顔で口を挟んできた。


「それに関してはこっちでも調査する。戦闘情報が外部に漏れるなんて恥の上塗りだ。……みっともない」

「ちなみに彼らの機体は今、一ヶ所に集まろうとしている。足りない推進剤を一機に集めて追跡を続行しようとしている、と言うのがネット上の有識者たちの判断ね」

「本当にやりづらいな。これ以上、暇人どもを楽しませるつもりはない。通信はここで切断する。降伏したくなったらネット経由で連絡をとるように。通信終了オーバー


 そんな言葉を最後に通信が切れた。


 しばらくは戦闘は無いだろう。そして、追っ手を振り切る意味もない。僕はタンクのロケットを止めた。慣性航行に移る。

 シグレと顔を見合わせる。


「ロッサ、どうしよう? 逃げこむ場所も隠れる場所もどこにもないわ」

「やれるとしたら、目に入る物を全部ぶち壊してこの惑星系の法秩序を失わせるぐらいか。成功率が高いとは言えないな」

「それはやめて。……私の社会的信用が想像以上に低かったのが痛かったわね」

「終身刑を受けた脱獄囚か。テロリストといい勝負だな」

「無理矢理にでも一般の乗員を救出して来るべきだったかも」

「今さらだな。確かに人質代わりに確保すべきだったが」


 交渉しようにもこちらが提供する材料が無いのが困る。

 いや、交渉用の物品を一つ用意していなかったか? 交渉以外にも使えれば尚良しだ。


「シグレ、超空間航行機関は使えないのか? この惑星系に逃げ場が無いのならば、別の星系まで移動すれば良い」

「アレは中枢部分だけだから。起動するには結構大規模な設備が必要だったはず」

「たとえ起動できても制御できなければどうにもならないか。広い宇宙で無作為に移動しても、どこかの星系にたどり着ける可能性はゼロに近い」


 僕は自分でダメ出しした。

 そうすると、最初に考えた方法が一番マシだろうか?


「シグレ、ドーサンの航行記録を調べてくれ。この機体が発進した宙域を確定したい。そして、その時間にそこに居た宇宙船か何かを見つけ出す」

「ロッサはその辺りを憶えていないの?」

「任務だけを与えられて宇宙に放り出された感じだ。どうやってこの惑星系に来たのかも知らない。僕たちは兵員というよりは兵器扱いだったからね」

「仕舞ってあるミサイルに余計なことを話す奴は居ない、と。ヴァントラルの拠点を見つけたら、襲撃をかけて略奪する。という方針で行くのよね」

「そうだ。その過程で軍が邪魔をするようならそちらも撃破する。反論は?」

「反対はしたいけど、どうにもならない事はあるわね。ところで、ドーサンの航行記録は最初の二、三時間分が抹消されているわ。エンジンの性能や推進剤の残量からある程度の推測はできるけど。最初に発進する時にはカタパルトは使った?」

「確か、電磁カタパルトで射出されたな。僕にとっても結構なGがかかった。15Gぐらい? 20はいかなかったと思う」

「了解。それを考慮して予測を立てるわ」


 静かな時間が流れる。

 僕は外部からの攻撃の気配を警戒し、シグレは目を閉じて情報の検索を行う。


「見つけた。ドーサンを含む4機の宇宙機をカタパルトで射出したのならば、相手は大きな質量を持った物体のはず。現役の修理補給基地を除けば、それが可能な物体はそう多くはない。廃棄ステーション552。軌道が不安定で、5年以内にはブラウに落下しそうな廃棄品よ。ヴァントラルはこれに物資を運び込んで拠点化したと思われるわ」

「それは確定? それとも他に候補がある?」

「ほぼ確定。近くにはアタラクシアという宇宙船もいるけど、この船がやって来たのはロッサたちが出撃した少し後。関係なさそうね」

「そうか、ではその廃棄ステーションとランデブーしよう」


 僕はドーサン・デルタの軌道と廃棄ステーションの軌道、そしてアラクネー部隊の位置を見比べる。

 廃棄ステーションに向かえば追いつかれる。どころか、頭を抑えられるな。いや、真っ直ぐ逃げる方向に進路をとっても、相手に充分な推進剤があれば簡単に追いつかれるぐらいに機動性の差がある訳だが。


「軍との交戦は避けられない、な」

「でも、いつまでも無補給で逃げ続けることも出来ないわ。水と空気が持たない」

「食料もね」

「何よりも空気よ。ドーサンも多腕式も短期間の任務のための機体だわ。どちらも酸素は消費するだけで、再利用のための設備は一切ない。多少、補給したと言っても枯渇するのは時間の問題ね」

「廃棄ステーションでそのあたりを手に入れなくてはならない訳だ」

「軍だけではなくヴァントラルとも戦闘になるけど、やれる?」

「僕たちオーガ小隊以外にどの程度の戦力を保有しているかは僕も知らない。だけど、一般論として言うならテロリストはその場で投入する戦力以外は持ち歩かない。軍さえ退ければ問題ないだろう。どちらかと言うと、拠点がすでに引き払われている可能性の方が心配だ」

「その場合でも廃棄ステーションならば酸素の補給ぐらいはできるでしょう」

「武器も欲しいな」

「私は居住ユニットが欲しい」


 確かにいつまでも僕の膝の上では格好がつかないな。

 宇宙服を脱いでイロイロできるならばこの格好もアリだが、その為にはもう少し育ってもらわないとな。


「ロッサ、何か失礼なことを考えてない?」

「別に」

「ふうん?」


 何か心を読まれてないか?

 誤魔化すためにも別の話題を探す。


「こちらの行動方針を軍の方にも流しておこうか。……ヴァントラルに喧嘩を売りに行くから手を出すな、って」

「無駄だと思う。自分たちの縄張りの中での武力行使に目を瞑っていたら、治安組織は成り立たないわ」

「それでも、様子を見る時間が多少長くなったりはするだろう。……なれば良いな」

「その程度の期待で実行するのなら反対はしない」


 やらないよりはマシ、かな。

 通信を送るかシグレにネットに流してもらうか思案する。同時進行で廃棄ステーションへの軌道を考える。


 その時だった。

 唐突に何の前触れもなく、ドーサンのコクピット内の電源が落ちた。


 このコクピットに外から光が入って来る部分など無い。辺りは何も見えない真の闇に包まれる。

 膝の上でモゾモゾと動く小さな身体を軽く抱きしめる。


 故障、だろうか?


 ここはガス惑星の大気圏のすぐ外側、強烈な電磁場や荷電粒子が渦巻く空間だ。電装系にかかる負荷は小さくない。加えてこの機体はもともと自殺特攻用だ。今はすでに予定ではその役目を終えている時間。いつ壊れても不思議ではない。


 そう考えたが違った。


 暗闇の中に光が弾ける。星空を宇宙を表す映像が表示される。宇宙の映像が引き裂かれ、そこに文字が現れる。


 ヴァントラル、と。


 シグレが調べたはずだが、バックドアの類いがまだ残っていたようだ。これはあちらからの接触。

 何を仕掛けてくるだろう?

 一瞬で機体が自爆させられる事も視野に入れ、僕の心は冷たく燃えた。

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